リライト








 わかりやすいスランプ。
 焦燥。
 ひとつも無駄ではない努力。

 そう、ひとつも無駄ではない。若さとは、非効率的な歯車で回っているのだ。だが今あのバカがやってんのは、努力ではなくただの八つ当たりだ。照明も落ちたグラウンドの端で、ゴールの白い枠だけがそこにぼんやりと存在を示している。枠の中にあるであろうネットは、どうせ一度も揺れていない。敵方に見立てた赤と白のコーンはことごとく倒され、いまやゴールが行手を阻む最大の壁だ。
 汗だくのまま何度もグラウンドに転がり、日焼けの浅い肌までも、濃紺のプラクティスユニフォームとともに闇に紛れている。荒れた息遣いだけが、ヤツがまだそこで燻っていることを告げていた。
 ひとつもゴールに入っていないサッカーボールを、ゴールの代わりにキャリーバスケットに次々と蹴り入れると、近付くオレの存在を無視し続けていた松山がようやくこちらを向いた。
「邪魔すんな」
「朝までやるつもりか」
 オレの勝手だと言わんばかりに、松山は背中を向けフリーキックの位置につく。インパクトの音が既に失敗を物語っており、ボールは先程と変わらぬ弧を描いて暗闇に消えていった。ゴールを遥かに逸れて。キャリーバスケットに蹴り入れる前のボールを軽くリフティングした後松山へ抛ると、ダイレクトで切り返したボールがやはりゴールを越えて行った。松山は、しばらくその暗闇を見詰めていたが、思い悩むには短すぎるわずか数分後、黙ってボールを拾いに行った。
 ゴールの向こうの暗闇から、キャリーバスケットにボールを蹴り入れる音だけがする。再び薄明るいグラウンドの端に戻ってきた松山は、特に泣いてきたという様子ではなかった。

 ギリギリで合宿メンバーに選ばれたにもかかわらず、本調子を外すどころか大荒れの松山。サッカーに限っては正確な読みは外れ、タイミングも外し、連携も滅茶苦茶だった。これだけわかりやすいスランプだと、逆に壁や限界とは異なると周りは楽観視してしまうが、次の代表入りが懸かっている松山に勿論そんなことは関係無い。所属クラブがまさかのJ2落ち、自身も点を稼ぎ何とか現在2位を保っているが、繰り広げられる試合のレベルがやはり違う。今回久し振りに合宿メンバーに選ばれたものの、まるでここ数ヶ月の努力を嘲笑うようなタイミングで松山はスランプに落ちた。

 本当は、限界なのかもしれない。
 例えばそれは松山以外の人間にしてみれば、限界なのかもしれない。限界なんて、幾つもあって、越えれば越えるだけ現れる。要は、どれだけ終わりを認めず悪足掻きするかだ。その点松山は確かに執念深かった。
 焦ったり荒れたり。ぜんぜん格好良くはないが、それでも何時の間にかオレの前を走ろうとしていたりする。そして、走り出すと俄然勢いが凄いのだ。
 弱いところは絶対に見せない。認めたらそこで負け。だけど、曝け出せない何かを垣間見た時、オレはその「何か」を独占したくなるのだ。弱みに付け込み、暴いた事実で松山を服従させたくなる。




 部屋に戻ると、明かりを点けづにベッドに転がった。松山は、勝手にグラウンドを片付けはじめたオレにあれ以上文句も言わず、勿論礼も言わず黙ってバスルームにだけ明かりを点けると、シャワーを浴び始めた。
 そして、気が付くと洗い髪から雫をボタボタ落としながら、黙って足元に立っていた。白い無地のバスタオルを腰に巻き、肌からはまだ湯気が立ち上っている。
 そのバスタオルを床に落とすと、ベッドを大きく軋ませ片膝を落とす。オレのTシャツに手を掛け、乱暴に脱がせながら唇を重ねてきた。貪るように唇を重ねながら、性急にジャージごとブリーフを脱がせようとする。
「どこまでするつもりだ」
「最後まで付き合えよ。そのつもりで起きてたんだろ」
 余裕無く体を重ねてくる松山の好きなようにさせながら、オレは黙って天井を見ていた。
「ちゃんとオレを見ろ」
 松山が、オレの顎を掴み睨み付ける。余裕無く揺れる目で。
「誰でもいいからヤりたいのか?」
「もう寝れねえよ、付き合えよ」
「滅茶苦茶言ってんじゃねえ」
「オマエが誘ったんだぜ」
 襲う時の常套句だな、と告げ松山を押し退けながら起き上がる。
「男でもいいからヤりたい。日向、オマエがいい」
 言いながら、もう一度松山が口付けてきた。
「オレがオマエに突っ込むならいいぜ。って、言われるのはわかってんだろ?」
 松山が、口付けながらオレの中心を握る。
「どっちでもいいぜ。って、言い返すのはわかってんだろ」
 何しろ、オマエが八つ当たりしたいのはオマエ自身だからな、とは今はまだ理解できないだろうから、告げないでおいた。

