広い廊下を抜けて、クルガンに導かれたのはこれまた大きい扉の前。
ギィ、と軋んだ音をたてながら扉が開かれる。
「ルカ様、殿をお連れいたしました」
クルガンが一礼すると、を中へと進めた。
意外にも心中は穏やかで、緊張は無いに等しい状態。
カツ、と履き慣れないヒールの踵を鳴らして、は部屋に入った。
願。
中はかなりだだっ広く、真ん中に長丸形のテーブルと、天井をふと見上げれば豪華なシャンデリア。
やけに明るい部屋に視線を巡らせれば、すでに腰掛けているルカとジルの姿が目に入った。
ジルがにこりと微笑んだので、軽く返す。
「座れ」
ルカが顎をしゃくって自分と対になる椅子をに差した。
何も言わずそこに腰掛けると、テーブルの端と端に自分とルカ。
先程の甲冑姿ではなく、黒のタートルネックとズボンに貴族らしい装飾を身に付けている。
間にジルがいるとはいえ、その鋭い視線を真正面に受けるのは多少きつかった。
溜まらず視線をずらせば、ルカの少し後ろに並んで立っていた将軍2人と目が合う。
ルカに見えないことをいいことに笑いながらひらひらと手を振るシードに、クルガンの拳。
噴出しそうになるのをなんとか耐えて、ふぅと息を吐いた。
今度こそ、まっすぐと前を見つめる。
持ったワイングラスに赤い液体を注がれながら、ルカがにやりと笑った。
「ずいぶん着飾ってきたではないか。それなのに化粧の一つもしないとはな」
も同じ様にワインを貰いながら、笑う。
「化粧ってのは顔に自身の無い女がやることだわ、それにあたし中身重視なの」
いつも通りな自分に、安堵した。
グラスを持ち上げて作法も何もなくそのまま口に運ぶ。
じんわりと口内に広がる赤ワイン独特の侵食感を味わいながら、喉に通した。
そんなに、ルカは喉をならして同じ様に無作法にワインを飲む。
ジルが少しハラハラした様子だったので、大丈夫と視線に乗せて送った。
すると安心したように微笑んで、自分のワインにも手を伸ばす。
それを横目で見ていたルカだったが、肘をつくとをじっと見つめた。
軽く笑みを唇に乗せて、それを見返す。
「食事がくるまで時間が少しある。何か話せ、なんでも構わん」
そんな要求に、思わずきょと、としてしまった。
ジルもそんな兄の発言が意外なようで、首をかしげている。
「話す?またどうして」
「お前はここのじじい共と違って言葉が剥き出しで新鮮だからな。なに暇つぶしだ」
そこまでハッキリ暇つぶしと言われるとなぁ。
しかし話せといきなり言われてもハッキリ言って困る。
うーん、とワインを飲みつつ真剣に悩んだが、どうにも浮かんでこない。
そんなに気付いたのか、ルカがふとクルガンに視線を流した。
「ならばうちの将軍のリクエストを聞こうではないか。おいクルガン」
いきなりの呼びかけにも、クルガンは少し眉を動かしただけ。
顎に手を当て少し考えるそぶりをすると、視線をこちらに投げかけてきた。
「そうですね、殿は先の門の紋章戦争にも参加なさっていたとか。その時の話では?」
「ほう、それはいい。よし話せ」
もう否定するという選択肢はその言葉に含まれていなくて。
というか。
「話せってなー・・・」
がしがしと頭を掻いて、三年前に記憶を巡らせた。
空になったグラスに注がれる赤をなんとなく見つめながら、ふ、と息を吐く。
両肘をついて、顎を置いた。
「そうだね、あの時はまだあたしも未熟なとこあったし、とにかく必死だったよ」
ゆら、とテーブルの真ん中にある赤い蝋燭の火が踊る。
四人の視線を受けながら、ゆっくりと目を閉じた。
「あたし最初は赤月帝国側の傭兵でね。解放軍とは敵同士だったんよ」
あの時はとにかく食い扶持を稼ぐのに精一杯で。
戦争を行っている国では傭兵は高く買われる。
だから国がどうこうではなく、ただお金が欲しかったんだと今でも断言できた。
「ま、赤月帝国は結構居心地悪かったしー、やけにあたしを仲間にしたがる熊もいたしね。あっさり解放軍に寝返ったわけよ」
伏せていた視線を上げれば、睨みつけるようなルカの視線とかち合う。
なんとなく微笑み返せば、ぴくりとその眉が動いたのか見えた。
「解放軍の皆ってのは大体が色物揃いでねー、まあ飽きないこと」
肩をすくめて多少オーバーに体で表現する。
顎を置いていた両手を解いて、ワインに手を伸ばした。
少し乾いた唇に、流し込む。
「それでも・・・いやーだからかな、みんな一生懸命大切なモノを守ってた」
例えば。
例えばずっと傍にいた一人の少年を命を投げ打ってまで守った人。
恋人や家族を失って、壊れそうな心を必死に守っていた人。
自分の何かを必死に守っていた人。
「そんなのに感化されちゃってさー、おかげであたしも大切なものってのが出来たんだけどね」
