武門の家に生まれ、育ち、様々なことを教えられた自分だから、
殺めたときの心の対処法は武士の本能で何とか出来る。
そう、何とか―――出来る。
だが、平穏な世界から来た天真は違う。
太刀を持つこと、ましてや人を殺めるなど未経験だ。
天真にはこの思いをして欲しくないから、峰打ちだけで良いと言った。
「でも、かなりの手練れだったら峰打ちで護れないんじゃ
ないのか? 必要なときだってあるだろ」
「それでも、お前がする必要はない」
お前まで手を汚すな―――心の中で思う。
神聖な、綺麗なあの方を汚れた手で護るのは自分一人で良い。
これ以上、自分のような人間を傍に置いてはいけないから。
反論できない口調と眼差しだから、天真は黙るしかなかった。
「それから、もう一つ。
太刀を持つことで強くなったと慢心すれば、必ず隙が生まれ、
護る太刀で・・・誰か大切な人を失うこともある」
そう言った瞬間、頼久は苦しそうな表情で拳を握った。
爪が食い込むくらい強い力で。
「頼久、お前・・・・・」
天真は頼久が何故そんなに苦しそうなのか、その理由を知らない。
思わず声を掛けたが続ける言葉が出て来ず、拳から再び視線を
上へ向けると、頼久はそれから逃れるように少しだけ顔を逸らした。
『もう泣くな、頼久。お前が悪いわけではない』
『・・っ・・・っく・・・・で、すが・・・父上っ。
兄上は・・・・わたしを、庇って。 わたしの所為でっ!』
『実久はお前が大切だから生きて欲しかったのだ。
後悔するなら、あれの最期の言葉を胸に刻め』
『自分を、信じる――』
『そうだ。・・・・そして、今度は頼久。
お前が大切な人を護れ。主よりも大切な人を・・・・』
天真から目を逸らした先にあるのは、柔らかく咲く桜。
ここにある桜は薄墨色ではないが、十年前の出来事が脳裏に浮かぶ。
悲しみに暮れた日の父との会話。
兄の血を含んだ衣のままで泣いて、自分を憎んだ。
過信、慢心、心の隙が起こした事態。
「・・・・気を付けろ、天真」
自分の二の舞はするな―――と思いを込めて、真剣な瞳を
天真に向け直した。
「分かった。 お前も知ってると思うけど、俺・・・突っ走る質だからさ。
その時は止めてくれよ」
「ああ・・・」
幼い頃の自分と天真が重ならないように、己が枷となる。
兄と殺めた人の血に染まった手と太刀。
拭っても、拭っても消えないそれは、あの時の過ちを犯さないために
植え付けられた記憶。
その記憶が己の枷となる。
「じゃ、今から稽古始めようぜ!
俺、武士団の奴に太刀がないか聞いてくるから待ってろよ。絶対だぞ!」
「ここにいる――」
慌ただしく言い残して走っていく天真に、思わず笑みが漏れる。
父や兄と稽古を始めた頃の自分と同じ姿。
嬉しくて仕方がなかったことを思い出す。
天真が戻るのを待つ間、集中して太刀を鞘から抜く。
血を吸い込んだ太刀は、そのことが嘘のように眩しく陽の光を反射する。
「――綺麗ですね」
鈴を転がしたような声が聞こえて振り向くと、いつの間にかあかねが
庭に降りていた。
「神子殿・・・・!」
「さっき天真くんに会ってね。
頼久さんと稽古するって言ってたから、見に来ちゃいました。
あの・・・迷惑、ですか?」
「いいえ! そのようなことはありません!」
せき込んで否定する頼久に、あかねは安心したように微笑んで、
良かったと呟いた。
「ですが、神子殿。
稽古を見ていて楽しいでしょうか?」
「はい! それに頼久さんの太刀は綺麗だから・・・・。
初めて見たときは怖かったけど、今は私、それに護られてるから
平気です」
「神子・・・殿」
「ただ、私の代わりに頼久さんが傷ついてしまって・・・・。
本当はすごく優しい人だって知ってるからね、私」
血に濡れた太刀を綺麗だと、怖くないと言ってくれた少女の言葉が
心に染み入る。
そして、自分の心までも気遣う優しさが暖かい。
多くの命を殺めたのに、今まで太刀を振るってきて良かったと思う。
ひどく嬉しい。
その過去があるからこそ、自分の力で少女を護ることが出来る。
もう一度太刀を陽にかざす。
刀身が白い光を生み出す。
「ほら、ね。 綺麗・・・」
「・・・・はい」
武士であるから、今後もきっと人を斬るだろう。
一生かけても償いきれない罪を背負い、生きていく。
それでも、父が言ったように大切な人を護ろう。
その小さな身に降りかかる危険を、私の太刀で必ず防ぐ。
主ではなく、ただ一人の大切な少女を護ることは、自分にとって重要な
ことであり、それが己を信じられる唯一の方法。だから、振るう。
「この光で―――あなたをお護り致します」
切先を見つめながら、少女と己に誓った。
結び
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桜花同盟第一企画 「頼さん市」に出展していらっしゃいました
カンナ様の作品をいただいて参りました。とても心に残るお話でしたので
御本人様にお願いした所、サイトへの掲載をお許しくださいました(^^)
カンナ様、お聞き入れくださり、ありがとうございますv
頼久さんの気持ちがひしひしと伝わってくるお話だと思いました。
太刀を振るって生きていくことの悲痛さ、武士の在り方、消えない過去…
頼久さんの振るう剣には、そんな想いとともに悲しい誇りさえ感じました。
でも、あかねちゃんの気持ちが頼久さんに重なり、頼久さんの剣に優しい
光が映った時、頼久さんの気持ちは救われたように思います(^^)
「この光で―――あなたをお護り致します」
最後のこの、頼久さんの誓いに、改めて感動を覚えました。
忘れられない、大好きな言葉です。
カンナ様、素敵なお話をありがとうございましたv
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