宝石

男は手に握ぎった曵き綱をちゃらりと鳴らした。

真珠を列ねて延ばしたその先には、少年が一人。男の手にした物よりは、やや小粒の真珠を豪奢に束ねた首輪に首を戒められている。尻と膝をぺたりと床につけ、両手をそろえて前に差し出す様子は、さながら主人を前にして澄まし込んだ愛玩動物を思わせた。
はだけた胸元から覗く乳色の滑らかな肌に、ペンダントを模した茄子環がちらちらと揺れるたび、これは紫水晶だろうか、なめらかに表面を磨かれ金のふくりんで留められた中石から、射るような、紫の光輝を放つ。

「---綺麗だろう?」

嘆息混じりに男が呟いた。

「お前の瞳の色に合わせて造らせたのだよ。ほうら」

首輪の少年に語りかける口調は低く、あくまで柔らかく慈愛に満ちて。 が、次の瞬間驚くほど邪険に曵き綱を手繰り寄せた。

「っは、ぅ...ぅ」

予期せぬ動作に身体を支えきれず、大きくのめって絨毯の上に倒れ込む。肘を付いて起こした上半身の、帽子のつばのあいだからは珍しい、紫色の瞳が男を見上げた。
アメシストの煌めき、けだる気で退廃した色合い。

「ぁん、ファータ...ァ。そんなに引っ張っちゃ、イヤ...」

男は少年の父親であるらしい。抗議の言葉の中にもどこかしら甘い毒を含んでいた。

「ほう」

男の目が一瞬満足げに細まったかに見えたのは、光線のいたずらによる錯覚か。しかし、足下に侍る我が子の媚態を見下ろすと、次には口調を一遍させた。

「平気で親に口ごたえする。Jr. お前をそんな子に育てた憶えはないな」

冷たい声でJr.と呼んだ。矢張り二人は親子なのだ。

うってかわって突き放すような父の態度。そのあまりに突然な変わりように、Jr.の睫毛は不安に戦慄いた。

(口答えなんて......違う、そんな事ちっとも)---だが、声にはならない。

「私の宝玉。一点の曇りも一筋の疵も付かぬよう、大切に磨き上げて来たと思っていたのに」

喘ぐように口を開きかけるJr.に、止とどめとも言える一言が突き刺さった。

「そんな悪い子はもう、愛してなどやらない」

「!...ぃヤッ」

悲鳴にも似た鋭い否とどちらが速かったろうか、重厚なペルシア絨毯の毛あしにもたつき必死に立て膝にいざると、半身を投げ出すように父---ブロッケンマン---の脚に抱き着いた。

「あぅ...ァそんなのウ...ソ」

膝にしがみつくJrを後目になを容赦なく畳み掛けるブロッケンマン。異様極まりない光景。この父子はいったい......。

「お前には心底失望した」 「いやっ、いや...」

「残念だよ実に」 「ファータ...や...や......っ」

「お前などもう」 「ファ...」

「要らない」

「やだぁぁぁぁっ!ファータァッ、ファータァッ!!」

脅迫的なまでに父の愛を渇望していた。Jrにとってブロッケンマンの存在だけが世界の全てであり真実だった。父は己の一挙手一投足を采配する支配者であり、父だけが己に真の愛を与えてくれる保護者であり、父以外の存在などJr.には考えも及ばず、また彼にとって、そんな事はどうでも良い事だった。
そんな神にも等しい存在に否定されるJr.の恐怖と孤独、絶望感はいかばかりだろう。昂奮で騰がった息に小刻みに震える肩。いやいやとかぶりを振る度に、首から下がる戒めが蛇のようにのたうった。

曵き綱の握りを手に無心に弄びながら、脚にしがみついて離れないJr.のそんな一部始終を、無表情の中にもどこか愉悦の入り交じった様子で見下ろしていたブロッケンマンだが、やがて飽きたのか---それとも十分堪能したからか---手にした真珠の綱を引っ張り上げて持ち上げた頭を包み込むようにかき抱くと、そっと耳元に囁いた。

「嘘だよJr.」 

「ひ、ぐ」 嗚咽を無理に飲み込む。

「ああかわいそうに、こんなに震えて」 

「...ファ、タ...」 見開いた眼。

「お前が要らない訳がないじゃないか、愛しい私のJr.私だけの...」

曵き綱を持つ側の手の甲が、やさしく頬を撫で擦る。たったそれだけで良かった。絶望感は氷解し、闇の帳から解放される思いだった。

「ア...」

「愛しているよ」

「ファ...タァ」

「Jr. 私のJr.」

「---好き...」

目に一杯の涙をたたえてJr.が微笑むと、溢れた水が頬へ零れ落ちて顎に添って伝い、真珠の粒を濡らす。そのどちらもが、限り無く透明な輝きに満ちて美しい。血のかよった宝石とでも呼ぶべきか、非の打ち所なく育て上げた己の作品を眼に、ブロッケンマンの口元は妖しくほころんだ。

「お前が私をどれほど好いていると言うのか。ならば、その証しを示してごらん、ここで」

どうしたら良いのか、Jr.には解っていた。

父の腕を離れると、再び足許に跪き、ジョパーズのファスナーの把っ手を舌で起こすと、歯と唇で器用にくわえて下げて行く。開いた窓に鼻面を差し込んだまま下着の合わせをまさぐる事暫し、目的のものを探り当てると、唇で捧げ持つような丁重さで引き出す事に成功した。
父の分身、首輪をつなぐ引き綱と同じく、父と自分とを、その肉体と魂諸共つなぎ合わせてくれるもう一つの枷、目の眩むほどの快楽の源だった。

---欲しい
込み上げる欲情そのままに、くわえ込んでしまいたいけれど、でも、ファータァの許しもないのにそんな真似をしたら、きっと嫌われる。はしたない子だと思われてしまう。

(そんなの、イヤだ。)

衝動をグっと堪えると、踏み開いた両脚の間になまめかしく下がる陰茎の、桃色に照光る鈴口の先端に閉じた口先をピタリと押し充て、愛しい父の指示を待った。

「ふふ、行儀の良い子は好きだよ。先を続けなさい、さぁ」

くしゃりと髪を撫でてやり先を促す。

誉めてくれた。父のやさしさがJr.には嬉しくてならなかった。
もっと誉めてもらいたい、自分を見て欲しい、愛して、お願い愛して。ファータァ---

雁頸に唇を這わせると、確かめでもするかのようにゆっくり、輪郭をなぞっていった。すぼめた唇を割って覗く赤い舌が、ぬるりとその後を濡らしては唾液の筋を残す。

...ちゅ くちゅ... ちゅく ......

棹を舐るごとに卑猥な音が室内に響き渡って、確実にブロッケンマンの淫欲を誘い出すのと同時に、Jr.自身の股間にもまた、切なく甘い痛みにも似た変化を及ぼし始めている。
気が付くと、そそり立つ父の陰茎を愛撫する舌の動きに同調しながら、腰をうごめかせているのだった。

(ファータァ、ファータァ、好き。死んでしまいそうなくらい)

「服を脱ぎなさい。ここへうつぶせなさい」

待ち焦がれていた一言。
二人の足許に広がる精緻な寄木細工の床の、その上を覆う、時代がかった異国渡りの敷物をあごで指し示しながら命令された。


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