「志貴さま。起きてください」 翡翠は志貴を起そうとしていた。 無駄なのは判っている。 この時間では絶対に目が覚めることは無いのだ。 だがしかし、意地でも起さなければならない。 アレが来る前に。 ――が、遅かった。 「うおーい、志貴! 朝だぞ」 「ん……あ、おはよう四季」 今日も、負けた……。 「あ、翡翠もおはよう」 「はい…オハヨウゴザイマス……」 いつもより暗く答える翡翠。 そう、遠野四季は七年前のあの事件の後、何とかして自我を取り戻し、その後、志貴 とともに有馬家に移されたのだ。 その間、二人は部屋も同じだったのでかなり仲が良くなっていた。今ではツーカーの 仲(古っ)である。 「ほい、制服」 「うん」 「……おいおい、ボタン掛け間違ってるぞ? ッたくしょうがねえなぁ」 慣れた手付きで志貴の制服を直す四季。 「…あ、ごめん」 「……っと、ほれ、しゃきっとしやがれ」 「ん……」 「そいじゃ飯食いに行くか」 「そうだね」 二人は食卓に向かう。 「あれ? 翡翠は行かないの?」 「いえ、……後始末が残ってますので」 「そっか……ごめん、それじゃあお願いするね」 「はい、かしこまりました志貴さま」 「次こそ……次こそは……あの男より先にっ!」 翡翠は志貴の匂いがするベッドの中で硬く暗い決意をするのであった。
裏志貴祀反則SS(をい) ついんしき 番外編
「おかわり」 「はい」 四季は志貴に茶碗を手渡し、志貴は無駄の無い動きでご飯を盛り付ける。 まるで長年連れ添った夫婦の如く。 「おう……志貴、お前ご飯粒くっついているぞ?」 「え?」 「もったいねぇな」 そう言って四季は志貴の顔に付いていたご飯粒を指でとってそれを食べる。 「意地汚いなぁ」 「るせぇ。こう言うのはほっとけねぇ性質だってのお前も知ってるだろ?」 「治しなよいい加減……」 「だったらお前も美味そうなごはん粒くっつけてんじゃねぇ」 ばきゃっ なんか高級そうなカップが割れる音がしたが、二人は気にせずご飯を食べる。 「ごっそさん」 「ごちそうさま」 そのまま二人は学校に向かっていった。 「何ですアレは!」 叫ぶお嬢様。学校は良いのかアンタ。 「秋葉さまの実のお兄様ですー」 「いいえ、アレは敵よ! 私に兄なんていないわ!」 「そんな裏表が激しそうな人っぽいセリフいわなくてもー」 「……まさか、ここまで強敵になるとは思いませんでした」 「まったくよ。こうなるのだったら私も志貴兄さんについていけば良かったわ」 「……姉さん? 何か嬉しそうね?」 「えー、そんなことありませんよー。次回作の良い資料なんて思ってませんよー。 ええ、これっぽっちもー」 そう言いながら目は別の方に泳ぐ。PN梵珠兎留庵怒麗(ボンジュール・アンドレイ) の名は伊達ではない。三日目は行列が出来るほどだい。関係ないが。 「……まあ、邪魔さえしなければなんだっていいわ」 そうして遠野家三人娘は作戦を立て始めた。 「志貴――」 「や、やめろよ四季。なにも、今じゃなくても……」 四季はゆっくりと自分の片割れに近づく。 「おいおい、ちょっとだけだぞ?」 「ちょっとって……お前、それいつも言ってるじゃないか!」 ゆっくりと後ずさる志貴。 「いいだろ? お前じゃなきゃダメなんだよ」 「お前な……毎回そう言って無理矢理」 だが、志貴の後ろは壁だ。もう、逃げられない。 「四季、早くしてくれよ。こっちも待っているんだからよ?」 「わりいな有彦。もうちょっと待て」 「お、おい、有彦! お前まで……」 「へっへっへっ、わりぃな親友」 いやらしく嗤う有彦と四季。 「お前らなっ、アレで最後にするって言ったじゃないか!」 「何言ってんだよ志貴……」 「そうだぜ……忘れるわけねぇだろ?」 「お、おい、ちょっと待て、止まれっての、おい!」 「よっしゃ、回せ回せッ」 「お前らッ! 俺のノート返せっ!!」 「いいじゃねぇか志貴。