ライディーン 北海道出身の松山には、雷を伴う激しい通り雨は余り体験の無いものだった。台風が津軽海峡を越える頃には熱帯性低気圧になってしまうように、真夏の雷雲も海峡を越えない。 この夜空に厚く広がっているであろう雲に阻まれ、稲光はそれ程明るく窓の外を照らし出すわけではない。それでも松山はベランダの窓を開け、暗くした室内から身を乗り出し、地上に届く帯はなくともフラッシュを焚いたように瞬き続ける空に魅せられていた。バリバリという轟音に胸が高鳴る。 「何してる?」 先にシャワーを浴びていた日向が、真っ暗な室内でひとりベランダの窓にしゃがみ込む松山に気付いた。 「数えてる。十より速く音が鳴ったら、近いんだ」 ああ、そんな遊びあったなと日向は思い出した。近いも何も、この音だと間違いなく停電になるだろう。日向は、念のため懐中電灯を用意しようかと思い、だが青白く照らし出される松山の横顔に吸い寄せられるように腰を下ろした。耳朶、襟元から覗く首筋と軽く唇を押し当てる。 「日向!」 「いま幾つだ?」 「え?」 「十より速いと近いんだろ?幾つまで数えられる?」 言いながらも反対側の肩に腕を回し抱き寄せ、シャツの胸元を肌蹴させた。じっとりと汗で湿った肌に掌を這わせ、唇を重ねる。 「・・んっ・・・・んうっ・・っ!」 尋ねておきながら答える暇も与えず、舌を絡ませ深く松山の口内を貪った。時折指先が胸の突起を掠め、その度に松山は押し遣る掌から力を奪われる。 「はな・・・せよっ!雷見てんだから!」 真っ暗な室内でも松山の顔が紅潮しているのがわかる。一緒に暮らし始めたとはいえ、体を重ねる行為にまだ慣れることの出来ない松山は、シツコク肩口に顔を埋めながらも自分の表情を盗み見ている日向と視線を合わせられずにいた。売られた喧嘩は絶対買う、少し意地っ張りなくらい何事も譲らない松山。長い間、誰からも一歩譲られる立場にいた日向が、躊躇なく、というよりも進んで自分にぶつかってくる松山という存在に惹かれるのに時間は掛からなかった。そして、そんな松山が体を重ねる時だけは視線を合わせられず、体を竦ませるのが日向には堪らなかった。愛撫を与える自分しか知らない、松山の特別な表情・・・ 「見ててもいいぜ」 ベランダ側を頭に仰向けに押し倒し、両肩をフローリングに押し付けながら日向が不敵に微笑む。 「ジャマすんなよ!本当に見てんだから!」 松山の視線がチラリとモノクロの上空に向けられる。確かに、松山は年に1、2度あるかないかという激しい雷雨の前触れに心が半ば奪われているようである。だがそのチェックの半袖シャツを両脇まで肌蹴させ、露になった松山の白い肌。ユニフォームの形にくっきりと胸元がVに焼け、日向の手が悪戯に擽るであろう薄いベージュのアクセントや引き締まった腹部の白さをより際立たせていた。吹き込み始めた雨で、水滴を纏い始めた裸体が日向を性的に煽る。 「当分止まねえよ。後でじっくりと見ろ」 日向は、汗で湿った衣類が松山を微妙に拘束しているのをよいことに、体重の助けを借り押さえ付けながら首筋から順に口付け始めた。途端、松山が唇を噛み締める。そうすることによって、結局は咽喉の奥が泣いてしまうことを、そのことがいつも日向を一層煽ることを、松山は知らない。 「聞こえねえよ。声上げろよ」 「バカ・・ヤロッ窓開いて、ん・・っ!」 身を捩り、顔を背ける松山の汗で束になった前髪が板張りの床に落ちる。ひんやりとした床は気持ちよいが、汗で吸い付くのが気になった。稲光はいまは殆ど連続して光り、時には部屋の中もが煌く程の閃光が走った。バリバリと響き渡る轟音は、近くにジェット機が落ちたかのようだ。確かに、いまならどんなに声を上げてもこの轟音が飲み込んでくれる。 シャワーを浴びたばかりの日向の肌は、本当は自ら求めてしまいそうになる程気持ちよかった。小さな硬い粒となった胸元のアクセントをペロリと舐め上げられ、思わず声が漏れる。 「あっ・・」 セックスをしているのだということを自分の上げた声で改めて意識し、松山は日向に開かれていく体にいまだに脅えている自分に気付いた。軽口を叩いていつも自分をからかう日向が自分の体を求めている。濡れたままの前髪の間から時折閃光で浮かび上がる双眸は、まさに欲望に濡れていた。