山手線
 朝の通勤ラッシュ前の人気の少ない車内で、彼は私を座席の端に座らせると鉄パイプでできた肘掛を脇に抱え込ませて前手錠をかけた。
 私は誰かに見られていないかとしきりに周りを見回す。
「このままラッシュアワーの終わりまで山手線を回っておいで。」
 そう言って大きな空のボストンバッグを手錠を掛けられた私の両手の上にのせた。
「落とさないようにね。この電車が車庫に入る前には助けに来てあげるから。」
「やだっ、おいてかないでよ…。」
 ピロピロ〜と発車のメロディーが鳴る。彼がすばやく車外に身を翻すと、間髪をいれずドアが閉まった。

 ガコンッ

 車体がゆれて電車が走り出す。ぴらぴらと笑顔で手を振る彼の姿が後方に消えていって…私はボストンバッグの底をぎゅっと握り締めた。


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