ユ・メ・オ・チ 作:しにを 人から言葉を奪うにはどうすればよいか? いちばん簡単な方法は物理的に口をふさいでしまう事だ。口の中にモノを突っ込んでも、 外から口全体を覆っても良い。 例えばそこにいる者のように、言葉を発せられなくなる。 あるいは、言葉を口にする事を忘れさせるほど別のものに気を向けさせるのも良い。 例えばそこにいる二人のように、言葉を発しなくなる。 その一室にいたのは三人だった。 いずれも無言。 息を殺して押し黙っている訳ではない。 口からはさまざまな音が洩れている。 吐息。荒い呼気。くぐもった異音。舐める音。啜る音。押し殺した悲鳴。堪えきれぬ嬌 声。声にならぬ声……。 ただ、意味のある言葉は発せられていない。 その一室の中で。 一室の中の大きなベッドの上で。 三人は人がましい言葉の代わりに、そうした言葉無き声・声無き言葉を口から洩らして いるだけだった。 そこはかつて人ならざるモノと転じた、遠野秋葉にとって血縁上だけの繋がりの兄が閉 じ込められていた部屋だった。 しかしそこは主を失い、今はその面影は残っていない。 内装を全面的に替えられ、そこに四季がいた痕跡は全て消し去られている。 しかし、と秋葉は思う。 それでもこの部屋は昏い。 どこか重く暗く、そこにいる者の心を暗然とさせる何かを感じさせる。 遠野の者故にそこに光りの射さぬ淀みを見出すのか。 それとも何年にも及ぶ怨念がこの一室に染み込み、主亡き今になって洩れ出ているとで もいうのか。 ともあれ、今の私達には似つかわしい場所だわ。 ねえ、兄さん……? 横目で兄の顔を見ながら、秋葉は内心で呟く。 口の中で転がす様にしていたものをカリッと強く噛み、志貴が反応するのを見て顔を上 げる。 秋葉がずっとしゃぶっていたもの……、志貴の乳首を満足げに眺める。 丹念に舌でほじくりずっと刺激していたそれは硬く隆起していた。 口に含まれ濡れ光っている方だけでなく、指で摘み、こすり、押し潰していたもう一方 の乳首もまた同じ様に硬く尖っている。 志貴の顔を見つめたまま、秋葉は指に挟んでいた乳首をぎゅっと捻る。 突然の刺激に、志貴の口から悲鳴の如き声が洩れた……、かに見える。 しかし出たのは押し潰した様な、小さい唸り声だけ。 志貴の口は樹脂の球体を詰め込まれ、半開きになったまま革の紐で固定されていた。 かつて罪人の言葉を封じる為に考えられ、その後似て非なる用途にも用いられる様にな ったボールギャグという道具。 どれだけ喉から血が出るほど叫ぼうとも、くぐもった声を洩らし、ぼとぼとと唾液を垂 れ流すことしか出来ない。 悲鳴を洩らす事も、許しを乞う事も出来ず、志貴は完全に言葉を奪われていた。 言葉を? いや、奪われているのは言葉だけではなかった。 目には厚い布が当てられ視界を奪っている。 身にまとうのは革と鎖と鉄輪で作られた拘束具、それが身体のそこかしこの自由を奪っ ている。 左右の手首と手首、足首と足首がそれぞれ枷と短い鎖で結ばれ、行動を制限している。 手の鎖からはさらに枝分かれして、ベッドにある鉤輪にはまっている。 そして何より志貴の体にまといつき絡みついている秋葉と翡翠の存在。 二人の与える快美感こそが何よりの鎖となって志貴を放さない。 志貴はつまるところ行動の自由を喪失していた。 秋葉は視線を志貴の体に沿って下へ動かした。 その目に、もう一人の少女の姿が映る。 剥き出しの志貴の股間には翡翠が張りついていた。 はちきれそうな志貴のペニスを口の中に含んで愛撫を続けている。 普段の志貴であればとうの昔に絶頂を迎えていたであろうが、今はどれほど高みへ向か おうが肉体的な終局を迎える事はない。 身体の他の部分同様に、志貴のペニスもまた自由を奪われていた。 その根元は細い革のベルトできつく締め付けられ、絶頂を迎え精を放出する事を禁じら れていた。 しかし翡翠は衰えずそそり立ったままの志貴のペニスを飽く事無く、ほとんど陶酔しな がら舐めしゃぶっている。 