Very low heat


 

 

「……なあ」
「何や」
「作んの止めない?」
「何で」
「やっぱさあ、店で喰った方が美味いに決まってるだろうし」
「試してみたかてええやん。言い出したん自分やろ」
「……そう、だけど」
 目の前に広げられた多くの食材、香辛料、諸々を前に新一は既に後悔していた。
 これ全部を調理しなければならないと思うだけで気分が沈んでゆく。
 確かに、本格的なカレーを作ってみたいといって平次を買い出しに付き合わせたのは自分だけれど。
 一通り買って、気付いてみればどう控えめに見ても二人で一週間は保つ量に愕然とした。
「とにかく、具切るだけ切ってみよか。ほれ、工藤」
「……これ、俺切んの?」
「あんな、いっちゃん最初はそれ炒めなあかんやろ」
 茶色い外側がすっかり剥けて半透明の塊になったタマネギを前に途方に暮れた。
「俺、タマネギ切んの苦手なんだけど……」
「言い出したん誰やったっけ?」
「――」
「ほな、俺は野菜洗っとるさかい頼んだで」
 逃げ道を探すのを諦め、ひとつ溜息を吐いてまな板に向き直る。
 手にした包丁で、まずは半円に切り分ける。
 そこから更に細かく――
(何だ、楽勝――)
 と思えたのはそこまでだった。
 刺すような痛みに、瞬きを二度三度繰り返す。
 鼻の奥の痛みが押さえられず呼吸の苦しさに口で息を吐いた。
「――工藤?」
「こっち見んなよ」
 包丁を翳し顔を背ける。
 もう片手で目から頬からとにかく擦っているとからかい交じりの声がした。 
「……あーあ。やられてもうたな」
「だから、こっち見るなって」
「滅多に見られんモン見逃す訳ないやろ」
「うるさい」
 目と鼻の刺激に耐えかねて、とうとう包丁を置いてティッシュボックスに手を伸ばす。
 その手を急に捕らえられた。
 振り払う間も無く、涙の移った指先を吸われる。
「――」
 訳も分からず見ていると、離れた唇が頬に触れてきた。
 両方の頬から涙を舐め取った舌が離れ、笑む。
 顔の熱が上がったのが自分で良く分かった。
「じっくり味わわせてもろたわ」
「……高いぞ」
「幾らや?」
「このカレー位」
「そら、お安いわ」
「負けてそん位だからな」
「へいへい。俺に作れ言うんやろ……けど時間無いさかい、普通のカレーでええか?カレールーあるやろ」
「……大負けに負けてそれでもいいけど。何で時間無いんだよ」
 この後の予定は何も聞いていない。不意の用事でも出来たのかと聞いてもあいまいな顔で首を振られた。
「まあ、とりあえずは簡単に作るし。先にタマネギ刻むさかい、炒めてや」
「俺顔洗いたいんだけど」
「んな勿体な」
「何が」
「――まあ。すぐ出来るし、ちょお待っといて」
「……」
 手際よく切られたタマネギを渋々炒めている鍋に、他の野菜が次々と荒切りにされ放り込まれる。
 とろ火に調節し、吹きこぼれないのを確認して平次は頷いた。
「……よし」
「なあ服部、時間無いって……」
「あんな、こういうんは煮込む程美味くなるんやで」
「……知ってるけど」
「やからそれまで――な?」
 言うが早いか抱きすくめられた。
 頬を寄せられ、指が目の縁から涙痕を追ってゆく。
 耳元で囁かれる声は陶然としていた。
「さっき舐めたアレな、実は媚薬やってん」
「……な、にが」
「そないな顔で見んなや」
 呆然と仰ぎ見るとどう取ったのか笑み崩れた。
「いや、良く効くわ……工藤の泣き顔なんて貴重やし」
「な――」
 反論は唇に封じられた。
 

 

 出来上がったカレーは程良く煮えていた。

 

 

 

 


end.

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2910御礼、テーマは「二人でカレーを作って食べる(甘々仕様)」 でした。
……はて。(苦笑)
どれひとつとしてテーマをこなしていない様な気もいたしますが(特に甘々)
大きく見ればテーマ通……り?
あ。調理法に関しては大雑把にゴーということで灰汁すら掬っていないようです(汗)
らきあ様折角リクエスト頂きましたのにすいません……難易度高かったです……
ま、また狙っていただければ幸いで(フェードアウト)


 

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