サイレントサイレン <silent siren>


 

<IV>

 

 ぐるり、通された部屋を見渡す。
 防音性が高いのか絨毯からは足音一つ聞こえてこない。脇の床へ荷物を放りだしても振動は響かず、平次は手を腰に当て唸った。
 調度品の良さが格調の高い雰囲気を感じさせる。但し、手入れは余りされていないようでどことはなしにもの悲しく、無人の館に近いというのは本当らしい。
 外に面して開いた二カ所の両開きの窓から入り込む風が心地よい。窓から窓へと通り抜ける風。
 高台のせいか空調は無くてもそれ程暑さが気にならなかった。
「部屋一室なのはしょうがないとしても……寝るトコ無いな」
 一人用には広い部屋だ。二人にはやや狭いけれど。
 そして、置いてあるベッドはひとつ。

「まあ俺は別にソファで寝てもええし。招かれざる客やからな」
 長椅子に足を投げ出し、寝るにも良さそうやと座り心地を確かめる。
「服部」
「無理矢理引っ張り込んだんやろ、俺ん事。ある意味事後承諾やな」
 駅での姉妹とのやり取りをずっと疑問に思っていた。平次が同行を承諾してからの依頼人への連絡が彼にしては遅すぎる。むしろ作為的に、あえて間際に連絡する事で自分を引っ張り込んだという方が納得がいく。
 果たして新一は息を吐き、ベッドに座って苦笑いをした。
「バレた?」
「バレるも何も、そないな事は先に言ってくれへんと口裏合わせられんやろ」
「悪い悪い」
「敵を騙すにはまず味方からっちゅう訳かいな」
「何だよ、騙すだなんて人聞きの悪い。しかも依頼人に対して敵って」
「黙秘は嘘より始末悪いで。……まあええけど」
 無理矢理引っ張り込む程頼りにされてるのであればそれはそれで喜ぶべき事だ。そうなのだけれど。
「そないに俺と旅行行きたかってんもんなあ? ならしゃあないわ」
「……まあ出掛けたかったのは否定しないけど」
「工藤の役に立つんなら構わんし。例え便利屋でもな」
「まだ根に持ってんのか。近いってだけで別にそのものとは言ってないだろ」
「同じやん。好きなように使ってくれや」
「んだよ、何引っ掛かってんだよ。そもそも自分が言い出しといて――」
 引っ掛かる。何に。誰が。そもそも、引っ掛かっているのはどっちだ。
 わずか下りた沈黙の中、平次が口を開いた。頬を掻くのは戸惑っている時の彼の癖。
「あー話逸れたわ……とにかく、そういう時は一言欲しいっちゅうこっちゃ」
「……善処する」
「何で政治家みたいな答えやねん。別に全部を全部、っちゅう訳ないやろ」
「じゃあ、もし俺が言わなかったらどうすんだよ」
「もし、ちゅうか至極有り得そうやけどな……そん時は、そんでええ」
「何で」
「分かるし」
「何が」
「工藤のやる事。やから大丈夫やで」
「……」
「役に立つやろ、俺。流石便利屋の端くれ」
「――なんで」
「何が」
「別に」
 短く答えて新一は口をつぐんだ。
 どうして彼はあっさりとそんな台詞が言えるのか。自分は今まで彼への感謝の言葉すらろくに告げていないというのに。
 感謝の気持ちを現すには手持ちの言葉が足りなさ過ぎる。本当は幾ら言っても言い足りない筈なのに余りの多さに却って躊躇い口に出せない。今も又誤魔化してしまった。
 いずれ、きちんと告げなければならない。これでも義理堅くあるつもりだ。
 けれどそれが感謝だけの気持ちであればこれだけ躊躇う事も無い気もしている。現に『工藤新一』を取り戻した時に関わった協力者達には自然と感謝の言葉が出たものだ。
 彼にだけ、表す術を知らないでいる。
 そのまま黙っていると、話が一段落着いたと思ったのか平次は窓から身を乗り出し辺りを眺めた。
「おー、こんな高っかいトコから海見えるで。こら絶景やなあ。メシ時まで辺り一回りするか」
「……そうだな。暗くなる前に辺りの様子も知りたいし」
「外に常盤木さん、居るで」
 常盤木 永介《ときわぎ えいすけ》は庭仕事に精を出しているようだ。館に着いた時挨拶は済ませていたが話はまだ聞いていない。
 それならば彼を見失わない内にと外へ出た。
「にしても……まあ、立派な館やなあ」
「確かに、四人で住むには広過ぎるかもな」
「一人で管理するのもな」
 玄関ホールから出て、海が見える方へと回る。
 部屋の窓から見下ろした時と同じ場所で、常盤木は大振りの松を剪定していた。松は館中を取り囲んでいるようで、防風林の役目を担ってもいるらしい。
「常盤木さん」
「……何か」
「お仕事中申し訳ありません。こちら、見て頂けますか」
 更陽子からの手紙のコピーを見せると、首の回りのタオルで汗を拭きながら麦わら帽を外した。帽子の鍔の影から柔和だが皺の多い顔が現れる。
 白髪ばかりの頭が頷いた。50才と聞いてはいたが、年齢よりも年老いているように見える。
「――はい。私が見つけまして、更陽子様に」
「何処に落ちていたのですか」
「海釣りに行こうと海岸まで降りましたら、停めている船の近くの浜にガラス瓶に入って打ち上げられておりました」
「更陽子さんはその前夜、同じ物を拾った夢を見たそうですが」
「存じております。お渡しした時、酷く驚かれておりました」
「どう思われますか」
「私がですか……絹斗様と綾子様からのお手紙であれば良いとは思っております。更陽子様の為にも」
「どうしてですか」
 柔和ながらも訥々と話していた常盤木に戸惑いが一瞬浮かんだ。
「――え」
「更陽子さんだけの為ですか」
「上の姉ちゃん二人は」
「……どなたからもお聞きになってはおりませんか」
 確認の問いの意図が見えない。ただ、何かの感情が裏に流れているという事だけは分かった。
「何の話ですか」
「更陽子様の夢の話です」
「硝子瓶を拾ったと」
「――それでは、私がお話出来るような立場ではありませんから。仕事に戻っても宜しいでしょうか」
「ええ――お邪魔しました」
「失礼します」
 深々と辞儀をすると剪定道具を持って歩き出した。屋敷の建物とは別の方角へ。
「常盤木サン、そっちには何あるんや」
「こちらにも松があります。一本だけ」
 振り返って再び軽く頭を下げた後ろ姿が、遠くなる。
 聞こえない位の距離を見計らって平次は呟いた。
「アッチ、崖やなあ」
「一本だけの松……か」
「そら、防風どころか何の役にも立たんやんけ」
 二人で顔を見合わせ、そっと後を付ける。
 すぐに追いついた。
 崖の先に、小振りの松が一本。
 常盤木が道具を脇に置いて、頭を垂れていた。

 

 

 

 


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