強く激しく志貴を責め立てるのではなく、ゆっくりと丹念に、そして心から慈しむかの 様に口戯を続けている。 その優美でありながらも淫猥な様は、女である秋葉をすら魅了する程であった。 あの様子だと、一日中でもそのまましゃぶり続けているかもしれない。 あまりの献身に、志貴の中で煮えたぎった白濁液が革の束縛をものとせず迸るか、逆流 して他の穴から噴出するのではないかと秋葉には思われた。 そこまでの心からの奉仕を受けるのは天国にいるが如き境地であり、同時にどれだけ高 まろうと食い止められ、最後に到る寸前の快楽を与えられ続けるのは、言葉に尽くせぬ地 獄でもあったろう。 皮肉でなく秋葉は思う。 翡翠の口戯は甘美な拷問だと。 そろそろ乳首だけでなく別な処を攻めたいと秋葉は思ったが、翡翠を中断させるのもた めらわれ、しばし口戯を眺めていた。 しかし、動きが止まった秋葉を訝しく思ったのか、翡翠は視線を上げる。 秋葉と目があった翡翠は、「替わりましょうか?」と視線で問い掛けた。 秋葉は頷く。 「そうね、そちらじゃなくて……」 翡翠は秋葉の意図を察して、ようやく口中からペニスを解放する。 そして秋葉の為に志貴を導く。 「志貴さま、体を反して四つん這いに」 志貴は素直に従う。 ケモノの様に四つ足で、顔と胸を下に倒してお尻を高く上げる。 秋葉のお気に入りの場所があからさまにされる。 膝を立てて秋葉はにじり寄ると、そこに顔を近づける。 そして躊躇なく唇を合わせ、舌を差し入れた。そこ……、志貴の肛門に。 § § § 「だいぶほぐれてきましたよ、兄さん」 舌が痺れる程、丹念に志貴の後ろの穴を舐め続けていた秋葉がようやく顔を上げた。 満足そうな笑みで、目が酔ったかの様に幾分とろんとしている。 一方の志貴は咽ぶ様な音を口から洩らしつつ、顔をシーツに押し付けていた。 どれほどの刺激を与えられたのかは、志貴が手をつき握り締めているシーツの乱れから も窺い知る事が出来る。 秋葉の志貴に対する所業は……。 兄の排泄器官に情熱的な口づけをした。 皺の一つ一つを丹念に舌先ですっかりふやけ切るまで弄った。 窪みとその周囲をチロチロとリズミカルに舌で刺激しほじり回した。 舌先を尖らせ強引に穴の中に挿し入らせ、濡れた舌を直腸の粘膜にこすりつけた。 唇を志貴に押し当て、空気を吹き込み、また逆に強く吸い上げた。 そして……。 他にも舌と唇とで生み出せる無数の動きを、秋葉は志貴の肛門に対して行っていた。 そしてその愛情に満ちた行為は、どれも志貴を狂わせた。 肉体的に受ける尋常でない快楽もさる事ながら、秋葉に自分の最も不浄な部分を嬉々と して舐め回されているこのシチュエーションの異常さ故に。 「さっき綺麗にしすぎて少し物足りないですけど、それでも残った牛乳の香りがしますね」 深く志貴の中に差し入れた舌を引っ込め、味わう様にお行儀悪くぴちゃぴちゃと鳴らし て秋葉は呟いた。 幾分爛れた様に崩れ、閉じきらない志貴のそこを指でつつく。 ふと何かを思い出した様にくっくっと秋葉は笑う。 「さっきは大変でしたね、兄さん。でも私と翡翠とどちらにお尻の中を綺麗にして欲しい のか、どうしても兄さん選んでくれないんですもの。 だったら二人分入れてさし上げるしかないじゃないですか。 それにしても翡翠も思ったより残酷ね。 私だったらあんなにお腹が破裂しそうにして苦しんでいる兄さんを見て、さらに注射器 の中の牛乳を注入するような真似、とてもできないわ」 「えっ」 ペニスに対するのと劣らぬ熱心さで志貴の足の指をしゃぶっていた翡翠が、驚きの顔で 秋葉を見つめる。 多少事実が歪曲された物言い、自分への非難に視線で異議を申し立てている。 「あら、文句がありそうね。でもね、命じたのは私だけど、やったのは翡翠、あなたよ。 まあ、いいじゃないの。兄さんも涙を流して喜んでたみたいだし。 