悪戯(M)




 U-23の親善試合で、オレ達はドイツに来ていた。2-2の結果に、だからオレを使えよと口にする前に日向さんが若林にふっかけたので、この交流パーティの直前は一瞬乱闘になりかけた。普段は自分が日向さんにふっかけるクセに、最近は翼がいないときの定番主将である松山が止めに入り、日向さん対若林の乱闘は日向さん対松山に移行し、これもまた定番の三杉と岬が止めに入り終了した。あれから日向さんはぶすったれた壁の花となり手渡されるワインを黙々と口にしている。対する松山は、人好きのする笑顔と底なしの食欲でグラスではなく皿を片手に日本やドイツの代表に囲まれていたが、いまはなぜかジャケットを片手にグラスを持ち、反対側の壁に寄り掛かっていた。暑いのか酔ったのか、火照った顔に手に持つグラスは多分ワインではなく水が入っている。
「暑いスか?」
 はあ?といった顔を振り向ける日向さんは、きっちりジャケットを着込んでいる。この暑がりがジャケットを着ているのに、他の誰もが暑いはずはない。じゃあ酔ったのかというと、たとえば日向さんが酔ったところも見たことがないが、あのザルが酔ったところも見たことがない。
 オレでさえ気が付く松山の異変に、この人が気付かないはずはないのだが、意地っ張りな幼馴染みは黙って反対側の壁を睨んでいる。反対側の壁に立つ、生意気なライバルを。
 仕方なくオレが様子を見てこようと一歩踏み出した時、さきほどの小競り合いの相手が松山へ小走りに歩み寄った。瞬間、日向さんは会場を渡り始めている。仕方なくオレは、さきほどの小競り合いを再現するメンバーに加わることにした。
「どうした? 松山」
 若林の肩を押し退け松山の前に立つと、めずらしく目を逸らし松山は床に視線を泳がせている。
「さっきヨナからカクテル手渡されていただろう?」
 オレに押し退けられた若林が、不機嫌になるかと思いきや日向さんをちらっと見遣ると気まずげに松山へ訊ねる。
「飲んだのか?」
「飲んだよ。オレンジの味がした」
 松山はカクテルの名前を覚えるような男ではなく、料理も甘いとか酸っぱいとか味でしか覚えない。
「そのカクテルがどうした」
 それまで黙っていた日向さんが、いきなりジャケットの胸倉を掴み若林に低く声を落としたが、若林がすぐに叩き落したので再び勃発した小競り合いに気が付く者はまだいない。
「今日はプレスの入っていない非公式なパーティだから、ちょっとふざけたんだよ」
 若林が日向さんに、言い訳がましい表現をするのもまためずらしい。
「若いヤツラの間で、最近パーティの時はやっているジョークだ」
 松山が少し不安げに、若林を見上げる。
「その、あれだ、パーティの主役とか、スピーチするヤツのカクテルにEDの薬を入れるんだ」
 薬という言葉に松山がビクリと反応する。
「それって、ドーピングに引っ掛かるんじゃ…ッ」
「それはない」
 慌てる松山の肩をすかさず若林が掴み、落ち着かせようとする。
「ドラッグとか、ヤバイ薬じゃないし、それほどの量じゃないはずだから。キャプテンでスピーチがあるから、オマエとシュナイダーのカクテルにふざけて入れたらしいんだ」
 言われてみると、会場にシュナイダーの姿がない。
「ヤバイ薬じゃないって、どうして言い切れる」
 日向さんが、今度は胸倉を掴んではいないがハッキリと喧嘩を売る口調で若林に食って掛った。素直じゃねえんだよな。自分はちょっかいかけるクセに、誰かが松山をからかうと途端に機嫌が悪くなる。あれだ、小学生の悪ガキが、好きな女の子をいじめていいのは自分だけだと思っている独占欲だ。
「オレもやられたことがあるんだよ。パーティの間中、2時間起ちっ放しだった、それだけだ」
 普段なら日向さんを煽ることはあってもなだめることはない若林が、こんな風に下手にでているのは、ドイツ側にリーグの仲間が多いからだろう。仲間のいたずらに、責任を感じているからだ。
「じゃ、もしかして…」
