When you need me
「……セイラ?」
扉から顔だけ覗かせて呼んだけれども、その部屋には誰もなく。
客用の枕や毛布が床に積まれ、壁に取り付けられた棚に、それのカバーなどがおいてある部屋だ。
グレッグミンスターに来ると、必ずマリーの宿屋による。
セイラに会って、一泊するのが習慣になっている。
セイラはぶっきらぼうだが、なんというべきか、アンジーを休ませるのがうまいのだ。
しかし。
マリーから、ここにいると聞いてきたのに。
アンジーは小さく溜め息をついた。
ここにはこれから棚にしまわれるであろう、整然と畳まれた白いシーツが重ねておいてあるだけ。
セイラがいない。
多分ちょっと出ているだけなのだろうけれど。
「どこ行ったんだ…あいつは」
アンジーは首を傾げて、部屋の中に入る。
そう広くない部屋の中をぐるりと見渡すと、やはりいないことに落胆して座り込んだ。
子どもじみたわがままさで口を尖らせる。
「せっかく寄ってやってんのに」
恩着せがましいセリフを吐きながら。
ちょうど良い高さに積まれたシーツに肘を預け、もう一度部屋の中を見渡す。
糊のきいた真っ白なシーツやらカバーやらを見ていると。
おそらくあの洗濯好きが懸命になって洗濯したのだろう光景が目に浮かぶ。
洗濯しているところに訪ねれば、必ずアンジーは洗濯干しを手伝わされる。
裏返しのままだの、皺伸ばせだの、口うるさく命令されながらやっているのは、実をいえばかえって楽しいのだが。
(洗濯物落っことしたときの、セイラのあの目は怖えよなあ)
無言で拾って、じっとアンジーを見上げて、やはり無言で再び洗うのだ。
洗濯は好き。だが、せっかく綺麗にしたものを汚される。また洗う。せっかく綺麗にしたものを。
確かに気分はよくないだろうが。
(今にもナイフ飛んできそうだからなあ)
思い出すだけで空恐ろしい。
そんなことを思いながら。
きっとこの部屋の様子を見るに、また戻ってくるだろうから。
肘を預けていたシーツの山を枕にして、横になる。
こう毛布や枕ばかりに囲まれていると、どうしたって眠くなるものだ。
そう言い訳しながら、自然とアンジーは寝息をたて始める。
セイラは取り込んできたシーツを山にして抱えながら、帰ってきた。
たかだかシーツとはいってもかなりの量があるものだから、外から階段を上ってくるだけで、手が痺れている。
早く床に下ろしたいことこの上ない。
ようやく、と思って足を踏み出したとき、セイラのつま先が何かにほんの軽く、ぶつかった。
枕や毛布にあるまじき感触。
シーツの山のせいで見えないので、よ、っと身体をひねって確認すると。
それは本来ならばおそらく嬉しいはずの人物の。
(……この野郎は…!)
嬉しくない姿。
シーツを枕に、頭の下で手を組んで。
それは幸せそうに眠っている。
一瞬怒鳴りつけようとしてやめ。
しばらく、とはいっても傍から見ればほんの一瞬で心を決めると、セイラは行動に移った。
アンジーの顔めがけて、無言のまま大量のシーツの山を叩きつけたのである。
そしてしばらく様子を伺っていたのだが。
(…起きない……)
疲れているのだろうか。
それならばそれでしかたない。
自分を待っている間に眠ってしまっても許す。
だが許せないのは、枕にされているシーツだ。
別に汚されたわけじゃない。
ただ、せっかく綺麗に畳んでおいたシーツがくずれかけているのが許せないだけだ。
せっかくやった仕事を無にされつつある状況に腹が立っているだけだ。
セイラは頭の中で自分の今の心境を分析し納得すると、次の行動に移るためにアンジーの頭の側に立った。
こんなに近くまで寄っても起きないということは、やはり疲れているのだろうが。
解放戦争後にはじめた商売は何とか軌道に乗ったそうだが。
まだ、ゆっくりできるような時期じゃないんだろうとは思う。
だが、それはそれ、これはこれ。
お互い商売だ。
シーツの山の中に手を突っ込んで、枕になっているシーツの両端をつかむ。
合間に見える顔を見下ろしながら、殴ってやりたい衝動に駆られても抑え。
ゆっくりと大きく息を吸い、声として吐き出す瞬間にシーツを思いっきり引っ張った。
「起きろ、この馬鹿湖賊!!」
ごつん。
と鈍い音がして、アンジーの頭が落ちた。
シーツの山に埋もれたまま、くぐもったうめきが聞こえ、セイラは立ち上がると淡々と言い放った。
「いつまでも寝ぼけてんじゃないよ。とっとと起きて、あんたが枕にしたシーツ、畳みなおしな」
「俺はもう湖賊じゃねえぞ……」
弱弱しい声にまったく同情を示さず、セイラは十分手加減して脇腹を蹴る。
「分かった、起きるってば…」
「とっととシーツ畳んどきな。まだあるんだから」
