「銀星会に決まってますよ」 ドンと机を叩く音と同時に、タカの口から飛び出したのは例のごとく…だった。ここ横浜港署ではすでに、聞き慣れた台詞と見慣れた光景だ。 腕組みをした近藤課長のこめかみ辺りに、これもまたいつものごとく四つ角交差点が浮き上がる。 「お前らはいつもいつもそう言うが、確たる証拠もなしに決めつけるな。だいたい…」 「課長〜お前らって言いますけど、銀星会に恋い焦がれているのは、タカだけです」 課長の言葉を遮り、かつ能天気な台詞を吐いて、ユージは課長のこめかみのものを、さらに増殖させた。 「うるさいッ。お前らはいつだって一蓮托生だろうが」 この分では、課長のお説教がパワーアップするのは確実である。 タカは片手で額を覆うと、横目でちらりとユージを見た。それに応えて、ユージは小さく舌を出してみせる。その仕草を目にして、タカは仕方ない奴だと溜め息をつく。 「課長、あまり怒ると血圧が上がりますから」 タカが両手を上げて宥めにかかったが、課長はもうそんなことでは治まらないレベルまできていた。 「誰のせいだと思っとるッッ」 近藤課長のボルテージは、ますます上がっていこうとしている。回りは皆、『あちゃ〜』という顔をして、台風一過を頭を低くして待っていた。 じろりとタカの目が、隣のユージを見る。さすがにユージもまずいと思っているらしく、『叱られて耳が垂れてる猫』状態になっていく。 そこに彼らにはタイミング良く、電話のベルが鳴った。説教節を邪魔された課長は、少しばかり不機嫌な気配で電話を取ったが、すぐさま緊張を伴ったものへと変わっていく。 捜査課の面々もそれを感じ取り、課長の前へと集まっていく。全員の視線が、メモを取る課長の手元に注がれる。 受話器を置くと同時に、課長の指示が飛んだ。 「全員すぐに行ってくれ」 「はい」 聞くが早いか、ユージがスイングドアを飛び越えていく。それをタカがぴったりと追走し、さらにワンテンポ遅れて他の者達が続いた。 それを見送って、近藤課長はやれやれとばかりに一息ついたのであった。 現場となったマンションでは、後頭部を床に打ちつけた死体が、彼らを待っていた。3階へ上がる階段に両足を引っかけて、仰向けに横たわるその目には、恐怖が色濃く残っている。 「ヤスさん、死亡推定時刻は?」 被害者の横に片膝をついている安田に、その横にしゃがんだユージが尋ねる。 「そうだね…まだ死後硬直がきていないところを見ると、この気温を考えても通報の直前だろう」 「へえ、2時間位前かと思いましたよ」 トオルのお気楽な声が、周囲の脱力を誘う。 「ト、トオルくん、それ本気で言ってるのかな」 「だって、すごく冷たくなってるじゃないですか」 トオルに悪気はない。それはわかってるのだが…… 「おいおい、2時間も経っていたら、顎まで硬直がきているさ。しっかりしてくれよ」 ボケをかましまくるトオルの肩を、安田が軽く叩いた。 「トオルッ、この冬場に、しかも屋外で心臓が止まったら、すぐに冷たくなるに決まってるだろうが」 ユージがダメ押しで付け加えた。 「すいません」 トオルが大きな身体を小さく縮める。なんとも居心地が悪い。 「どうした、何かあったのか?」 管理人室に行っていた吉井が戻ってきた。”気配りの”が頭につく彼は、その場に漂う何とも言えない雰囲気を感じ取ったらしい。 「どうってことないよ、パパ。トオルがいつものボケかましただけ」 「ううん、トオルがいつもより盛大にボケかましただけ」 「先輩〜」 容赦ないタカの言葉に、さらに容赦なくユージの訂正が入った。だが、何を言われようとも、口から出た言葉は今更取り返しようがない。 「まあ、ボケの話は後で聞くとして、鍵借りてきたぞ。部屋は3階だそうだ」 「管理人さんはどうしたんです?」 「それがな……」 いつの間に来たのか、背後から田中の声がかかる。 「ナ、ナカさん、いつ来たのよ」 「何を驚いておる。修行が足りんぞ、大下」 畳んだままの扇で、どういうわけかトオルの頭をコツンと叩く。さすがにこの寒さでは、開いて扇ぐわけにはいかないらしい。 「それで、管理人は?ナカさん」 タカに促されて、田中はようやく本題に戻った。 「おお、何でも管理会社に連絡をしなきゃいけないとかで、私らだけで行ってくれだそうだ」 吉井がその後を引き取る。 「本音は、できるだけ仏さんの近くに寄りたくないってことだろう。気の毒なくらい真っ青になってたからな」 特定の職業についている者以外は、そうそう死体を間近に見る機会などないものだ。おまけに、割れた後頭部から流れる血が白い毛のコートに鮮やかに映えてるとあっては、遠ざかりたいのも無理はない。 「かわいそ。そのオッサン、今日メシ食えるかな」 ユージが小首を傾げてタカを見た。 「まあ、無理だろうな」 同情しているのかいないのかな会話を交わす二人を残して、吉井と田中は階段脇のエレベーターに乗り込んでいく。 |