第21話 勇気なき者は去れ(脚本:長野 洋 監督:岡本 弘)

滝沢賢治、川浜高校ラグビー部員、関係者全員が、夢にまで見た一瞬が来た。この日、宿敵相模一高を破った川浜高校は、ついに念願の全国大会出場の権利を勝ち取ったのだ。その時、賢治の脳裏を様々な思い出が走馬燈のように走り抜けていた。長い長い道のりのようでもあった。ほんの一瞬の出来事のようでもあった。はためく校旗を見上げながら、賢治は彼を取り巻く全ての人々に、大声で"ありがとう"と、叫びだしたい衝動を必死に堪えていた。
その喚起の嵐が通り過ぎぬうちに、大木大助は、母の待つ病院へと走った。心臓に疾患を持つ大助の母は、その朝、大手術を受けたばかりであった。
大助は母に「かあさん。俺だわかるか?」看護婦「もう安心よ。手術は大成功だって先生もおっしゃってましたからね」大助「ありがとうございます。ありがとうございました」と、病室を出ていく看護婦に礼を言った。
大助の母の命を救うため、莫大な手術費用を提供したのは、奇しくもかつて、彼の父を死に追いやった、名村グループの総帥・名村謙三であった。そして、その名村こそ、富田圭子の実の父親だったのだ。すべての歯車が、順調に回転し始めていた。圭子を取り巻いていた、不気味な霧も去った。大木大助親子の家庭にも、明るさが戻ってきた。
以前にも増してラグビー部は練習に励んでいた。しかし、内田のタックルがなっていない。
賢治「内田!立て!タックルはな、もっと腰を低くして、ガチッと入るんだ!怖がるな。もう一回やれ」とハッパをかけた。
そして、いま彼らの目は、ある一点に向けられていた。花園へ、花園へ。その日が、今まさに目前に迫ろうとしていた。
学校では、ラグビー部の壮行会が行われていた。校外では、山城元校長が学校に入りかねて迷っていた。会場では、玄治の挨拶が始まった。「みなさん。一言ご挨拶を」と、言いかけたところで、竹村教頭が「あっ、待って下さい。まだ、校長先生が」玄治「ああ、あっ、そうでしたね」これを聞きつけた大助は「なんだよ、校長も来んのかよ」賢治「おい、大助」と言ってなだめた。
岩佐校長が校門のところへやって来た。山城「ほっ、いやこれは岩佐さん」岩佐「お久しぶりです」山城「いえいえ、こちらこそ。ご無沙汰ばかりしておりまして」岩佐「いやいや、それはお互い様です。こんなところで、何をしてらっしゃるんですか」山城「ほっ、いやいや、あのちょっと」岩佐「壮行会に、みえたんじゃないんですか?」山城「えっ?」岩佐「さぁどうぞ、どうぞ」山城「いえいえ、私はもう、川浜高校の人間ではありません」岩佐「何をおっしゃるんですか。あなたあってこその、川浜高校ラグビー部じゃないですか。どうぞ、どうぞ」山城は促されて、校内へ入り、会場へ向かった。
賢治「山城校長。どうも、お久しぶりでした」山城「おう、う、う、んん。この度は、全国大会出場おめでとう」賢治「ありがとうございます。これも、みんな校長先生のお陰です」山城「いやいやいや、君たちの、ど、努力が報われたんだよ。本当に、おめでとう」賢治「ありがとうございます。校長先生」二人は固い握手をした。大助「校長先生。こっち、こっち」山城「おお大助。お前、よく頑張ったな」大助「いや別に、俺一人でグビーやったわけじゃないっすよ」丸茂「そうそうそう。なにしろね、ラグビーの基本精神は、One for All.All for One.ですからね。なぁ」と大助の肩を叩く。大助「お前なぁ、こんなとこまで来て、説教臭せぇこと言うんじゃねぇよ」丸茂「ああ、いやいやいや、悪い、悪い」
岩佐「人気投票やったら、私は落選確実というとこでしょうな」野田「そんな、ひがまないで下さい。校長先生」岩佐「いやいや、わかってるんです。鬼の岩佐に、仏の山城って。そうだろう。そうだろう」大三郎「世の中、鬼も仏もいるから面白いんじゃないすか」岩佐「むふふふ、面白い子という人だね、あんた」玄治「では、両校長が揃ったところで、一言ご挨拶」大三郎「玄さん、演説は選挙の時まで、とっときなって」一同、爆笑する。岩佐「まぁまぁ、いやまぁ先生」と玄治の肩を叩き慰める。玄治「餃子、冷えてるじゃないか」
翌日、賢治たち一行は、勇躍大阪へと向かった。憧れの花園ラグビー場の土を踏む日が、遂に来たのだ。
大助「とうとうやって来たぜ」丸茂「ああ」
今年こそ、間違いなく代表選手として、グラウンドの土を、枯れた芝を、踏みしめることが出来るのだ。選手たちの全身に、改めて緊張感が走った。
賢治「よし、行くぞ」部員一同「はい」グラウンドへ向かった。
