ドリー夢小説 <大部屋物語(内科編)>









朝8時45分。




お久しぶりの桜上水総合病院の朝は、今日も大きな金属クラッシュ音で始まる。
勿論、その主な発生地域は1階奥のナースステーションだったりするのは
もはや言う間でも無く。
おかげで今日も早朝から、詰所の横を通る入院患者や職員が
無駄に驚かされる羽目になるわけだ。






---------ガラガラドサドサガシャーン!!



…カラン。





「……」





慌ててカートを押した挙句、
カウンターの奥に突っ込んでしまったのは新人看護士・ナースマン2人。
見事にひっくり返ったピンセットやトレイ・消毒薬瓶が時間差で2人の頭に降り注ぐ。
もう同僚の看護婦達は呆れて物も言えないのか
腰に手をやったり、頭に手をやったりして溜息をついている。


そのくせこの新人達ときたら、




「……いってぇー…、だから走ったら危ねーって言っただろ結人!!」
「そもそもお前がカート横から押すからじゃんか!!俺が押すって言ったのにさー」




などと言い争いを始めるものだから、朝一番からお約束のように、小島主任の激が飛ぶことになる。
しかしこれがいつもの様子。
もはや恒例となってしまった情景に、
今では患者も(音に驚きはするものの)だいぶ慣れてしまったようだ。






そしてここにも。

慣れてしまったどころか、密かにその大騒ぎを楽しみにしている通りすがりの女医がひとり。








***








「あら、先生。おはようございます」
「おはようございます、なんだか大変そうね」
「そうなのよ。ほとんど毎日これだから、仕事がちっともはかどりゃしないわ」



書類の茶封筒を看護婦・上條から受け取り、
女医は可笑しさと同情の入り混じったような苦笑いを浮かべた。
彼女の名前は
勤務年数はそれなりに長いものの、今年に入ってやっと
新人よりは使える程度のレベルになった若い内科医である。



直接の上司は同期の内科医・水野竜也。
最近は彼の助手的仕事をしながら、自分の患者を受け持つといったやや多忙な生活を送っている。



「まあまあ。毎朝怒られる方だって大変よねえ」


クスクス笑いの治まったが足元に転がっている包帯の塊を拾い上げ、
中腰になり近くの看護士に渡すと、新人看護士は若干赤面したようだった。




「はい、どうぞ。」
「あっ!すいませんどうも…」
「…一馬、何赤くなってんの?さんに言いつけよっかなー」
「!」



もう片方が面白がってそう言うと同時に、が声をかけた方がより一層顔を赤らめて怒り出す。
何やら声を抑えてヒソヒソ話をしているようだ。



「〜〜〜(だからなんですぐお前らさんに結びつけるよ!!)」
「(一馬がすぐムキになりすぎ。つーかまた最近何かあっただろ)」
「(…。無いって)」
「嘘付け、間があった。
 いくらこっちに気があるようでも、患者にだけは手ー出すのやめとけよ一馬」



「バッ…、さんも俺もそういうつもりなんて全然------」





間。


そこまで言いかけて、ナースステーション内の注目が別の意味で自分たちに集まっている事に
黒髪看護士が気付く。
慌てて「そんな事どうでもいいから早く片付けやれよ」と
相方を促すが既に手遅れだ。


(…なるほど。)


は声の大きくなった新人達の話の内容から、何事かをわかってしまった。
恐らくこの黒髪看護士の方は、只今患者の『さん』といい雰囲気であるわけだ。
それで、




「え〜!!やっぱり真田、噂は本当だったのね」
「ほらあたしが言ったとおりでしょー」
「じゃあアレも本当なのかしら。病室でかなり長時間見つめ合ってたって噂」
「「えええ〜!?」」



…ナース仲間の間でもその噂は思いっきり広まってしまっている、と。




(男の子ナースも色々大変だ…)

はそう同情しながら、立ち上がったナースマン・真田の肩をぽんぽん2度程叩き
にこやかに言った。




「大丈夫真田くん!恋は自由よ」
「先生。だから違うんですってば…」








***







微妙に誤解をしたまま、は自分の部屋に戻った。
入るとコーヒーのいい匂いがする。当直明けの水野が既に部屋で昨晩の仕事の片付けをしていたのだ。
彼の姿が目に入ったは微笑み、「おはようございます」と声をかけた。



