星明りの夜

俺が作った簡単な夕食を食べて、食後にはスタンが入れたコーヒーを飲んでゆっくりする。
小さい頃に家族でここへ来た話をしたり、コロニーの話をしたり。
他愛もない話をした。
気づいていない訳じゃない。
今だけじゃなくて、今までも。
スタンは冷静沈着に見えて、実際はとても激情を抱えている。
それが向く先は多くはないのは、ここ数ヶ月で改めて確認できたけど…
多くないそれのひとつは、間違いなく俺に対して向けてくれているもの。
最初からそうだったとは思わない。
だけど、いつの頃からか俺を見る瞳の中に欲望…がある。
そうじゃなくても、スタンは綺麗な顔立ちをしてるから見ていて時々どきっとすることがある。
こっちを飲み込みそうなぐらいな瞳をしてると更に直視できないくらいになる。
絶対、判ってない…。
仕事の時は抑え切ってるけど、二人でいるときにはスタンの瞳は真っ直ぐだ。
俺を、今にも飲み込みそうなくらいなときもある。
今も…視線に射殺されそうだ。

一度は、側にいられる可能性を全て放棄するつもりだった。
だけどスタンやジーンのお陰で、ここにいるという選択肢を選ぶことができた。
…一緒にいることを選ぶ。
多分、いつか歯止めが利かなくなるスタンの視線と激情を
俺がどうするか、決めなくてはいけない。ということも選択したことになる。
きっと、そんなことを考えていたなんてスタンは思ってないだろうけど。
体格からしたら、俺の方が頭半分は高い。
力はどうかというと、これは多分五分五分だろう。
白兵戦で言ったら、スタンに部があるのは会戦のときに確定済み。
そんなことを考えても、仕方がない。
考えたって…
俺の結論は、スタンが望むようにしてくれればいい。
全てにおいてそう思ってしまっているから。
何故、とかどうして、とか考えても判らない。
ただスタンと一緒にいるのは誰とも違うし、心地良い。
突然にやってきた2人きりの10日間。
ずっとスタンの副官でいられるはずがないから、伝えられる時に伝えておかないと。
後悔することになるかもしれない。
『家族』と『幼馴染』以外で、俺が俺でしかないことを、許してくれたのはスタンぐらいだ。
俺は、強くない。
ジェイナスなんて背負えない。
傷つけたい訳じゃない。
いつもいつも後悔ばかりしている。
手を伸ばしたくて、伸ばせなくて。作った自分を壊せなくて。
握り返してくれる手がわかってるときしか、甘えられない
判ってる。俺は、ホントに情けない人間で、弱くて…
だから、1人で立っていられるスタンに憧れた。
俺を、見てくれるのを判ってて、受け入れて、でも全部返せずにいた。
そして、あの会戦でそんな自分を捨ててしまうつもりだったのに。
ここにいるのは、スタンがいたから。
だから、今度はちゃんと全部。
受け止めるから。
それから…俺自身の気持ちで。
ちゃんと手を握り返すから…

「…寝ようか」
二つの意味を込めて。
「あ、うん…」
「水につけて置いて、洗うのは明日にしよう」
俺は2人分のカップを手にして立ち上がる。
視線が、やっぱり痛いぐらい。
台所のシンクにカップを置いて、水を出す。
ソファーまで戻って、スタンに手を差し出す。
「スタンは、寝ないのか?」
「あ、ううん。私も、眠るよ」
ふっと、少し苦しそうにして瞳を閉じる。
うん。俺がこんなことを言い出すなんて…多分、想像もしてないんだよな?
「スタン」
押し込まなくていいから。
「俺は、気づかないほど鈍感じゃないよ?」
「え…?」
一瞬驚いたように目を開いて、それから視線を落とす。
「ごめん。勝手で…。私が自分で、何とかするから」
だから、と視線を上げて俺を射るように見る。
嫌うとか、ないから。
俺が手を差し出したんだよ?スタン。解ってないだろ?
「だから、解ってて…言ったんだよ?スタン」
俺は、その意味が解ってもらえるように。笑ってスタンを見返す。
「…ライ?」
「俺にとっても、お前は誰とも違う、特別だよ」
ソファーに座るスタンの前に、膝を付いて見上げるようにする。
「だから、いいよ?スタン。どうしたい?」
俺の言葉に、スタンが息を呑む。
瞳が揺れる。
それから、激情が姿を現す。
それを映していても…スタンの瞳は綺麗な色。左右で違う色だけどどちらも真っ直ぐ。
(綺麗な色…)
そう、思っていたらスタンの手が俺の頬に触れる。
「本当に…?」
切なげな声。欲望の見える瞳。
それでも、我慢しようとしてくれるんだな。
「いいよ。スタンのしたいようにして」
いいんだよ?スタン。俺がちゃんと選んだんだから。
「俺が…そうして欲しいんだから」
こうして今、スタンと一緒にいられるのが幸せだと思うから。
これからもずっと、一緒にいたいと思っているから…

止まったままのスタンに、俺はストレートにそれを口にする。
「スタンは俺を、その…抱きたい、んだろう?」
「え…と、その…。ご、ごめん…私は…」
いいって言ってるのに。どうして謝るのかな?スタン。
「だから。いいんだよ?」
解ってるから。ずっと、そう思ってたのを抑えてたのを。
いいから。我慢しなくても。
「ライ…。本当に、いいの…?途中で駄目って言われてもきっと、止められない」
「俺が、スタンを好きなんだから…いいんだよ」
俺だって、一大決心なんだからな?スタン。
止めの一言を言ったら、スタンに口を塞がれた。
「ん…っ」
女性との経験がない訳じゃない。だけど、キスされる…というのは余りなくて。
こんな風に、息がつけないくらいに。何もかも飲み込まれそうな感覚は初めてで…
「んんっ…」
頭がくらくらする。
少しだけ、目を開いたら、スタンの青と茶の瞳にぶつかった。
(やっぱり、綺麗だ…)
そう思っても、近すぎて直視できなくて目を閉じる。
閉じたら、キスがどんどん深くなっていって…、音だけが余計に聞こえてきて。
気持ちよくて、そう考える自分が恥ずかしい気がして。
だけど、離れたくはなくて…。どうしていいのか解らなくなってきて、膝に力が入らなくなってきて。
「スタ…」
呼んだ声も、キスに飲み込まれて。
飲み込んで、飲み込まれて。
もう、いい。考えるのはやめよう。
…考えられないくらい、だから
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