作:しにを
訳もわからぬままに、組み敷かれていた。 そして混乱する俺に、 近づく、 その……。 午後の保健室。 貧血で倒れそうになって連れて来られ一眠りするとこんな黄昏時。 ぼんやりとした頭を振ると、横合いから声を掛けられた。 「目が覚めたか、遠野」 「うん、なんだ有彦、待っててくれたのか。 別にさっさと帰っても……、有彦?」 「遠野……」 目が、有彦の目が尋常ではない。 思いつめたような、それでいて熱っぽい瞳。 射抜くようにこちらを見て、何かを言い出そうとして躊躇っている。 「どうしたんだ、有彦。何かあったのか?」 ふっと一瞬笑みを浮かべて有彦が口を開く。 「眠っているうちにってのはあんまりだと思ってな、待ってたんだよ」 「え。別に先に帰って……」 「はあ、遠野、そんな話じゃないんだ」 「なんだよ、わからない。何かまた、おふざけか……」 「いや、本気だ」 有彦はいつになく真剣な顔で近づき、まだベッドの上で半身を起こした格好 でいた俺に覆い被さってきた。 「おい、有彦、どういう……」 有彦に肩を、手をつかまれ動けない。 有彦の顔が間近に、本当に接触する寸前まで近づく。 「我慢できなくなったんだ。 ずっとずっと抑えてきたんだけどな、さっきからおまえの寝顔を眺めていて、 もう駄目だとわかった。 遠野、おまえが欲しいんだ。 ずっとおまえだけを俺は見てた……」 「やめろ、有彦。冗談だろ。 だっておまえあんなに女好きだし、ほら、こないだだって、な、話を聞けよ」 「ああ、俺だって自分が変だと思うさ。 でもな別に男がいいって訳じゃ無くて、遠野、おまえだけが欲しいんだ。 他の女はどうせ遊びだ。俺はどうでもいい女としかそういう気になれないん だよ。 本気で好きになったのはおまえだけだ」 そして有彦の恐れと歓喜の混じった顔が、唇が近づき……。 「うわああああ」 目が覚めた。 なんだ、なんだ、今の。 夢だ、夢だよな。 あまりにリアルだった。 まだ手首をつかまれた感触、のしかかられた時の有彦の体の重みが体に残っ ている。 うう、じっとしていると感触が戻って来る。 寝よう。眠ろう。寝直そう。 不自然な程の眠気に身を委ねた。 …………。 「そうだな、やり方を変えた方が良いのかもしれん」 まっすぐに俺の目を見つめたまま、奴は呟いた。 もう、四肢に力は入らず、ただ奴を睨む事しか出来ない。 しかし勝者である奴、七夜志貴……、は敗北し無力化した俺に止めをさす事 無く、考え込むように顔を顰める。 「切り刻み、裂き、刺し、手足を折り、捻じ曲げ……、ありとあらゆる方法で おまえを殺した。何十回、何百回と数え切れぬ程。 しかし次の日にはその記憶を捨て去ってまた何事も無かった様に目覚める。 おまえはいいさ、殺されれば終わりだ。 だが、俺はどうだ。不死身のバケモノを相手にしているにも等しい。 まるでおまえでなく俺が悪夢を見ているようだ」 その述懐に答えてやる義務は無かったし、事実これから俺を殺す相手にかけ てやる言葉など無かった。 「だからだな、遠野志貴。ただ、殺すのはやめるよ」 禍々しい笑み。 「不本意な死、他動的な死ではいけないんだ。おまえ自身が、本当に心底から 死にたいと望むようにしなければ、な」 「何を言っている」 「お前に生きていたくない、二度と生き返りたくないと思わせなければいけな いと言っているんだ。 痛みならおまえは耐えるだろう。そして心が挫ける前にポンコツの体の方が 壊れて終わる。 それでは駄目だ。それはある種の救いだから。 なあ、男にとって何が一番屈辱だと思う? 一番無力さと惨めさに歯噛みするのは、何をされた時だと思う?」 問いの意図も答えもわからなかった。 もとより奴も返事を期待している訳ではない。 好きにすればいいさ。もはや俺には何も出来ない。 奴が屈みこんだ。 え? 何を? 感情のこもらぬ目でこちらを見ながら、奴は俺の腰に手を伸ばした。 ベルトの辺りに手がかけられる。 「な、何を……」 嫌な予感がした。 カチャカチャと音がしてベルトが外され、抜かれた。 そのまま、ズボンのチャックが下ろされ……、 「待て、何をしてるんだ。何を考えているんだ」 「言ったろう。おまえに死ぬより酷い目に合ってもらうと。 言っておくが今の俺はおまえによって作られた歪な存在でな。