「…おまえ、さっきオレが枕にしてたやつって言ってなかったか」
「誰もそれだけなんて言ってない」
にやり、と不敵な笑みを浮かべると、セイラは再び部屋を出ようとした。
「あ、きちんと畳まなかったらやり直させるからね」
「俺は疲れてるんだぞー…」
消え入りそうな講義の声には。
「だからどうした」
そんなことを言い残されて、アンジーはうんざりと溜め息をついた。
ちゃんとやらなきゃナイフが飛んでくるに違いない。
小一時間もしただろうか。
ようやく終わったのは。
次から次へと取り込まれてやってくるシーツやカバーなどを片っ端から畳んで。
(俺は休みにきたはずなのに…)
などという泣き言を懸命に心のうちにおさめ。
最後の一塊を棚に突っ込んだところでセイラが声をかけた。
「終わったかい?」
「あーもーおかげさまで」
「そう」
きっちり見てまわって。
「ま、いいだろ」
「これでダメだったら俺は泣くぞ」
「あんたが泣いたってあたしは何の痛痒も感じないよ」
笑いを含んで返ってきた声に、アンジーは食って掛かる気にもなれず苦笑いした。
「おまえさんは休めたか?」
「ああ、おかげさまで」
皮肉ったつもりもなかったが、意外と素直な返事が返ってきて、少し驚く。
「どうした?」
「別にどうもこうもしないよ。洗濯は好きだし、干すのも畳むのも嫌いじゃないが、疲れるときもあるだけで」
「あー…そうか…」
部屋を出て扉を閉めながら、アンジーは静かにセイラを見下ろした。
歩きながら、思わずまじまじと見つめてしまう。
いつもどこか超然としていて気付きにくいが、なれない客商売だ。
セイラだって疲れるだろう、と。
今更ながらに思ったのだ。
「どうしたの」
「いや、おまえが休めたんならいいかと思ってな」
「ふうん…」
セイラは何の気もなさそうにアンジーを見返す。
それでも無言で首をかしげると、腕を絡めて。
そのまま前を向くと、アンジーのほうをむこうともしない。
アンジーは喉の奥で笑いをこらえた。
この程度で照れている辺りはかわいらしいというものだった。
「セイラ」
「何?」
「土産買ってきたんだよ。お茶いれてくれ」
「何を?」
「お前さんがえらく気に入ってた焼き菓子」
「分かった」
するりと腕を解くと、セイラは階段を下りていく。
「部屋にいなよ」
「おう」
軽快な音をたてて降りていく後姿を見下ろして。
それから自分が宿泊する部屋に行こうと踵を返しかけたとき。
「ああ、アンジー」
踊り場から呼ばれてもう一度向き直る。
「なんだ?」
セイラはまた小さく首を傾げる。
「ひとついい忘れてたんだけど」
「ああ」
一度俯いて、それからまた顔を上げて。
「おかえり」
アンジーは一瞬目を見開いて、それでもすぐに笑って。
ふっと、力が抜けたのを自覚した。
「ああ、ただいま」
セイラは満足げに唇の端を吊り上げると、小走りに階段を下りていった。
同様の表情がアンジーにもある。
いい気分だ。
自分が休むためにここへきたことを思い出す。
「さて、じゃあ、オレも休ませてもらうとするか」
口に出してはそう言う。
だが形はどうあれ、自分がきたことでセイラも休めるのなら、それもまたいい。
互いが、互いの存在によって休むことができるなら。
セイラはアンジーを拒まない。逆もまた然り。
互いのためならば、自分達は。
きっといつだって「隣り」を開けていられるに違いない。
気付いて、照れくさい気がして。
ドアのノブに手をかけながら。
アンジーはがしがしと頭をかいた。
end
うちのサイトの二万ヒットのお祝いに、冠さんより頂きました。
はぁ・・・もうため息しか出ません。
どうして冠さんのお話というのは、何度も何度も読みたくなるんでしょうか。
私もう十回以上読んでいます(苦笑)
二人の距離。
距離的にいえば一歩半くらいでしょうか。
手を伸ばせば届いて、寄りかかれる距離。
そこには安心という信頼が在って。
自己犠牲すら愛しくしてしまうのですよ、そういったものは。
それってとっても大切なことですよね。
誰かのために自分がいれるのなら、それだけで十分だと思うのですよ。
少なくとも、私は読んでいてそう感じました。
アニキが布団に埋もれて寝てる姿って可愛いッスね!!!
こう圧し掛かりたくなりそうです(危)
私のわがままなリクエストに答えてくださった冠さんに心からありがとうを伝えたいです。
冠さん、ありがとうございました。
そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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