「抱いて…。」


雨―
幾度と無く女をあらゆる負の世界へと誘ったものは
今日も降り注いでいた
そしてその行き場の無い感情は、答えの無い問いは
女自身の口から、らしからぬ言葉を吐かせる

 「…どうした?眠れないのか?」

いつもなら茶化してみせるのだが、女の瞳の滲みように
男は日常にないものを感じ、普段とは異なった問いを投げかけた

 「…お願い。」

男の問いには答えず、視線を落とす
堰きとめきれなかったものが、頬をつたう
女には言葉にすることすら精一杯だった
男は女に歩み寄り、わざと力まかせに女を腕の中へと掻き抱いた
自身の体温がより深く伝わるように

 「大丈夫だ。」

男は女の耳元で低く囁くと女を絡め取った腕に力を込めた
ふとその腕を緩めると女が男を見上げた

 「…ごめん。ちょっと、不安になっただけ…。」

"何が不安なんだ"と問うてみるのは容易かったが、男はそれをしなかった
不安の対象など無数に存在する、それよりも一時の安息を与えたい
男は自戒の念を抱きつつ女の涙を舐め取った

 「ちょっと待ってな。」

男は女を解放すると立ち上がった

 「!!…僚、ぁ…。」

温もりからの開放は女にとって追放にも感じられた
そんな女の気を察し、男はすぐだからというサインを送って部屋を後にした
こんな一時でさえも耐えられないほど、女は不安に押しつぶされそうになっていた

男は片手にウィスキーのビンを持って戻ってきた
不思議そうに見つめる女を尻目に男はステレオの電源を入れ、BGMを流す

「今のお前にぴったりだろ…。」

しっとりとしたジャズが心地よく流れる 甘くほろ苦いメロディ
スピーカーに視線を奪われている女を強引に手繰り寄せると、男は女に深く口づけた
ごくりと女の喉が鳴る
流し込まれたアルコールは女の体の内側をほんのり暖めた

 「ブランデーのストレートなんてキツすぎるよ。」
 「いいだろう、今夜ぐらいは…。」

なんて不器用な慰め方、何て器用な心の捉え方
女が感心していると男はゆっくりと女の肢体を横たえた

 「さて、弱みに付け込むとするかな…。」
 「バカ…。」

アルコールによってもたらされる温もりと 男によってもたらされる温もり
女を飲み込んだ決して消えることのない、冷たく混沌としたそれは
与えられた温もりによってかき消されていった

 「はぁ…、……僚って…凄いね。」

女が洩らした言葉に男は図らずも赤面した
女は男の動きが一瞬止まったのを感じ、男をみやると赤面した男の顔に直面した
一瞬にして女は事情を察し、男は口元を緩ませた

 「ち…、違う!!そういう意味じゃ…な!…あっ…。」
 「ホント、お前って飽きさせないよ…。」

赤面し身悶える女をよそに、男はクスクスと笑いながら
女を甘美な世界へと誘っていった


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