選手たちはウォーミングアップをしていた。賢治「どうしたんだ。お前たち、顔色が悪いぞ」大助「先生、俺、小便したくて」賢治「お前までそんなことで、そうするんだ。"川浜一のワル"はどうしたんだ」大助「ケンカの方が、よっぽど楽だぜ」賢治「何だ、何だ、しっかりしろ!今からビビってて、試合になると思うのか」
そういう賢治も内心は、選手たち以上に緊張していた。しかし、今は何としても、この子たちの緊張を、解きほぐさなければならない。それが、今の賢治に与えられた使命だった。
賢治「よしみんな、輪になって手を繋げ。おい、早くしろ」賢治と部員全員が手を繋いだ。賢治「よし、みんな目をつぶれ。温もりが伝わってくるだろう。お前たちはその手でボールを掴み、その手でボールをパスして、ここまでやって来た。そうだ、お前たちはその手で、あの相模一高さえ倒したんだ。必ず勝てる。いいか、必ず勝てるぞ。自信を持って、思いっ切り戦ってこい。いいな。よーし行って来い!」一同「よーーーし!行くぞー!」
ダッグアウトで清美「ねぇ、持ってきた」明子「勿論」そう言って、加代とイソップの写真をテーブルの上に並べて置いた。賢治「おい、始まるぞ」そして、ホイッスルが鳴った。
節子とゆかりは試合の模様を、自宅でテレビ観戦していた。ゆかり「ママ、どうして花園行かないの?パパが出るって言ったら、絶対応援に行くって言ったのに」節子「お正月になったら、応援に行くわよ」ゆかり「その前に負けちゃったらどうすんの?」節子「負けやしないわよ。川浜高校はね、強いんだから」
夕子も店で応援していた。夕子「行け!行け行け行け」大三郎「上がったよ」夕子「そこや!も、も、も、もう一押し、もう一押し」大三郎「おーい。チャーハン上がったってんだよ。おら」夕子「うるさいな。あんた。いまそれどころやないねんから」大三郎「しょうがねぇなぁ。おいほんとに」渋々、店内の客にチャーハンを持って行った。その時、大助のトライが決まった。大三郎も喜び、スープを客にかけてしまった。夕子は大三郎の頭を叩き「あんた、お客さんに、なんちゅうことしてんのほんまに。どんくさいなぁ、ほんまに。すんまへんなぁ。ほんまに」と言って、テレビ画面を見ながら、客の顔を無造作に拭く。客「痛い、痛い、何すんだ」夕子「いや、やりましたがな。うるさいなあんたも。見なはれ」
光男も試合の行方が気になっていた。ホテルを抜け出し圭子から情報を聞き出す。
光男「おう、どうした」圭子「勝ってるわよ」光男「ほんとか!」圭子「前半終わったところで、13対3」光男「あーーー。見に行きてぇなぁ」圭子「気持ちはわかるけど、今ホテルの書き入れ時でしょ」光男「そりゃ、そうだけどよ」圭子「我慢、我慢。今にきっと見に行けるときが来るわよ」ここで、ホテルの社員に森田と呼ばれる。光男「はーい。今行きます。じゃ、また教えてくれ」圭子「OK。早く行きなさい」光男「じゃあな。愛してるよ」そう言って戻っていった。圭子「やだ、あの人ったら、どさくさ紛れに」(試合は続いていた)
その日、立ち上がりこそ、堅さの取れなかったものの、次第に調子を取り戻した川浜高校は、後半にはいると本来の力を発揮して、対戦相手の「新潟南高校」を、33対9で破った。堂々たる勝利である。
夕子、大三郎は抱き合って喜んだ。
ゆかり「やったー」節子「ねぇ、きっと勝つって言ったでしょ」ゆかり「うん。パパだ。パパ格好いい」と、テレビの画面を指さした。
明けて、正月二日。主審「川浜高校対石巻工業高校の試合を行います」ホイッスルは鳴った。節子とゆかりも、会場へ応援に駆けつけていた。岩佐校長の姿もあった。
第二戦に於いて、石巻工業を42対3で撃破。川浜強しの評判は、内外に広まった。
節子「校長先生」岩佐「やぁ」と挨拶した。
だが、予想外の健闘に、慌てた人々も居た。遠征費用が、大幅に不足してきたのだ。
竹村教頭「あぁ、どうでした?」甘利「はい。OB会の方も、出来るだけの協力をしてくれると言うことで」竹村「そうか」野田「市の商工会議所の方も、援助を約束してくれましたし、いやこれなら、何とか行けそうですね」三上「しかし、三回戦も勝ったりしたら」江藤「うん。ひょっとしたらとは、思ってましたけどね。しかし、初出場でこう勝つとは思いませんでしたな」柳「あら、江藤先生。負けるのを願ってらっしゃるみたい」江藤「とんでもないですよ。私だって、勝って貰いたいですよ。勝って貰うなら、ドンドン勝って貰いたい」職員一同笑う。柳「それにしてもまさか、校長先生が、ひとりで応援にいらっしゃるなんて、思いませんでしたわ」野田「いつもはクラブ活動を、目の仇にしているくせに、いや、全く、わからん人ですわ」三上「いや、あれで結構、愛校精神があるんですかね」甘利「僕たちも応援に行きたいとこですけど、今はまず、選手たちの滞在費を、確保することが先決ですからね」竹村「しかし、なんだね。いやこう言うのを、嬉しい悲鳴って言うのかね」江藤「いやぁ、全くですなぁ」
