怖いんだ。
また、大切な人を作ること。
ドミノ
はぁはぁ、とは息を弾ませて、走っていた足を止めた。
どこまで走ってきただろう。
辺りをぐるりと見渡せば、本拠地から出て少ししたらある、岬近くにいるらしい。
眼前には、夕日に赤く染まった海。
整ってきた息を、もう一度大きく吸って吐いた。
夕日を見つめて、岬の端に一つ歩を進める。
と。
がらっ!
重い音が聞こえたかと思うと、視界ががくんとぶれた。
「きゃああああ!!」
視界には赤い海がだんだんと近づいてくる。
落ちる―――・・っ。
ヤム・クーは頬に伝い下りて来た汗を手の甲で拭った。
本拠地をくまなく探したが、の姿は何処にも無くて。
入り口から入り口まで一周したヤム・クーは、がしがしと頭を掻いた。
本拠地にいないってことは・・・・。
「アイリさん」
ヤム・クーは、近くにいたアイリを呼び止める。
「さんがさっき外に行ったの見ましたか?」
愛刀をふきふき、アイリはヤム・クーを見上げた。
「ああ、ならあっちの方の岬に出てったよ」
ナイフで行き先を差す。
ヤム・クーはその方向を見て、ぎゅっと手の中のものを握り締めた。
そのヤム・クーの様子に、にやりとアイリは笑う。
「何、ケンカでもしたのかい?」
やけに楽しそうに笑うアイリに、はは、とヤム・クーは苦笑した。
そんな二人の間を、くすくすと笑うリィナが口を開く。
「でも、大丈夫かしら。昨日雨が凄かったでしょう?」
そういえば、と夜中窓を打ってきた雨を思い出した。
確かに、暴風豪雨と言って申し分ないほど。
笑いながら、リィナはぴっと人指し指を立てた。
「地盤がゆるんで、さん岬から落ちちゃってたりしないわよね」
「アネキ、笑顔で言うなって・・。なぁヤム・ク」
振り返ってヤム・クーに笑いかければ、その姿はない。
ふと見ると、出口に走り出しているヤム・クーの後姿が見えた。
それに、あらあらとリィナは頬に手をあてて笑う。
「さんの彼は心配性ね」
アネキ・・・絶対確信犯だな・・・。
そんな実の姉を見つめがら、ご愁傷様とヤム・クーに手をあわせた。
『うっく・・ひ・・っ』
なんだろ。
誰かが、泣いてる。
『お父さん、どうして死んじゃったの・・』
誰?
泣いてるのは・・。
『を一人にしないで・・っ』
泣いてるのは、私?
唯一の肉親の父を失った時の、私。
唯一大切だった、父を無くしてしまった私だ。
『もう・・大事な人なんて作らない・・』
だって、また失ってしまったら?
『大切な人なんて、いらない・・』
「い・・っ・・」
は体中に走る痛みに、目を覚ました。
霞む視界には、静かな波をたてる海。
どうやら丁度岩肌のでっぱりに落ちたらしい。
上を見上げてみれば、なんとか上れそうな距離だ。
しかし、失敗して下に落ちたら剥き出しの岩肌に激突してしまう。
かといってこのままでいるわけにもいかず、とりあえす上ってみるか、と立ち上がった。
しかし、いきなり軋むような痛さが右足首に走って、ぺたんと座り込んでしまう。
そっと、その足首に触れてみると、明かに腫れ上がっていた。
落ちたときにくじいたのだろう。
この足じゃ到底上にはいけそうにない。
ましてや人はほとんど通らない所だ。
助けを呼ぶ事だって出来ないに等しい。
状況を再確認したとたん、胸に不安が溢れかえって来た。
「・・っ」
それをなんとか押さえようと胸元に手を当てて、はっ!とあることに気づく。
「・・・ネックレス・・ない・・っ」
風車を象っているような、シルバーのネックレス。
落ちたときに無くしてしまったのだろうか。
とっても大切なものだ。
だって、あれは。
ずきん。
また、頭が痛くなって来る。
それをなんとか振り切って、は辺りを探し始めた。
もう、日はほとんど沈み、暗くなってきている。
痛む足を引きずって、岩肌を手探りして探す。
あれは、無くしてはいけないもの。
ぽろぽろぽろ。
溢れ出してきた涙は、固い岩肌に落ちる。
とめどなく。
いつかも、あのネックレスのせいで泣いたことが合った気がする。
でも確か、あの時は嬉し泣きで。
『誕生日プレゼントです』
そう言って、自分の首にネックレスを付けてくれたのは。
「さんっ?」
頭上から声が聞こえる。
視線を上げれば、涙でにじむ金色。
ごしごしと腕で目元を擦れば、今度ははっきりとヤム・クーの顔が見えた。
安心したように少し笑って、覗き込んできている。
「怪我は、ないですか?」
手を差し出してくるヤム・クーに、は俯いてぶんぶんと首を振った。
「・・ネックレス・・・」
「え?」
小さい声に、思わず聞き返すと、ゆっくりと顔を上げてくる。
「ネックレスが、ないの・・」
