初穂摘み

(3)

 

 

ブロッケンJr.は社交界を不満に思っていた。
革命によって崩壊したとの建て前ある貴族制度ではあったが、人の価値観や生活諸習慣いうものはそう簡単に改まるものではない。上層階級における社交的繋がりは、その広範にして複雑怪奇な血縁関係と共に依然として幅をきかせていた。
 
峻厳で容赦ないとはいえ、普段はつきっきりの指導をしてくれる父ブロッケンマンも、社交シーズンになるや昼夜は完全に逆転してしまい、Jr.にかまける時間などそれこそ日に10分もあればマシといった有様。
Jr.にはそれが我慢ならなかった。
 
---自分の事よりもくだらない集まりを優先するなんて
そんな事、許されるはずがない---
 
独逸の歴史ある名家の当主、ブロッケンマンの直子として、我こそは超人の証、栄光の髑髏の徽章に、他の誰よりも近いと自負してはばからないJr.なのだ。父の関心は自分だけに注がれるべきだと、自分こそは父の寵愛を受けるにふさわしい価値があるのだと。
このわがままで尊大な貴公子はだから、平素見る者を魅入らせずにはいない紫の深淵に、熱い嫉妬の燠を抱える事となった。
 
なるほど、ブロッケンマンは空が闇の帳に覆われると同時に出かけ、帰宅するのは夜空が白み始めてから。それから寝台に入るのだから当然、起床は正午を廻る事になる。
 
シーズン中の父の行動をいまいましく思い起こす、Jr.
 
入浴を済ませ身繕いし軽食をとった後も、Jr.の相手などしている暇はない。
連日降るように舞い込む招待状の整理。招待状を仕分け終えた次ぎには、秘書によって参加の是非が代筆された返事の末尾に、流暢な達筆で、花押をいれていく。
それが済むとスケジュールの微調整、合間をぬって衣装の選考に、訪問客との面会に、家庭内の諸事采配にと時間を費やし、そうこうしている内に新たな夕闇が迫る。
選び出しておいた衣装に身を固めるころには、示し合わせたかのようにピタリ、出立の時刻なのだった。
 
---ファーターは自分をないがしろにしている、
子供だとあなどっている---
 
この広い屋敷の中に独り、ぽつんと取り残される寂しさ。嫉妬にやり場のない怒りをどこに向ければ良いのか。
大人たちに対等に扱われない口惜しさに歯がみする様は、やはり年相応。懸命に背伸びしてはいても子供そのものの幼稚な思考だったが、Jr.にそんな自覚はない。
ただただ、思い通りにならない苛立ちばかりがつのった。
 
---独りぼっちは、イヤ---
 
実際には多くの使用人がこの屋敷内での使役についていたのだが、Jr.の頭には使用人など、ハナから人数の内に入ってなどない。今も意識すらしていないだろう。
残虐超人ブロッケンマンの子である自分は特別な存在。自分と彼等は同列ではないのだ。
年端もいかぬJr.ではあったがその身体には確実に、人にかしずかれ命令する事に慣れきった貴族の、驕慢な血が巡っていると知れた。
 
そしてその驕慢さは嫉妬の燠を激しく焚き付け、Jr.は、衝動的ともいえる大胆な行動に出た。
思慕すると同時に激しく畏怖の対象である父、ブロッケンマンに、真っ向から意見したのだ。
 
「駄目!どこにも行かないで」
 

続く


・・・さて、4話目もさっさと上げようっと。

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