殺人者に特化 していて他の欲望はほとんど皆無だ。それを無理矢理掘り起こそうと苦労して いるのだから、感謝してもらおう」 直接的に宣言された訳ではないが、わかった。 一瞬で全身から血の気が引く。 膝のほうまで脱がされかかったジーンズを必死で握り締め抵抗する。 先の奴の戦いで体中が激痛に悲鳴を上げているとか、左手の手首から先も両 の膝も感覚が無いとか、そんな事は関係なかった。 それだけは、それだけは……。 自分自身に、 七夜と遠野という違いはあれ自分自身に、 犯される!!! 考えただけで気が狂いそうだった。 しかし、抵抗はあっさりと叩き潰されていく。 右の手首が動かなくなった。 左の肩が動かなくなった。 右の肘が急に重みを増した。 完全に無力化され、地面になかば顔を擦りつけるようにして体重を支えて四 つんばいにさせられた時には、もう出来る事は嗚咽を漏らす事だけだった。 許しを請うても無駄なのはわかっていた。 「いくぞ」 腰をつかまれ、そこに当てられ、俺のそこは押し広げら……。 「うわああああああああ」 目が覚めた。 全身にまだ痛みが残っている。 でも……、それは夢の残滓で実際には何も起こってはいない。 なんだ、今のは何だ? なんで俺がもう一人、七夜って。 ……。 いや、こんな事が前にも確か……。 眠い。 なんだこの睡魔は……。 あ、ねむ……。 …………。 「ううむ、ワタシも出来ればその願い叶えてさし上げたいのですが」 「駄目ですか」 「ワタシはこう見えても志貴君の事を気に入っていましてね、その志貴君がわ ざわざこうしてお願いに来たものを邪険にするのは心が痛むのですよ」 あまり痛痒に感じていない顔でそのふとっちょ、いや斗波さんはほっほっほ っと笑う。 「実はですね、秋葉様から回状が廻っておりましてね」 「秋葉が?」 「要するにですね、志貴君、あなたの存在は全て秋葉様の管理下に置かれてい て、手を出してはならないと。志貴君に危害を加える事は、秋葉様を敵に回す 事と同義語であるとね。 それに秋葉様に黙って志貴君に資金援助したりする事はまかりならぬと。 これまた秋葉様への反逆行為に当たるそうですよ」 な、なんて事を、秋葉の奴。 「そう言う訳で、こっそり志貴君にお金を貸しましたなんて知れたらワタシは どんな目に合わされるか。ほんの小遣い銭程度ですのにねえ」 そりゃあんたなはハシタ金だろうけど、一高校生には大金だ。 他に頼れそうな人間も……、困った。 どうしよう。 「ただですね、お金をあげたり貸したりはきつく禁じられているのですがね、 売買行為は特に記述がありませんですな」 「売買行為?」 「そうです。志貴君が持っているものをこのワタシが買う、これはまあ詭弁み たいなものですが、特に禁じられてはいませんな」 「でも、俺、売るものなんてないし……」 「いえいえありますよ。少しくらい秋葉様の事に目をつぶろうかとワタシに思 わせるくらいに魅力的なものがね……」 話を打ち切って背を向けるべきだ。 本能がそう告げていた。 相変わらず柔和な笑みだが、どことなく久我峰斗波の顔に邪悪さを感じる。 でも、切実に今はお金が必要な訳で。 ・ ・ ・ 「うんん、いいですねえ。想像していたとおりだ」 「くっ。……」 体を指が這い回る。 首筋を舌が走る。 背中に汗ばんだ腹が押し当てられる。 「レモンのような首筋、ひきしまった体、この傷痕も実にこの……」 「ひいいぃぃ」 「この体が秋葉様を……、ふむう、むうう」 斗波さんが求めたのは俺の体だった。 思わず七ツ夜の短刀を引き抜こうかとした俺に、いえいえと手を振ってこの 男はこう言った。 「誤解しないで頂きたい。ワタシは男色のケはありませんよ」 「じゃあ、なんで」 「ワタシはね、秋葉様に愛され、秋葉様と結ばれたあなたの体を間接的に味わ ってみたいだけです」 「な、な、なんでそれを」 「わかりますよ。情報戦に関して久我峰を舐めて貰っては困りますな。おまけ に秋葉様だけでなく、ワタシのお気に入りの双子や、金髪の素敵なお嬢さんや、 眼鏡娘と……。羨ましい、実に羨ましい」 そんな事まで知られているのか。 急に脂汗がだらだらと流れる。 「そんな志貴君に触れる事でワタシもそんなパラダイスの主になった気分が味 わえれば……、それだけですよ。ワタシの願望は。 