おはようおやすみ (ただいまって言うのも何か変だな) そんなことを考えながら、日向は黙って玄関を開けた。 短い廊下の向こう、部屋の明かりはついているのに音は無くひっそりとしていた。こじんまりしたLDの隣、可動式の壁を取り外して一間続きにしてしまった寝室では、Tシャツにショートパンツの松山が規則正しく僅かに肩を上下させながら、健康的な寝息をたてていた。 壁に向かい背中を向けているので表情は窺えないが、湿った髪、床に投げ出されたバスタオルからシャワーを浴びたあとそのままウトウトしてしまっていたことが窺える。今日はボランティアで地元FCの子供達を招待してサッカー教室を開くとか言っていた。所属するレイソルのジュニアチームにもちょくちょく顔を出しているらしい。とにかく四六時中サッカーしていたいのだろう。 今シーズンはこれといった怪我も無く、ファーストステージでの優勝は逃したものの現在3位以下に得失点差で大きく差をつけジュビロと優勝を争っている。オフシーズンとなり帰国した日向は実家に戻る前に松山のマンションに寄り、そのままつい滞在してしまった。今日もまた依頼されたCMの打ち合わせで都内に出掛け、そのまま会食を済ませ再び戻ってきてしまったのだ。 松山が。今朝スーツの上着をはおる自分に向かって投げて寄越した合鍵。 ポケットの中のその金属片が嬉しくて、嬉しくて今日は一日中それを鍵穴に差し込み錠がおろされる音を聞きたくてたまらなかったのだ。合鍵ひとつでこんなにも心が弾んでいる自分に、日向は苦笑した。こんなハズじゃなかったのに。 上着を窓側の椅子に投げると、ベッドに腰を下ろした。ギシリと深くベッドが沈んだが、松山は起きる様子がない。少し寒いのか、松山は手足を引き寄せ寝息で手のひらを温めるように横になっていた。 髪の毛に手を差し入れると、湿った地肌が温かく心地よかった。身をかがめこめかみに軽く口付けるとそのまま松山の隣に横になる。片腕を腰に回し背中から抱きしめた。 (しまった。着替えときゃよかったな) まあいい、シワになってもこのままクリーニングに出しちまえばいい。もうスーツが必要なアポイントはないはずだし。そんなことを考えながら松山の髪に顔をうずめているうちに、いつのまにか日向も眠りに落ちてしまっていた。 「ん・・・・・」 腕の中で小さく身じろぐ松山に、日向の意識が戻る。どのくらい眠ってしまっていたのか。多分ほんの2、30分のことだろう。背中から感じる体温で日向の存在に気付いた松山が、回された腕が外されないよう器用に反転した。 まだ重たそうな瞼をしばたたきながら、ぼんやりと視線を絡めてくる。 「いつ帰ってきた?」 帰ってきた・・・そんな言葉ひとつにも再び心が弾んでしまう。きっと松山には特に深い意味など無いのに。 「ついさっき」 「ふーん」 だんだん目が覚めてきたのか、返事は先程よりもハッキリとしてきていた。 真顔で見詰め問い掛ける。 「する?」 「する」 回した腕で背中を引き寄せ、至近距離にあった唇に口付ける。触れた唇が笑みをこぼしている。その曲線をたどるようにゆっくりと唇をずらした。 ごろりと松山を敷き込みちゅ・・と触れるだけのキスを繰り返す。 「キスより先もしたい」 「ダメ」 「したい」 「ダメ」 どちらともなくクスクスと笑い声がこぼれた。 「ダメだって!」 笑いながら押し返されて顔の離れた日向の少しふぞろいな前髪が松山の額を掠める。日向は松山のこめかみから髪を梳きながら鼻先をくすぐるようにキスをした。 不意に松山が日向のネクタイを掴み、引き寄せると口付ける。 ちゅ・・ちゅ・・と優しい水音を立てながら、日向が松山の唇をついばむ。 「何か、鎖で引かれているみたいだな」 「ばーか、飼犬は主人に噛み付かねえだろ」 Tシャツをたくしあげられながら松山が答えた。 