しかし、中には面白くない人物も居た。
玄治「もう、我慢が出来ん!」勝「どうしたんだよ、オヤジ?」玄治「どうも、こうも、あるもんか。ワシは花園行って来る」勝「花園?オヤジ、応援行くんだったら、俺も」玄治「応援じゃない!ワシはな、文句を言いに行って来るんだよ」勝「オヤジ、何だいそれ?」玄治「止めるんじゃないよ。今日という今日はな、もう、腹ん中煮えくり返ってるんだ」
玄治の次男・治男は、川浜高校のラグビー部員である。しかし、今度の大会に於いては、治男は、一回戦、二回戦とも控えに廻って出場することが出来なかった。そのことが玄治には、どうにも我慢が出来なかったのだ。玄治は宿舎にやってきて、賢治を問いつめた。
玄治「滝沢君。どうして治男を、試合に使ってくれないのだね。うん。治男のどこが悪いと言うのだ。親の贔屓目で言う訳じゃないがね、わしゃどう考えても、治男がだ、他のレギュラーよりは劣っているは、思えんのだ。あいつはね、子供の時から兄貴の影響で、ラグビーには慣れ親しんできたし、動きだって兄貴よりはずーっと、すばしっこいよ。一体、どこが足りないと言うのだね。滝沢君!事実あんたは、予選の時はずーっと、治男を使ってきたじゃないか。それを花園に来た途端に、どうして使わなくなったんだ。どうも理由がわからんよ」
賢治「それはですね」と、言いかけたのを、さえぎって玄治は「あんたは知らんだろうがね、あいつは、それはもう、涙ぐましい努力をして来たんだ。あれは、去年の秋の頃だったか・・・・・」
回想シーン:夕食中の出来事。食事中に治男が居眠りを始めた。それを見て勝は「治男。何やってんだお前」治男「うん」一口食べて、また眠りだした。勝「治男。大丈夫か、お前」治男「う、うん」
玄治「治男は、毎日、毎日、毎日の練習と勉強で、身も心も、クタクタになっていたんだ。そんなあの子を、ワシはもう、見ておれんようになってなぁ」
回想シーン:玄治「治男、そんなに辛いんだったら、ラグビー辞めても良いんだぞ」治男「誰が辞めるもんか!」玄治「しかしな、それじゃ今に身体を壊して・・・」治男「うるさい!今度ラグビー辞めろなんて言ったらな、勘当するぞ!」玄治「お前勘当って、そりゃ親が言う言葉だよ。バカだなお前は」
玄治「それはね、あんたに言わせれば、何もうちの子だけじゃなく、みんなそうだと、言うかもしれん。しかしね、滝沢君。ワシはやはり親として、一度、息子を花園のグラウンドで戦わせてやりたい。いやそれも、実力が格段落ちると言うなら、諦めもするが、どうも納得出来んのだ。どうだろうね滝沢君。次の試合には、治男をぜひ」賢治「出来ません」玄治「出来ない」賢治「今の状態では、治男君を試合に出すわけには行きません」玄治「な、なぜだ」賢治「試合には、常にベストメンバーで望む。それが、私のモットーだからです」玄治「じゃ、治男はベストじゃないと言うのか」賢治「はい」
玄治「いいいい。よくもそんなことを。滝沢君!一体誰のお陰で、こうやって試合が出来ると思ってるんだね。えー!碌に金もない貧乏な、このラグビー部のためにだ、市長と掛け合って、特別な補助金を出させたのは、このワシなんだぞ!」賢治「ご厚意は、感謝してます。しかし、それと、これとは、話が別です」玄治「この恩知らずが!治男が出ないのなら、帰る」部屋を出ていった。
部員は試合から帰ってきて、余暇を過ごしていた。大助「おーい。明日早いからよ、誰でもいいから先、風呂入って、な、早く寝ようぜ」一同「おー」だが、治男だけは元気がなかった。
その夜、賢治は思いがけない人物の訪問を受けた。相模一高の監督・勝又欽吾である。
賢治「さ、どうぞ」と部屋に招き入れた。欽吾「次の相手は、城南ですね」賢治「ええ」
川浜高校の次の対戦相手は、前年の覇者・城南工業大学付属高校であった。昨年、その城南工大高に、準決勝で敗れた勝又が、わざわざ、勝利の思索を授けに訪れたのだ。ラガーマン同志の、暖かい友情が賢治の心に染みた。
勝又「強いて欠点を上げれば、やはりフォワードでしょう。主力選手がごっそり抜けて、去年より確実に力が落ちてます。フォワード戦に持ち込んで、押して、押して、押しまくれば、チャンスは十分ありますよ」賢治「わかりました。ありがとうございます」勝又「頑張って下さい」賢治「はい」
主審「川浜高校対城南工大高の試合を行います」そして、ホイッスルは鳴った。試合は均衡状態であった。
ゆかり「あーあ、またダメだ」勝又「大丈夫だよ、ゆかりちゃん。この調子で行けば、絶対チャンスが生まれるよ」