今度からは毎回あの量にしましょう」 言いながら、ふにふにと志貴の穴を弄っていた人差し指を、無造作に中心に押し当てる。 すぶりと爪の先から潜り込み、何ら抵抗なく根元まで受け入れた。 ぐりぐりと中で動かした後、一度秋葉は抜き、中指を添えて同じ行為を繰り返す。 あっさりと志貴は二本の指を受け入れる。 今度は薬指を加えた三本の指。 これもさして苦も無く志貴は受け入れた。 牛乳浣腸とお湯での腸内洗浄、長時間かけての秋葉による肛門への舌戯とで、完全にそ の周辺はほぐれ緩んでいた。 「あらあら。前はいくら前準備してもこんなじゃなかったのに。それじゃ……」 秋葉は指を揃えて手全体を歪曲させる。 影絵の鶴の様な形。 そしてそのくちばしが志貴の肛門を突付く。 つぷり……、と指先が入る。 少し進んでさすがに抵抗が大きくなる。 しかし止まる事無くゆっくりとではあっても確実に秋葉の手は呑み込まれていく。 爪の先が、指の根元が、掌が、手首が。 手首と肘の間程までが消失してようやくその歩みは止まった。 さすがに絶えず言葉を封じられた口からくぐもった声が洩れている。 「きついです、兄さん。凄い締め付けで痛いくらい……。これでは入れられている方もお 辛いでしょうね」 心から同情します、という口調で加害者たる秋葉は言う。 しかしその行為をやめようという素振りは微塵も見せない。 そしてそのまま言葉を続ける。 「それでは……、と」 腕に力が込められる。 声にならないくぐもった音がより強く志貴の口から洩れる。 「苦しいのですか、兄さん? それとも喜んでいるのかしら」 志貴の直腸の中で、秋葉は伸ばしていた指を折り畳み、ぎゅっと握り拳を作っていた。 多少志貴の声がおさまったと見ると、今度は手首をぐりぐりと左右に捻る。 ただでさえ腸壁が裂けそうな苦痛を受けていたのに、より径を太くされて志貴は苦悶の 表情を浮かべ脂汗を浮かべる。 あまりの苦痛に意識が飛びそうにすらなる。 しかしそんな状態をやがて志貴は受け入れた。 依然苦しんでいるものの、なんとか秋葉の腕に馴染んでいる。 驚くほど短期間で、あっさりと言っていいほど早く。 そうなるのがわかっていたように、平然と秋葉は志貴の中で手を蠢かせ続ける。 そして志貴が息も絶え絶えになるまで続けると、ようやく手を引き抜こうとした。 だが、秋葉は顔をしかめる。 抜けない。 何度か試みてさすがに拳のままでは無理と判断し、手を開く。 異様な形容しがたい水音の如き濁音と共に、秋葉の手が現れた。 先ほどの腸内洗浄のおかげで、秋葉の手と腕は見苦しいほどには汚されていないが、そ れでも腸液と残滓とでぬめぬめと濡れている。 秋葉は特に嫌悪するでもなく平然として用意してあった濡れタオルでそれを拭う。 しかし、指だけは汚れたままで後始末を終わりにする。 「翡翠、兄さんの口と目、外してしまって」 「はい、秋葉さま」 翡翠が言葉に従い、ボールギャグと目隠しを外す。 志貴は眩しげに目を細め、大きく口を開け呼吸を繰り返す。泡だらけの唾液がぼとぼと とこぼれ落ちた。 「兄さんので汚れたんですから、ご自分で綺麗にするのが道理ですよね。そのまま兄さん のペニスを弄ってばい菌が入ってもいけませんし……」 そう言いながら秋葉は指を志貴の口へ押し込む。 志貴は自身の腸液にまみれた妹の手を拒む事なく受け入れ、舌で何度も舐め、唾液と共 に啜り、呑み込む。 しばらく兄の仕事ぶりを見守り、秋葉は指を抜いた。 「ご褒美です」 そう言うと屹立した志貴のペニスの先を指でつつく。 傷口の如き形状をした先端に指の腹を当て、ゆるゆると円を描く様に動かす。 「どう、兄さん。気持いいですか?」 「気持ちいい、秋葉、気持ちいいよ」 「そうですか。妹にこんな事されて、それでも気持ちいいんですか。……いいんですよ、 恥じ入らなくても。もっともっと楽しんで下さい」 言いながらペニスの先端に指を立てる。 鈴口に形良く伸びた爪が入る。 