寒 椿 真田信幸は、長い時間じっと目を瞑っていた。 幸村が今どうしているか、気になって仕方がない。壬生一族との闘いを終えて、九度山に戻ったとは聞いている。相手が神と呼ばれた者達とあっては、いかにあれが腕を上げたといっても、無傷とはいかなかっただろう。 会いたい、この目で確かめたい、この手で触れたい。 だが、徳川に忠誠を誓っている以上、それは己の意志だけではできないことだ。 おかしなものだと思う。幸村には真実を告げず別れて4年、その間折に触れて思い出していたし、会いたいと思ったこともある。 なのに再び会った後の今の方が、その思いは強くなっていた。信幸の心が、幸村を強く求めている。離れてなお、いや離れているからこそ、引き合う想いは強くなっていた。 一つ大きく息を吐いて、信幸は目を開いた。 おもむろに筆と紙を取り出すと、迷うことなく一気に書き上げる。墨が乾くのを待って丁寧に折りたたむと、大事そうに懐へとしまい込んで、庭へと下りていった。 冬の庭には、寒椿が咲いている。信幸はその枝を手折ると、さきほどの文をそれに結びつけた。 「紅葉はいるか」 「はい、ここにおります」 信幸の呼びかけに応えて、一人の女性が姿を表してひざまずく。その隙のない身のこなしが、彼女がただの娘ではないことを示している。 「すまないが、また小助のところに行って、これを渡してくれ」 「なんとお伝えすればよろしいでしょうか」 それが誰にあてたものかは、紅葉も重々分かっていた。 「これをあれにと、それだけでよい」 「はい。この紅葉、何があっても役目を果たしてみせます」 紅葉が応えるとほぼ同時に、何もない空間から声が響いた。 「信幸様、その任務、私が参りましょうか」 気配もなく現れた影は、紅葉の横に膝をついて、主君への礼を尽くす。 紅葉がその男にきつい視線を送る。 「楓牙っ、いきなり勝手なことを言わないで。これは私の役目よ」 そんな二人を交互にみて、信幸は穏やかに告げた。 「…小助とつなぎをとるのは、紅葉の方が良かろう」 一見は静かな面を崩さずに、楓牙は主君への進言を続ける。 「しかし、徳川の監視も厳しくなっていると思いますが」 「私も小助も真田の忍よ。それくらいどうということはないわ」 紅葉は真っ直ぐに楓牙を見て、燐として言い放つ。 楓牙が言い返そうとしたところを、信幸の言葉が遮った。 「その程度のことで、役目を果たせぬ紅葉ではあるまい。それは楓牙、お前が一番分かっていよう」 「…はい」 主君にそう言われては、楓牙はもう何も言うことはできない。紅葉が楓牙から信幸に視線を戻した。 「では頼んだぞ、紅葉」 「御意」 信幸から託された寒椿の枝を、紅葉はしっかりと握った。 …To be continued |