帰ったはずの玄治が、試合を観戦していた。
その日、勝又のアドバイス通り、フォワード戦に持ち込んだ川浜高校は、強豪・城南工大高を相手に、むしろ、押し気味に試合を進めていた。
ハーフタイムが終了した。ゆかり「どっちが勝ってんのー」勝又「うん、まだね。ゼロ対ゼロだよ」
城南工大高監督・江川「フォワード、お前たち何やってんだ。うーん。相手に押されてんじゃないか。もっとしっかりやれ!」
賢治「いいぞ。この調子で行けば、後半必ずチャンスが来る。締めてけ」部員一同「はーい」「賢治「但し、フルバックの動きには、特に注意しろ。城南の司令塔は、スタンドオフより、むしろフルバックの曽根だ。いいな。よし、行って来い」部員一同「うぉーっし」
だが、後半に入ってすぐ、思わぬアクシデントが起きた。末永が足を痛めて、退場を余儀なくされたのだ。
賢治は主審に「メンバーチェンジします」
高校ラグビーに於いては、試合中6名のリザーブ。即ち、交代選手を認められている。
賢治「内田」内田「はい!」治男は元気よく、グラウンドへ駆けだした。玄治は我が息子の出場を見て「治男。治男。頑張れよ治男」
だが、賢治の不安は的中した。治男は敵のスパイクが怖くて、まともにタックル出来なかった。これにより、城南工大高に先取点を奪われた。
このトライをきっかけに、試合の流れが、ガラリと変わった。もはや、この試合の流れを止めるすべはなかった。無情のノーサイドのホイッスルが、鳴り響いた。そして、試合は終わった。36対4。大助が、遮二無二突っ込んで挙げた、ワントライだけが、川浜唯一の得点であった。
節子「すいません。折角応援に来て頂いたのに」勝又「いやいや、善戦しましたよ。それに、初出場でここまで来れたのは、立派なもんですよ」
岩佐「負けは、負けだ。しかし、滝沢君は、どうして内田みたいな選手を使ったのかねぇ」側にいた玄治は、その言葉が辛くのし掛かった。
引き上げてきた選手に、賢治は「ご苦労さん。よくやった」大助「先生。申し訳ありませんでした」賢治「やむを得んだろう。今日は、相手が一枚上手だった」平山「でも、悔しいですよ。俺。城南の曽根って、俺たちと同じ二年生でしょ。それなのに、なんであんなに格好良く・・・」賢治「平山・・・」矢木「チキショー、あいつらに勝ちてぇよー」
瞬間、賢治に、かつての記憶が甦った。賢治「よし。お前たち、その悔しさを忘れるな。来年もきっとまた、この花園に来るぞ。いいな」部員一同「はい」
川浜高校のラグビー部室に、新たなスローガンが増えた。(打倒!!城南工大高!)
賢治「言うまでもないが、この目標を達成するには、越えなければならないハードルがある。相模一高をはじめ、県下の強豪チームに打ち勝つことだ。そのためには、これまで以上の練習を積む必要がある。いいか。今日から俺は鬼になる。今まで以上に、お前たちをしごいて、しごいて、しごきまくるから、覚悟しとけ。いいな!」部員一同「はい!」部員らは練習に向かった。
賢治「内田、何してるんだ」治男「あのう」と言って、退部届けを差し出した。賢治「何だこれは。本気か?本当に辞めるつもりなのか」治男「はい」賢治「ちゃんと顔上げて返事しろ」治男「辞めます」賢治「理由は何だ。言って見ろ。あれほどラグビーが好きだったお前が、なぜ急に辞める気になったんだ。内田」
治男「俺、俺、自信が無くなったんです。(泣きながら)だって俺、いくらやったって、いくら一生懸命やったって」賢治「内田」治男「だってそうでしょ、先生。俺、どうしてもダメなんでしょう。城南との試合で負けたのも、基はと言えば俺が。ダメなんですよ、俺。ダメなんだよ俺」
賢治「わかった。この退部届、確かに受け取った。(えっ?という表情で賢治を見る治男)どうしたんだ。お前の退部を認めると言ってるんだ」賢治は部室を出て行った。
その夜、内田親子は、賢治の家に押し掛けてきた。玄治「滝沢君。あんた一体どう言うつもりだね?」ゆかり「ママ〜」玄治「そりゃあねぇ、城南との試合に負けたのは、こいつのミスが引き金になったことは、ワシも認めるよ。しかし、こいつ一人で、ラグビーやってるわけじゃないんだよ。他に14人もいるじゃないか。それをあんただね。まるで、こいつ一人で、負けたように責め立てて」
賢治「誰も、内田一人を責めちゃいませんよ」玄治「何!」賢治「おっしゃる通り、ラグビーは15人でやるゲームです。うちのチームが城南に負けたのは、チーム全体の力が、まだまだ、城南に及ばなかったためです」
玄治「じゃあ、何でこいつを辞めさせたんだ。可哀想にこいつは、自分一人で責任背負って」賢治「辞めると言ったのは、内田本人ですよ」玄治「だ、だ、だから、そういう時は慰め、励まして、引き止めてやるのが、あんたの役目じゃないのか。そうだろう?それを、簡単に退部届けを受け取るなんて、それが、子供を指導する人間のとる態度か!」
