「今日はどっち行きます?」 「-----屋上!!」 毎日受け持ち患者の彼女に強制される散歩の相手。 最初は単なる1度きりのワガママだったのに、すっかりせがまれるのが習慣になってしまってる。 「・・・・・(ヤバ、大きい声だしたらクラクラする・・・)ごめん、こっちの腕だけ持ってていい?」 「え。あ、どうぞ」 「ありがと」 傍から見るとたぶん恋人同士にでも見えるんだろうけど・・・・ 華奢な身体が寄りかかってきても、病気なんだから仕方ない事。 看護士としてはふらついている患者を支えて当然。 だから全然、こっちは決して特別な贔屓とか感情はない・・・はず。 「散歩、好きなんですねさん」 「うーん。ホラ、だってこうでもしないと、アンタの仕事が無くなるでしょ? ・・・暇を持て余してる新人への思いやり、ってやつ」 「・・・・・。余計な心配しなくていいです」 ・・・・・・・・・・・・まあ、向こうはどうだか解らないけど。 これってやっぱり、気に入られてんのかな。 *** 「-------そりゃお前、気に入られてんじゃないの?さんに」 「そうか?」 桜上水総合病院、最上階の食堂の隣に位置する職員用食堂。 やっと昼休憩の取れた新人看護士(ナースマン)2人は、そこで遅い昼食を取りながら、 自分達の受け持ち患者について色々と話していた。 新人が色んな症状の個性的な患者を看るからには、こういう合間合間の情報交換が欠かせない。 (病状によってタブーとされる行動を避ける為でもある) 「でも、俺いっつも苛められてる気がするんだけどな。あとジュース買って来いとか」 この病院の新人ナースマン1号・真田一馬はそう言いながら頭を抱え、 軽くため息をつく。 臨床現場、しかも女性ばかりのナースチームで働き始めて1ヶ月目。現在一番の悩みの種は・・・・・・・・・ 『さん』である。 、というのは彼の受け持ち患者第一号の、豪華な特別個室・315号室に入院している少女。 症状は先天性の心臓疾患。 生まれ付きで心臓が弱いせいで、幼い頃から転院の繰り返しだったようだ。 そのせいか顔はアイドル歌手のように愛くるしいのに、 どうも言動がわがままで自分勝手な節がある。 「お嬢様だし、ワガママなのは仕方ないんじゃねー? 315号室って一番ここの病室で豪華な個室なんだろ。桜井さんから聞いたけど」 「・・・小さい頃からずっと個室で入院生活だったんだってよ。だからなのかな、 どうにもお姫様気質っつーか、何と言うか」 「お姫様気質ねえ。ひょっとして家来だと思われてたりしてな!」 と、新人ナースマン2号・若菜結人はそう言いながら、持っていたフォークで一馬の方を指す。 今日の彼の昼食は日替わりパスタセット。なかなかここの食堂でも人気のメニューだ。 「・・・ま、俺は受け持ち患者に女の子がいるだけで羨ましいけどね。 俺の担当なんか見事に全員、男ばっかり!つまんねえ〜」 「そういや205号室の鈴木さん、容態が安定してないぞ。気を付けないと」 「ん、そう言えばあのじいさんも俺の担当だった。何、バイタル不安定?・・・・・・・メモっとこ」 手持ちのメモに、胸に差したボールペンでさらさらと走り書きする結人。 だが、真面目な事を書きながらもまた話題を戻す。 「そういやさんって、下の名前何だっけ?なんか可愛い名前だったよな」 「え?えーと、確か『』・・・・・・・・・・・・・・・」 「『』」 カタン。 2人の横で聞こえた冷静そうな声と同時に、静かにトレイが置かれる。 「今日は遅いじゃん英士」 「外来だったからね・・・やっと一段落付いたから抜けてこれたよ」 「皆忙しいんだな今日」 遅い昼休憩がやっと取れたらしい、新人研修医・郭英士は 少々疲れた様子でテーブルに付く。 木曜日の外来は午前中で終了する為、一気に患者が押し寄せて来るので休憩も取れず多忙である。 仕事内容も研修医とは言っても普通の医師となんら変わりないので、 さすがに雑用をこなしながらの外来診察は大変なようだ。 「-------で?」 「で、って・・・・・・・・・。何だよ」 「一馬は315のさんとどういう関係な訳?」 「〜〜〜〜〜はあ!?」 「だって俺、最近すごく病室回っても噂聞くけど。 『ナースマンの髪黒い方と若い女の子の患者が、夕方頃になると仲良く腕組んで散歩してる』って」 「うわっ!