そんな風に、自分が求められる理由が松山にはまだわからなかった。いつのまにかしどけなく開かれた自分の体が、どんなに日向を惹き付けるか、松山は知らない。 唇に含んだ突起に歯を当て、舌で押し潰すように舐ると、松山の背がフローリングから離れ上半身が綺麗に反らされた。先端の小さな窪みを尖らせた舌先で刺激すると、泣声のような嬌声が上がる。共に反らされた咽喉が稲光に青白く浮かび上がり、その影に吸い寄せられるように再び口付けた。 「んっ・・んぅ・っ、」 咽喉の震えを唇に直に感じながら、腰骨を辿るように下着ごとショートカーゴを下ろした。片腕で抱きかかえられそうな腰に腕を回し、自らが腰に巻いていたバスタオルの肌蹴た裾から足を絡め、中心を押し当てた。驚いた松山の目が見開かれ、腕の中でビクリと震える。 熱く勃ち上がった松山の中心を手首で掠めるように下肢を弄り、探り当てた最奥に躊躇わず中指を押し込んだ。 「やあ!」 思わず腰を浮かせ仰け反り、自分を押し遣ろうとした松山を押さえ込むとそのまま付根まで中指を差し入れる。長い指の骨ばった関節が、松山の緊張した下肢にゴツゴツとしたその感触を伝えた。 「・・・うぁ・っ・っ」 抜き差しされる度、汗で濡れたその最奥が僅かに卑猥な音を立てるのが雷鳴の間隙から聞こえる。ありえない箇所を弄られているという事実だけで、松山の体は昂った。それだけではなく、直に性感帯を弄られ、自慰では得たことのない激しい快感に喘がされる。すんなりとした腕で口元を覆いながらも、頭を打ち振るう度咽喉の奥が泣いた。 汗に濡れた額の後れ毛を撫で上げながら、ゆっくりと唇を重ねられると、次に行われる行為を予期した松山が一層身を硬くする。 上体を起こした日向に膝裏を掴まれ、恥しく濡れそぼった中心を露にされる。右手を自身に宛がい、切先を最奥に擦り合わせたかとかと思うと先端をググッと押し込まれた。 「イ・・ッタイ・・!」 直前までとは比べ物にならない質量に松山が声を上げる。何度体を重ねても慣れることの出来ない、挿入の痛み。 「力抜け、松山、最後まで入れるぞっ・・」 激しい締め付けに日向も密かに額に汗を浮かべながら、始めは啄むように、やがてやんわりと食むように唇を重ねた。忙しく胸を上下させながら、松山が日向を何とか受け入れようとする。 日向は慣れるまでは内部を僅かにずるように、そして徐々に腰を動かし始めた。まだ挿入に痛みを感じるとはいえ、すでに何度も体を重ねた松山は次第に埋め込まれた日向自身に翻弄され始める。硬く、熱く脈打つ日向自身で先程指先の愛撫で敏感になった内部を擦り上げられると、震えが走る程の快感を感じた。信じられないくらい最奥を突き上げられ、その度に汗が噴き出す程体が熱くなる。揺さ振られるまま、嬌声を零し始めていた。その時。 真っ暗だと思っていた室内が暗闇に飲み込まれた。窓の外は雨が太い線を描きながらベランダを激しく叩きつけているのに、その向こうの家並みはひっそりとしているような気がする。 「ひゅうが・・・っ」 余りのタイミングに停電になったことを理解出来ず、松山が日向の腕を掴む。だが日向は、答えることなく再び腰を動かし始めた。 「あっ・・!」 「明るい場所でヤるのは嫌いだろう?オレはたまにはシタイけど?」 覆い被さり唇をかすめるような位置で低く囁かれ、松山はやっと理解した。稲光から雷鳴への間隔は数えるまでもなく、低い音で轟き続ける中、突然高い音で響き渡ることを繰り返していた。雨は部屋の奥までも床を濡らしている。 水滴を纏い、上気した頬で縋るような視線を向けてくる松山の艶っぽさに埋め込まれた日向自身がその体積を増した。雨だけではなく汗で濡れた前髪が額に張り付き、後れ毛がその艶を増している。シャワーで汗を流したはずの日向の体もすっかり汗に濡れ、鎖骨にたまった汗が深く腰を打ちつけると零れた。切れ長の目がお互いが与え合う快感に僅かに伏せられ、目が合うと繰り返し口付けてくる。その度に、端整な骨格をした鼻先から伝わる汗を、松山は腰の動きに翻弄され合わせる唇から嚥下し切れず零れる唾液と共に感じていた。不意に奥まったところを突き上げられ、抵抗する間もなく絶頂に追い込まれる。 気が付くと、抱き締めるように日向が覆い被さり、互いの心臓が互いの胸を叩いていた。