水の器


 

 

 区切られたガラス窓に雨がひっきりなしに叩きつけている。
 雨を受ける紫陽花の群もより映えて、ガラス窓の額縁に綺麗に納まっていた。
「随分とまあ、今年も見事に咲いとるなあ」
「別に何にもしなくても、気付くと勝手に咲いてるんだよ」
 平次が呟くと、傍らで新一が気のない返事をした。
「……ったく、喰えないモンばっか植わってるんだよな、うちの庭は」
「舌でなしに目が肥えるんやな」
 立つのが億劫で、ソファーから首を伸ばして眺めている。
 雨に映える、紫色の――
「……あん?」
「何」
「去年――色、違うてなかったか」
「紫陽花の?ああ、そうだけど」
 それがどうした、という表情で頷いた新一に重ねて問う。
「何したん」
「毎年同じ色じゃつまんねえから、変えてみた」
「肥料入れたんか」
「肥料、って言うか、凶器」
 言葉が咄嗟に変換出来ず、彼の顔を凝視しながらも反応が遅れた。
「――は?」
「七変化って通り確かに色変わったし、やってみるもんだよな」
「”凶器”――って、お前」
 澄ましている顔に唖然としていると、突然弾けたような笑いが起こった。
「――何、んな顔してんだよ。俺が何かしたとでも思った訳?」
「やって」
「埋めたのは、例えば凶器と呼ばれる金属製のモノ――ってだけの事だろ」
「……笑うトコなんか、そこ」
 一気に脱力し、ソファーに寄りかかる。
 言った当人は涼しい顔だ。
「本当に色変わるか、試しにやってみただけだろ」
「刃物埋まってんかい。物騒な庭やなあ」
「刃物とも限らないけど」
「なら何や」
「だから凶器だって。――ああ、そういえば」
 新一が指さす先に、雨に霞む緑の塊が見えた。
「あそこの野薔薇、妙に育ちが良いんだよな」
「……つくづく物騒な庭や」
「それ程でもないけど」
「褒めてへんって……」
 大袈裟に溜息を吐くと、新一は楽しそうにまた笑った。

 

 額縁の外の会話など知らん顔で、雨はまだ降り続けている。

 

 

 

 


end.

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