「ぐうっっ……」 「あら、声も出ないほど感動なされているんですか」 爪だけでなく指全てを潜り込ませようとするかの様にグリグリと指に力を込める。 「やめ……、やめろ、秋葉」 悶絶して、意味のある言葉を出すのは難しくなっていた。 それでも志貴は、悲鳴を絶えず口から洩らしている。 「翡翠」 「はい、秋葉さま」 翡翠が志貴にすり寄り、苦痛に歪む顔を手で押さえて唇を合わせる。 悲鳴を洩らす志貴の口を封じ、そのまま舌を志貴の口に潜り込ませる。 これで耳障りな声は封殺された。 秋葉は再び志貴のペニスに専念する。 爪を挿し入れたまま、指をくるりと九十度回転させた。 鈴口の縦線に沿って入れられた爪先が縦横を転じ、穴を押し広げる。 志貴の腰ががくがくと動く。 腰を引いて逃れようとしているのを見ると、秋葉は右手の動きはそのままに、空いた手 で、志貴の袋をきゅっと握る。 中の珠を転がす様にゆるゆると揉みほぐす。 「兄さん、あまり変な動きをなさるとびっくりして、はずみで握り潰してしまうかもしれ ませんわ」 言いながら、幾分力を込める。 秋葉の手によって快感と共に、耐えがたくなる寸前の苦痛も生み出される。 脅しでない事を知っている志貴は顔を歪めながらも、下半身の動きを止めた。 ただぴくぴくと、痙攣した様な震えのみが残っている。 「そうです、あまり動くと大事な処に傷がついてしまいますからね」 聞き分けの良い兄に秋葉は笑みを見せる。 再び、爪での愛撫を繰り返す。 そうしながら潤滑油代わりにと、開いた鈴口に秋葉は上からつーっと唾液をたらした。 爪を動かすとにちゃにちゃと音がした。 幾分慣れたのか、翡翠に口の中を蹂躙されている志貴の顔が平静に戻る。 いや、幾分かは快楽の色すら浮かべているだろうか。 満足げに志貴の反応を見ると、指を抜き、広がり己の唾液で濡れている鈴口に口づけす る。翡翠によってさんざん舐められた後であるのに、翡翠の甘い唾液の香りと共に志貴の 雄の匂いが微かに感じられる。 舌先でそれを充分に味わい、今度はいきなり歯で先の先のびらびらした肉皮を軽く噛む。。 左の一片を。そして右を。 そして与えた痛みを癒すように舌先を鈴口の中で踊らせる。 志貴のペニスは押さえ切れぬ様にがくがくと動いたが、秋葉が本当に求めているものは 姿を現さない。 恨めしそうに秋葉は志貴のペニスを拘束する革のベルトを見つめる。 思わず手が伸びる。 少しだけ、少しだけ緩めれば。 兄さんも苦しそう。 留め具に手を、それだけで……。 白く濁って温かい薫り高い兄さんの……。 「秋葉さま、何をなさっているのです」 静かな声。 だが、それは明らかに叱責の色を湛えていた。 いたずらを見つかった子供の様に秋葉の体が硬直する。 主従が逆転した様に、恐る恐るという様子で秋葉が翡翠の顔色を窺う。 「私は、何も……」 「今夜は姉さんの日です。お忘れですか。私達は姉が来るまで志貴さまの体を弄ぶのを許 されているだけです」 秋葉の言い訳を聞く耳を持たず、翡翠は事実だけを述べる。 言われた秋葉は使用人の叱責に反発せず、むしろ恥じ入る様に赤面している。 「悪かったわ、ルールは守らないといけないわね」 「はい。でも姉さんも遅すぎます。どうしたんでしょう」 「そうね、ちょっと遅すぎるわ」 今夜の主人は琥珀であった。 秋葉でさえも、よほどの事がなければ琥珀の言葉に従わねばならない。 今夜の志貴のこぼす精液の一滴たりとも、琥珀の許可なしには自由にならなかった。 その琥珀は、少し遅れますからと秋葉と翡翠とを先に志貴の元へ送り込んでいた。 志貴さんの体の準備をなさっていて下さい、と言い残して。 いわば真打登場までの前座的扱いであるが、二人は嬉々としてその言葉に従っていた。 「お待たせしました、秋葉さま、翡翠ちゃん。それに志貴さん」 外から窺っていたのだろうかと勘繰りたくもなる絶妙なタイミング。 琥珀が現れた。 「少々、明日の仕度に手間取りました」 「いいわ。で、今夜はどんな趣向なの。