「ネクタイってどっちを引くんだっけ?」 オレ最近スーツ着てねえなどと呟きながら不器用な手で日向のネクタイを外そうとする。 「違う。こっちを引くんだよ」 松山にネクタイを外させ、ワイシャツのボタンも任せながら日向は松山のTシャツを脱がせた。はだけた肌と肌が触れ合う。昼間の汗をシャワーですっかりと洗い流した素肌は、さらさらとそして健康的な張りで日向が這わせる手のひらを吸い寄せた。重く圧し掛かる日向の体重に、行為を意識した松山が眦をわずかに紅潮させる。慣れたように見えて、こういったところはじつは昔から変わらない。 日向は左手の下膊で上半身を支え、深く口付けながら松山の顎に添えていた親指で首筋から鎖骨を辿り、ゆっくりと腕を撫で下ろしていくと指先を絡めた。繋がれていない松山の右手が日向の腰を抱くように回される。抱かれた部分の体温が心地よくてたまらない。 繋いだほうの手は、一本一本指先を確認するようにゆっくりと絡め続けた。武骨だが長い指先を何度も往復させ這わせる。松山は指先への愛撫で感じ始めているのか、腰に回していた右手を日向の首に回し引き寄せた。互いの肌を確かめるように身じろぐ。日向はそのすんなりとした松山の腕が好きだった。筋肉がつきづらい体質なのか少し筋張ったその腕や、手のひらは松山の性感帯のひとつでもあって耳元の松山の吐息が少しずつ熱く湿り始めていた。 「日向・・」 何かを促がすように松山が名前を呼ぶ。 「日向、下脱がねえの?」 「脱ぐ・・」 松山に促がされ日向はスラックスも脱ぐと、松山のショートパンツも剥ぎ取った。 引き締まった脇腹から腰骨のラインが日向の欲情を逆撫でする。その腰骨の辺りに口付けを繰り返すと、その度にビクリと松山の腰が浮いた。 体中の素肌のどこに触れても心地よかった。日向は松山の肩口に顔をうずめ、首筋に舌を這わせながら背中に回した右手で背骨をなぞるように愛撫していた。始めはひんやりとしていたシーツが、いまはもう松山の体温でこんなにも熱く湿っている。 日向が肩の付根をキツク吸い上げ胸元に所有の跡を残すと、松山から甘い吐息がこぼれた。手の甲で口元を覆い吐息をふさぐ松山の後頭部に手を差し入れ掻き抱くと、日向が熱のこもった声を耳の中に吹き込む。 「ナマでしていい?」 松山は卑猥な言葉に聴覚から犯されるような気がしたが、昂ぶった体は日向の低く響くその声に抗えなかった。 「・・・っ、今日だけだぞ」 本当は、日向が無理矢理やりたいようにすることはなかった。付き合い始めてみると、日向は意外とストイックというか松山の体を気遣った。それだけに、今日みたいに日向本来の野性味で迫られると惹きつけられてしまう。 松山は日向に顔を見られないようにわざと日向の顔を抱き寄せた。 いつもはマッサージオイルなどの助けを借りておこなわれる挿入も、日向の先走りだけでおこなわれた。 「・・・っ」 先端を宛がわれた時、そのぬるりとした感触にぞくりとしたものが走るのを感じる。日向を直接受け入れる。そう思うと想像だけで達してしまいそうになった。 「あ・・!」 挿入すると、日向は腰を進めながら松山に唇を重ねた。両脇から背中に手を差し入れ、抱きかかえる。 「起こすぞ」 繋がれたまま突然抱き起こされ、驚いた松山が日向にしがみついた。 「・・・!!テメッ、なにしやが・・っ・・っ」 向かい合い繋がれたまま日向の膝に座らされる。 「別に動かなくてもいい。この方がしがみつきやすいだろ?」 実際に既にしがみついてしまっていた松山はカーッッと顔を紅潮させ、怒ったように肩に額をぶつけてきた。 「オマエが・・・っ、急に、ンなことする・・から・・っ」 挿入されているだけで、本当は甘い疼きにどうにかなってしまいそうな松山が、体が日向を求めるのを必死で抑え抗議した。