初穂摘み

(6)

 

 

部屋に戻ったJr.は後ろ手に扉を閉めるとそのまま大きく天井を振仰いだ。我知らず漏れる溜息と共に目を瞑る。思いは自然、今しがたの出来事へとたゆたんでいった。
 
---夜会から夜会へ飛び回るファーターをただ見ているしかない己の立場は、苦痛以外のなにも
のでもなかった。僕以外のいったい何に心揺れる事があるのかと、昼も夜もちっとも僕を顧み
てくれないのが悔しくて、切なくて。自分の気持をファーターに知ってもらいたい、そう
思ったらもう、いてもたってもいられなくなってしまった。だから・・・
 
---いざファーターの前に出たらとたんに頭が真っ白になって、言いたい事がまるで言葉にな
らなかった。情けなかった。自分でも判らない熱いもので胸一杯になって、それ以上の言葉は
接げなかった。
そしてあの目。
あの時、確かに見たと思ったファーターの目は、あれは、あれは本当に・・・気のせい?---
 
Jr.は必死に、再度頭をもたげた暗い疑念を打ち消そうとの激しいかぶりを試みる。
 
---ちがう、そうじゃない。
ファーターはやさしかった。僕のために招待を断った、僕にやさしく触れてくれたし、僕と一緒にいてくれると言ったじゃないか。
正直恐かった...とても恐かったけれど
でも
打ち明けて良かった・・・ファータァ、ああっ---
 
ぐっとこみあげて来たよろこびの身震いにタっと走り出すと応接椅子めがけて身を投げ出す。銀糸も彩なブロケードの、華麗な張りぐるみと馬毛の緩衝材とが肌に心地よい振動を与えるとともにJr.を受け止めてくれた。昂奮のあまりうつ伏せに突っ伏したまま、じたばたと両足を交叉させる。
ファーター、ファーター、ファータァ!
 
感情の起伏と闘うことしばし、唐突に顔を上げてJr.は、このやっかいなパニック症状をなだめるに適した実に素敵な案を考え付くに至った。風呂をつかえば騒ぐ心も鎮まってくれるに違いない、と。
そうだ熱い湯舟に気に入りの香油のひと垂らしも落して、立ちこめる香気の中にゆったりこの身を沈めよう。
そうすれば
 
---今よりも落ち着いていられる、きっとファータァの前に出ても---
 
晩餐の時刻までには、まだ暫くあった。
我ながら名案と応接椅子から身を起こすと、応接間を後にしたJr.はいそいそと大股に寝室をぬけ衣装部屋を兼ねた脱衣所へと飛び込んだ。
 
椅子に腰掛けるやすぐさま黒皮革の長靴に手を掛けた。まずは左ついで右と、脱ぐそばから床に放る。ベルトを抜いてこれも無造作に足許へ捨てると下着諸共ホーゼを下ろしてしまった。長靴に合わせてふくらはぎをぴたりと搾った仕立てのそれはひどく足首に纏わり付いたが、かまわず足で蹴り除ける。すっかり素足を晒してしまうと今度は上半身に取りかかる番だ。袖口の釦を外し襟口に手を掛ようとしたまさにその時、はたと思い付いた。
 
浴槽に湯を張らないと!
 
そう思った時には早、あしは浴室に向かっている。
逸る気持をそのままに使用人を呼ぶのももどかしがる、子供っぽい性急さだった。
 
---こんな事ぐらい一人で出来る---
 
広い浴室の真ん中に据えられた琺瑯びきの浴槽の、頭をつっこむようにしてJr.は排水孔に蓋をはめ込むと、真鍮の蛇口をいっぱいに捻った。
 
勢いよくほとばしる湯。
たちまち立ちのぼる湯気に手入れの行き届いた真鍮金具は、ぼんやりその輝きを鈍らせた。
湯気はあらゆるものを霞ませながら浴室内を充たすと、開け放ったままの扉を超えて脱衣所へも進出していく。その意外に満ちた軌道。
空気の流れの思いがけない様子に暫し見蕩れていたJrだったがふと我にかえると、上着の釦に取りかかりながら自身もその流れを追い掛けた。
 
釦をすっかり外し終えるのと脱衣所に戻るのと、どちらが早かったろう。
うつむき加減に上着---身に着けていた最後の着衣---を肩からずり落とす。
そのまま前方に視線を上げてJr.は、あっと声を発した。
先程まで自分が腰下ろしていた椅子は予期せぬ訪問客によって塞がれていたのだ。
 
肩から抜けた上着がぱさりと床を覆った。
 
「ファータァ・・・?」

続く


Jr.のピーンチ!
さぁ楽しく続きを書くとしましょう。

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