ヤツらしいと言えばヤツらしい。

聖夜の予告状。

真っ白な封筒には、蝋で封がしてあった。

中に入っていた上質の紙は二つに折られ、それを広げると、流麗な金色の文字が浮かび上がる。

カードを縁取る浮き彫りの模様。


『聖夜の雫』と呼ばれるダイヤモンド。


4C全てを兼ね備えたそれを、彼は戴きに来ると言う。


新一はそれを静かに折り畳むと封筒の中に戻した。


空には、美しい月が見えた。






消えない刻





今年の冬は暖冬で、雪は降りそうにもなかった。

その代わりと言わんばかりに、天空には月。

眩しいほどに瞬いている。

いかにも………ヤツが好きそうな夜だ。

新一はそう呟く。


百貨店の催事場で行われていた、特別展示会。

そのメインと言うべきビックジュエル。

時節柄、客を呼び込むには打ってつけの宝石を、よりにもよって聖夜に盗む。

警察の警備、警戒態勢は万全で。

新一は会場をぐるりと一周するとその場を離れる。

『聖夜』が気になるのは、新一の思い込みだろうか。

一年で、最も華やかに彩られるこの時期。

恋人達にとっても、一番大切なクリスマス・イヴ。

『恋人』と呼べる人がいない新一にとっては、大して興味ある日ではないが……。

キッドも……そんな恋人はいないのだろうか。

いや。もしかしたら、大切な彼女の為にプレゼントするつもりなのかも知れない。

宝石を嫌わない女なんていない。

ま、盗んだモノを欲しがる女なんて、ろくな女ではないだろうけど……。


そこまで考えて、新一は頭を振った。

らしくなく、おかしなコトを考えてる。

己がやるべき事を忘れてはならない。

宝石を護り、『怪盗キッド』を逃がさない。

その為にいるのだ。

ヤツを鉄格子のはまった空間に閉じこめる為に……。

……想像のつかない事を思い浮かべて、新一は小さく笑った。

まるで魔法のように魔術を使う月下の貴公子。

彼を閉じこめる事の出来る檻など、存在するのだろうか。











時計のアラームが鳴った。

予告時間……その10分前を告げる音。

新一は、その音を止めると大きく息を吐いた。

暖冬と言っても、外は冷える。

防寒対策は万全とは言えない、彼の服装。

軽くコートを羽織っただけの格好は、なるべく身動き出来るようにと考えた上だ。

場所は屋上。

上空にはヘリの音。

風は強い。

ヤツは、何処から侵入して、何処から脱出するのか。

ふいに、何かの気配を感じて上空を見上げた。


月明かりに浮かぶ白い影。

これ見よがしに飛んでいるその姿。




──────あれは、ダミーだ。




新一はそう確信すると身を翻した。






上空から来ると見せかけて、その実別の場所から侵入するのは、初歩中の初歩。

「上からじゃないとすれば……下だな」

既にエレベーターも警備の為に封鎖されている。新一は階段を駆け下りた。

さぁ、何処から来る?

百貨店の全ての主要箇所は警備が厳重。

「…………まてよ」

この店が外部から入れる箇所はいくつだ?

確か、地下駐車場の入り口からこの店にも入る事は出来る。

もちろん、客の為の進入路だ。

後、二つのビルの連絡通路。……そこの警備も万全のはず。

なら、そのビルの地下は………?

「あそこか……!」

新一は一階まで一気に駆け下りると、正面玄関に向かって駆け出した。







車のない駐車場は、ただの広大な空間に過ぎない。

むき出しの配管。

柱には耐火被覆が吹き付けられていて。

封鎖された正規の出入り口とは別に非常用として設けられた通路。

扉そのものには錠がしてあるが、この程度の鍵なら新一にも開ける事は可能だった。

ビルの地下から、キッドが狙う百貨店へと続く連絡路はない。

だが、ここを経由すれば、警察の目を掠めて標的に向かう事が出来る。

新一の歩く足音が静かに響いた。

建物の中とは言え、温度はかなり低い。

吐く息も白く、その上さっき駆けて来た所為で汗ばんだ身体が急激に冷やされる。

新一は身を震わせながらも時計を見た。

予告時刻を10分過ぎている。

…………既にここを過ぎたのか?

もしそうなら、ここを逃走経路に使うはずはない。

来るのが遅すぎた……!?


