ゆずり葉
「もう11月だからね」
そう言って、瑞希の母親は10月のカレンダーを破いた。
そのまま母は忙しく台所 に戻ってしまったが、瑞希はなんとなくカレンダーを見つめていたままだった。
初めて瑞希の前に現れた綺麗な11月のカレンダー。
予定はまだ書き込まれていな い。
「あと、2枚かぁ」
年が明けて飾られたばかりのカレンダーは、かわいい絵柄の12枚のものだった。
毎月新しい絵柄が楽しみで、月が変わって母が古いカレンダーを破るのを、いつもそばで見ていた。
けれど、その楽しみも後1回で終わりだ。
「なんだか淋しいね」
古くなったら、新しいものに取って代わる。それは仕方ない。
いつまでも過ぎた予定の書き込まれたカレンダーなど、無意味以外の何物でもない。
けれどなんだか、カ レンダーが破られていった後が時の流れを感じさせていて淋しい。
瑞希は前に、ゆずり葉という話を聞いたことがあったのを思い出した。
秋に木の葉が散っていくのと少し違って、それは新しい青々とした葉が茂る春に、新しい葉と引き換えになるように散ってしまうらしい――どれがその木なのかは、瑞希にはわからないが。
「秋は考え深いようになるって言うもんねぇ・・・・・・」
枯葉の降り積もった庭が、しばらくすれば白い雪に埋もれてしまうのだろう。
学校の鯉が泳ぐ浅めの池も、薄い氷が張ってしまうのだろう。
土の道を歩けば、霜柱が覗いているかもしれない。
窓に差し込む光の中、埃が舞うのがなんとはなしに幻想的に見えるだろう。
冬に生まれる新しい命は、少ないのかもしれないが。
「それでもやっぱり、冬のコタツとココアは楽しみだよね」
それなりの、静かな季節の楽しみ方も確かにあるから。
「うー、まだ若いのに、何を考えてるんだろう、あたし」
自分は例えるなら、今はまだまだ柔らかい緑色の若葉だ。
古い葉に、場を譲っても らわねば陽の元に出られないのだ。
「じゃあ、お母さんは枯葉かな?それはさすがに失礼か」
だからとりあえず、冬ぐらいは枯れた葉を労わってやるべきかもしれない。
まだま だ先は長いから、少しばかり、ゆったりとした時間を過ごしてみよう。
思い立って、瑞希は台所へと足を向けた。床が冷たくて、スリッパを履けずにいられない。
「お母さん」
呼びかけると、煮物を作っていた母は「何?」と顔を上げる。
手は水仕事のせいで、少しばかりかさかさになっていた。
「後でさ、一緒にお茶飲もう」
突然の台詞に、母は少しばかり驚いたようだった。だが、すぐに優しく笑った。
「母さん、ほうじ茶がいいわ」
瑞希は、こっくりと頷いた。
お茶を飲んだら、カレンダーに新しい予定を書かねばならないと思いながら。
終わり
管理人よりコメント | キィアにリンク記念ということでもらったものです。 しみじみしてていい感じです。 心が和む一品ですね。わたしこういうの書けないから羨ましいです。 なにか感想持った方感想掲示板へカキコよろしくデス。 |