「ああ、おはよう
「今日手伝う事、ある?」
「今のところ特に無いんだよな…。昨日の夜ほとんど処置しておいたし。
 特には重病患者も残ってないから、軽い人から回って様子診て貰えるかな」
「わかった。あ、そうだその前に」



は手元に持った封筒を水野に見せ、思い出したように彼に言う。



「三上くんの検査結果と写真。最近調子いいみたい」
「どれ」



水野に封筒を手渡し、彼が目を通し始めると、も近くの丸椅子に腰掛け
横から同じ書類を覗きこんだ。
三上というのは本来なら彼らの同僚に当たる医者なのだが、
今年の始め辺りに急性胃潰瘍になりそのまま入院。現在は本業休職中だ。
不謹慎ながら笑えるのは、計らずも自分の勤めているこの病院に収容されてしまった事である。



「そもそも三上くん、どうなってここに運ばれて来たんだったかしら」
「独身寮で朝起きれなくて苦しんでたら、寮のおばさんに救急車呼ばれたんじゃなかったか?」



……。





「医者が救急車で(しかも自分の勤め先に)運ばれるって、何気にかなり恥ずかしいわよね…」
「かなりな…」




の持って来た検査結果は、以前に比べればかなり状態は良い感じだ。
胃に穴が開く寸前だったのもだいぶ回復しているし、
このまましばらくすれば退院でき、彼お望みの現場復帰も可能になるかもしれない。



「だけど何が良かったんだろう」
「ガン予防の薬って大雑把な事言って、胃の薬と併用してプラシーボ飲ませてたらしいけど」
「プラシーボってのがなんだかな…一番効くのが”気休め薬”か」
「まあ治ってるのはいい事だし、本人にも教えてあげて来るわ」
「そうしてやれ」



は自分の首に自分用の赤い聴診器をひっかけ、白衣を整える。
そして内線でナースステーションに連絡を入れてから部屋を出た。
水野は残された胃の内部写真を見て、
理屈や科学とは遠くかけ離れている不思議な治療経過に再度首を傾げた。



「あいつ、単純なんだか繊細なんだか…」




***






の本日の回りはこんなルート。
まずは下の老人患者から、上に上がっていき最後に問題児の多い通称・「大部屋」515号室。
突き当たりに位置する男性患者ばかりのこの部屋は、個性豊かな人物ばかりだ。
病気的には様々な軽い症状の病人が集まっているが、
人間的にも強烈な性格や特徴を持った人間が集められている。


夜中に勝手に酒盛りして騒ぐのは当たり前。医者とつるんで問題を起こすのも当たり前。
この間も外科部長と子供じみた悪戯をしかけた患者が、
小島主任に見つかって大目玉を食らっていたような気がする。


とにかく問題多き部屋なのだ。




「失礼しまーす。
  


  …あれ?」




看護婦・桜井を従え、が中に入ると既に患者の数が足りない。
4〜5人の部屋なのに、現在ベッドにいるのはどう見ても3人くらいだ。




「おっ、今日は先生じゃん。ここ座って!ここ!」
「膝枕狙ってるのミエミエだよ誠二」
「バレた?」

出戻り骨折患者の藤代と、盲腸術後良好の笠井と。





「なんだお前か」




と、言いながら隙間ほど開けていたカーテンを勢い良く閉める元同僚・現患者の三上。
は躊躇うことなく両手でシャッ、と三上のカーテンを全開にし、彼のベッドの横に立つ。


「渋沢さんと風祭さんは?」
「知らねーよ」



シャッ。



「ちょっと閉めないでよ」




シャー。
声を掛け合う度に、いちいちカーテンを開けたり閉めたりする2人。非常に忙しそうである。




「ったく、プライバシー侵害されまくりだよこの部屋。おい、俺はいつになったら個室に行けるんだ」
「なに胃潰瘍くらいで個室とかワガママ言ってんの」
「潰瘍じゃない癖に。わかってんだぞ」
「(また始まった…)
 希望に沿えなくて申し訳ないけど!先週の三上くんの検査結果とレントゲン出ました。
 胃の調子は着実に回復へと向かっています。引き続きストレスを溜めないで安静にするように!」


