「エドウィン」 訓練が終わった所に声をかける。 「はい、小隊長」 「すまないが、ちょっと来てくれ」 「はい」 淡々とした受け答え。表情は変わらない。 執務室まで、無言で歩く。距離は、一歩半。 「コーヒーを入れてくれるか?お前の分もだ」 「はい」 入ってすぐに頼む。そして俺は入り口に鍵をかける。 保険、だ。 「どうぞ」 「ありがとう。座ってくれ」 「…はい」 俺の目の前の椅子に座らせる。 「この間のは、やはり怖かったか?」 びくりとする。平気そうに見えただけだったのか。 「怖くなかった、と言えば嘘になりますが…もう、平気です」 顔を上げて俺の目を見て言った。 「お前、感情を押さえ込んでいるだろう?何故だ」 「…」 目を逸らす。 「俺といる時は、そうじゃなかったと…思うんだが」 「…家族に、外ではあまり感情、出すなと言われてて…」 家族はあれを解かってる、か。当然だが 「だから訓練中はそうしてて…でも、小隊長と仕事していて楽しくて…」 …あれが楽しかったのか…。面倒な事務ばかりなんだが… 「忘れて、感情出してたから…あんなことになったんだと、思います」 「庶務が楽しいとは意外だったが、感情を出すのは悪いことじゃないぞ」 あれが出ない限り、ではあるんだがな… 「あ、庶務が楽しいんじゃなくて…」 「ん…?」 「いえ、何でも…ない、です」 「で、俺のところに来なくなったのは?」 「…」 「俺も怖いと思うか?」 「違います!」 「じゃあ、どうしてだ?」 「…笑いません、か?」 「内容によるが…」 「…小隊長と、仕事してるのは楽しくて…感情、出てしまうから」 …俺と?雑務を頼んでるだけだったんだが…な。 まあ、仕事の合間に色々と話もしたし、俺も退屈はしなかったが。 「俺に出すのは、構わない」 「え…?」 「お前の家族が、お前に感情を出すなと言われた理由、知りたいか?」 「ええと、私は…年齢より子供っぽい、らしくて。末っ子だから甘えが出やすいから」 「そうじゃない」 「え…?」 自分では全く判っていないのだというのが判る顔だ。 「お前、時々凄く色気のある顔、するんだよ」 「…………え…?」 想像にしていなかった理由だろう。 「重なれば、自分に気があると思う奴が出てきておかしくない」 「…」 他人事を聞いているようにぽかんとしている。 「自分で意識していないのに、出てるのが問題だな」 「え?…え?う、嘘…本当に?」 今度は、困った顔だ。 「ああ。」 「小隊長にも…ですか?」 「勿論。だが、俺はお前がそういう感情がないことは判っているからな」 顔が赤くなった、な。 「ごめんなさいっ!私…、は気が付いて、なくて」 下を向いて…泣きだした、のか? 「責めてる訳じゃない。お前のせいじゃないだろう」 「自覚なくたって、私のせい、です」 「エドウィン」 「大丈夫、ですから。もう、そんなことないようにします」 ぐいっと拭って、顔を上げる。 意志の強い目。まだ、少し濡れいて、赤い。 「大丈夫です。私が、抑えてれば、済むことでしょう?」 「感情は無理に押さえ込まなくていい」 「でも、そうしないと。私にはいつどれがそうなのかわからない」 じわり、と。また泣きそうな顔だ。 意外に泣き虫なのか。いや、本来感情の起伏が激しいのか。 「無理をすると、ストレスだぞ?」 「慣れてしまえば、どうということは…ないです」 「本当か?」 泣いて欲しい訳じゃない。我慢させたい訳じゃない。 「それは…多分」 逸らそうとする視線。手を伸ばして、強引に合わせる。 「違うだろう?」 「!」 「そうじゃないなら、どうして俺といて…それを崩したんだ?」 「だって…私にとって、貴方は…」 逸らせない視線を、目を閉じて避けやがった。 逃げたって、言わせるからな。 「俺は?」 「あ、憧れてたからっ」 「…俺にか?」 意外な答えが、返ってきた。 「…はい」 「ディアス隊長じゃなく?」 「貴方に、です」 「ホントなら、目、開けろ」 ゆっくりと、瞳が開けられる。綺麗な、青碧。 「何故俺なんだ?」 「私は4年前、シセラ砦で貴方に助けて貰ってます」 「シセラ砦…か。あの反乱のときに居たのか」 「はい。だから、貴方が先陣を切って砦を開放してくれたのを見てます」 俺が先陣を切って、砦に切り込んだ。 あの反乱は、最小限に納めたつもりだが、血が流れたことに変わりはない。 「あの血生臭い中に、いたのか」 「私は『影月』ですから。あの時は初めて、偵察に行っていたときでしたけれど」 「確かに先陣は切ったし、砦も解放したが…目立ったことはしていないぞ?」 「人質に取られそうになった所を、助けてもらいました」 そういえば…そんなことが、あったような。だが… 「すまん。女の子だと思ってた」 「あはは。今よりもずっと小さかったし、仕方ないです」 笑った。やっぱり、この方がいい。 「笑っていろ」 「え…?」 「少なくとも、俺の前で我慢するな」 「…コントロールできればいいのに」 また泣きそうな顔をする。今度は何だ? 「うん?」 「何でも、ないです。ありがとうございます」 「少しづつ、慣れればいい。無理はするな」 「はい」 少し嬉しそうにしたその顔は、まさに危険な顔だ。 早く、対処できるようになってくれればいいが。 俺にも恐らく、限界点はあると思う…からな。 誤解する気はないが、手放したくなくなる気がするな… 「邪魔して悪いんだけどなーお二人さん」 不意に、扉の方から声がする。 「話終わったら、扉開けてくれると嬉しいぞー」 執務室なんぞ、普段足を向けない癖に… 「え?」 「鍵、開けてやってくれ」 仕方がない。一応、話は付いたと思うし、いいだろう。 「は、はい」 エドウィンの顔から手を離し、解放する。 「やー、ごめんごめん。たまには仕事しようかなーと」 「たくさんありますよ。ディアス隊長」 「いや、少しでいいんだけどさ」 「…本来貴方の仕事です」 「嫌いだから任せる」 「俺だって好きじゃありません」 「俺よりはましだろ。エド、俺にもコーヒー淹れて」 「はい」 「じゃあ、始めましょうか隊長」 「うわ。お手柔らかに頼むよ、ヒューイ」 「無理です」 「エドもなんか言ってやってくれよ」 「私は小隊長の部下ですので」 困ったような顔をして答える。 「孤軍奮闘することにしよう。決済よこせー」 「どうぞ」 10センチほどの束を渡す。 「…こんなに?」 「一部ですが」 「…」 「それ以外は俺とエドウィンでやってるんですから、文句言わないでください」 「できるところまでやっとくから、二人とも今日はいいぞー」 「サボる気ですか」 「いやー、時間見てる?お前は兎も角、エドは帰そうよ」 訓練が終わってからだったことを、忘れていた。 「あ、いえ。構いませんけど」 「いや、帰ろう。甘やかしても仕方が無いからな」 「はいはい。お疲れさん」 帰したいが為に、声をかけたんだろう。 「それだけは、やっておいてくださいね」 「わーってる。お前もなー」 ディアス隊長を残して、エドウィンと2人で帰途につく。 2010/10/31
2010/11/2 誤字修正
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