ただ単純に、そんな自分を見られるのがまだ恥ずかしいのだ。 「気持ちよくしてやりてえんだ」 本当は理由はそれだけではなかった。こうしてしがみつかれると、松山の熱く湿ったせわしない呼吸や抑えようのない声が首元や耳元に掛かり、正直日向はひどく感じるのだった。自分の中心であばかれていく松山は、このうえなく愛しかった。 日向は松山の後頭部を押さえ付け口腔を深く貪りながら、小さく引き締まった双丘にもう片方の手を掛けゆっくりと揺さ振るように腰を動かした。 自分の体重で根元まで日向自身を銜え込むかたちとなった松山は、浅い抽挿の所為で硬い日向自身の質量と熱をまざまざと感じさせられた。ドクドクと脈打っているのが切なく擦り上げあられる内壁にまで伝わってくる。日向が強く感じているとわかると、松山は更に自分が昂ぶるのを感じた。 「!!」 だんだんと動きに慣れてきた日向は、松山を抱え上げ、振り下ろすタイミングに合わせて突き上げ始めた。松山が弱い場所を知り尽くした腰が、責めるように何度も突き上げる。 「ぁ!ぁ!・・っ」 上げたくないのに声が止められない。滴をこぼしすっかり勃ち上がってしまった先端が日向の引き締まった腹部に擦れ、もう松山は絶頂を押さえられなかった。 「ひゅ・・が・・っ、もぉ、イキたい・・・・っっ」 「オレも・・」 そう言って日向は松山を抱きしめると、強く、突き上げた。 日向の肩に頭を落とし、松山がはぁはぁと喘ぐように酸素を貪っていた。そんな松山に日向は荒い口付けを与えてくる。まだ繋がったままの下肢がびくびくと痙攣していて、絶頂の興奮が滞っていた。 「んんっ・・っ・・」 腰を抱え上げられ、ずるりと引き抜かれると震える内股に日向の解き放った欲望がとろりと伝わり、松山は思わず立膝の状態で下肢を震わせてしまった。 「・・?どうした・・?」 「何でもない・・っ」 そう言って日向の肩に顔をうずめた松山であったが、勘のよい日向に互いの情熱で汚れた下肢に気付かれてしまった。 「・・!!」 双丘の谷間に中指を這わせてきた日向が、不意にその蕾に指を挿し入れた。続けて人差指を挿し入れると、わななく蕾をクッと開く。とろりと、自身の放った欲望が開く指に伝わった。日向の首に回されたままの松山の腕に力が込められたが、上半身を支える膝は震えていた。 「オマエ、ムカツク!!」 そう言いながら潤んだ目尻を真っ赤にさせる松山に、日向は言葉にならない返事を返した。 (その怒った顔がたまらないのにな) 日向は顔を背けようとする松山に無理矢理口付け、挿入したままの指先を抜き差しし始めた。 ぐちゅぐちゅと、今迄になく卑猥な音が響く。 「ひゅ・・が・・!、ヤメロ・・・・!」 せわしなくなってしまう呼吸が恨めしい。 「今晩だけ・・」 そんな風に求められて結局こたえてしまう、自分がもっと恨めしかった。 「・・・っ」 指先で後孔を蹂躙しながら、日向は松山のすべらかな胸に舌を這わせてきた。小さな突起を口に含むと、松山が仰け反る。舌先で押し潰すように愛撫を与えると、再び嬌声がこぼれ始めた。 「ぁ、ぁ、・・ぁぁっっ」 膝頭がガクガクと揺れ、日向の耳元にくぐもった吐息が途切れなくこぼされた。 「んん!!」 日向が首筋をキツク吸い上げると、とうとう松山は崩れ落ち日向の膝に座り込んでしまった。すっかり脱力した松山の耳元に口付け、日向は松山をそっと仰向けに寝かせた。 さっきまでしつこく弄られていた突起が日向の唾液で艶やかに色付き、日向を再び引き寄せる。松山の膝裏を掴み、二つに折るように膝頭を胸元まで押し付けた。何時の間にか勃ち上がっていた自身を宛がう。 「あ・・」 愉悦に流されていた松山があのぬるりとした感触に意識を戻す。 