お代にかえて 「日向?! ッッだよ!!」 ここまで怒気を含んだ声を掛けられたのは、グラウンドでも暫くない。 スニーカーを脱ぎ、フローリングに一歩踏み出したところでティッシュの箱が見事なコントロール(と球速)で投げ付けられるのを、スポーツ選手の身体能力ですんでにかわす。 「いま、ちょうどだったのにーー!!」 稼ぎの割にはやや狭いワンルームマンション。TVと向かい合い置かれたソファーの前に、松山は座り込んでいた。下ろされたジーンズのファスナー。取り出されている松山自身。 液晶の画面では、何度目なのか絶頂を終えた女優が次の体位へと組み敷き直されていた。そして、その快楽の頂点で取り残された松山の中心。 「もう!! ここで抜こうと思ってすっげえ我慢してたのに!!」 「オマエ、なんかほかに言うことねえのかよ」 オレも寮生活が長かったが、マス掻いてるところを見られ、ここまで開き直っているヤツは見たことがねえ。 「帰れ!! っつーか勝手に入ってくんな!! っつーかビデオ代返せーー!!」 松山は、両手でクッションを掴み何度かソファーに叩き付けると、最後にボスッと顔をうずめてしまった。 「なんであと3秒遅れて入ってこねえんだよ〜。そしたら抜けたのに!!」 松山は、またもうとかなんとか言うと、クッションから半分だけこちらに顔を向け、さっき放り投げたティッシュを拾うよう指差した。オレは、黙って拾い上げると手渡しながら松山の背後のソファーに腰を下ろす。 「こんなAVで抜かなくてもオレが抜いてやるよ」 「余計なお世話だっつうの!」 「てゆーかなあ、オレがやろうとすると嫌がるくせにAVで抜いてるたあどういうことだ」 オレがんん?と顔を近付けると、まだ火照りが引かないその頬を、松山はプイッと背ける。 「それとこれとは別なんだよ」 「どう別なんだよ」 松山は中途半端に萎えてしまった自身を拭うと、手のひらもぞんざいに拭い丸めたティッシュをゴミ箱に放り投げる。 「え? どう別なんだ?」 「うるせーよ。つかビデオ代返せ! もしくは昼飯おごれ!」 「そうなんだよな。テメエ、昼飯も食う前からAVで抜いてるなんて誰が予想するかっつうの」 松山はオレの疑問を無視すると、ソファーの足元に置いたコンビニのビニール袋をカサカサあさり、中からおにぎりを取り出した。 「これでもいい。みっつでチャラな」 「みっつ?」 包装を破り既にかぶりついた松山がもごもごと答える。 「レンタル代、300円」 「レンタルビデオなのか?!」 「いまどき300円って足元見てるよなー。AVだからってよ」 あっと言う間にふたつ目の包装を破り始めた松山は、さも納得がいかないといったしぐさで小首を傾げ、口元についた米粒を親指で拭っている。納得がいかないのはオレのほうだった。 「オマエなあ。爽やかがウリの新人Jリーガーが、AVビデオレンタルしてんじゃねえよ」 「ッだよ、それ。独身なんだからいいだろ」 合宿中で監督命令が出てる訳じゃないしと、晴らせなかった性欲を食欲で晴らしながらも先程のオレの乱入を思い出し、松山はまた腹を立てているようであった。 「若いんだから、仕方が無い?」 「当たり前だ!」 「恋人としては、申し訳ない限りだな」 「だ…れがッ、恋人だよ!」 マス掻いてるところを見られても平気なのに、恋人なんて単語ひとつで顔を赤くする、コイツの心理はよくわからねえ。だが、そんなアンバランスなところにオレが惹かれているのは確かだ。 「ビデオ代、返してやるよ」 背後から松山の腕を掴みソファーに引きずり上げる。手のひらからこぼれた握り飯はもうオレの視界には無い。 「このコは、どんな風にしてくれた?」 いつの間にかBGMになっていたAV女優の喘ぎ声が、俄かに室内に響き始める。背中から抱き締め、肩口に顔をうずめるように耳元に問い掛けた。 ひくりと、竦ませた身体に気付かれていないとでも思ったのか、松山は乱暴に身を捩りオレの腕から抜け出そうとする。 「離せ! やっぱオマエ帰れよ!」 「まあまあ、今日はオマエのリクエストどおりにしてやるから」 「じゃあまず帰れ!」 言いながら立ち上がろうとした松山を無理矢理ソファーに座らせ押さえ付けると、一度は上げられたファスナーを再び下ろす。 「日向!」 「フェラはオレのほうが上手いぜ」 言いながら、ジーンズの中トランクスをずり下げると、中途半端な状態で押し込められていた中心を取り上げる。 松山のペニスは、直前で射精を断念させられていた所為か、取り上げるそれだけの刺激に、松山の思考に反しすぐに反応を始めた。肩口をソファーの背に押さえ付けながら、半勃ちのペニスをやんわり握り込む。 「ンっ!」 いつもより素直にこぼされる吐息が、熱しやすい、いまの松山の身体を物語っている。撫でるように右手を上下させるだけで、松山は息を上げくったりとソファーに背中を預けた。松山自身は、手のひらの中でビクビクと大きく脈打っている。熱く、硬い男の象徴。 こんなものしゃぶりたがるなんて、本当はオレのほうがどうかしている。 「抜かないで我慢してたってことは、ほかにも抜きどころがあったってことだよな? 勿論フェラもアリだろ?」 「ナイッ」 そんな、濡れた吐息で返しても意味が無いぜ。 「じゃあ巻き戻して見てみるか?」 「ばか! いい、離せってば!!」 