賢治「内田さん。あなたのそういう甘い態度が、息子さんをダメにしているんですよ」玄治「な、何!」賢治「まだわからないんですか。私が、全国大会に入って、内田をメンバーから外したのは、予選の時からこうなることが、目に見えてたからなんです。私は予選の時から、いえ、それ以前の練習の時から、内田には、ことあるごとに、もっとしっかりとタックルするように、言い続けてきました。内田も頭ではわかっていたはずです。しかし、いざとなると、どうしても体の方が逃げてしまう・・・・・。勇気がないんですよ。内田には」玄治「勇気・・・」
賢治「ええ。いいセンスを持っていても、勇気がなければラガーマンの資格はありません。いいですか。敵の攻撃を防ぐ唯一の手段は、タックルなんです。相手がキックするボールをチャージするのも、タックルを駆けようと突っ込めばこそ出来るんです。それはタックルは怖いですよ。正面から突っ込めば首を痛めるかもしれない。後ろからかかれば、相手のスパイクで顎を蹴られるかもしれない。それでもやらなきゃいけないのが、タックルなんです。それが、ラグビーなんです。そのタックルが、治男君にはどうしてもできない。これじゃラグビーになりません。あの試合でも、末永が負傷したとき、私は他の選手を出すべきだったのかもしれません。でも私はもう一度、治男君に賭けてみようと思ったんです。内田、お前がなぜ先発メンバーから外されたのか、一番よく解っていたのは、お前自身のはずだ。そうだな。(うなずく治男)だから俺は、お前が今度こそ15分の1の責任を、きちんと果たしてくれることを信じて、出場させたんだ」治男「15分の1?」
賢治「そうだ。ひとり一人が自分の責任をきちんと果たす。それがラグビーなんだ。それが勇気なんだ。私だって、現役の時は随分怖い思いしました。まして相手が、体の大きい外国選手の時なんか、まるで象の足みたいなのが、砂を蹴り立てて突進して来るんですからね。そいつに突っ込むには、並大抵の勇気じゃ務まりません。でもその勇気を私に与えてくれたのは、責任感でした」玄治「責任感・・・」
賢治「ええ。今ここで、こいつの突進を食い止めるのは俺の責任だ。俺がやらなくて一体誰がやるんだって。その責任感が、私の勇気の源だったんです。でもお前は、あの試合でも、とうとうその勇気を持つことは出来なかった。それでも俺は待った。あの手痛い敗戦の中から、今度という今度こそ、勇気とは何かを、お前がつかみ取ってくれると信じてな。治男「先生・・・」
賢治「だがお前は、発奮するどころか、負け犬みたいに尻尾を巻いて辞めると言った。だから俺は辞めろと言ったんだ。勇気のない奴に要はないからな」治男は、玄治を引っぱり帰った。
節子「あなた、少し言い過ぎただったんじゃないの」賢治「言い過ぎ?」節子「そりゃあの子が、甘えん坊だっていうのはわかるわよ。でも子供の中には、叱れば叱るほど落ち込んでダメになる子だっているんだから」賢治「だからそんな奴に要はないって、言ってるんだよ」節子「あなた。それじゃあなた、自分で落ちこぼれを作ることになるのよ」賢治「落ちこぼれを?」
節子「そう言っちゃ何だけど、あなたが赴任した頃の川浜高校は、ラグビーだけじゃなく、学校全体が落ちこぼれみたいだったでしょう。それをあなたが必死に努力して、ここまで持ってきたんじゃない。それなのに今になって、あんな子は必要ないなんて、あなたらしくないわ」
妻の言葉が、グサリと胸に突き刺さったまま、数日が過ぎた。だが、治男は練習に姿を見せず、賢治もまた、どう対処したらいいのか、わからぬまま、苦慮していた。そんなある夜・・・・・。
賢治は帰りに通りかかった神社から「だーっ」と言う声を聞いた。治男が大木(たいぼく)に向かって、タックルの練習をしていた。賢治はそれをしばらく見ていた。そこへ、玄治がやってきた。
「治男!お前何やってんだ。うん」勝「治男!」治男「だーっ」(無視してタックルの練習を続ける治男)玄治「止めろ!骨折ったらどうする」治男「ヤダ!俺、もう一回ラグビーやるんだ。滝沢先生に、もう一度ラグビー部に入れて貰うんだ!」(賢治の目には、涙が溢れんばかりに溜まっていた)賢治「内田・・・・・」
治男「だーーーっ」(大木に向かっていく治男)玄治「止めろ!こら。グズ」(父親の手を振り払って練習を続ける治男)勝「治男!俺が相手してやる!」治男「にいちゃん・・・」玄治「勝!お前まで一緒になって!二人とも勝手にしろ!」勝「よし行くぞ!よし、治男行くぞ」治男「だーーーっ」(タックルで兄に向かっていく)勝「まだまだ、そんなんじゃ小学生も倒れないぞ!もういっちょ」治男「ち、ちきしょーーーう」勝「いいかよく相手を見るんだ」(何度も兄に向かっていく治男)勝「よし、そのタイミングだ」治男「はい」