その格好……」 いつもの和装の琥珀はそこにいなかった。 どことなく今の志貴と近い姿。 肌を隠すための衣服と言うよりも、剥き出しの部分をより強調するための服。いや、服 というよりも拘束具と言った方がより近い。 露わになった白い肌に絡みつく様に黒い革と鎖が琥珀の体を彩っている。 胸は上下から圧迫されるように挟まれ、より前に突き出している。 その先端には乳首を挟み込むネジ挟みで短い鎖が留められ、その先に付けられた鈴が歩 く度にちりんと鳴り響く。 下もまた何ら隠さずに曝け出されている。 一度剃られてやっと恥丘に萌え始めたうっすらとした若草も。 その下で開きかけた花弁も。 早くも太股を濡らし始めた花蜜も。 いわゆる女王様然としたボンテージ姿に近い格好であったが、それにしては威圧感よりも むしろ被虐美を感じさせる姿であり雰囲気であった。 「今日はこれを……」 言いながら翡翠に手にしていたものを渡す。 鎖。先には首輪がついている。 「ああ、そういう事ね」 秋葉と翡翠が頷く。 志貴のものではない。志貴にはもうすでに首輪がつけられている。 「犬を二匹連れて夜のお散歩という趣向ね。いいわね。今夜は月も出ているし。 敷地内を回ってマーキングをして、庭の真中で交尾してか……。 ならば私と翡翠はあまりにオイタをする様なら躾けをしなくちゃいけないわね うん、それは楽しそうだわ」 はいと嬉しそうに琥珀は頷き、それから妹の方を向く。 「お願い、翡翠ちゃん」 くっと顎を上げて喉を見せる。 翡翠は慣れた手つきで琥珀のほっそりした首には似つかわしくない太い首輪を嵌める。 「きつくない、姉さん?」 「うん、大丈夫」 パチンという音がして留め具が固定され、琥珀は膝を床につけて四つん這いになった。 横では秋葉が同じ様に鎖を取り出し、志貴の首輪の留め輪に取り付けている。 「では、行きますよ、兄さん」 「姉さんも」 二人の妹がそれぞれ兄と姉を鎖で従え、外へと向かう。 § § § 志貴の前に琥珀は四つ足で歩んでいた。 後ろ足を動かす度に琥珀の白いお尻が志貴の目の前で、蠱惑する様に揺れている。 事実、志貴の目は黒い革との対比でより白く映えている琥珀の肌に目を奪われた。 琥珀も志貴の目に自分の秘裂も後ろのすぼまりも全て曝け出している己の姿を意識して いるのだろう。 歩き秘裂が捩れる度に、ぬめぬめと太股に垂れてくるものがあった。 ケモノの如き四つ足で首輪をかけられ外へと這い進みながら、その姿とは裏腹に、さっ きまでの志貴の混濁した意識がむしろヒトのそれに変わる。 琥珀の姿に改めて自分の姿が思い出され、羞恥の思いが沸き起こってくる。 全裸であるよりもよほど恥かしいと思う。 志貴の歩みが遅くなったのか、秋葉が首輪につながれた鎖を撓め、手首を動かして鞭打 つかの様にピシャリと志貴の背に叩きつけた。 志貴は飼い主の叱咤に従い、また前足を動かし始めた。 いつからだったろうか、こうした狂宴が毎夜の如く繰り広げられ始めたのは。 何故だったのだろうか、夜のみ自分が彼女らの所有物となってしまったのは。 わからない。 これまでの世界全てが消え失せた訳ではない。 朝が来れば、翡翠が起こしに来て、秋葉に文句を言われながらも学校に出掛け、帰って きて琥珀さんの料理を食べ、その後は会話を楽しみ、ゲームに興じたりもする。 それはそれで志貴にとって平穏で暖かい、大切な日常だった。 もしそれを奪おうとするモノが現れれば、我が身を危険に晒してでも守りたいと思う。 しかし、昼間の時間はやがて消える。 そして……。 そして夜を迎えるのだ。 夜の数時間は、志貴の全てが、志貴自身のモノでなくなる。 ある夜は志貴は、秋葉のモノになる。 ある夜は志貴は、琥珀のモノになる。 ある夜は志貴は、翡翠のモノになる。 そしてまた、ある夜には志貴は三人全てのモノになる。 夜の帳が下りれば、遠野志貴は命じられるままに何でもするし、何でも受け入れるそう いう存在に変じる。 