あ た た か な ご ち そ う (3)

 

 


 駅前の路地裏にある間口一間ほどの小さなお店。赤い暖簾も提灯も日に焼けていて、柱も何だか黒ずんでいます。お世辞にも、新しくて綺麗なお店、とは言えません。暖簾に隠れた引き戸を頼忠がギギギッと滑らせた途端、中から暖かい空気がブワッと吹き出てきました。
 湯気の混じった空気のせいで幸鷹君の眼鏡はすっかり曇ってしまいます。ワタワタしている幸鷹君を頼忠はひょいと抱き上げて、普通のレストランの椅子よりも随分と高いカウンターの椅子に座らせてくれました。

 頼忠と知り合いらしい、赤ら顔の店主さんが「可愛い坊やだねぇ!」とにこにこ顔で頭を撫でてくれます。それだけじゃあなくて店主さんは幸鷹君にサイダーをおまけに御馳走してくれました。
 目の前には赤い中華模様をズラリと描いたラーメン鉢。次々とスープが注がれて、とても美味しそうなラーメンが店主さんの手で作られていきます。

「幸鷹さん、好きなのを頼んでいいですよ。」

 頼忠が色々な種類のラーメンを説明してくれます。醤油、味噌、豚骨、塩…。カウンターの内側から漂ってくる湯気の温みにラーメンを食べてもいないのに幸鷹君の胸はポッポと熱くなってきました。ラーメンはどれも美味しそう。それにコーンやもやしやメンマをのせる事もできます。

 どうしよう。

 その日、3回目に思った「どうしよう」は、とてもあたたかくて嬉しい「どうしよう」でした。





 ようやく全ての仕事が済んで病院の部屋の灯りをパチリと落とす。窓の外は家々の灯りと車のヘッドライトが夜の闇に浮かぶだけ。それも深夜と言っていい時間帯だからか、数も控えめだ。
 ピピッと鳴った電子音に間を置かず自分の携帯を見てみれば、恋人となって間もない人からの返信メール。それを見て満足そうに微笑むと、幸鷹は足早に病院の正面玄関に向かった。

「…帰宅時間がかち合うとは珍しいですね。」

 先程まで反対側の病棟にいた外科医の頼忠がいつもの白衣姿とは違った出で立ちで玄関に立っている。もうすぐ自分は帰宅するが頼忠は、と問いかけのメールを送った幸鷹は掛け値なしの笑顔を向けて『日頃の行いが良いからですよ』と嘯いて見せた。

「…夕食はまだでしょう?今日は是非行きたい店があって、それで連絡したんですよ」
「行きたい店……この時間でもまだ開いているのですか」

 軽めのコートを羽織った恋人は白衣姿も文句なしだが、一般的な紳士物を身につけると広い肩や長い足が強調されてそこいらのタレント顔負けの容貌だ。この服装の、この恋人を連れて行くのにはちょっと似つかわしくない店ではあるが…まぁ本人全く自覚がないのでよしとしておこう。

「昔、連れて行ってくれたラーメン屋さんがあったでしょう?あそこに行きたい」
「………はぁ…それはまた何とも…」
「だってここのところ急に寒くなってきましたし。あそこのメニューでコーン味噌ラーメンだけ食べてないし」

 寒くなってきた時期に食べたくなる御馳走と言えば、あの心まで温かくなる食べ物。鍋でも冬の魚でもなく、一つの鉢で完結してしまうあたたかな御馳走。

 目を丸くして聞いていた頼忠が、急にクスクスと笑い出した。ムムッと幸鷹が表情を硬くすると、若い外科医は違いますよと軽く頭を振って弁明した。

「去年もこの時期にあの店に誘ってくださったでしょう?…去年はまだ食していないメニューが2つあるといっておられた」
「…そうでしたっけ…」
「えぇ。あの店がそんなにお気に入りになるなんて、初めて誘った者としては名誉なことです」

 そういって早速行きましょう、と頼忠は玄関に向かう。
 去年と同じだと頼忠は言うが、今年はもっと温かくなるはず。今年は「恋人」と食べに行くのだから。


 玄関ドアから吹き込んできた寒風に肩をすくめながら、今日は自分がおごります、と恋人の広い背中に声を掛けた。



おしまい。


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