ちいさなあかり
全速力で走っていった彼に、追いつく事が出来なかった。
(――腕時計使わなかったな)
(はは、せやな)
その意味するモノに気付くべきだった自分が今、只立ち竦んでいる。
見る間に沖に出た彼が、ひゅっと沈んだ。
「あ――」
海。沈む彼。
思い出さずにはいられない――
「平次ー!」
「服部くーん!」
名を叫ぶ彼女達の声も、きっと彼には届かない。
前の自分がそうだったように。
知らず、心臓の部分を鷲掴みにしていた。
そのままで、しばらく息もできなかった。
長かったか、短かったか分からない。
潮に流された彼が遠くで顔を出した。
張りつめた身体中から安堵の溜息が零れる。
「まさか先に事件の材料集めとこうなんてズルイ事――」
無事に陸に上がった彼に安堵と引き替えの皮肉を一つ刺した。
視界の端で光るモノが見えて視線を上げる。
降りてきた時計を、目線を合わせず受け取った。
「時計、役に立ったで。おおきに」
「……あんな事すんなら貸すんじゃなかったな」
「まあまあ。俺かてその明かりが無かったらよう潜らへんって」
「何だよ、俺のせいかよ」
人に散々心配掛けた揚げ句の言葉とはとても思えない。
尖った口調で返すと、慌てた様子になった。
「違うて。お前のやから、必死に持って帰ろう思ったんやで」
「――ったく。もう危ない真似すんなよ」
「何工藤、心配してくれたんか」
「……前の事があったし、な」
そればかりを考えていた自分に、知らずうつむいていた。
「今度も、ちゃあんと戻ってきたやろ」
「それは、そう……だけど」
しゃがみ込んで目線を合わせた彼が、時計ごと手を持ち上げる。
手の中で強い光が現れ、直ぐに弱まった。
「これ、工藤やと思ってたんやで。俺」
「え」
「せやからどないな事あっても離さへんって握りしめて戻ってきたんや」
「………」
「今度は」
立ち上がり、笑んだ。
「危ない真似も二人でやろな」
その笑顔に、「ちっとも反省してないだろ」と返して。
ちいさなあかりをそっと手で押さえた。
end.