最終話:すき

「なんだ。そういうことか。つまらねぇの。そんな事なら、もっと報酬もらっとけば良かったな。」

金髪の男がそう不平を漏らすと同時にドアの向こうから、金髪の男に向けて銃弾が放たれた。

「うわっ!なんだよ危ねぇなぁ!!」

『悪い、悪い銃が暴発したようだ。』

金髪の男が抗議の声をあげると、ドアの向こうからのんびりとした声の返答が帰ってきた。

「やっぱり、演技じゃあそこまでのものはできませんよ。ミック、次は殺されるぞ。」

「そのようだ。」

金髪の男は肩をすくめると、一気にシャンパンを煽った。



銃声と男の声で女は目を覚ました。

「あれ・・・?リョウ・・?あれ?夢・・・かな・・?」

「なーに寝ぼけてんだよ。」

男は夢うつつの女の髪をくしゃりとひと撫でした。
女は天蓋つきのキングサイズのベッドに埋もれていた。その画は眠り姫を彷彿とさせるものがあった。

「起こし方間違えたかな・・・?」

「え?」

「いや、なんでもない。しっかしお前贅沢なベッドを独り占めしてたんだな、俺が夜道を駆け回ってる間に。」

男は照れ隠しに皮肉たっぷりの言葉を吐いた。

「ごめん。」

女は本当に申し訳無さそうに呟いた。

「でも、良かった。無事解決して。」

女はそう言いながら上体を起こした。

「お前も疲れたんだろ。普段使わない頭使って。」

「なんで素直に“お疲れ様”って言えないのよ!!」

女はそう言って枕を男に投げつけた。

「ま、そんだけ元気があれば十分だ。帰るぞ。」

「うん。」

男は女の手を取るとベッドから降りるのを助けてやった。

「それとなぁ、お前報酬はキャッシュだけにしとけ。」

「え?あ・・・。」

女は首を押さえ赤面した。

「ち、違っ、あの、だってミックが勝手に・・」

「隙だらけ、だからだろ。」

「隙だらけって。そ、そんな事言ったって、あの時は真面目な話を・・・。」

必至で弁解する女の唇に男は自身の唇を落とした。

「な?隙だらけなんだよ。」




影の立役者達が集うリビングは高らかな笑い声と、ほのかなアルコールの匂いで満たされていた。
再び男が姿を見せると、その後ろであからさまに赤面した女が注目を集める。

「あれ?香さん顔赤いですよぉ。冴羽さんに何かされたんじゃないですか?」

女は益々顔を紅潮させた。

「やっぱりぃ。何されたんですかぁ?」

「境さん聞くだけやぼってものよ。きゃははは。」

女刑事は食えない秘書をたしなめるものの、自分も悪乗りをしている。
その中にあって異質なオーラを放つ男が独り。

「なんか、お酒飲みながら演技のいきさつを話したら、彼真っ白になってっちゃって。」

女刑事が指差す方には放心しきった金髪の男の姿があった。
その姿にそこにいた全員が乾いた笑いを漏らした。

「じゃ、じゃあ俺ら帰るわ。」

「え?もうかえっちゃうんですか?いいじゃないですか、香さんも一緒に。」

「こいつ酔うとタチ悪いから。」

「なんですって?いつあたしが悪酔いしたのよ!」

憤慨する女を押し出すようにして、男はその部屋を後にした。

「やっぱり演技じゃないんですね。残念。」

「知らないの?彼すごく演技が下手なのよ。」

女刑事はシャンパンに瞳を落とすと、柔らかく笑った。




夜明けの街。
どちらからともなく絡めた腕をぬくもりの拠り所にし、寒風から身を守りつつアパートへと戻ると
一通のカードが届けられていた。
依頼人の女からのものだった。

「美香さんからだわ。」

「何て?」

「『ありがとうございました。これからは勘を頼りに生きていきます』ですって。なんのこと?」

「ハハ・・。なんか勘違いしてるみたいだな。」

そう言うと男は見る見るうちに明けていく空を仰いだ。
台風一過の青空が顔を見せるにつけ、境がこれからするであろう苦労を憂いた。



−完−

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