「…っに?!」
 オレ自身を掴んでいた手のひらで自身を掴まされ、オレを押し倒しておきながら驚きの声が漏れる。
「まずマスかいてみせろよ。ヤりてえなんて言って、ぜんぜんじゃねえか」
 松山は一瞬息を飲んだが、オレにばれていないつもりで小さく息を吐き直すと、視線を自身に落としたまま扱き始めた。
「…っ、」
 すぐに、熱のこもった吐息が零れ始める。
「簡単に勃ったな」
「見られてる…からっ、だろっ」
 ハァハァと、呼吸が乱れ始めていることに構う余裕も無く、松山は擦り続ける。
「先も。ちゃんと、親指で撫でてやれよ。オマエ、いつも擦るだけなのか?」
 るせっと小さくごちながら、松山は言われた通り先端を親指の腹で撫でた。
「っ!!」
 大きく息を飲み、奥歯を噛み締めると堪らずまた扱き始める。
「ぁっ! ぅっ、…っ、…っ、」
「イくなよ」
 ハァハァと繰り返される呼吸が更に荒くなる。松山も、ここでイっては意味が無いとわかっているのか、わずかに手を緩めていた。
「ひゅうが、…っんで勃ってんだよ、」
 わざと点けていた枕元のスタンドが、朱に染まる松山の目尻を暗闇に映す。
「オマエがエロいからだよ。凄えな、正直オマエはマスなんかかかねえと思ってたぜ」
 先端から零れる体液を指先で拭うと、弾かれたように松山が後退りした。
「…!!」
「なんだよ、ヤるんだろ?」
 そう言いながら、前触れもなく松山のモノを握り込んだ。
「…ッ!!」
 言葉にならない衝撃に、思わず強く瞑った目尻が濡れる。
「イくなよ」
 不遜に言い渡すと、押し倒し本格的に手を動かした。
「…っ!! ッ!!ッ!!」
 瞑っていた目が今度は見開き、そうかと思うとまた歯を食い縛りながら強く瞑った。
「ッ、」
 松山は、思わず無意識に拳でオレを押し退けようとしている。
「う、ぁ、ぁ…ア!!」
 意地悪く続け様に先端を責めると、いきなり首筋に縋り付き、耐え切れず松山が果てた。
 聞こえるように、白濁した体液を絡めにちゃにちゃと握り続ける。
「オレのもしろよ」
 まだ小さく痙攣している松山に貪るようなキスを与え、いまオレ達はセックスをしているのだということを思い出させる。まだ一度も触れていないのに、硬く勃ち上がった乳首を悪戯に甘噛みすると、驚いた松山がオレを押し退けた。
 すぐに、ばつ悪そうに起き上がるとオレの肩を抱き、肩口に顔をうずめながら右手で奉仕を始める。
「口でするか?」
「できもしねえこと言ってんじゃねえよ」
 松山はそのままオレ自身を扱き続け、まただんだんと乱れ始める呼吸を肩口に落とし始めた。
「挿れねえの?」
 松山自身に触れようとしたオレの手首を掴み、松山がオレを睨み付ける。
「挿れろよ、最後までしろ」
 しないなら…そう言いながら松山は、オレを押し倒し膝裏を掬い上げると挿入の体勢を取ろうとした。熱く屹立した松山自身を宛がわれ、焦り不覚にも一時的に鼓動が早まった。松山を押し退け、そのまま勢いをつけて押し倒し返す。続け様に右手を添えた自身を捩じ込んだ。つもりだったが、聞いた話のようにうまくはいかず、狭い上に本人知らず緊張で硬く閉ざされたソコは、オレを先端すら受け入れなかった。しかしここで終わってはオレのほうがとんだ御笑い草だ。
「挿れろよ。いいから、なんでもいいからしろよ」
 実際には汗が伝っているだけなのだろうが、この時初めて松山が泣いているように見えた。
「なんでもいいから、付き合ってくれよ。なんでもいいから、どうにかしろ!」
 言いながら、無理な体勢で抱き付いてくる。
「クソッ!!」
 オレは、松山の頭を抱えると、上半身で胸まで上げさせた両足を押し開き、入るわけはないところに入るわけはないモノを捩じ込んだ。
「…っっ!!」
 ヒュッと咽喉を抜けるような悲鳴が松山から上がる。オレは、構わず打ち付けるように腰を進め、松山を貫いた。根元まで挿入して、余りの締め付けに一瞬動きが止まってしまったが、その時逆に松山の中で激しく脈打つ自身に気が付いてしまった。経験したことのない激痛に鳥肌を立てる松山の、硬く締め付ける内壁をそれでも押し広げる熱く屹立した自身に。ありえないくらいオレは勃起していた。
 短く息を吐き続ける松山に、段々とオレのほうがわけがわからなくなってくる。
「力を抜け」
 聞いているのかいないのか、松山は短い呼吸を繰り返す。
「力を抜け!!」
 オレの首を抱えていた松山の左腕に力がこもる。
「いいから…っ、しろよ!」
 重なる胸が大きく喘いでいる。
 簡単に「しろ」だなんて言いやがって、こんなに締め付けられて動けるかと頭の中で罵りつつヤツの両膝を改めて抱え上げた。
「ぅ、ア!!」
 わずかに引いた腰で勢いよく突き上げると、ビクリと仰け反るように松山の背が跳ねた。
「…あ、あ、ア!!」
 オレの余裕の無い短いストロークに合わせ、快感よりは衝撃で松山は声を上げ続ける。見開いたままだった目が、不意にオレに向けられると松山はオレの両肩を掴んだ。
「…痛い! 死んじ、まう!」
 両肩を掴んでいる手のひらのありえない力とか、あちこちガチガチに力んだ体が痙攣するように震えている様子とか。死んじまうっていうのも、あながち大袈裟ではないかもしれないと頭の片隅で思い浮かべながら、それでもオレは腰を打ち付け続けた。
「でも、やめんなよ」
 ぽとりと零した、その言葉は松山の涙そのもので、オレは思わず松山の体を二つに折り曲げるように両膝を抱え上げると、強引にキスをした。