もう噂になっちゃってんの!?大変だぞ一馬〜」 の事を話していたのを聞き、興味深そうに英士が問う。 どうやら病院内では、2人が毎日散歩しているのが相当噂になっているようだ。 腕を組んでいる、というのは実際は彼女の身体がよろけないように支えているだけなのに、 それに尾鰭がついて広まったのだろう。 元から入院患者というものは、暇を持て余しているので噂に食いつきやすい事もあるし。 病院の一般病棟では真実がどうであれ、だいぶ脚色されて流れているに違いない。 (・・・・・・・・・なんだソレ・・・・・・・・・・・・・・) 「ちょっと待っ・・・・・・・」 「付き合ってるなら、ちゃんと主任なり誰かに言っとかないと大変だよ一馬」 「・・・・・・・何言ってんだよ!かっ、患者だぞ患者!!それ以上でもそれ以下でもねーよ」 「ええー!?アヤシイよなあ。『それ以下』って事は無いだろ、普段のお前の態度見てると。 それにさっきもさー」 「ああうるさいうるさい!!好きとか、付き合うとかそんなんじゃないんだよだからっ!」 ガタン! 「「・・・・・・・・・・・・・・・・。」」 「・・・・普通に、患者として気になるっていうか・・・。 心臓病だしさ。看てない内に容態急変とかしたら大変だし・・・」 顔を真っ赤にして苦しく反論する一馬に、2人は黙って少し顔を見合わせるが すぐ意地悪な笑いを浮かべてからかうように言う。 「・・・・・・・・・・・・そうなんだ。良かった。じゃあ、遠慮無く」 「俺達が手を出してもいいって訳だ」 「・・・・・!!やったらマジで怒るぞ、お前ら」 *** ------------とは言え。 (ったく、あいつらがあんな事言うから余計気になるじゃんか・・・・・・・) その場は否定してみたものの、内心少しが気にかかっているのは事実。 おかげで彼女の病室に行くのも、仕事なのに何故か躊躇ってしまう。 『普段のお前の態度見てると』 (態度ってなんだよ。患者に優しくすんのは仕事だろ仕事、妙な事考えるな俺) コツコツ、と額を叩いて自分を戒める。 そう、そろそろ彼女の点滴も終わる時間だし、新しい点滴液に交換しなくては。 食事をあまり摂ろうとしないは、現在点滴で栄養も賄っている状態。 常に片腕に点滴針が刺さっている。 「・・・・・・・・・315、と」 一馬は換えの点滴チューブなどが乗ったワゴンを、病棟の突き当たり、315号室の前で止めた。 まだ真新しいネームプレートには、主任看護婦・小島が忙しさで書き殴って書いた 『 』という黒マジックの文字。 コンコン。 「さん、入りますよ」 「・・・・・・・・・・・・。」 中から返事は無いが、いつもの事なのでそれを無視し、横開きのドアを開ける。 病室の中では一人の少女がぶかぶかのパジャマを着て、 ヘッドフォンを着けたまま背を向け窓辺に立っていた。 「・・・あ。」 ドアが開けられた気配に気付き、こちらを振り返る。 その表情を見る限り、機嫌は良さそうだ。 (・・・・・・・。まーた大人しく寝てないな) 「ビックリした。来てたんならノックくらいしてよ」 「しましたよ。耳、耳」 一馬が自分の耳をトントン示すと、は気付いて恥ずかしそうにコンポのボリュームを下げた。 そして長いコードの付いたヘッドフォンを、耳から首元まで下げる。 「・・・・・ごめん、これのせいだったか。何?」 「点滴・・・終わってますね。新しいのに替えますから、横になってくれますか?」 「襲われちゃうの?」 「〜〜〜襲いませんよっ!ホラさっさと寝る!」 「はぁい。もー、冗談よ冗談。フェロモン研修医じゃあるまいし・・・っと」 ぱふ。 ふざけた様子でベッドに潜り込む。 これが本当に心臓疾患を持つ患者なのだろうか。 一馬は呆れた様子でワゴンから用具を取り出し、横になる彼女のパジャマの袖を捲った。 まだ点滴の針を扱うのは慣れないが、こういう作業だけは手馴れている。 「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢して下さいね」 「うん」 ・・・・・・・・・・・。 少しの沈黙が流れ、白い腕に装着されている点滴の針は新人特有のつたない手つきで抜かれる。 思わずは(毎度の事だが)顔をしかめた。 