そう感じた瞬間────。



「こんばんは、名探偵」



静まり返った空間に響く声。

滑らかで艶やかな、落ち着いた声。

反響した声では、どこから発せられているのか分からない。

「キッド……!」

周囲を見渡す。

しかし、その姿は見えない。

焦る新一の背後に、突然空気の乱れを感じた。

即座に振り返ろうと身体を捻る前に………背中に熱を感じる。

「え─────?」

突然感じた、他人の体温。

背中から抱きしめられた、その前に回された手には純白の手袋。

「───キッド」

「身体……冷えてるな、新一」

どうせ、屋上にでもいたんだろ?

からかい口調でそう言われて、新一は咄嗟にその身を振りほどく。

「てめぇ……よくも俺の前に姿を現したな!」


捕まる気なんか、ないくせに。


「折角のイヴに……新一に逢わない訳いかないじゃないか?」

振り解かれて所在をなくした腕を組んで、キッドは答える。

涼しげな表情で、笑ってみせるその顔は嫌味なくらい落ち着いて……新一の方が落ち着かない。


「俺に捕まえてもらいに来たのかよ」

「捕まえる?……新一には俺を逮捕する権利なんてないぜ?」

モノクルが、意地悪そうに輝いた。

「でも、『別の意味』で俺を捕まえたいなら、抵抗はしないけどな」

「……別の意味?」

意味が解らず、首を傾げる新一にキッドは微笑んだ。



「お前が俺を捕まえないなら……」





俺が新一を捕まえてやる。






「え……?」

そう言われると同時に、キッドの手が新一の腕を掴んだ。

「何!?」

突然の行動に抵抗する間もなく、新一はキッドの胸にぶつかった。

キッドの左腕が新一を包み込み、もう片方の手は新一の左手を絡め取る。

柔らかな布越しの手が新一の掌を包み込んでは絡められ、小さな悪戯のように。

「キッド……離せ!」

先程の、突然背中から抱き込まれた時と明らかに違う、キッド。

力は入れていないのに、新一の抵抗を易々と無力化しているその術は、どこで学んだものなのか。

「てめぇ……何考えてる!?」

「………愚問だな」

探偵らしくない。

キッドの言葉に、新一は鋭い瞳で睨み上げた。

「何だと!?」

「イヴの夜は、恋人と過ごすものだろう?」

「こいびと……?」

何訳の分からないコト言ってやがるんだ。そう言おうとして、顔を上げた新一の瞳に飛び込んで来たのは………真剣な双眸で見つめるキッドの表情。






突然────心臓が跳ねた。






抱きしめられた身体の奥から、突然沸き立つ感覚。

動悸にも似た、胸の高ぶり。

突然襲った奇妙な感覚に、新一は戸惑う。

その身体の発する変化を、抱きしめているキッドに気付かれまいかと、そんな事が頭の中を支配し始める。

「新一……」

そっと耳元で囁く声。



(こいつ……わざとやってやがる………!)



