プロローグ―別れ―

「・・・あんたとのパートナー・・・解消するわ・・・。さよなら・・・僚。」
「ほぇ・・・・?」
その夜、酔い潰れようやく玄関先に辿り着いた男に女はそう告げると背を向けて出て行った。 酔いが回り思考回路の停止した男には女の言葉を理解することができなかった。
夢か現実かさえ―


翌朝。
時計はすでに昼過ぎを示していた。
「香ぃ〜っ。おーい。いないのかぁ?」
いつも起こしに来るパートナーの姿が見えない。キッチンに行くときちんと男の分の朝食が用意されていた。 「伝言板見にでも行ったのか・・・?勤勉なこって・・・・。」
男はすでに冷たくなって久しい朝食を適当にほおばり、新聞に目を通した。
ふと昨日の記憶が蘇る。
(あれは夢だったんだろうか・・・。)
胸騒ぎがした男はパートナーの部屋に向かい、ノックもせずにドアを開けた。
「お〜い、かぉ・・・・・・・。あらら・・・本気か・・・?!」
そこにはまるで始めから何もなかったかのように、ガランとした空間が広がっていた。
唯一彼女が残した香だけがその空間がかつて彼女の所有物であったことを物語っていた。
(俺、何かしたっけか・・・・?)
男は必死で記憶の糸を手繰り寄せた。
「たはは・・・。心当たりが多すぎてわかんねーや・・・。でも・・・ぐっふふ・・ふ・・・
 これで邪魔するものはいなくなったーっ!!新しいパートナーは誰にしようかなぁー。ぐふふふー。」
男は一瞬己の情けなさに途方に暮れたが、次の瞬間にはこぶしを高々と挙げ顔面の筋肉全てを弛緩させて
手帳に見入っていた。


その日の夕方男が何をするでもなくソファに横たわっていると、来客があった。
「こんにちはー。香さんいる?」
「ナ〜イスタイミング、みっきちゃ〜〜ん♪浮気しに来たのぉ?」
「バカ言わないで冴羽さん。香さんに頼まれていた物を届けにきたのよ。」
「頼まれていた物?何だい、それは?」
「うふふ。ナイショ。それより香さんは?」
「なんか、出て行ったみたいよ。」
「出て行ったって、買い物?今日はお店の方に来なかったわよ?」
「あいつの部屋見てみ?」
促されるままに、女は指し示された部屋を訪ねた。
「香さんいるの?」
ノックをし、声をかけたが部屋の主からの返答はなかった。
「開けるわよ・・・?」
そういってドアを開けた女は絶句した。次の瞬間女の顔は驚きから、怒りに豹変した。
「これはいったいどういうこと?!冴羽さん!!あなた香さんに何をしたの?!」
「いやぁ・・・・。昨日いつものように飲んで帰ってきたら、あいついきなりパートナー解消するとか言って出て行っちまって・・・。
 実のところあんまよく覚えてねーんだけどさ。」
「香さんがここまでするなんてよっぽどよ!!心当たりがあるんでしょ、冴羽さん!!」
女は男の襟首をつかみ詰寄った。
「ぐ、ぐるじい・・・みきちゃん・・・。心当たりっても・・・・。」
「・・・・・。いっぱい有りすぎてわからないのね・・・。」
女は呆れ顔で男をみた。男は苦笑した。
「昨日までそんな出て行く素振りなんてなかったわよ、香さん。第一冴羽さんに・・・・。」
女はそう言いかけ、ハッとして口ごもった。
「俺がどうしたって?」
「な、何でもないわ。とにかく何か大きな理由があるはずよ。香さん何も言ってなかった?出て行く理由とか。」
「いや。美樹ちゃんこそ何か知ってるんじゃないのかい?」
そう言うと男は女にじりじりとせまった。
「ちょ、ちょっと冴羽さん、わ、わかったわよ。別に大した事じゃないんだけど、香さん冴羽さんにプレゼントする為の
 セーター編みたいから教えてほしいって言ってきてたのよ。だから今日はその為の材料と本を持ってきたの。
 内緒で作って驚かせてやるんだって張り切ってたから・・・。」
「そうか。じゃ美樹ちゃんも知らないんだな、香の居所。」
「知らないわよ。私にも相談無しだなんて・・・。何か大変なことが起きてなきゃいいけど・・・。」
女は表情を曇らせた。
「君が心配することはないよ。」
男はそういって女の肩を抱き寄せた。
「だからここは一発ぼくと不倫を〜・・・。」
そう男が言いかけた途端、女の平手が男の頬を直撃した。
「ふざけないで!冴羽さん!!香さんが心配じゃないの?」
「さらわれたんならまだしも、香が出て行くっていったんだぜ。」
男の行動とは裏腹の瞳の奥に寂しさをたたえた表情に、女は言葉を失った。
(冴羽さん・・・。)
「とりあえず、私の方でもファルコンに頼んで情報収集してみるから。香さんが自ら望んで出て行ったなんて考え難いわ。
 何か理由があるはずよ。そのくらい冴羽さんだってわかってるでしょ。意地張ってると後悔するわよ、じゃあね。」
そう言い放ち帰ろうとした女の背中に男は問いかけた。
「美樹ちゃん、"ミスティ"って知ってる?」
「"ミスティ"?何それ、新しい香水の名前か何か?」
「いや、知らないならいいんだ。」
「何?浮気相手にねだられでもしたの?冴羽さん?!」
「いやぁ・・・。ハハハハ・・・・。」
男の様子をみるや女はやれやれといった表情で部屋をあとにした。


>>第一話

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