が言うと、三上のカーテンを閉める手が止まる。



「マジ?」
「うん」
「そうか…」
「良かったね」




「…ああ、良か…



 〜〜〜〜〜いーや!騙されねーぞ。
 お前は昔から、平気で笑いながら心にも無い事を言う奴だったからな」





これだ。


いくら学生時代から一緒で実際そうだったとは言え、こういう時に嘘をついてどうするよ。
は天を仰いでふう、と溜息を漏らした。
目をやると、三上の枕元には難しいガン関連の専門書が沢山乗っている。よほど気になるのだろう。
しかしその気にしすぎが、余計新たなストレスを産んで回復を遅らせているのには
本人気付いてないらしい。



「うーん…三上くんの場合、どうもこの”思いこみ頑固ジジイ病”からまず治していかないと
 根本的に駄目みたいね」
「プッ」
「藤代!!お前笑うな!」
「くっ…だ、だって、先生…」




「じゃ点滴だけ代えておくから、怒らず騒がず安静にしておくように。桜井さん、やってあげて」
「はーい先生」



桜井が点滴を代える間、は別の患者の問診を始める。
その間も三上は気に食わないといった表情で、ぶすっとしたままだ。



「ねえねえ、先生の昔言ってた『心にも無い事』って何?」
「そんな大したモンじゃないけど、ただ三上くんが一方的に引きずって怒ってるってだけ」
「…。なんか余計気になるんだけど。三上先生ー!教えて下さいよ、何言われたの」
「うるさい」







「よし、一通り終了…と。また渋沢さん達は午後からにでもしましょうか」
「わかりましたー」




回診を一旦終え、桜井が患者のベッドを整え終わるのを見て、はそう言った。
腰に軽く手を当てて立ち上がると、白衣の裾がふわっと揺れる。
三上はフテ腐れて寝ているのか、最後はこちらを見ようともしなかったが
はさして気にもせず「お大事に」と呑気に言って、笑顔で病室を後にした。




まあ、あの調子じゃまだまだ三上が退院するのは先の話になるだろうな。
根拠は無いが、そんな事を思いながら。







***







「あ。先生、IDカード落としてるよ」
「ほんとだ。さっきカーテンにでも引っかかったのかな」


の去った後、大部屋の病室に落ちていた彼女の写真付き、職員用IDカード。
それに気付いた藤代がひょいと拾い上げると、まじまじ眺めた彼は何かに気付いたようだ。


「…」
「どうしたの」
先生って『』って名前なんじゃん」
「『』…?」



…。




「「あー!!!」」

「何だよお前らうっせーな」




2人は訝しげな顔をする三上を見て、何故か勝ち誇ったように、にやっと笑った。そして一言。




「この前先生が寝言で言ってた『』、解ったスよ」
「まさか先生とはね…」







***








(なんだかんだ言ってあの部屋で患者生活、一番楽しんでるわね三上くん。
 …本当、見てて面白いわ)


たった今、大部屋で新たな病院内スキャンダルが発生してしまった事も露知らず。
はさっきの三上の様子を思い出し、呑気に一人クスクスと笑っていた。






「-------子供みたい」







次の515号室・大部屋回診は14時。
当事者の彼女がまったく今まで予想もしなかった事実を知るまで、あと7時間余りである。















[END ?]

 

■□大部屋患者にも、色々事情があるようで。□■

なんだかえらい久しぶりの更新。
プチSS大部屋話です…。
ナースマンものしか無かったので、「他のキャラも書いた方が広がっていいなー」とチャレンジ。
手始めになぜかアンケートで大人気の三上先生をば。

心臓病ちゃんと違って、女医さんは若干お姉さんな性格にしてみました。
そこまで徹底したクールタイプではないけれど、笑ってても損得勘定は忘れないという;
ゆえに平気で心にも無い事を言ったりもするのです(笑)

過去に何があったかは、また別の話の合間にでも…。

 

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