停電していた室内にはいつのまにか明かりが戻っており、リセットされたビデオのデジタル表示がチカチカと明滅し、ファックスが自動的に設定を復唱し直している。様々な電化製品に主電源が入っていることを告げる電源ランプが点灯しているだけで、部屋の中は薄っすらと照らし出されていた。雨は吹き込む程の激しさを失っていたが、雷はいまだにどの稲光とどの雷鳴を結びつければよいのかわからない程連続していた。夜空は夕方のように灰色をして明るい。 ハァハァと酸素を貪りながらも、日向は松山の後ろ髪を掴み深く口付けてくる。息苦しさに顔を背けようとしても、押さえ込まれ身動きを封じられた。舌を押し付けるようにねっとりと絡められ、性交は終わったばかりのはずなのにゾクリと感じてしまう。目の前の日向の双眸はまだ熱く濡れていた。 耳朶を舐め上げられた松山が身を竦ませる。 「ひゅう・・っテメッ・・、」 「何だよ」 「何だよじゃ・・・!」 腰を抱え込むように回していた腕に力を込め、密接に肌を合わせられ松山がビクリと震えた。 「テメッ・・・抜・・けよ・・っ!」 まだ繋がれたままの局部からジンジンと熱が引かない。どうにかなりそうな予感に内股が震えている。 「このままもう一回出来そうな気がする」 「フザケンナッ!・・・・ッ・・!」 言いながらも先程は触れられることのなかった中心を掌で包まれ、罵声が途中で飲み込まれる。 「やぁ・・・!」 跳ねるように松山の腰が浮く。今し方自分が吐き出したばかりの性を絡め、長い指の節々を感じさせながら上下に緩く扱かれ思わず近くに脱ぎ捨てられていたシャツを握り締めた。 「やっやっ・・!」 いつもと少し違うだけで、初な反応を見せる松山に相好をくずし、ゆるゆると腰を動かしながらわざと耳元で囁いた。 「ナカ、絡み付いてくるぜ」 「うそ・・・っ」 「ウソじゃねえよ。こっちももうこんなじゃねえか」 そう言われて先端を親指で擦られた松山自身は、いつのまにか再び硬く勃ち上がり、日向の親指の腹をとろりとした蜜で濡らした。それを合図のように、日向が腰を進め始める。 「あっあっ・・ああ!」 もはや先程のように声は抑えられなかった。腰骨の辺りを掴まれ、殆ど腰が浮いた状態でイキナリ激しく揺さ振られる。 「んっんぅ・ぅぁ、あ・・!」 肩甲骨が汗で床を滑る。しかし痛みよりはただ快感に喘がされた。轟く雷鳴が獣の咆哮を思わせ、覆い被さった日向が雷閃に照らし出されると、松山はまさに獣のようだと思った・・・そして自分も・・・。超常的な自然現象の元では、その本能が目覚めてしまうのだろうか。 雷雨が始まり30分は経過した頃、支柱のように太い稲妻が落ちると、そこからは稲光の明るさは変わらないものの音だけがどんどんと遠ざかっていった。ぐったりと床に横たわる松山を抱え起こすと、日向は支え合うように浴室に向かい、もう一度シャワーを浴びた。ユニットバスでぬるくなった湯の中に座り込み、身動きも出来ず壁に頭を預けている松山の体をそのままタオルで拭おうとすると、松山は日向の腕を押し遣りのろのろと立ち上がった。気だるそうにシャンプーを泡立てながらも肘を入れてくる。笑いながら日向は、湯には浸からずそのまま浴室を出た。 冷えたビールが咽喉をつたわり下りる道筋がハッキリとわかった。ベッドに座り壁に凭れ掛かったまま、松山はベランダを見ている。始まってから実に2時間以上、雷は上空を轟かせ続けていた。いまはもう雨は止み風もなく、だが虫の鳴き声もなく外にはいつもと違う夜が流れている。雷雨が関係しているのか、遠くで救急車のサイレンが聞こえる。 「な、雷も十分楽しめたろ」 「どこがだよ!もう音が遠くなっちまってたし!」 「そうそう、オマエが声を上げている間は鳴っていてよかったな」 松山が投げ付けた枕を避け、日向が隣に腰を下ろす。 「ホラ、ビールが零れたぞ」 掴まれた手首をペロリと舐められ、思わず松山がベッドの上を後退ると、日向は唇を寄せ押し当てるだけのキスをした。こうすると、松山が俯き何も言えなくなるのを知っていて。 「ムカツク、オマエ」 耳まで真っ赤にして松山が反抗を唱える。 オレは好きだけど?とは口にせず、日向はリモコンを手に取ると松山の好きなチャンネルに合わせた。 END |