ウナナナ








「オレ、オカシクないッスよね!」
 松山の左隣に肩を寄せるように座り込んだ新田が下から覗き込むように松山に詰め寄る。
 合宿所の談話室。向かい合わせになった一対のソファーで、松山は下級生3人組に捉まっていた。どうも、新田には他の2人以上になつかれている気がする。同じ高校から参加しているチームメイトがいない者同士だからであろうか。
「オカシクないけど遅い!オレ、小5だったぜ。カノジョとかいたらさあ、中学生ならもうしてるんじゃないの?」
 佐野がカワイイ顔をしてドキリとするようなことを言う。
「付き合ってたっても1ヶ月くらいだったし、しないですよね、松山さん?!」
「え?何を?」
 松山は、咽喉に少し声が引っ掛かってしまったことに気付かれただろうかとろたえそうになる自分を抑えながら、聞き漏らしたフリをした。
「キス。別にしたことなくても変じゃないですよね?!」
 松山の困った笑顔に同情するような笑顔をあわせてくる沢田は、松山のカンでは経験済みだった。学年は違うが世代として同期の2人の話に耳を傾ける様子に、余裕があり過ぎる。
「ねえ、松山さんはいつしたんですか?」
 先程の問い掛けに答える前に、新田の興味はもう次へと移っている。とにかく松山と話していたいらしい。
「松山さんカノジョいましたよね」
「いない!」
 あれ、そうだっけと新田が小首を傾げる。
「でもマネージャーさん、松山さんより上級生みたいでしたけどキレイなひとでしたよね」
 日向と同じく特待生の沢田は、中等部の頃から高等部の試合をよく観戦しに来ている。同期と馴染むことも忘れない策士に、松山は翻弄されそうになっていた。それよりも、話題が自分に移ったことで、松山は先程からTVの前のソファーでニュースを見るでもなく据え置きの雑誌をめくっている人物を振り返りそうになってしまった。
「付き合ってなくても。松山さんもてるんだからしたことありますよね?」
 斜向かいの佐野が詰め寄る。
「てゆーか。キスだけじゃなくって。そこから先も松山さんもうしました?」
 矢継ぎに問い掛ける佐野だけではなく、新田も興味津々だ。お年頃の下級生に囲まれ男子高校生としての純粋な欲求に気圧され、松山は誤魔化すタイミングも無くしてしまった。ただ、背後の人物だけが気に掛かる。
「消灯だ」
 松山は有無を言わせず立ち上がると、極力余裕の笑みを浮かべて談話室を出た。後ろでは、松山は経験済みということで3人はきゃあきゃあと盛り上がっていた。




 入口で立ち止まり、一度は点けた明かりを結局は消してしまった。逃げ腰なようなその行動が松山は自分でも面白くはないが、それでも自分が弱気になっていることは否めない。
 本当に、苦手なのだ。純情な振りをしたり潔癖なわけではないのだけれど、ソノ手の話になると咽喉が急に渇いて拍動がTシャツの上から見えそうなほど激しくなる。そんな動揺を、他人に気付かれないようにするのが精一杯だ。
 それなのに、あの日から。
 互いに素肌をさらし抱き合い、触れられることを拒まずされるがままに体を開いてしまった自分がアタマに浮かび、体が熱くなった。
 後悔しているわけではないのだけれど。ただ、セックスをしたからといって告白の言葉を交わしたわけでもなく、自分達がどんな関係にあるのか計れずにいた。
(そうじゃない。怖いんだ、オレが。オレの、そしてヤツの気持ちをハッキリさせるのが)
 暗闇の先にぼんやりと正方形を交差させるリノリウムの床に視線を落とし、そんなことに思考を奪われてしまっていた松山の背後でガチャリとドアが開けられる。反射的に振り向いた松山からは、廊下の明かりが逆光となり日向の表情が窺えなかった。
 日向は、やはり明かりを点けずにドアを閉めるとイキナリ松山の片腕を掴み、引き倒すようにベッドに投げ出した。
 そのまま強引に圧し掛かると、乱暴に髪を掴み口付ける。
「・・っ!!」
 松山がそのような横暴な態度を許すはずもなく、押し付けられる唇を振り解くよりも先に日向の胸を蹴り飛ばした。勢い、日向がベッドから落ちそうになり左足を床に落とす。
「何なんだよ!!」
「そりゃこっちのセリフだ」
 日向は額を同じく松山の額に寄せると、グラウンドでボールを追う時とはまた別の鋭さで松山を睨み付けた。その瞳は、どこか暗く澱んでいて松山は背筋にゾクリとしたものが走るのを感じた。
「いつしたんだ?」
「?」
「いつ、誰とキスしたんだ」
 自分の唇に、視線だけを落とす日向に思わず松山は後退った。
「テメエには関係無いだろ」
「あるんだよ」
 日向は再び強引に松山を押し倒すと、唇を重ね今度は強引に舌を割り込ませてきた。慣れないその感触に目尻に朱を走らせ、松山が日向の襟首を掴み締め上げるように起き上がる。
 瞬間、拳の裏で頬を叩き付けられ訳がわからないままベッドに倒れ伏してしまった。殴り合いのケンカは日常茶飯事でも、このように理由も無く日向が暴力を振るうことはここ最近無かったので、どこか油断していた松山はその衝撃に暫く目も開けられなかった。
 口の中に、久し振りの鉄の味が広がる。
「・・・・つっ・・」
 アタマの中が真っ赤になって、ここまでに至った過程など掻き消されてしまった。掴み掛かるより先に払うよりは蹴り倒す勢いで日向の横腹に膝を入れる。口付けで始まったハズの縺れ合いが、何時の間にか容赦の無い殴り合いになっていた。しかし後手に回った松山は体勢を立て直す暇を与えられない分僅かに不利で、体重を掛け上から圧し掛かるように自分を押さえ込んでくる日向にとうとう身動きを封じられてしまった。