 ジャケットを腕に掛けている、その腕を掴むと松山は弾かれるように腕を戻した。あー、起ってるわ。
「監督にはオレから適当に言っておくから、部屋に戻っていろ」
 若林が松山の肩を抱き出口へいざなうと、日向さんは黙ってあとをついた。
「オレが鍵を持っている」
 ちらりと見遣る若林に、視線を合わせようともせず日向さんは言い放ったが、若林は溜息をひとつ落とすだけで何も言わなかった。
「おい、歩けるか?」
 前屈みで、よろよろと歩く松山の顔を若林が覗き込む。その一挙一動で、日向さんの怒りがふつふつと沸き上がってくるのを感じる。だが、この意地っ張りの幼馴染みは、自分で手を貸したりはできない。
「な…んだよ!?」
 軽々とはいかないが、姫抱きしたオレに松山が抗議の声を上げる。
「背負うとチンコあたるだろうが。このほうがサッサと部屋に戻れるだろう?」
 松山は、多分納得はいっていないのだが、だんだん余裕がなくなってきたようで、ジャケットを握り締めるとオレの腕の中でぎゅっと縮こまった。
 カードキーでドアを開ける日向さんに続き、オレが入ると若林が続いた。荷物でメチャクチャになっているほうのベッドが多分松山の使っているベッドだが、日向さんが自分のベッドのカバーをめくったので、黙ってそこに松山をおろした。若林が松山のネクタイを緩め、ジャケットを取り上げるとそっとデュベを掛ける。世話焼きっていうより、ベッドで女性を扱いなれた仕種だ。
「辛いか? ちょっと熱っぽいきもするな。シュナイダーはつらっと自分のモノ見下ろしてたんだがなあ」
「薬が効きやすいんだよ。風邪薬も眠くなるからギリギリまで飲まねえ」
 なんでオマエがそんなことを知っているのだと、若林は呆れた視線でちらっと日向さんを見遣ったが、松山のいたたまれない感を察してか、目顔でオレ達をドアにいざなった。
「ガマンしないで2、3回抜け。念の為一時間くらいしたら様子を見に来るから」
 経験者だからか、それほど心配してはいないらしい若林はそう言うと、先に立ちドアを出た。デュベの中で、先程オレの腕の中で縮こまっていた時と同じようにぎゅっと手足を引き寄せている松山を、日向さんは残して行きたくないのだろうが、居残られても松山が迷惑だろうからオレはちょいと肩で小突いた。松山を見ていられずベッドの足元、濃いブラウンのカーペットを睨んでいた日向さんは、オレには振り向かず黙って部屋を出た。

 日向さんにとって、それからの一時間は一分が十分に、十分が一時間に感じられるようなものだったんだろうけど、挨拶をし挨拶をされグラスを乱暴に幾つか空けた頃、席を外した松山に代わり日向さんへスピーチが回された。
 アンオフィシャルなパーティとはいえ、ドイツ代表や両国広報に囲まれた日向さんは、短過ぎるスピーチを終えてからもイライラと出口を睨んでいる。仕方がなく斜め後ろから近付き、ポケットに突っ込んだ右手をちょいちょいとつつくと、らしくなくためらいがちにカードキーをオレの手のひらに滑り込ませてきた。同じようにドイツ代表に囲まれた若林が、すまなそうに目配せを送ってくる。別にヤツに貸しをつくるつもりはないが、日向さんが松山を心配するのもほんの少しは面白くないので、オレは日向さんが人垣を抜け出す前に会場を後にした。
 カードキーを入口のホルダーに差し入れると、室内にゆっくりと明かりが灯る。デュベの小山が、松山はまだ手足を伸ばすほど体の力を抜いてはおらず、むしろ一時間前と同じようにうずくまっていることを示している。
「松山」
 一応、呼び掛けてみたが当然のように返事はない。
 顔があるであろうほうの端をツイと持ち上げてみると、ギュッと握り締めたシーツを額に引き寄せ、胎児のようにうずくまっている。もう少し引き上げてみると、ぞんざいに丸められたティッシュと、よく見ると足元に室内備え付けのティシュケースが落ちていたので、奥手の松山もさすがにマスのかきかたを知らなかったわけではないらしい。だが、乱れたワイシャツはじっとりと汗で張り付き、襟足から除くうなじが紅潮しわずかに震えている。オレが、体温と脈を診ようと首に触れると弾くように手を払われた。