「・・・・・・・・・・・ん」 「・・・・・・す、すいません」 ・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・。 いつまで経ってもモタモタ抜かれる針の感触に、チリッと焼けるような痛さを感じつつも は言われた通り我慢していた。 が。 ・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・。 ちく。 (いたっ) 「あれ、おかしいな。ここを押さえて・・・・・・・・」 モタモタモタモタ・・・・・・・・・。 ちく。 ---------パチン!! 「あーもうへたくそ!」 「-----いてッ!」 あらかじめ予告しておいたのに。 はあまりの持続した痛みに怒り、すぐ自分の目の前にある一馬の頭を 空いている方の手で思いっきり叩いてしまった。 「だ、だから我慢してくださいって言ったじゃないすか」 「毎日毎日毎日、おんなじ痛さじゃ怒りたくもなるわよ!! あんたねえ。人が折角練習台になってやってんだから、もう少し上手くなったらどうなの!?」 「そんな事言ったって・・・・・・・・」 が言う事ももっともだが、まだ不慣れな新人にそれは無茶な注文である。 この仕事は経験がモノをいう世界。 どんなに痛くない注射のやり方を知っていたって、現場での臨床1ヶ月目の一馬には実行が伴わない。 には不憫だが、もうしばらくは練習台として我慢して貰わなければ。 「刺すのは解るけど、どうして新人は抜く時まで痛いのかな。茶髪のホラ・・・・・・誰だっけ」 「・・・結人ですか?」 「そうそう、もう一人のナースマン。あの子も相当へたくそでさあ。 今朝アンタが忙しいから、って私の点滴換えと痛み止め打ちに来たんだけど・・・スッゴイ痛いのね。 で、おまけに痛み止め注射の時に中の薬品零しちゃって 『------げっ!桜井さん、ヤバイ俺どうしたらいいんスか!!』って大騒ぎだったの」 は仰向けに寝たまま腕を押さえて、思い出し笑いをしながら一馬に続きを話す。 病室の窓から漏れる日の光が、枕に散らばる彼女の髪の色を明るく染める。 「しかもナースコールも使わずによ?普通そんな急に慌てたら、 私の容態が悪くなったのかって思うじゃない。だからその桜井さんも慌てて先生に連絡しちゃったの。 あ、先生ってのはあの関西弁の先生なんだけど」 「わかります」 「で、先生が来て何事かと思えば薬品が零れただけ。桜井さんは呆然としてるし、 先生は先生でクスクス笑って『おお、こりゃ一大事やな』なんて呑気に言ってるの。 普通もっと怒ったりするもんじゃないのかしら・・・。偉い立場なのに変な先生、あの人」 「・・・・・・確かにちょっと変わってますよね、この前も階段の所で妙なトトカルチョしてたし」 「あの下着当てクイズみたいな奴?かなり儲けてるみたいね。 『ちゃん、ネグリジェとかは着いへんの?』とかよく言ってくるもの」 「・・・・・・・・・。なんでさんにそんな事言うんですか?」 「バカね、自分の担当患者だからよ。 いつも診察で下着姿くらい見てるから、予想するまでもなく答えは解ってるでしょ」 さっきの痛みも忘れ、可笑しそうに笑う。 一馬はベッドの隣に腰掛けて、他愛無い話を聞きつつ今度は彼女の脈拍を計っている。 (今日は脈も比較的安定してるし、元気そうだな。良かった) 心臓から伝わっている脈拍。 一定のリズムは、ほんの少し早く打っているものの、発作時よりは落ち着いていた。 「・・・・・・・・・」 何よりも安静第一であまり外に出られないの腕は、色が白く血管がくっきり透けて見える。 食事をまともに摂らないのも原因だろう。細くて、より頼りなげだ。 心臓病は様々な検査が伴う為、食欲や気力がなくなる患者が多いが もそんな感じなのだろうか。 「さん」 「何?」 「食事、何で食べないんですか。 ・・・栄養ちゃんと摂ってれば、全身状態だって今よりは良くなりますよ」 「少しは食べてるよ、誰かさんがうるさいから。・・・・・・でも」 はぼそりと、一馬から目を離して言う。 視線は窓の外------楽しげに中庭を走りまわる、見舞い客の子供たちに 注がれている。 「大人しく寝てるだけじゃー、やっぱお腹もすかないじゃない?」 楽しそうに走ったり飛んだり、 ホールやロビーへと繋がっている吹き抜けでじゃれ合って、はしゃいでいる子供たち。 