「どういうつもりだ」
「質問はオレが先だろう」
 手首を両肩に縫い付けられ、至近距離で日向が重く低い声を落としてくる。
「・・・・っ」
 松山は、どうしても答えることが出来なかった。日向の質問が何を意図しているかはもうわかっていた。
 体を重ねた後にも、他の誰かと付き合っていたのか。
 後にも先にも、付き合ってなど本当はいなかった。だが、どうしてもその一言が言えない。自分にとって、すべてを許したのが日向だけであることを日向の目前で認めることを、松山は怖れていた。先に気持ちを曝け出すのが、怖いなんて・・・
 自分が思っているようには日向は思っていなかったら?
 そんな相手の感情に振り回されるような思いを抱く自分に松山は憤りを感じていた。そこまでわかっていて、それでも先に進めない。
 だがそんなイライラを知ってか知らずか日向は自分にその先を求めてくる。求められること自体は決して間違ってはいないということがまた松山を追い詰めた。
「関係ねえんだよ、どけ!!」
 蹴り上げようと身を捩りかけた松山の、唇を日向が塞ぐ。
「!」
 先程の殴り合いの延長のようなキスとはまた別の、深い口付け。
「・・・・っ・・んっ」
 口内を逃げる松山の舌を絡め、片手で後ろ髪を掴むと顎を上げさせ大きく開いてしまう口腔を更に貪る。キツク目を閉じてしまう自分とは反対に、松山はそんな自分を冷静に観察している日向の視線を感じた。押し返すつもりが、いつのまにか縋るように日向の腕を掴んでしまう。
 息苦しさに身を捩っても、強引に唇を合わされ余す所無く舌で愛撫された。キスが・・・こんなにも快感をもたらす行為だなんて、日向と唇を合わせるまで知らなかった。それまでは、キスとは誓いという純潔な行為であった。
 しかし自分達が求め合っている様は、松山が知っているどんな行為よりも暴力的なほど熱い。
 いつのまにか肩口に顔をうずめていた日向が乱暴に下着に手を潜り込ませていた。
「な・・・!テメッ!」
 躍起になって押し遣ろうとする松山に構わず日向は松山自身を握り込む。
「・・・!!」
 快感よりは、体の中心を貫く痛みに背が反らされる。他人に触れられることに慣れてはいない松山の体は、身じろぐこともままならずただ腕を掴む指先が食い込むほど強く握られた。
「はなっ・・・・!」
 まだ先走りも零れていない湿った皮膚を無理矢理手のひらで包まれ、綴る言葉も途中で打ち消されてしまう。しがみ付くように日向の肩に額を押し付け、痛みを堪えながら松山は何とか日向を引き剥がそうとしていた。
「濡れてないからやりずれえな」
 そう言って、日向の肩が離れたかと思うとイキナリ先程の口付けでは瞼を掠めていた硬く質量のある前髪が下腹部に掛かった。
「な・・!!何してんだよ!!」
 焦った松山が日向の前髪を掴み、力任せに引き剥がそうとする。動揺で、肘を突きながらも、起き上がり体勢を立て直すことが出来ない。
「カノジョにしてもらったことはねえのかよ?」
 信じられない部分に日向の熱い吐息を感じ、次の瞬間松山はシーツに頭を打ち付け仰け反っていた。
「やああ!!」
 躊躇いも無く松山自身を口に含んだ日向は、奥まで咥え込むと狭い口内で嬲るように舌を這わせる。
「やだ!やだ日向!そんなことするな!!」
 日向の前髪を掴もうとする指先が、震えて上手く掴めない。
「はなせって!日向!日向!してない・・そんなことしてない・・!!」
 いつのまにか流れるままに涙を流し、松山はしゃくりあげながら日向を引き剥がした。上半身を起こした松山は日向の濡れた唇を目にし再び大粒の涙を零すと、胸倉を掴み上げる拳でそのまま叩き付けた。
「・・・・んなことするな!何でだよ、そりゃ、オレもちゃんと答えてねえけど・・何でそんなことするんだよ!」
「汚いとか思ってんのか?」
 日向が片手で松山の襟を掴み上げ、顔を引き寄せた。
「オレのモンにしたいんだよ。全部だ。体も、アタマん中も全部」
 掠めるような唇に、松山が押し当てるように口付ける。
「わかんねえよ。オマエと違って初めてなんだよ、オレには何もかも」
「オレだって初めてだ」