自嘲混じりで笑えば、ルカが髪を掻き揚げながら笑った。
「はっ、それで、お前はその大切なとかいうものを今も守っているというわけか?くだらん自己犠牲だ!」
片目を可笑しそうに細めて、組んでいた足を組みなおす。
そんなルカをなんとなく見つめながら、また視線を伏せた。
「あたしもそう思うよ。でもさー人間なんてほんと単純に出来てんだよね」
ゆっくりと瞼を上げれば、ルカの嘲笑が視界入る。
最初はいたたまれなかったそれも、今はやんわりと返した。
「単純一つ、大切なら守りたいんだ」
一瞬、息を詰めるような感じが部屋に広がった。
それは思わず俯いてしまったシードとクルガンのものであり。
少しだけ微笑んだジルのものであり。
そして、眉を盛大に顰めたルカのものだった。
「・・・・お前の話も飽きた」
そう少しだけ小さい声で呟くと、がたりと椅子から立ち上がる。
ジルが不思議そうに思わずその腕を取れば、進めようとしていたルカの足が止まった。
「兄様?」
「気が変わった。自室で食べる」
低い声で唸るように言うと、その周りから波紋を描くように張り詰める辺りの気配。
視線は真っ直ぐを向いていたが、狙いは明かにこちらにあった。
それは先ほど自分に切りかかってきた時のものと似ていて、さり気無く髪の中に手を忍ばせる。
忍ばせていた小剣の柄を指先に当てて、ルカを見つめた。
視線の端で、将軍2人が剣の柄に手を当てているのが見える。
「・・・・・」
しかし、そんなにちらりと視線だけを向けただけで、一向に仕掛けてくる様子はない。
暫くたつとだんだん揺れていた殺気も波立ちを抑え、ふと消えた。
その間ずっと見詰め合っていた2人だったが、先に目を閉じたのはルカの方で。
不思議そうにしているをもう一度見つめた。
「・・・後で俺の部屋へこい」
ぽつり、と零すように呟くと、そのまま大股で部屋の扉をくぐって行く。
その小さくなっていく背中を、思わずぽかんとしながら見つめていれば、
いつのまにか傍にいたジルが、そっと肩に触れてきた。
「兄様の言葉はお気になさらないで下さいませね。素敵なお話でしたわ」
「あ?あ・・ああ、ありがと」
視線を上げて答えれば、にこりと嬉しそうな顔をして、元の席に戻る。
すると、少し離れた場所にいたシードが、一歩近づいて来た。
「それで、・・行くのか?ルカ様の所に」
否定を待っているような表情に、思わず苦笑する。
空になったグラスは蝋燭の光をほんのりと反射して、の視線を伏せさせた。
「さあねー。でもほら、売られた喧嘩は買えって言うじゃん?」
多少おどけて言ってやれば、複雑な表情をしているシードの背後でクルガンがこちらを見ている。
何かを言いたげに唇を動かすが、息を零すだけで口を結んでしまった。
なんとなく言おうとしていることが判って、笑顔を送る。
「・・優しいね、三人とも」
敵だけどさ、と続けて笑って言った。
ぱたむ。と与えられた部屋のドアを後ろ手で閉め、息を吐く。
結局あの後、ジルと2人で食事を済ませ、そのまま帰ってきた。
その間、なにやら将軍2人は考え事をしている様子だったが。
備え付けてあった水差しからグラスを満たし、口元に運ぶ。
こくりと一口だけ含んで、目を閉じた。
慣れていないヒールのくるぶしが擦れ、多少傷んでいるのを遠くに感じる。
それでも、落ち着いている自分に不思議と違和感は無かった。
「最初は、結構怖かったんだけどねー・・」
ふと、ルカの表情を思い出す。
黒い瞳は、何処かすべてを諦めているような。
そんな印象だった。
「・・・・あれだなー・・あたしあーゆーのに弱いんだろうなぁ・・」
椅子を引いて腰掛けつつ苦笑する。
テーブルに肘をついて、足を組めば、こつんと腿に当たる硬いもの。
着慣れないドレスのポケットを探り、先ほど入れておいた手鏡を取った。
かた、とテーブルにそれを置いて、自分を映す鏡にそっと指先で触れてみる。
『・・・ういえば』
「?」
向こう側でどうやら誰かが話しているようだ。
でも自分が聞いている事には気付いていない様子。
は誰だろう、と耳を済ませた。
「そういえば、確かさんを解放軍に誘ったのってビクトールさんなんですよね?」
「あ?あー・・そうだったな」
鏡に寄りかかり座っていた、ヤム・クーが問い掛ければ、
同じ様に凭れ掛かっているビクトールが酒を片手に苦笑いした。
「何度か戦争であいつとかち合ってなー、強いし、ひつこく誘ってみたんだよ」
ウィスキーを氷が入ったグラスに注ぎながら呟く。
ヤム・クーは視線は城の天上に向けたまま、両手を膝に乗せた。
「でもまたなんでさんにしたんですか?他にもたくさん強い人はいただろうに」