帰ってくる。この若者は、今度こそ間違いなく、勇気という、武器を身につけて、帰ってくる。賢治の胸にまた一つ、熱い思いが込み上げて来た。

第22話 勝ってから泣け(脚本:長野 洋 監督:合月 勇)

タックルには勇気が必要です。その勇気を私に与えてくれたのは、責任感でした。こいつの突進を止めるのは、俺の責任だ。俺がやらなきゃ一体誰がやるんだ。その責任感が私の勇気の源だったんです。
賢治によって、勇気の大切さを教えられた内田治男は、自らの甘えん坊的性格を深く反省して、ひとり猛練習に励み、やがて賢治の元へ帰ってきた。
賢治は治男に「そうか。もう一度やる気になったか」治男「はい。今度こそご迷惑を掛けません。先生もう一度ラグビーをやらせて下さい」賢治「内田。よく言った。頑張れよ。頑張れよな」治男「はい」
明子「それではキャプテンを決めます」
数日後、新キャプテンの選出が行われた。だが、その場に賢治は立ち会っていない。ラグビー部に於いては、キャプテンは部員たちの互選によって決定する習わしになっていた。
賢治は新楽に来ていた。大三郎「心配って何がです?」賢治「はぁ。新キャプテンのことですよ。去年は大助、その前はお宅の光男君だったでしょう。二人ともタイプは違いますが、部員たちをグイグイ引っ張っぱてくだけの力を持ってた。そこへいくと今年は、素質的には優秀な連中が揃ってるんですが、全体にちょっと大人しすぎるんですよ」大三郎「なるほどね。なかなか難しいもんっすね」賢治「はぁ」そこへ、明子と清美が賢治を呼びに来た。
明子「先生」賢治「おお、決まったか?」明子「はい。一応決まることは決まったんですけど。ねぇ」賢治「誰なんだ?」
清美「平山君です」賢治「平山か」清美「でも本人はどうしてもイヤだって」大三郎「何で?キャプテンに選ばれるなんて名誉なことじゃねぇか」清美「私はそう思うんだけど、彼はほら職人肌だから」大三郎「職人肌?なに。ってことはつまり、てめえの仕事んだけ、打ち込みたいってわけか?」明子「そうそう、それ。彼さぁ、城南の曽根っていう選手に、凄いライバル意識燃やしてるんだよね」
城南工大高のフルバック曽根の、超高校級とも言えるプレイは、賢治の目にも強く焼き付けられていた。そして
平山「悔しいですよ。俺。城南の曽根って、俺たちと同じ二年生でしょ。それなのに、なんであんなに格好良く・・・」

それは自らも一流プレイヤーと自負する平山にとっては、到底我慢の出来ないことだったのだ。
明子「だから、曽根に負けない選手になるためには、キャプテンなんて余計な仕事背負い込みたくないわけ」大三郎「そう言うの、勝手ってんだろ。ラグビーの基本精神はなんてたって、One for All.なんだから」「先生!大変です」栗原が血相を変えて賢治を呼びに来た。賢治「どうしたんだ」
河原で大助が平山を殴りつけていた。大助「もう一度言って見ろよ!おらぁ」賢治「大助!止めろ。何やってんだお前は」大助「こいつがよぉ、キャプテンみてぇなつまんねぇ仕事はやりたくねぇなんて抜かしやがるからよぉ」平山「そんなこと言ってません。ただ、俺には向いていないんじゃないかと」大助「同じことじゃねぇかこの野郎」賢治「止めんか。平山、お前と二人だけで話ししたい」
賢治「平山、お前どうしてキャプテンやりたくないんだ。その理由を言ってみろ。どうしたんだ、言えないのか」平山「だから、俺はキャプテンには向いてないと・・・」
賢治「嘘だ。お前は城南の曽根に、強いライバル意識を持っている。そうだろう。お前は曽根に負けないプレーヤーになるために、キャプテンという雑務に捕らわれず、自分の練習だけに打ち込みたい。そう思ってんだろ。平山、お前それでもラガーマンか!ラグビーの基本精神とは何だ」平山「それは・・・」
賢治「そうだ。One for All.All for One.俺はこの言葉を、口が酸っぱくなるほどお前たちに言い続けてきた。なのにお前にはその意味が全然わかってないな。いいか、ラグビーは15人でやるスポーツなんだ。一人だけ上手い選手が居たからって、勝てるはずはないんだ。それに一旦試合が始まってしまえば、ハーフタイムを除いて俺はお前たちに何もしてやることはできん。野球みたいに盗塁だ、バントだって、一々サインを出すわけにはいかんのだ。だからと言って15人がバラバラに動いたんでは試合にはならん。そのために試合を組み立て、チームを引っ張って行くキャプテン。バイスキャプテンの役割が重要になってくるんだ。まぁそれはある意味では、キャプテンは重荷かもしれん。だがな平山、みんなはお前なら、その役目を果たしてくれる。きっと自分たちを引っ張ってってくれるだろう。そう信じたからこそお前を選んだんだ。そうだろ」平山「先生」