そう思いつつも、耳が熱くなるのを止められない。

意識すればするほど、身体全体が熱くなって。……自分では、もうどうしようもないほどに。

絡めた指から送られてくるのは、甘い官能にも似て……どうしてこうなったのか分からずに、新一はただ頭を振った。


なのに相手はそんな新一の心に追い打ちをかけるように、静かに、優しく、甘い言葉を告げる。




「好きだよ、新一────愛してる」




「────え?」


新一は、両目をこれ以上はないくらい大きく見開いて、キッドを見つめた。

その瞳が告げるのは、驚愕以外の何物でもなくて。


そんな新一の表情に、キッドも少し躊躇いを見せた。


キッドが告げた言葉は、それほど新一を驚かせたのだろうか。

そうとは気付かずに性急な物言いだったのかと、キッドは拘束していたその身体をそっと離した。

と、驚いたことに彼はまるで支えをなくした人形のように、その場に崩れ落ちかけた。

慌てて、手を伸ばしたキッドだったが、結局2人とも冷たいコンクリートの地面にしゃがみ込む形となった。





「新一………俺の言った言葉、迷惑だったのか?」



珍しく、キッドにしては非常に珍しく自信のない声に、新一はゆるゆると顔を上げる。


「め…迷惑……って?」


意味が解らない、と言う風に怪訝な表情でキッドを見つめる。

そんな新一の表情に、キッドは小さく溜息をつく。


「…………悪い。少し先走り過ぎた」


錯覚したのかも知れない。


新一も己と同じ気持ちでいてくれていたと───。


「俺が行く所に必ずお前がいて………俺に逢いに来てくれてる気がしてた」

「キッド……?」

「何か、宝石も大切だけど……お前に逢いたくて」

何時の時からか、新一に逢う為に予告状を書いている自分に気付いた。

あの名探偵に逢いたくて。キッドが暗号めいた予告状を出せば、絶対にやって来るから……。

それが、新一に逢える唯一の手段。

「予告状出す度に、お前のコト考えていた」

今度の予告状は、どれくらいの時間、お前を悩ませるだろうか。

謎を解いたら、待っていてくれるだろうか。


「待って……って」

「何時も待っていてくれてた。一番確実な逃走ルートの先に……お前は居た」

動きが読まれていたのが悔しかったのは、始めのうちだけ。

回を重ねる毎に、─────居てくれなければ安心出来なくなった。

追われる者と追う者の……短い逢瀬。そんな風に考えるようになったのは、何時からだろう。


もう数え切れないほど、2人は対峙していた。


「クリスマス・イヴに欲しかったのは宝石じゃない─────ただ、お前に逢いたかっただけ」

『聖夜の雫』……あのダイヤが『パンドラ』でない事は、端から承知の上だった。

盗むつもりのない事も……。

「盗むつもり……なかった………?」

小さな声で新一が尋ねると、キッドは頷く。











長くも短い沈黙の後、言葉を発したのは、新一だった。

「───迷惑だ」

その間、考えていたのは、何だったのか。

「迷惑かけんな………………警察に」

「…………新一…?」

揺らぐ瞳で見つめるキッドの頬を新一の掌が触れた。

「逢いたかったら、直接俺の家に来ればいい……」

住所、知ってんだろ?

ただ、逢いたいだけなら、罪を犯す必要なんてない。


「こんな風にしか逢えないのは俺も辛い………から」


『怪盗キッド』は、世間を騒がせ、探偵である新一の自尊心を少なからず傷つけた人物ではあったけど、……だからと言って、憎しみを抱くような相手ではなかった。

キッドが怪盗でなかったら……立場が違えば、もっと別の関係が築ける相手なのかも知れない。



この胸の中に沸き上がった、甘い感情のように。



もっと別の─────。


頬に触れる新一の手の上に、キッドの掌が重なった。

そっと掴んで、包み込む。

新一の目元に微かな熱が浮かぶのを見て、キッドは微笑んだ。


冷えた空気の中、キッドの口唇が新一のそれと、そっと重なった。

ほんの一瞬の、熱の交換。

それまでずっと絡めたままだった左手をキッドは開放する。


「今晩は……見逃してくれるか?」

そっと尋ねる声に、新一は小さく笑う。

「見逃すも何も………お前、今日は何も盗っていないじゃないか」

「それもそうだな」

キッドはゆっくりと立ち上がると、新一に手を差し出した。

その手を借りて、新一も立ち上がる。

「さて、……渡すものは渡したし、今晩はこれで失礼しますか」

渡すもの……?眉を寄せる新一にキッドは何時もの口調でそう言うと、一礼する。


「今度逢う時は、あなただけに予告状を出しますよ」


そう言って微笑むと、マントを翻し───鮮やかなまでに、忽然と消えて見せた。


そんなキッドの居た所を暫し見つめ、新一は手持ち無沙汰に髪を掻き上げる。



「……………?」


ふいに掻き上げた左の指に異物感を感じて、掌を目の前にかざした。



「あいつ────!」


その指に光るは銀色のリング。

ご丁寧にも薬指にはめられて。

一体、何時の間に……。


「しかも、気味が悪いほどぴったりじゃないか……」


そう呟く口調に不思議と不快感はない。




『好き』とか『愛してる』とか、……そんなのはまだ分からない。




ただ、『探偵』と『怪盗』という関係だからと言って、相容れない訳ではないと、キッドは告げたような気がして、────それがたまらなく、新一の心を熱くした。




気付かされた、自分の想い。




「この代償は…………高くつくぜ、───キッド」



左の指にはめられたリングにそう告げる。





イヴの夜は静かに流れ、明日に向かう。


それでも────現在の刻は消えることはない。



それは聖夜に起きた小さな出来事。









そして、それが始まり。












END








NOVEL

2000.12.24
Open secret/written by emi

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