「何言って・・・・」
「キスするのも、セックスするのもオマエが初めてだ」
 日向の告白に、松山は頭が真っ白になり掛けた。
 確かに男と寝るのは初めてだろう。だがキスも初めてとはどういうことだ?
「オマエ何か勘違いしてねえか?慣れてるとか勝手に思ってんだろう」
「だって、この前も、」
「触りたいところに触ってキスしたいところにキスしただけだ、やり方なんて知らねえ」
 戸惑うことなく触れ、口付け、抱いたのは本能だと言うのか?
「てゆーか考えてられっかよ。オマエが相手じゃ押さえ付けて力ずくでヤッちまうので精一杯だ」
「な・・・・、・・、」
 あまりの告白に、松山は俯くしかなかった。自分の顔が耳まで赤くなっているのはその熱さでわかった。耳朶がジンジンしている。
 こんな自分勝手な、そしてこんなストレートな告白があるだろうか。自分は怖れ、相手の出方を窺っていたというのにこの相手は何なんだ。
「そん・・、だって、ヤるだけヤって。何にも言ってねえじゃねえか」
 沸騰しそうな頭で駆け抜けるように頭を働かせる。とにかく言葉を綴り続けた。告白さえもすべて日向任せでは、余りにも自分が情けなさ過ぎた。
「どうでもいい相手に抱かれるほどヤワな腕力してねえだろ、テメエは」
 言葉にしなくても。信じていたというのか。
 その自信は何処から来るのだ。
「疑ったくせに」
「オレとヤる前を疑ったんだよ」
「そんなのヤッててもどうしようもねえじゃねえか」
 松山の一言で今日初めて日向が言葉に詰まる。
 それがつまり「嫉妬」。
 わかっていても、今一度の口付けで、過去を拭い去ってしまいたい。
「切れちまったな」
 誤魔化すように日向が松山の口元を親指で拭った。
「テメエがおもいっくそ殴るから」
「オレの脇腹の痣を見てから言え」
 親指をそのまま、顎を掴み日向が唇を寄せてくる。触れて、離れた。




「もう寝る」
 そう言って、松山はそのまま毛布に潜り込んだ。これ以上触れていては、触れたところから伝わる痺れが甘過ぎてアタマがどうにかなりそうだった。
 隣のベッドではやはり日向がバサリと毛布を被る音がする。
 こんなことばかり。これからもきっと。
 反発しあう力と同等の力で、いや、それ以上に引かれ合ってしまう。
 不安すらこんなにも熱くお互いを揺らしていることに気付かず、求める気持ちを持て余し。
 それがつまり・・・




END

999リク「嫉妬」


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