 松山の中にその暴力的な欲情を吐き出した後も、オレは昂ったままだった。しかし松山はよく失神しなかったというくらいぐったりしていて、それこそ死んじまったみたいだった。
「悪かったなんて、思ってないぜ」
 松山が、呼吸をするのもやっとというように喘ぐ間に零す。
「そりゃこっちのセリフだ」
 シャワーを浴びて体を鎮めなくてはと思いながらも、松山の側を離れられずにいると、投げ出すように抛られた松山の腕が隣に転がるオレの胸にドサリと落ちた。
「こんなオレでも好きだとか言うなよ」
「オレはいつだってオマエが嫌いだぜ」
 松山が望む、反対の言葉を返してやる。こんなオマエでもというよりも、こんなオマエもオマエを構成するひとつなんだがな、と言っても松山は納得しないだろう。
 一体オマエは何処まで塗り潰し、何処までぶち壊そうとしているのか。
 勿論、わからないからこうして体を重ねてしまったのだろうけど。そう考えてから、「体を重ねる」とは掛け離れたさっきまでの暴力的な行為を思い出し少し笑いが零れた。




 すべてがオマエを成している。
 たとえオマエが望まなくても。
 塗り潰し、ぶち壊してもオレはオマエのすべてを飲み込むぜ、たとえリライトしたとしても。








END
リライト/ASIAN KUNG-FU GENERATION



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