お前のノートが一番見やすいし」 「そうだぞ親友? 俺や四季のようなテスト的弱者をないがしろにするって言うのか?」 「お前らのはただの自業自得だろうが! 毎回毎回社長出勤と爆睡しているくせに!」 「まあまあ、後でなんか奢るからよ?」 「ったく……どうせまたラーメンとかなんだろ?」 はぁ、とため息をつく志貴。 「ああもう、勝手にしろよ……」 「やりぃ」 「うし、そんじゃあコピーしてくるわ」 「はぁ…」 「……ねえ遠野君?」 今までの 「なに? 弓塚さん」 「……わざとやっているの?」 「は?」 志貴はナニガナンダカワカラナイと言う顔をした。 彼は知らない、彼女もまた、あちらの住人であるということを――。 *** 「ふふー、いい声が取れましたー」 学校の、もう殆ど使われていない教室で琥珀がさっきのやり取りを編集していた。 「志貴さんの制服に隠しマイク仕掛けておいて正解でしたー。次回作の構想がむくむく と湧きますー」 ニタリ、と嗤う割烹着の悪魔。 「……やっぱり志貴さんは受けですねー。乾さんは……どっちにしましょ?」 どうやら実名を使うらしい。 「んー、でもヌきつヌカれつ、なんて関係もいいですねー」 次回作、完成まじか。 こうご期待。 *** 「はい、秋葉さまー」 琥珀は秋葉に一本のテープを渡す。 「ご苦労、琥珀」 「いえいえー。それではごゆっくりー」 そのまま琥珀はそそくさと出ていった。 「さーて、原稿を書きはじめますかー」 琥珀はテープレコーダーのスイッチを入れ、紙にペンを走らせようと…… 「あれ?」 琥珀の筆が止まった。 「あ、これ編集前のテープですー。とするとさっき秋葉さまに渡したテープが……」 キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ 突如、大怪獣もかくやとも思える雄叫びが二本ほど上がった。 「えいー」 ぽちっとな、とボタンを押す琥珀さん。 ガッ! ひときわ凄い爆音が響き、雄叫びが止む。 「ふー、テープは勿体無いですけど今ここで暴れられちゃあ元も子もありませんしねー」 いやその前にあんた妹さん壊してるって。 「もーまんたい、ですっ」 無問題なんかい。 「第一C4ごときで秋葉さまや翡翠ちゃんが死ぬはずありませんしねー」 いや、普通の人間ならじゅーぶん死ねますよ。 まああの二人は普通じゃないけど。 「さーて、仕方ありませんねーこうなったら生の声聞いて想像たくましくするしかあり ませんねー」 妄想の間違いでしょと言うこっちのツッコミを無視してまたも琥珀はぽちっとなとボ タンを押す。 ザッ− 『……なあ、さっき大きな音が聞こえてこなかったか?』 『いつものことだろ? それより、さっさと続きをやれよ、四季』 盗聴器のボタンであったようだ。 誰かこの犯罪者止めろ。 「…え、ちょ、ちょっと待ってください」 なぜか慌てふためる琥珀。 『…もーちょっと優しくしてくれよ、志貴ー』 『だめだ、そうするとお前つけ上がるだろうが』 「そんな、……そんなっ!!」 顔は青ざめ、手を震わす琥珀。 「ダメですっ!」 居ても立っても居られず琥珀はかけ出した! 「そんな……そんなっ!! 志貴さんが攻めだなんてっ!」 何妄想しているアンタ。 「そんなのダメに決まってます! 志貴さんは受けです! 総受けなんです!! 志貴 さんはマワされてマワされてマワされまくるのがお似合いなんです! メガネかけたそ の顔に熱いしたたりをブチまけられてこそ志貴さんなんです!! それが、それこそが世界の選択なんです!!!」 ヤな世界の選択もあったもんだなー。 「私が決めたんです!」 あんたがかい。 疾風ザブングル並に疾風のように駆け巡る琥珀。 だが。 「……こはく。よくもやってくれたわね……」 「ねぇさん、覚悟はいい?」 「どきなさぁぁぁぁぁぁい!!!」 