「さわ…ッンな!」
 松山は、ますますギュッと縮こまり、震える膝頭を肘の前で強くあわせている。
「ちゃんと抜いたのか?」
 よく見ると、丸められたティッシュはほんのふたつで、肌蹴たトラウザーの前立てたから、まだ張りつめたままの中心がワイシャツの陰に隠れている。
 わざと松山の体が見えるよう、デュベを大きくめくって落とすと、観念した松山がシーツでくぐもらせながら吐き捨てるように抗議した。
「した…ッ、でも、おさまんない、これ以上、さ…われないッ…!」
 膝を擦り合わせ下肢をもどかしく抑え込む。日向さんが言うように薬が効きやすいのか、鈍感なくせに身体はこういった事に感じやすいのか。多分、経験したことのない快感を、苦痛に感じ持て余している。
 言葉を発してしまったことにより、必死に堪えていたものが耐え切れなくなってきたのか、短く息を吐きながら膝頭を強くあわせ時々震えが走る腰をなんとか抑え込もうとしている。
 驚いたことに、一瞬オレの股間に熱がこもった。それは、乱れた着衣で汗ばんだ肌を紅潮させている松山に欲情したからではなく、この松山を見て欲情する日向さんを想像してしまったからだ。いつもは正面からこちらの眼を見据えて、キリッとつりあがった黒々とした瞳を、青く澄んだ白眼から覗かせているのに、いまは握り締めたシーツで必死に表情を隠している。堂々とこちらを向いているハズの身体を縮こませ、昂った下肢をもどかしく抑え込んでいる。求めてはいても、実際に実在することを目にしたことはない松山の性を前に、日向さんも同じように昂るのだろうか。
 まるで失禁してしまいそうなのを堪えるように膝を擦り合わせる松山に、オレは覆い被さりながらそっと唾を飲み込んだ。
「な…に!?」
 股間に伸ばされたオレの手のひらに、驚き振り向いた松山の腕がオレの顎にあたった。
「ヤ…めろッ、若島…津、さわンな!」
 動揺してオレのジャケットを掴むこともできず、松山の腕がオレの上半身のあちこちにあたる。右手に収めた松山の中心は熱く、張りつめ体液を滲ませた先端に親指の腹で触れると松山はベッドの上で魚のように跳ねた。
「ひァ…ッ!!」
 先端に触れた、その刺激だけで勢いよく松山が射精する。同時に、滲んでいた瞳から大粒の熱い滴がこぼれた。
「やめ…! ヤだ! ヤだ! ヤ…ッ!」
 松山自身の放った性を手のひらに、まだ昂りの収まらない中心をゆっくりと上下に含む。
「わか、若島…津ッ、ヤだ! ヤ、さわンなッ…!」
 ぐっと仰け反り汗ばんだ喉仏を浮かべ、真っ白な歯をくいしばる。日向さんやオレに比べ、日焼けの浅い鎖骨で汗が珠となっている。
 単語すらうまくつづれなくなった松山が、無理矢理喘がされる間に自分では気付かずアノ人の名前を呼ぶ。
「ひゅ…ッが、ひゅうが!」
「日向さんに、見られたくないだろ?」
 ちょっとサディスティックかな、と思いながらも、知らず口にした名前を松山にさとらせる。
「…!」
 堰を切った時と同じ、大粒の熱い滴がまたひとつこぼれた。
 イク時の表情は、泣きそうに苦しい表情とちょっと似てるとか、だから子供は好きな子を泣かせようとするのかな、本能かな、などとベッドに片腕をつき松山を見下ろしながら酷薄にもオレは考えている。汗ばんで束になった不揃いの前髪。フルタイムで走り回った時とは別の、エロティックな顔の紅潮。すっかりと肌蹴たワイシャツの下では、整った腹筋が必死に射精を堪えている。どこか中性的な、つまり男は感じさせても男の性を感じさせない松山の中心にも、黒々とした下生えがあることにいまさらながら驚く。浴室やロッカールームで、見たことがないわけでもないだろうに。
 体液と汗で濡れたその下生えを、手の甲でゆっくりと撫でるとビクンと大きく仰け反った。見開かれた瞳は、すっかり涙で濡れている。ふたたびその中心を右手に含むと、もう意識のとびかけた松山がオレの手の動きにあわせかすれた喘ぎ声をこぼした。
