「あ...」
事の以外さに言葉も無く立ちすくむ。
高々と組んだ脚。
背筋も正しく、膝上に置かれた黒皮革手袋も真新しい両の指先を絡めあわせたブロッケンマンがそこに在った。
誇り高く上向けた顎から半眼に見下ろす父の、射抜くかの眼光の前に独り立たされるJr.は、その無垢な柔肌を無遠慮に這い廻る視線によって舐り廻される羞恥に、いたたまれなさ以上の戦慄をおぼえた。
---どうしてこんなところへ
何時から居たのだろう
迎えを寄越すと云っていたのは聞き違いだったのだろうか
ファーターが来てくれるなんて
こんな格好でどうしたら---
父とはいえこのような奥の間の内密な空間へ、しかも当のJr.に許しも得ず侵入しあまつさえ悠然と椅子を占めるブロッケンマンに対してどこか不審の念を抱きつつも、一つには先程までの余韻、気にかけられていると云う嬉しさの優越感も手伝ってか、抗議の言葉の口に出来ない彼の幼さであった。
そんなJr.の困惑を知ってか知らずか、あるいは愉しんでさえいるのやも知れぬブロッケンマンの、あくまで優雅な身粉し。正確無比。周囲に影響される事などあろうはずもない。
絡めた指を解いてひじ掛けに乗せる。
掲げた脚を組み換える。
起てた左腕から指先の蜘蛛の節足めいた動きで顎をなぞる光景が何故か淫猥に思えてJr.は、見てはいけない秘密を目にしたかの好奇心と罪悪感ない混ざった葛藤に捕われると、もう目を逸らす事が出来ない。
流れるがごとき一連の動作。そのどれ一つ挙げても優美な様はさしずめ名匠の技巧により創造されたオートマタの、一挙手一投足の細微に渡って計算し尽くされた完璧なメカニズムをも彷佛とさせて、からくり仕掛けの神秘に魅せられるかにJr.の心を掴んで離さないのだった。
「Jr.ここへ。ファーターのところへおいで」
唐突に声をかけられてJr.が、はっと我にかえった。
父が呼んでいる。
傍においでと。
---でも---
逡巡に揺れる内心。
それこそは本能の鳴らす警鐘に他ならない。
それなのに・・・
見えない糸を手繰られるようにしてJr.は一歩、また一歩と父のもとへ近付いて行くあしを止める事が出来ないのはどうしてなのか。
---これ以上ファーターに近寄っては駄目
行ってはいけない---
Jr.は狙い定められた獲物だった。
空高く猛禽の描く旋回を目にした哀れな鳩。
それが自らを誘なう死の円舞である事を、真下へ行くが最後、破滅的な急降下に継ぐ鉤爪が待ち受けているのを百も承知でなお近付かずにいられない、甘美な罠であった。
目を逸らす事もあたわぬままにブロッケンマンの前へと進み出るJr.の、戦慄のあまり突起した乳首の薔薇色の淡さ。それを見たブロッケンマンの浅ましく舌舐めずりする仕種でさえ、この美しい虜の紫の深遠には快きものと映るのだった。
続く
次、いよいよファーターの毒牙にかかってしまうのでしょうか。
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