賢治「その期待を、お前は自分一人のエゴで裏切ってもいいのか。お前それでもラガーマンか」
栗原「平山、やってくれよ。俺たちも協力するからさ。な」清川「ああ。お前一人に苦労はさせないよ」平山「清川、栗原。キャプテン」大助「俺はもうキャプテンじゃねぇよ。キャプテンはお前だ。そうだろう」平山「はい。すいませんでした。俺、キャプテンをやらせてもらいます」栗原「平山」清川「平山」平山「先生」賢治「頑張れよ」平山「はい」栗原「頼むぞ」平山「マネージャーよろしく」明子「頑張ってね」
正月の松飾りが取れる間もなく、新人戦の季節がやってくる。その日に備えて、川浜高校ラグビー部は、新キャプテン平山を中心に、猛練習に励んでいた。丁度その頃、賢治はあるトラブルに直面していた。大木大助の就職問題である。大助は地元の川浜電機に就職が内定していた。川浜電機には、社会人でもAクラスに入る、ラグビー部があり、当然大助はその一員として、活躍することを期待されていた。だが突然・・・。
大助は川浜電機からの通知を賢治に見せた。賢治「内定通知は取り消しのことと・・・。どういうことなんだこれは」大助「俺にも分かんねぇよ。昨日家に帰ったら郵便受けにそいつが放り込んであったんだよ」賢治は川浜電機へ出かけた。
川浜電機担当者「申し訳ありませんが、ラグビー部を休部することになりまして」賢治「休部?」担当者「事実上は、解散と言うことです」賢治「なぜ急にまた」担当者「そりゃまぁ、色々と会社には事情がありましてね。そう言う訳ですので、大木君の採用は見合わせるということで・・・」賢治「いや、ちょっと待って下さい。例えラグビー部が解散になったとしても、一度は採用予定だったものをそう簡単に覆されては」
担当者「先生。こう言ちゃなんですが、大木君はうちにラグビー部があればこそ必要な人間だったんです。それぐらいはお解りでしょう」
賢治は家路に着き節子にこのことを話した。
節子「酷いわね。それじゃ大木君、ラグビー以外は何も出来ないみたいじゃない。そのこと大木君に話したの?」賢治「そんなこと言って見ろ。あの火の玉小僧、また何をしでかすかわかったもんじゃない」節子「で、どうするの?」賢治「永井さんに頼んでみるか」節子「永井さんて、東北製鉄の?」賢治「うん」
東北製鉄。日本有数の巨大産業であるこの会社は、また社会人ラグビーの名門として知られている。賢治はかつてこの会社の、ラグビー部監督として、誘いを受けたことがある。その時、直接交渉に当たったのが、現在の東京支社の総務部長である、永井だった。
永井「大木大助ね。名前は聞いてますよ。荒削りだが、なかなか有望な選手だそうじゃないですか」賢治「ええ。上手く育てば、全日本クラスの選手になる素材だと思うんですが」永井「なるほどね。で、その大木大助君を、うちに入れて欲しいとおっしゃるんですね」賢治「はぁ。いきなり押し掛けてきて、随分勝手なお願いだとは思うんですが」永井「いやいいですよ」
賢治「えっ?ほんとに採用して頂けるんですか?」永井「ええ。但し、あなたもうちに来て頂くという条件でね」賢治「永井さん、冗談をおっしゃるのは止めて下さい」永井「本気ですよ、私は。あれはもう、何年前になりますかなぁ。あなたを勧誘に行って見事に断られたのは」賢治「はぁ」永井「ははは、まぁどうぞ」とソファへ案内した。
賢治「はぁ」永井「いやしかし、私はまだ諦めてはいないんですよ。いやそれどころか、川浜高校ラグビー部を、ここまで育て上げたあなたの手腕を見て、益々惚れ直してるんですよ」賢治「はぁ」永井「どうですか滝沢さん、もう一度考えてくれませんか」賢治「折角ですが、その件では・・・」
永井「いや滝沢さん。あなたは全く無名に近い川浜高校を、全国有数の強豪校に育て上げた。そのことで、あなたの使命は一つ終わったと言えるんじゃないでしょうか。今度は社会人チームの監督として、文字通り日本一のチームを作り、世界に通用する選手を育てようとは思いませんか?滝沢さん」
賢治「お断りします。ご厚意は感謝します。しかし私は今の学校で、まだやりたいことが山ほど残ってます。あなたは、私の学校を全国有数の強豪校とおっしゃいましたが、私に言わせれば、うちのラグビー部などまだひよっこです。そのひよっこたちを、もっともっと鍛え上げて、全国制覇を成し遂げるのが、私の夢なんです。それに私は、ラグビー部の監督である前に、一人の教師でありたいと思ってます。教師を辞める気はありません」交渉は決裂し、賢治は東北製鉄を後にし家路に着いた。
