アナタさえいればよかったのに、なんて。
夢みたいなことを毎日祈っていても、いいですか。


命日。



ちちち、と鳥のさえずりによって意識を浮上させたヤム・クーは、目を覚ました。
数年前より大分短く切った髪を掻き揚げつつ、窓の外を眺める。
昨日はすごい豪雨豪風だったのだが、今朝は晴れていた。
寝転がったまま一つ欠伸をして、そのまま自分の隣に手伸ばす。



『・・朝ですよ』
『・・ん〜?朝?・・・』
『起きてくださいって』
『あのね、自分が起きたからってあたしを起すのはやめんかい』
『起さないと怒るじゃないですか』
『それはそれなの』
『そうですか。ほら、もう目覚めたでしょ?』
『ぜんっぜん』
『嘘はいけませんね・・っしょ』
『っぎゃあ!嫌だ―!!セクハラだーー!!』
『今更何言ってんですか・・。それに持ち上げたくらいでそんな叫ばないで下さいよ』
『ほんと、今日は眠いんだってばー』
『だったら美味しいコーヒー入れてあげますよ』
『う・・・卑怯者』
『あはは。さ、顔洗いましょ』




手を伸ばしたそこは、じんわりとつめたかった。
ヤム・クーは一度目を閉じ、ゆっくりと開ける。
起き上がると、寝服を着替えて寝室を出た。
洗面所に向かい、顔を冷たい水で洗う。
手探りで棚の上の新しいタオルで顔を拭き、鏡に映った自分を見た。
前髪は前ほど長くはなくなっていて、青い両目がちゃんと見えるほど。




『っぎゃーーーー!!!』
『驚きすぎですよ、さん』
『だっ・・どっ・したの・・その髪?』
『昨日アニキが吸ってたタバコで少し焼いちゃいまして。どうせならと思ってばっさりやっちゃいました』
『はあ。なんか・・・別の人みたい』
『変ですか?』
『いんや、ううん。似合ってマス。というか、そっちのがいいよ』





あの時のの驚いた顔を思い出して、鏡に映る自分は少し笑っていた。
タオルを洗濯機に入れ、洗剤を入れて回すと洗面所を出る。
台所に入り、コーヒーメーカーにスイッチを入れた。
以前までは茶類しか飲まなかった自分だが、
数年前からに合わせて朝はコーヒーを飲むようになった。
フライパンに火を掛けて、パンをトースターに入れてタイマーを入れる。
その足で冷蔵庫から卵を二つ取り出した。
卵をフライパンに落とす。
黄身は綺麗な曲線を描いて、ぱちぱちと音を発て始める。





『っあーーー!!どうして目玉焼きにしようとすると、割る時黄身が崩れちゃうんかなー?』
『スクランブルにする時は何故か、黄身崩さないですもんね』
『あうう、いいや。ヤム、今日もスクランブルでいい?』
『いいですよ』





菜箸で、黄身をつぶす。
そのままぐるぐると卵をかき混ぜた。
この頃、目玉焼きを食べてないな、と頭の端を横切ったが、
漂ってきたコーヒーのいい香りに、すぐそれはどこかへ行ってしまった。
その時丁度パンもこんがりと焼けて、トースターから飛び出してくる。
それらをお皿に盛って居間へ。
テーブルに置いて、自分もコーヒーを飲みつつ椅子に座る。
普段はつけない眼鏡をかけ、近くにあった本を片手に朝食を取り始めた。




『ヤム、食べながら何か読むのってだらしないからやめなさいっていつも言ってるでしょ』
『ああ、すいません。ついくせで』
『せっかくあたしとご飯食べてんだからさー』
『すいませんって。もうしませんから』
『約束ね』




ぱたん、と読んで一ページも経っていないが本を閉じた。
それを机の端に置いて眼鏡もはずし、もくもくと朝食を食べ終わる。
食器は水につけて、後で洗おうとそのままに。
次に回しておいた洗濯機から洗濯ものをかごに移して居間から庭に出た。
昨日の雨の名残が植木の葉に残っている。
ひんやりとしてるさわやかな風が、ヤム・クーの髪を揺らした。
かごを地面に置き、物干し竿に洗った洗濯モノを干す。




『やっぱ二人だと洗濯物多いねー』
『でも、アニキと住んでた時よりは少ないですよ』
『あの人はすぐ汚しそうだもんなー』
『そうなんですよ・・』
『でも、ま、二人分を二人で干せばすぐ終わるっしょ』




洗濯物が風に揺れている。
かごは、すぐに空になってしまった。
暫くそこに立っていたヤム・クーだったが、くるりときびすを返して居間に上がる。
かごをソファの横に置き、自分は柔らかいそこに腰かけた。
十分スペースが有るのに、何故か端に座ってしまう。




『わーー!ソファだーー!』
『アナタが欲しいって言ってましたからね、内緒で注文してたんですよ』
『まじ嬉しい!ありがとヤム』
『いえいえ』
『これなら二人で座れるねv』




ぽたり。
と、何かがソファに落ちて、その布に吸い込まれていく。
それは止めどなく落ちていって、そして吸い込まれていって。





『ねぇヤム』
『なんですか?』
『あたしが死んでも、泣かないでね』
『また急になんですか』
『いつかは、お別れはくるからさ。一応だよ』
『そんな・・・』
『ヤムが泣いたら、あたし責任感じて天国いけないでしょ?』
さん』
『だから・・さ、泣かないで』





「・・・っ・・・っ」
ああもう。
責任、とってくださいね、さん。
拭っても拭っても、瞳から溢れるものは勢いを止めない。
何をしても、何を思っても。
すべてがアナタに支配されている。









このまま、泣き続けていれば、ひょっこり帰ってきそうな気がする。
いつも通りに笑って、何泣いてんの?と抱き寄せてくれるような気がする。




「・・・・・・さ・・」









『なーに?』




そんな、決して返ってこない言葉に想いをはせても。













一年前の今日。

彼女は俺の腕の中で、静かに息を引き取りました。








end。


冠さんに10000hitのお祝いに贈ったものです。
なのに死にネタってどうよ。
今回はさんが死んでしまってから1年後です。
一緒に寝たりとかしてますけど、一応恋人同士ではないですよ。
つーか洗濯機とかコーヒーメーカーとかってあるのかしら・・・。
アダリーがんばって!!!
忘れようと思っても、過去のものにしようと思っても。
二人が住んでいた家にはどこにもさんが溢れていて。
どうしても出来ないヤムは、きっと毎日泣いているのでは。
私だったらきっとそうなってしまいそうです。
でも、人の心は変わります。
忘れることは絶対無くても。



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