別に最後までは致す事はしませんよ。10分、それだけの間、一糸纏わぬ姿 になってその体を少々ワタシの自由にさせてくれれば、お礼は弾みますよ」 「でも……」 「もし、断られたら、この前の素敵映像のフィルムが秋葉様に送られ……」 「!!! 好きにして下さい、但し触るだけ。その代わり……」 「ええ、ええ。わかってますとも。 やり過ぎず引くを知る、経営の基本です」 そして俺は一糸纏わぬ姿になり、同じように全裸になった斗波さんが近づき、 背中から……。 舌が首筋から背中に動く。 ナメクジがのたうつような嫌な感触。 少しぶよっとした手が胸を愛撫し乳首をこりこりと動かす。 気持ち悪いよう。 これはアルクェイドの舌。 これはシエル先輩の手。 これは秋葉の指。 ……駄目だ、ちっとも自分を欺けない。 うう、お尻に何か当たっている。 これって、ううう……。 「おやおや、志貴君、なんだかんだいって感じてくれているんですか」 「えっ?」 「こんなに立派にしてしまって。ほほう、これが秋葉様を。 うむうむ、どれ、味わってみましょうか」 「やめろおおお」 「うわああああああああああああ。うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」 ぐっしょりと寝汗をかいて飛び起きた。 なんだ。 なんだ。 なんだ。 いくら何でもこれは無いだろう。 もう、起きる。 眠るものか。 ああ、水でも飲んで………………? ナンデコンナニハチキレソウニタッテイマスカ、オレノココハ。 アンナユメヲミタトイウノニ。 う、また眠気が。 おかしい、いくらなんでもこんな、ねむたくな、る、な、ん、て……。 「俺の秋葉を汚した罪、償って貰うぞ」 「四季……」 「その体でな」 「な、なにを……」 ・ ・ ・ 「待った、待った、琥珀さん、ストップ」 「なんですか、志貴さん。まだ始まったばかりなのに……」 「何で俺、こんな夢ばかり延々と見てる訳?」 「だって志貴さん総受けのやおい話なんて事考えると、こんなべたべたな淫夢 ネタでも使うしかないじゃないですか」 「どこが淫夢ですか。いや、そんな事じゃなくて。だから、何で俺がそんな目 に会うのかと聞いているんだけど……」 「志貴さんが受け顔だからです」 「え?」 「夜明け迄に、ええと今のが四季様でしたから、次はネロ・カオスさんで、後 はロアさん、高田さん、高田さんのお兄さん、あ、宗玄先生なんてのも。鹿の エトに、黒犬に、ぬらぬらした形容しがたい触手生物に、少年編で、槙久様に 反転前の四季様……。 二巡目に移行して……、ああやっぱり乾さんは多いですねえ。シチュエーシ ョンも豊富ですし。 体育倉庫とか乾家の夜とか二人逃避行に、林間学校。他のクラスメートも一 緒? ああ、林間で掛けているのか。それに……」 「ちょっと待ってよ。なんだよ、そのとんでもない数は」 「百回迎えると、今までの夢が全部現実化して、志貴さんったらそれはもうぐ ちょんぐちょんの凄い事に……、ああ、うっとり」 ぽんと手を打って、邪気の無い笑顔になる琥珀さん。 対照的に顔面蒼白の志貴。がたがたぶるぶる。 「冗談ですよ。大丈夫です、きっとちょっぴり笑えて最後は少し切なくて涙す る……、そんなハートウォーミングなお話になりますから」 「絶対ならないと思う……」 「では納得して頂いた処で、はい、再開、スタート」 「納得してないってば……。あ、ダメだ眠っちゃ、ね…む……」 「だんだん内容的にはエスカレートするそうですよ、ああ、楽しみ」 ええと、悪夢は終わらない……(超ありがちな結び) いや、もう終わるんですけどね。 ヤマとかオチとかイミとか、なんにもないままにおしまい。 何故ってやおいだから。 違うの? ええと……。 終わりと言ったら終わり。 終わりなんだったら。 終わりです。 《どっとはらい》 ……ほら、終わった。 ―――あとがき。 ええと、当初書いてて没にした七夜志貴×遠野志貴のお話の再利用と、水冬 さんの素敵画像に心動かされたのが、犯行理由です。 そんな訳で本作品を水冬さんに捧げます。 自分にやおいモノ書く属性も才能の欠片もなかった事実に少し安堵。 快調快調、筆の止まる事を知らず……、だったら逆に鬱になったと思うので。 by しにを (2002/3/27)