go to "H..."?
ちらりと腕時計に目を走らせた平次につられ新一も時刻を確かめる。既に日も変っていた。
車も余り通らなくなった道を歩いている互いの顔からは疲れの陰が隠せない。
「こんな遅うなるとは思わなかったわ」
「まあね」
時計を見るのに持ち上げていた彼の腕を離す。交わす声にもうんざりした響きがある。
「あっこでお前が犯人焚きつけるからや」
「仕方ねえだろ、言われっぱなしも癪だし」
「やからってなあ……まあ、大立ち回りで罵詈雑言。諦め悪い、ちゅうのもあったけどな」
最初は頑なに自供を拒んでいた犯人は、それでもいよいよ追い詰められて逃げられなくなったかと思うと開き直って暴れ出し、悪態の限りを尽くしたのだ。警察と力ずくで収めて引き渡し、ようやく解放された頃には夜中に近い時間になっていた。
「お前だってやられっぱなしじゃなかっただろ」
「おう。倍返しは基本やろ」
「俺もまさか、あんな台詞言われるとは思ってなかったからさ」
「ああ、――」
語尾を濁した平次の代わりに投げつけられた言葉を繰り返す。
「『地獄に落ちろ』」
「……いつの時代の文句やっちゅうねん。ま、お前の切り返しでぐうの音も出なかったようやけどな――ちょお待ち。何ぞ飲むか」
「いいけど」
「コーヒーでええな？」
「ホットなら」
「よっしゃ」
平次が自販機の前で操作しているのを余所に、先刻の光景を思い浮かべる。犯人の捨て台詞にしては珍しい、と自分に言われたのに人事の様に感じていた。勝手にそんな事決められても困るな、と。だから応えた。
『――貴方が思うだけなら、自由ですから』
強い願い、強い思い。自分の内だけでなら何を考えようと誰にも止める事は出来ない。
「ほい」
「ん……サンキュ」
渡されたショート缶の加糖の文字を見て眉をひそめる。
「……俺、コーヒーならブラックがいいって知ってるよな？」
「こーゆー時はな、甘いんで体あっためた方がええんやで」
「そういうテメーはブラックじゃねえかよ」
「俺は先刻の大立ち回りで汗かいたからええんや」
「――甘」
口では文句を言ってみたものの、体に沁み入る甘さは確かに心地よい。そんな表情の動きを悟られたらしく、平次が隣で苦笑した気配がした。それには気付かない振りで喉を潤す。
地獄。
落ちた所で確かめる術などないだろうに。
「『地獄に落ちろ』か」
「何や、ホンマは堪えてんやろ」
「んな事無いけどさ。――けど」
「けど？」
犯人の中では自分は地獄に落ちているのだろうか。例え実際は天獄へ昇ったとしても。
「地獄だろうが天獄だろうが、残ったヤツの強く願う心にしか俺は存在しないんだろうなって思うと」
「――」
「呪うも祈るも紙一重だしな。……で、お前は？」
「何や」
「服部。お前は、俺をどうする？」
「何を――どう、やて」
「お前が俺を連れて行くのは地獄か――それとも、天獄か」
「イキナリ何や……訳分からんわ」
平次が当惑するのも当然だ。
八つ当たりに近い事は良く分かっている。それでも今、どうしても彼から答えが欲しかった。
「いいから。答えろよ」
「せやかて」
「いいから」
答えてみろ。
お前の中に残る自分は、何処へ行くのか。
「――」
沈黙の闇に時が流れる。
何故か相手の方を見る事も出来ず、只缶に視線を落とし、飲む事もせずに弄ぶ。
印刷されている文字をなぞる。その「天国」を意味する言葉。
やがて、液体を一気に嚥下する音が聞こえた。 次いでゴミ箱へ放り込む金属音。
「どこへでも」
「――は？」
言葉に弾かれ見上げると、真っ直ぐにこちらを見ている目とぶつかった。唇が笑んでいる。
「せやから、工藤の行きたいトコどこでも連れてったる、言うてんのや」
「……お前、意味取り違えてる」
「ほうか？」
「絶対間違えてるって」
「まあええやん。取りあえず、ジブン行きたいトコ行くで」
「人の話聞けって――って、何処行くんだよ」
突然手を引かれ反射的に引っ張り返す。何当たり前の事言うてるんや、と返された。
「せやから、家やろ」
「――ああ」
自分の行きたい所。
「せや。ついでにベッドで天国行き、っちゅうのもあるで」
「へえ。今まで行った事無いけど？」
「……努力目標、ちゅうことで」
真面目な顔で言われ咄嗟にどんな顔をすれば良いのか迷った。
空いた片手に持つ缶がいい加減冷えているのに気付き、目の高さまで持ち上げる。
「……お手軽な天国」
「何ぞ言うたか？」
「やるよ」
軽く振って僅かな残りを示し、差し出す。
「ええけど……やっぱ甘いんは厭きたか」
「いや、」
行くのなら、二人がいい。
「『天国』の分け前だ」
end.
11910御礼、テーマは「強い、格好良い「探偵」工藤さん （でも平次とはラブ希望）」でした。
つよくてかっこよいたんていさんでなおかつらぶ、な筈が
わがままでだだっこなたんていさん（？）でなおかつらぶ、 みたいな内容になってしまいました……
こ、こんなんでも僅かばかりでもお気に召して頂ければ幸いなのですが。
のまさま、リクエストありがとうございました！