「いいか?」 「やめ・・られないくせに・・・・!!」 お互いにな、とは口にせず日向は一気に腰を進めた。 「ああああ!!」 先程とは違う、激しい抽挿に松山は日向の厚い胸を思わず押し遣る。 「ぁ!ぁ!・・んん!!」 ぁ、ぁ、ぁ、と日向の腰の動きに合わせて松山のあられもない嬌声が繰り返される。日向が腰を引くと喪失感で締め付けてしまい、その度に猛る日向自身に再び蹂躙された。 日向のリズムでどんどんと追い上げられる。思い出したように胸の突起に愛撫を与えられると、押さえつけられている体が跳ね内壁が抽挿を繰り返す日向自身を 更に締め付けた。 「やぁ・・もぉ・・ッ」 「もう・・イク・・?ここイイ?」 知っていて、たまらない角度で日向が突き上げる。弱い部分を激しく擦り上げるよう、腰を動かした。 「やああ・・!!」 熱く濡れた眼差しで、日向が松山を責め続ける。 「イイ・・・・、も、イッちま・・う・・!!」 そう言うと、松山の体は大きく痙攣し、再び日向の腹部に自身の熱を放ってしまった。その締め付けで、日向もまた松山の中に自身の熱を放っていた。 「せっかくシャワー浴びたのに」 そう言って松山は晒されていた裸体をタオルケットに潜り込ませた。 「オマエがしてもイイって言ったんだぜ」 そうだけどなどとぶつぶつ言って、松山は赤らめた顔を日向とは反対の壁側へ向けた。久し振りに激しく求められ、しかもいいようにあばかれて松山は日向の顔を見ることが出来なかった。そんな松山を、日向がいきなり抱きかかえる。 「何すんだヨッッ」 「洗ってやる」 「バカ!!ざけんな降ろせ!!」 暴れる松山を意に介せず日向はバスルームへ向かうと、本当に松山を洗い始めた。 思いがけず日向にしてもらうシャンプーが気持ちよかった為、松山は本気で怒ることが出来なかった。しかも日向のソレは、子供扱いというよりは愛しくて仕方が無いといった感じであった。しょうがないので松山も日向を洗ってやった。 松山はミネラルウォーターをボトルから口飲みしながら、日向に告げた。 「明日は予定無いんだろう?鍵作りに行こうぜ」 「鍵?」 「オレがやったんだからオマエもオレに作れよ!!」 照れくさいのか松山はわざと主語を外しているようだった。 「イタリアのアパートの合鍵・・・か?」 「バカかオマエは!!実家の合鍵貰ってどうするんだよ!!」 松山は今日でイチバン真っ赤になっていた。余程迷いに迷った告白だったのだろう。もしかしたら、素っ気無い今朝からの態度も照れ隠しだったのかもしれない。 日向はスーツのポケットから鍵束を取り出すと、アパートの鍵を外し松山に渡した。 「やるよ」 「・・?これ合鍵?」 「いや、マスターキー。でもアパートにもうひとつあるから」 「バカ!!どーやって入るんだよ!!」 バカバカうるせえなとごちながら隣に腰を下ろした日向は、松山のミネラルウォーターを手に取り冷たい液体を流し込んだ。 「窓から入る。ちょうど鍵掛け忘れてきたから」 「ええ!?!」 「大丈夫だろ、1階じゃねえから」 オマエはどうやって登るんだ!!と心の中でツッコミながらも松山はこれ以上言い争うのはやめにした。日向がやけに満足気に自分を見ているのが何だか悔しくって。 「貰っといてやる」 そんな心にも無い返事を返す。 「失くすなよ」 そう言うと日向は松山の肩を抱き寄せるように鍵を持つ右手を掴み、そのまま今日何度目かの口付けを奪った。 駆け引きが下手だよな、お互いに。そんなことを考えながら日向は松山を抱きしめると、今度は本当の眠りに落ちることにした。松山がこっそりと、大事に枕の下へ鍵を潜めるのを盗み見ながら。 もう一日だけ、お帰りと言ってもらいたくて、明日も戻ってくる理由を眠りの端で考えた。 END |