また力任せに暴れ出した松山を押さえ付けると、顔を傾け深く口付ける。 「…っ…っんんッ…!」 鼻から抜ける吐息が堪らない。真っ赤な目元で瞼をギュッと閉じ、ほんの少し震える肌と、戸惑い口内を後ずさる舌が愛おしさを増すことを、この男はわかっているのだろうか。 「咥えたあとじゃ、キスはできねえからな」 そう言って、もう一度だけ軽く唇を重ねる。スタートの合図に。 唇を開放すると松山はハァハァと息を上げたまま、観念したのか俯きその不揃いな前髪で表情を隠した。 「ひゅうっ…」 オレの名前も最後まで綴れず、松山が息を飲み込む。先端に吐息を感じただけで身体はビクリと震え、熱く、濡れた口内で松山自身は確かに頭をもたげた。 「んンッ!!」 堪らず松山が呻き声を上げる。咥えたまま真上をのぞき上げると、下唇を噛み締めた松山が、ギュッと身体を折り曲げ竦ませている。視線を落とすと、両手はソファーの端を握り締めていた。 ハッキリ言って、オレのほうにはいきなりスイッチが入っちまったようで興奮する。 どうすれば、この身体をトロトロにしてソファーにくったりと投げ出させることができるのだろう。ビデオの中のAV女優が、そんな攻めの感情を抱いているかはわからないが、自分の行為ひとつひとつに昂ぶっていく相手自身に接することは、愛撫と同じくらい自分をも昂ぶらせるのではないか。 オレにしてみれば、普段イイだのイクだの言わない松山が、確かにオレの行為に感じていることを確認できる数少ない行為だ。 「どうして欲しい?」 「あ、しゃべんなっ…」 ギュッと閉じられ生理的に薄っすらと涙の滲んだ瞼を片方、必死で開きオレを睨み付ける。 「これくらい硬けりゃ少しくらい歯が触れたほうが感じるだろ?」 そう言って、オレは先走りの滲む亀頭を前歯でなぞるように辿った。 「や…あぁ!!」 思わずオレのTシャツの背を握り締めた松山が、グッと前屈みに身体を折る。 「あ、…あ、ひゅう、が、ふか、いッ…!」 松山の言葉どおり、口腔奥まで松山自身を飲み込んだオレは、咽喉の奥で亀頭を刺激するように何度も深く頭を前後させた。 「ひゅう…っ、…やぅっ!」 オレの頭を抱え込むように身体を折り曲げた松山は、いまは両手でオレのTシャツの背を握り締めながら、あっ、あっ、と堪らない嬌声を耳元に落とす。もっと、もっとその声が聞きたい。 「ひゅうがッ、そんなにしたら出ちまうからッ!」 最初から寸止め状態だった松山が、焦ったように早口でまくし立てる。裏筋に舌を這わせ松山を見上げると、熱い涙がポタリとオレの頬に落ちてきた。 「あのコは飲んでくれただろう?」 松山の顔が、一瞬にして紅潮する。合宿所でのエロ話には、先輩や同僚が意外さに驚くほど臆面も無くのってくるこの男が、オレにだけこういった反応を見せるのは正直堪らねえ。 「ばかっ、のむんじゃねえっ、」 「飲む」 「やっ、ばか!ばか!」 オレは逃げられないよう松山の腰を両手で掴むと、たっぷりと舌を使いながら唇で扱いた。 「あっ…だッ! でちゃう、でちゃ…てば…!」 オレは、フとビデオのAV女優の声が耳に入らないことを不思議に思った。ちゅばちゅばと、独特の粘着質な水音と、ハァハァと限界を感じさせる松山の呼吸しか聞こえてこない。 「あ、あ、あ、や、ゴメ…ッ…!!」 オレの頭の動きに合わせ、嬌声を繰り返した松山がブルッ!っと大きく震えると同時に射精した。トクトクと放出される精液を、オレは宣言どおり飲み込む。丁寧に、ペニスからすべての体液を舐め取ると、オレはゆっくりと顔を上げた。 「…ッ」 まだガクガクと膝を震わせている松山の瞳から、快感と驚きでまた涙が落ちる。声を発することのできない唇も、小さく震えている。 堪んなくカワイイ。 「気持ちよかったか?」 Tシャツを離した手のひらを再びギリギリと握り締め、松山は何とか声を発しようとしている。 「しなくていいって…いったのに…!」 「そうだよなあ。レンタルビデオ代よりは、払い過ぎちまったかな」 いいながら、立ち上がり隣に腰を下ろす。 勿論不自然なほど近く。 「釣りはくれんの?」 言いながら、肩を抱き込み唇を近付けると、襟元をグイと掴まれキスされた。 「フェラのあとでもキスできるぜ。ちゃんとしたヤツも」 それが、どっちがより大人かを見せ付けようとする虚勢じゃないって、コイツの場合目を見ればわかるわけで。 「してくれんの? ちゃんとしたヤツ」 オレは座ったばかりのソファーに押し倒されながらも松山のTシャツを脱がせた。気が付くとTVからはしっかりと音が流れている。だけど、どうせまた耳に入らなくなるわけで…オレは、リモコンを拾い上げると手探りで停止のスイッチを押した… 「ああ!」 「今度はなんだよ」 狭いソファーの上、背中から松山を抱きかかえたまま横になっていたオレは、すっとんきょうな声で真昼のアパートに引き戻された。 「しまった! 延滞掛かっちまった!」 「延滞って…。オマエ、こんな真っ昼間に借りてきてたのかよ」 「だって、たまたま半オフだったんだもん」 「だもんじゃねえよッ」 オレは、この素直じゃない恋人が、その辺のレンタルビデオで貴重な性欲を消費することのないよう、シャワーを浴び速攻不動産屋巡りすることに決めた。 同棲する、ほんの三日前の話。 END |