「「ひっ」」 琥珀の一喝により道を開ける翡翠と秋葉。 その顔は恐怖に脅えた子リスのように。 「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 琥珀が志貴の部屋に乗り込んだ! そこには…… 「あー、また公式間違えて! 何回言ったら判るんだよお前は!」 「るせー! お前の教え方が悪いからだろ!」 「…………」 「なにおう、せっかく教えているのにその態度は!」 「誰も教えてくれだなんて言ってねぇよ!」 「……こんな……」 「ん? 琥珀さん?」 「お、琥珀。なにやってんだそんなとこでへたりこんで」 「……こんなありきたりなオチで誰が納得すると思って」 「…そうね、少なくとも琥珀が私にした仕打ちは納得してないわよ」 がっちりと、琥珀の首筋を捕らえる秋葉。 「姉さん……夕食の準備が出来ています。私が用意しました」 しゃらん、と包丁を鳴らす翡翠。 「その後はお茶会よ……ブラッティ・アンバーと言うお茶のね……」 「そ、そんな、ちょっと! いいところですのに…! あぁ…ま、まって! 痛い! 痛いです! もうちょっと優しく……」 そのまま琥珀はずるずると引っ張られていく。 そして。 きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー じるじるじるじるじるじるじるじるじるじるじるじるじるじるじるじるじる あーーーーーーーーーーーーーーーーれーーーーーーーーーーーーーーーー 断末魔っぽい悲鳴が二回ほど上がった。 「……さ、勉強始めるぞ」 「なぁ志貴」 「忘れた方がいい」 「奇遇だな。俺もそう思ってた」 二人はまたもくもくと勉強を始めた。 おしまい 「次回予告ー 度重なる「遠野志貴」捕獲の失敗に業を煮やした秋葉さまはとうとう四季さんの目を盗 んで志貴さんを地下室に拉致監禁しちゃいます! 「秋葉っ! 一体なんの真似だ!」 「兄さんが悪いんですよ……私にまるで振り向いてくれない兄さんが……」 暴走する秋葉さまっ! ……これはこれで萌えますねー。 「兄さん…一言、一言私を好きだと言ってくだされれば、許してさしあげない事もあり ません……判ってますよね?」 志貴さんは秋葉さまに告げます。 「俺は…俺は、四季がす」」 酢油ソース? 「そう、別名マヨネーズともいいましてー…って思いっきり違います」 てゆーか勝手に次回予告作らないでください琥珀さん。 「だまらっしゃい。第一この作品どっこも志貴さんが受けじゃないじゃないですか! こんなものよくもまあ恥ずかしげもなく出せますね主催者の癖に!」 受けじゃん。琥珀さんの妄想の中じゃ。 「妄想じゃあダメなんです! それを具現化せずになんの為のSS書きですか! そう ! 志貴さんが「受け」こそ「月姫」なんです! それを忘れて何が志貴受けですか! 裏志貴ですか!!」 ちゅーか一旦止まれアンタ。 「とゆーわけで次はこれ書くんですよね?」 無茶言わないでください。 「無茶でも書くんです! 大丈夫! 一線超えればなんだって書ける物なんですよ!」 それは超えたくない一線のような気がするんですけどー。 「何を言いますかイベントの時「志貴受けの人ですよね?」とまで言われた人が」 まさかそう言う覚え方されるとは思いもしなかったけどなー(実話です) でも出来ないものは出来ません。 「ちっ、仕方ありませんねー」 判ってくれましたかー。 「クスリ使って無理矢理目覚めさせますー」 721! 「それぷすっとなー」 ……きゅう。 「これで目覚めたときには立派なあっち系の作家ですねー。というわけで次回作をお楽しみにー」 あとがき いや、書きませんよ? てゆーかごめんなさい>他の参加者一同様 とりあえず主催者だからってことでカンベンして(をい) では、二作品目であいませうー。 あ、大丈夫。今度はあれだから。「月姫迷作劇場」(爆)