あんなに走りまわったりする激しい運動は、心臓病の患者には禁止されている。 毎日30分だけの散歩でさえも小島主任が 「本当は遠慮して欲しいけど・・・本人が何かしたいっていうのは尊重してあげたいわね」 と、渋々許可している状態だ。 「あーあ、そろそろ思いっきり!気兼ね無く外をブラブラしたいなあ。軟禁されてるみたい」 のそんな気持ちを知っているからこそ、余計に彼女が食事を摂らない事を心配してしまう。 衰弱はある程度止められるものの、このまま抵抗力が弱くなれば病状が悪化するのは 目に見えている。 (どうにかして、本人に治療する気を出させたらいいんだろうけど・・・・・・・・そうだ) 「・・・・・・・・じゃあ今度俺、主任に聞いてみましょうか、どのくらいの運動までならいいか」 「・・・・・ほんと!?」 「本当。その代わり、今日の夕飯全部食べて下さい。それが条件」 「〜〜ぜ、全部!?そんなの無理に決まってるじゃない!」 「守れないなら聞けません」 そんな提案をにして、血圧の数値を手持ちの紙に書き込む。 勿論反抗して文句を言うだろうがそこは無視。あえて無理して強い調子で言ってみる。 身体を起こして全身で喜びを表したは、突き放された言い方をされたせいか 今度はしゅん・・・と肩を落とした。 (・・・筋金入りのわがまま娘だから、これくらいじゃ言う事聞かないか?) 記録を続けている一馬をじっと見て、何事か考えているようだ。 こうも逃げ場のない所で見られると妙に、居たたまれない気持ちになってくる。 やっと記録が終わって器具を片付け、の腕から血圧計のマジックテープを剥がそうとすると 口を開き小さくがひとこと漏らした。 納得いかない表情からもわかる、とっても不本意そうな声で。 「・・・・・・・・わかった。今日の夜ご飯、全部食べる・・・・・・・」 「!(・・・・素直に聞いてる!?)」 「これでいいんでしょ」 「・・・ちゃんとワガママ言わずに、治療も検査も頑張れなきゃダメなんですよ」 「・・・うん、検査もイヤとか言わないようにする。 でも--------・・・・・・・そのかわり、ね」 全て片付け終えた一馬の白衣の袖を、恥ずかしそうに俯いたままのが掴む。 心なしか顔が火照って赤らんでいるのは気のせいだろうか。 「・・・・・・。佐藤先生呼ぼう。なんかおかしい、急に素直になったりして」 「あっコラ!!バカ・・・」 頭にカッと血がのぼって怒ると、または顔を一層赤らめて黙り込んだ。 しばらく彼女の口元が迷ったように、何かを言おうかやめようかという感じで動いている。 一馬は疑問に思い、再度椅子に腰掛けての顔を覗き込むと 再び声をかけた。 「・・・・・・・・さん。そのかわり、何?」 「そのかわり・・・・ら、来週の検査で具合良くなってたら外出させて」 「外出か・・・・・。難しいと思いますけど、聞いてみます。たまには家族の人と一緒に------」 「・・・・・・・ううん、家族じゃなくて。ナースマンが、どっ・・・何処か連れてってよ」 ・・・・・・・・・・・。 「えっ!?」 *** 「-----あら?真田の奴何処行ったの」 「午後のカンファレンス終わってからすぐに点滴交換に出ましたけど〜? んもう、内科に三上先生の検査結果取りに行かせようと思ってたのに」 同時刻、ナースステーションでは看護スタッフ達が通常業務をこなしていた。 彼女達の専らの話題は、なかなか出たっきり戻って来ない新人1号。 次の雑用を押しつけようと思った先輩看護婦たちが、それぞれに不満を漏らす。 「全くしょうがないわねアイツは。主任いない内に、ナースコールで呼んでみる?」 「でも何処の病室いるのかわからないんですよ先輩ー」 「ああそうよね。若菜ー、あんた知らない?」 「一馬なら、どうせさんトコじゃないスかー?」 「「・・・・・・・・・・・・・『どうせさんの所』?」」 「あ」 [NEXT] |
■□長くなったので分、割!(必殺技風に)□■ ナースマン病院小説、やっと何とか出来ました・・・。1つだけ(笑)くるしい ※カンファレンス=今後の看護計画立てや、病状や患者の精神状態報告などをする話し合い。 BGMは新しいモー娘。アルバムのなっちのソロ曲とかずっと繰り返し聴いておりました。 とりあえず生ぬるいまま続けてみます・・・。 |