それは志貴の望んだ事ではなかったかもしれない。 しかしそれは志貴の喜びであった。 彼女らに愛されるのも、愛すのも、責められるのも、何もかもが……。 もはやこの狂宴から逃れる事は出来なかった。 秋葉と体が蕩けるまで何度も何度も交わり、果てしない肉欲の満足感に浸る事もあった。 冷たい瞳の翡翠にねちねちと言葉でなぶられ本気で涙ぐみ、死ぬほどの惨めさの中で勃 ってしまったペニスを自らしごかされた事も。そして、心から軽蔑し汚らしいものを見る 翡翠の視線を感じながら、絶望と共に絶頂を迎えた事もあった。 冷酷な秋葉の責めにのた打ち回り、日を転じた別の時にはそっくり同じ事をしてくれと 懇願され、震えながらそれに従った事もあった。 翡翠と性的な事は何もせずに抱き合い、互いに相手の体温を感じて充実感に満たされな がら安らかな眠りについた事もあった。 完全に身動きが取れぬ状態で転がされ、秋葉の手で何度も高められては、寸前で止めら れ、気が狂いそうなじれったさに泣き叫んで射精に導いて貰い、床に撒き散らした己の排 出物を這いつくばって全て舐め取った事もあった。 ずっと翡翠にしゃぶられ続け、何度も何度も翡翠の口に放ち、それでも放して貰えず息 も絶え絶えになりながら許しを乞うた事もあった。 それに、それに……。 ペロリと琥珀が志貴の頬を舐めて、物思いに耽っていた志貴を呼び戻した。 どこか焦点の合わない瞳が志貴を見ている。 もちろん秋葉と翡翠だけではない。 一番変化に富んだ趣向をこらしてくれる存在が琥珀だった。 こと、この分野においては、特にアブノーマルな方面についての豊富な知識は他の追続 を許さなかった。 後で思い出すだけで赤面し身悶えする様な、とても翡翠と秋葉には見せられない行為で 志貴を陶酔させたり、秋葉には内緒で翡翠と二人がかりで志貴の体を蕩けさせたり、志貴 が自分でも知らない性感を引き出し悲鳴をあげてのた打つのを笑って眺め、気絶するまで 責め立てたり。 それでいて、秋葉や翡翠よりもむしろ控えめで可憐な姿も見せる。 どんな行為であれ、自分が楽しむのと同等に志貴を楽しませようとする。 今の姿も、ゴムやビニールよりも革を異常に好む志貴の嗜好を意識してのものだろう。 雄と雌、つがいの二匹の犬と化してこうして妹達に引き回されている今宵は、どんな快 楽を与えてくれるのだろう。 志貴は顔を伸ばしてお返しに琥珀の耳をかぷと噛んだ。 琥珀は嬉しそうに鳴いた。 犬の如く。 そうだ、今はトオノシキは犬だったな。 では、こんなヒトの意識は不要だ。 ただ、飼い主に可愛がられ、目の前の雌犬の身体を貪ればよい。 何もかも全て捨てて、ただ与えられるものを受け入れればよい。 今はただの飼い犬なのだから。 犬は犬らしく。 犬の如く 犬に 犬 ・ ・ ・ ・ ・ 「……。あ、あの、あのさ、琥珀さん」 「うん? 何ですか、志貴さん」 「これって何? 何なの、ねえ」 「そんなにがたがた震えながら、すがる様な目をなさらなくてもよろしいですよ。タイト ルご覧になって下さい」 「夢オチ……。そうか、俺がそんな酷い目にあって目が覚めて、何だ夢かと。そういう話 なんだ。ああ、良かった……。夢か」 うんうんと安堵の涙すら浮かべて志貴は去っていった。 その姿を琥珀はにこにこと見送る。 「いえ、志貴さん。そういう終わりじゃなくて、安心していたら正夢だった……、そうい うオチなんです。残念でしたねえ、あしからず」 《どっとはらい》 ――あとがき 調子に乗ってもう一本書いてしまいました。 一応ハードな志貴受けを目指してみてあっさり挫折。 少しはえっちいの書いてみたかったんですが。コンデンスミルクみたいなのを。 ブラウン系でもないし、挿入シーンすらないですし、今ひとつぴりっとくる薬味が足ら ないですねえ。 しかし志貴なら何しても平気だしとか思って、書いてて気は楽でした。ええ。 じゃっ、そう言うことで(脱兎の如く去る) by しにを(2002/2/28+α)