その瞳には今にも零れそうな涙。
一瞬驚いたような顔をしたヤム・クーだったが、すぐににっこりと微笑んだ。
「怪我は?」
優しい声。
そんな声に、は「足・・」とだけ答える。
見れば、服の間から覗く足首が赤くなっていた。
「大丈夫、俺が支えますから。とりあえず上がりましょう」
しかし、は首を振るだけ。
ぎゅっと、岩肌に付いていた手を拳に握る。
「あたし、は・・ヤム・クーさんの手は取れないの」
ぽろぽろぽろぽろ。
涙は流したまま。
「きっと、あたしはヤム・クーさんのこと大切なんだと思う。でも、それは駄目なの。
大切な人は、作らないって決めたから・・・。また・・お父さんみたいに無くしたくないから・・っ」
ヤム・クーは手を差し出したまま、黙って聞いていた。
その場には、の嗚咽だけが聞こえる。
「・・俺も、昔そうでした」
語りかけるような、静かな声に、は顔を覆っていた手をよけた。
「大切なものなんてもう作るもんか、って思ってました」
見えたのは、やっぱり優しいヤム・クーの笑顔で。
は思わず、その青い瞳を見た。
「それでもアニキに拾われて、育てられて。馬鹿みたいに今はあの人が大切なんです。きっとこれからも」
それはなんて手探りな思い。
でも、そんな曖昧なものに、縋っていなくては生きていけない自分たちは。
「でも、もう一人大切なものが出来た」
にこり、とヤム・クーは笑う。
「アナタだ、さん」
「・・っ」
ぱきん、と、頭のどこかで何かが割れるような音が聞こえた。
それはまるで、ガラスの壁が割れたような。
そんな、音だった。
「・・・や・・・む・・」
『誕生日プレゼントです』
『え・・何』
『だから、プレゼントですよ』
『プレゼント?・・って・・。あたしの?誕生日の?』
『?ええ確か今日でしたよね』
『っ・・そっか・・あはは、プレゼントか・・・・。ははっ・・っ』
『さん?何・・泣いてるんですか』
『っあ〜〜・・ごめん。まじで嬉しいからさ・・・・』
『・・・・さん』
『ん?なに?』
『アナタが生まれてきてくれて、俺は、幸せです』
『大切な人』
そんな人、本当は何処にもいないんだろう。
でも、誰かに大切と思われたとしたら。
「ヤム・・・っ」
きっと、その人が大切な人なのだ。
ぐっと手を引かれ一瞬体が浮いたかと思うと、次の瞬間には地上が見えた。
そのまま倒れこむように、ヤム・クーの胸に落ちる。
ふと空を見れば、もう星達が瞬いていて。
ヤム・クーは、そっとの腫れた足を撫でた。
「大丈夫ですか?足」
「んー、まあね」
足よりも赤くなってしまった目を擦り擦り、は答える。
紋章を唱えようと詠唱を始めれば、じっとやけに強いの視線に邪魔された。
一旦言葉を切って、に視線を移す。
「なんですか?」
「ヤムさー、あたしが記憶なくしたって時も、全然動じなかったよね」
拗ねてるような表情。
その幼さに思わず、噴出してしまう。
すると、むっと眉を眉間に寄せる。
「ヤムにとってあたしとの思い出はたいしたもんじゃなかったわけ?」
こほん、とヤム・クーは一つ咳をして笑いを収める。
「そんなわけないじゃないですか」
「んじゃなんであんなに冷静だったのよ?」
「・・冷静というか・・・」
ぽんぽんと、頭を軽く撫でられる。
「忘れても、忘れないものってあると思いましたから」
まっすぐ見つめてくるその青い瞳は、何処までも澄んでいて。
そんな不確かな言葉も、確かな物に聞こえたから。
はこくりと一つ、頷いた。
「あ、そういえばネックレス・・・後で探さなきゃ」
「ああこれですか?」
「は!?なんでヤム持ってんのよ」
「あなたが走って行っちゃった時、船着場で見つけたんですよ」
「・・なんだ・・・よかった」
「でも、留具が壊れちゃってるみたいですよ」
「あらら。んじゃ直してもらうわ」
「どうせなら、新しいのあげましょうか?」
「ばーか」
「はい?」
「あたしは、これがいいの」
end。
はひー(汗拭)
三話だけ長いのは、なんとかこの回で終わらそうとしたわけではないです!ええ決して!
なんとも・・微妙な終わり方だ・・・。
とりあえずねー、言いたかったことはヤムの台詞の端々に出しました。
「大切な人」と、「思い出」のことを。
それを感じでいただけたなら、幸いです。
気づいた人いらっしゃるかしら・・。
「even if」に出てくるネックレスと、この回のネックレスは同じ物です。
でも風車を象ったって・・どんななんだろう。
きっとアーティスティックなものなのですよ。
ヤム、きっとセンス良さそうだし。
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