処方箋なしの、その薬。




安定剤。





「おまちどうさまー」
ウェイトレスの女の子が笑顔と一緒に両手に持った料理を目の前に置いた。
ありがと、と片手を上げる。
忙しそうに離れていくその背中を見つめながら、嬉々とフォークを持った。
今日の昼食はラザニアとグリーンサラダ。
まだ注文していないが、あとケーキも頼むつもりだ。
まだじゅうじゅうと音を発てているラザニアにフォークを差し入れる。
伸びるチーズを起用に巻き取り、口の中に入れた。
少し熱いが、口の中に広がるうまさは毎度の事ながら絶品。
次に、さく、と新鮮そうなサラダにフォークを突き立てる。
口に放り込むと、酸味の利いたおいしいドレッシングがたまらない。
美味しさに溜まらず、にぱりと微笑んでしまった。


「・・・・っぷ!」
それに噴出したのは、今まで黙って向かい側に座っていたヤム・クー。
口元を拳で押さえ、声を殺して笑っている。
そんな様子にフォークを咥えながらは首を傾げた。
「なによ」
顔を背けていたヤム・クーは、まだ少し緩んでいる顔でこちらを向いてくる。
「いや・・幸せそうだなぁと思って」
少し声が上ずっていたが、どうやら大体笑いは収まったらしい。
サービスの水を一口含む。
「だって美味しいと幸せじゃんよー」
は二口目のラザニアをもぐもぐしながら答えた。
拗ねるように唇を尖らせて、頬杖をついている。
ヤム・クーはくす、と今度は小さく笑いを漏らした。
「俺の少し食べますか?」
そう言って、まだ手をつけていない自分の昼食をに近づける。
すると、ぱっと顔を上げて、大きく頷いてきた。
「食べる食べる!」
わーい、と子供みたいに笑ってお皿の上のそれをフォークで器用に一口大にすると、ぱくりと食べる。
そしてまた、にぱりと微笑むのを見て、思わずヤム・クーも顔を緩めてしまった。



かちゃん、となるべく静かに食べ終わった食器を重ねる。
放って置けばウェイトレスが片付けてくれるのだろうが、どうも以前の家事生活の時の癖が抜けない。
なんか旅行に来た主婦っぽくて嫌だな、と自分に苦笑しながらも、一通りテーブルの上を纏め終わった。
最後に自分の手をふきんで軽く拭く。
ふぅ、と一息入れて、テーブルに上体を預けて転寝をしてしまっているを見つめた。
「・・・疲れてるんですね」
は前線を戦う人だ。
旅好きで元気があるとはいえ、疲労は結構なものだろう。
昼間の太陽に光っているの髪を弱く撫でた。



「あれ、寝てやがんのか」
ケーキを両手に一つずつ持って歩み寄ってきたゲオルグはの顔を覗き込む。
「ええ、腹満たされると眠くなっちゃう人なんで」
まるで自分のことみたいに少し照れた風に言う。
そんなヤム・クーに笑いながらも、音を発てない様に椅子に腰掛けた。
「折角ケーキ持ってきてやったのによ」
ゲオルグは持っていたチョコケーキを、一つはの前に置いて、残りのチーズケーキは自分で食べ始める。
もう見慣れたが、この中年男性がチーズケーキを頬張る姿はなんとも不釣合いだ。
元々小さめのケーキのため、ぱくぱくと一気に食べ終えてしまう。
満足そうに口元をナフキンで拭くと、ゲオルグは懐から煙草を取り出した。
一本咥えてマッチを擦ると、赤く染まる先端。
大きく吸い込んで、天井に向かって吐いた。
すぅすぅと眠るに視線を向けて、シニカルな笑いを唇に乗せる。
煙草をしまおうとして、ふと手を止めた。
「お前も吸うか?」
頬杖を付いているヤム・クーに差し出せば、小さな苦笑いが返ってくる。
「いいえ、俺今吸わないんで」
だからいいです、と言うヤム・クーに、一つ頷いて懐に仕舞い直した。
漂う煙草の香り。
とんとん、と灰皿に灰を落とした。

「なんか少し意外だな。お前さんなら吸ってるかとおもったんだが」
煙混じりで視線を向けてくるゲオルグに、頬杖をしていた手をどけた。
代わりに、椅子の背もたれに深く寄りかかる。
「いえ前は吸ってましたけどね、吸うと落ち着きましたし」
青い瞳が前髪の間から見詰めてきた。
ふ、と零すように笑って、ゲオルグは煙草を灰皿に押し付ける。

「んじゃ、今は煙草なしでも落ち着いてるわけだ?」


「え?いえ・・あー・・」
ヤム・クーは言葉を濁して、少し身を捩ったを見た。
ゲオルグも続いて視線を追う。
むにゃむにゃと何か寝言を言っているが二人には聞き取れなかった。
それでも幸せそうに眠るその表情に、自然に笑みが零れるのが自分でもわかる。


「いや・・そうかも、しれないですね・・」


よくよく考えれば、解放戦争序盤は結構吸っていた気がする。
いつ止めたのかははっきり覚えていないが、終戦時には手に付いていた煙草の匂いは消えていた。
代わりに、が傍にいるようになったけれど。



ぽんぽんと、ゲオルグがの頭を軽く撫でる。
「こいつがお前さんの安定剤ってことだな」
「はは、ひやひやさせられる時もありますけどね」
「そりゃ言えてる」
笑いを含んだ会話をしていると、の瞳がゆっくりと開いた。
体を起こして、大きく伸びをする。
くあ、と一度あくびをして、ごしごしと目元を擦った。
「おう、起きたか?」
「んあ?ゲオのおっさんいつのまに来たの?」
「お前が寝てる間だよ」
先ほどまでいなかったゲオルグの姿に、は少し驚いたようだ。
「ほれ、おごり」
ゲオルグは笑って、のために持って来ていたチョコケーキを差し出す。
「うっわありがと、ゲオのおっさん」
は皿を受け取ると、歯を出して笑った。
早速と食べ始めたは、やっぱりひどく幸せそうで。

男二人は顔を見合わせて笑った。








end。


13333HITを取ってくださった、
アユタ様のキリリクヤム・クードリー夢でした。
つーか・・・ゲオルグ?(汗)
煙草ネタをやるにも吸いそうな人がいないなぁと思いまして、結果彼になりました。
ヤムの影がちょっと薄いですね。
あうう、ヤムドリー夢ですのに、申し訳ないですーー!!!
宜しかったらアユタ様のみお持ち帰りどうぞ。
13333HIT申請、ありがとうございましたv





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