「ァッ、ァッ、ァ…ッ…ぅ、」
 上下する手のひらにあわせ、どうしてもこぼれてしまう嬌声をもう自分では抑えられない。本当なら、日向さんが優しいキスで抑えこんであげたいだろうに。
 まあだけど、それと知らず奥手な日向さんが松山とそんな関係になるのは、少なくてもまだ先なはずだ。その時の為の、これはちょっとした悪戯だ。
「ッン、ン、ぁ…ッ…ァッ、」
 いつのまにかオレのジャケットを握り締めた松山が、ギュッと眼を閉じた横顔をシーツにこすりつける。短い襟足は朱に染まり、耳から鎖骨までの首筋が汗に滲みらしくなくセクシーだ。日向さんに見せたかったな。
 真っ黒なくせのない前髪が束となり、シーツの上でわずかに音を立てながら揺れている。寄せられた眉根の上の額はどこかあどけないのに、くいしばってはほどける真っ白な歯列からのぞく舌の淡い赤が、やけに扇情的だ。やんわりと噛んだり、なぶってやりたり衝動を誘ういかにも未開発な咥内だが、さすがにキスは本気で怒るだろうからやめておく。日向さんがな。
「ッ、ッン、も、…ッ!」
 もう、これ以上我慢できない。そんな感じ。
「…ッ!」
 フッと一瞬吐いた吐息が止められた後、既に力の入らない身体を最後にギュッと縮こませて下肢を震わせた。乱れたシーツの上で、ビクンビクンと小さく身体が跳ねる。
 力が抜けるとともに、意識を失った松山は渇いたのどで軽く咳込んだ後、ハァハァと深く呼吸を繰り返した。
 いやホント、日向さんにも見せてあげたいけどまだあの人には刺激強過ぎるし。
 さっきの様子だと、日向さんが抜け出してくるのは時間の問題だろうから、オレはさっさと証拠隠滅に移ることにした。中途半端に腰骨までずりおちたトラウザーをボクサーパンツごと脱がせると、ネクタイを外し汗で張り付いたワイシャツを脱がせる。松山の上半身はけっこう重くて、意外と筋肉ついてるなとか思ってみたりする余裕も見せながら。蒸しタオルで体を拭いてやると、松山は今夜はじめてほっとしたような表情をした。あとはトランクからはみだした、Tシャツとボクサーパンツをてきとうに着せてやる。
 デュベを整え、このまま寝ちまってもいいだろうという格好にしつらえたところで、呼鈴ではなくドアがノックされた。
「松山は?」
 開けるなり、擦れ違うオレと目も合わせずベッドへ向かう。若林が居る時とは違って、そういう余裕のない姿を見せてくれるアンタがオレはカワイイよ。
「寝ちまったみたいです」
「着替えさせてくれたのか?」
 ちらりとデュベを持ち上げた、日向さんの表情に疑いはなく素直に感謝してくれている。ゴメンな、オレのカワイイ幼馴染み。
「泣いたのか?」
 隣のベッドに腰を下ろし、赤く腫れた目の周りを手の甲でそっと触れる。こんな時でさえ、この人は簡単には松山に触れられない。
「自分でするのとは違いますからね。ちょっとキツかったんじゃないスか。ガキには」
 日向さんは黙って汗で濡れた前髪を薬指で払い、いまはスヤスヤと眠る松山の額を指先だけでちょっと撫ぜた。
「パーティ終わったんスか?」
「いやまだだ」
「じゃあ、オレもう一杯飲んで岬あたりを引き留めてこようかな」
 日向さんはジャケットをベッドの端に抛り、ネクタイを緩めると腿の間に緩く組んだ両手を落とした。
「悪いな、若島津」
 松山のことで、ありがとうって素直に言えないアンタがやっぱりカワイイよ。
 オレ、そのへんのセクシーな女の子にアンタを取られるくらいなら、アンタ達が中学生みたいに自分の気持ちに気付かずいるのを眺めているのもいい。
 だけどそこは、気の利く大人な幼馴染みだから、まあそのうちアンタの気持ちを教えてあげるよ。
 たくさん遊んだあとでだけどネ。







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