その言葉に、口に付けたグラスを止め、やんわりとビクトールは笑う。
から、と氷が冷たい音を発てた。
「あいつは、こっち側の人間だと思ったからかな」
「こっち側?」
「そ」
ぐいっと一気にグラスを空にして、にんまりと笑った。
「夜ひっそり泣くタイプって感じ」
その台詞に、ヤム・クーは一瞬ぽかんとしたが、
次には思わず顔を緩めてしまった。
「なるほど」
くすくす、と小さい笑いを零す。
そんな様子に、ビクトールも口元にだけ笑みを乗せ、酒を進めた。
「でも実際、お前だってそうだったんじゃねぇの?」
「俺ですか?」
「そうそう。結構お前も強がりッぽいじゃんか」
「うーん、そうですねぇ・・・」
記憶を辿るように、視線を上に上げて零す。
ぽりぽり、と頭を掻けば隠れていた青い目がちらりと覗いた。
「俺あの時結構冷めてましたからね。兄貴以外信用できる人もいませんでしたし」
そんな言葉に、ちょっと以外そうに目をくるりとさせる。
ヤム・クーはそんなビクトールに苦笑して、ゆっくり目を閉じた。
「っていうか、そんな人いないって決め付けてたというかー。仲間って言っても一時だーみたいなとこがあって」
「へぇ・・それは気付かなかったなぁ・・」
彼の第一印象は、穏やかな世話好きの青年といった感じ。
よく人の事に気が回るし、元来そんな性格なんだろうと思っていたのだが。
「結構世渡り上手なんで、俺」
に、と少し意地悪い笑い。
ビクトールは困ったように頭を掻いて、酒に手を伸ばした。
「はは・・。でも、今は違うんだろ?」
「ええ。これも一重にビクトールさんのおかげなんですよね」
「俺?」
びっくりしたように自分を指差すビクトールに、うんうんと頷く。
「ビクトールさんがさんを連れてきてくれたんで」
「あ・・そっちか」
やっぱりな、と笑うビクトールにヤム・クーも答える。
胡座を掻き直して、ヤム・クーが肘を着いた。
「実は俺、最初さん嫌いだったんですよ」
笑い混じりに言う台詞。
きょと、とビクトールはそんなヤム・クーを見つめた。
少しだけ眉を寄せてヤム・クーは微笑む。
「嫌いというか・・なんか苦手だったんです。ほら、あの人って人の核心つくとこあるじゃないですか」
「あー、確かに」
それが本人自覚ないから、また困ったもので。
きっとそれがのいい所であり、また悪いところでもあるのだけれど。
「それで、言われたんです。『ヤム・クーってつまんない男だよね』って」
「うっわ、きつっ」
「でしょう?さすがの俺もムカツキましたけどね。ぶっちゃけ図星でしたし」
あはは、と笑いながら言う。
「で、なーんかそのあとずーっと傍で何か考えてるんですよ」
自分の背中に寄りかかって、うーん、と唸り続けていた。
そして小一時間がたった頃、出た結論が。
「『よっしゃ!それじゃあたしが楽しくしてあげよう』でした」
「・・・・・・・・ぷっ・・あっはっはっは!!!!」
溜まらず噴出したビクトールに、ヤム・クーは息を吐く。
「俺も最初爆笑したんですけどね、でもまあ・・実際結論としてはそうなっちまったわけで・・」
苦笑するヤム・クーの肩に手を置いて、笑い涙ぐんだ目元を擦る。
「いやー・・しかしあいつらしいというか、なんというか・・」
笑いつつ震えた声でそう言えば、ヤム・クーも釣られて笑った。
一つ喉で咳をして笑いをなんとか収めたビクトールは、持っていたグラスをくるりと回す。
「あー、でも良かったじゃねぇか」
「はい?」
その言葉の意図がつかめなくて、首を傾げれば、
にっと歯を出してビクトールが笑いかけてくる。
「今は、お前一人で泣くことはなくなったんだろ?少なくともがいるんだからよ」
グラスをこちらに向けて、言う。
一瞬目を丸くしたヤム・クーだったが、ふ、と笑って頷いた。
「そうですね」
「熊がまともな事言ってる・・」
指を鏡から外して、ぽつりと零す。
ふっ、と軽く噴出して、鏡を裏返した。
少し俯いて、その裏面を両手で覆う。
「・・・ありがとさん、二人とも」
絶対、二人の前では言ってやらないけれど。
「・・・さて・・それじゃそろそろ行くか」
きゅっと唇を引き締めて、がたんと立ち上がる。
このまま帰りたい気持ちもたくさん合った。
瞬きの手鏡を手に取って、皆が待つニケ城へ帰りたかった。
それでも。
あの、つまらなそうな目をした男を、放っては置けない。
next
いつかさんが解放戦争時仲間になった時の話も書きたいですねー。
ちょっと今回はそんな所に触れて見たり。
っていうかこれドリー夢かい?(汗)
次はやっとこさルカ様ドリー夢になりそうな予感?(こら)
ヤムの昔と、ルカ様をちょっと重ねているんでしょうね。
願3へ戻る。
戻る。