節子「おかえりなさい」賢治「ただいま」節子「ダメだったのやっぱり」賢治「あぁ。頼みに行く方が虫が良すぎたのかもしれん」節子「でも、それじゃ大木君は・・・。そうだわ。あなた名村さんにお願いしてみたら」
翌日賢治は大助に投げかけてみた。大助「悪いけどそいつはダメだ」賢治「やっぱり、いやか」うなずく大助。賢治「大助、お前まだ昔のことが」
大助「違う。オヤジのことはあれで終わりにしたんだ。そりゃあの人に頼めば、右から左でいい仕事世話してくれると思うけどよ。それじゃやっぱり、オヤジの一件を型に取ったってことになると思うんだ。それにお袋の手術でも世話になってるし。まるでおんぶにだっこになっちまうもんな。大丈夫だよ。いざとなりゃ、今までのバイト先でこのまま使ってもらってもいいし、なんとかなるって。それよりあいつらのこと頼むぜ。もうすぐ新人戦だろう」そう言って、練習しているラグビー部員に目を移した。
大助の就職問題にケリが着かぬまま、新人戦が始まった。だが、キャプテン平山の動きは、まだぎこちなかった。強力なチームリーダーを失った川浜高校は、伏兵・富士学院にもろくも敗れ去った。(19対6)全国制覇に夢を託した賢治のチーム作りは、第一歩で早くも挫折してしまったのだ。
賢治が部室でひとり考え込んでいると甘利先生がやって来た。「滝沢先生、ご面会です」と永井を連れてきた。賢治「永井さん」賢治は永井を応接室に通した。
賢治「臨時工?」永井「ええ。会社としての正式な採用試験が済んでいますので、まぁそれでよければ、大木君をお引き受けしましょう」賢治「永井さん」
永井「正社員じゃありませんから、給料は安いですよ。それに、ラグビー部員として対外試合に出ることもできません。いやもちろん練習に参加することは一向に構いませんが。ま、それから先は本人の努力次第で、正社員にもなれますし、試合に出られる道も開けると思うんですよ」賢治「はぁ」この後賢治は、大助を新楽に呼びだした。
賢治「どうする行くか?条件はかなり厳しい。しかし少なくとも、ラグビーは出来る。後は永井さんの言うとおり、お前の努力次第だ」大助「お袋はどうなるんですか?」賢治「問題はそれだ。お前も知っている通り、東北製鉄のラグビー部は、本社のある仙台だ。永井さんの計らいで、合宿には入れてもらえるそうだが、そうなると、お袋さんと別々に暮らすことになる」
大助「お袋を置いてくことはできねぇよ。お袋はこの間退院したばっかりだ。ひとりにしてくなんてこと俺にはとてもできねぇよ」節子と一緒に大助の母が店に入っていた。
母「大助」大助「母さん」母「大助のこと、よろしくお願いします」と賢治に頭を下げた。大助「母さん」母「仙台に行きなさい。あたしのことは心配いらないから」大助「かあさん、どうしてそのことを」母「いいから仙台に行きなさい」大助「だってよ」母「あんたラグビーがやりたいんでしょ。だったらこんなチャンスは」大助「ヤダ。俺は仙台なんかには行かねぇ」母「大助」
節子「大木君、お母さんのことはほんとに心配いらないのよ。病院の先生も、無理さえしなければ大丈夫だって、おっしゃってるし。あなたの留守中、私たちも出来るだけのお世話はするつもりだから」大助「奥さん」賢治「節子、お前この話しいつ知ったんだ」節子はうつむいてしまった。
大三郎「ははん。さてや奥さん、この話しに一丁咬んでましたね」賢治「節子」節子「ごめんなさい。差し出がましいと思ったんだけど、永井さんに会ってきたの」
節子はそこで賢治が、川浜高校を辞めることは出来ないが、大助だけは、なんとか採用して欲しいと、懸命に頼み込んだのだ。その熱意が、永井の心を動かした。
永井「わかりました。ご主人ことは諦めましょう。が、大木君のことは任せといて下さい。本社と連絡を取って、しかるべく取り計らいますから」節子「ありがとうございます」
無論、賢治への勧誘の件は伏せておいた。話せばかえって大助を、傷つけることになると思ったからだ。だが賢治には、その話の内容が、手に取るように想像できた。そして大助は。
大助「奥さん。奥さんはそこまで俺のことを」節子「だって、あなたは私の子供なんですもの。主人がいつも言ってるのよ。生徒たちはみーんな俺の子供だって。だったら、あたしにとっても子供でしょう。あら、こんなこと言ったら、ほんとのお母様に叱られるかしら」母「奥さま」
大三郎「大助。こうなったら行くっきゃねぇみてぇだな。皆さんがこれだけお前のこと心配して、骨折って下さったんだ。これで"うん"と言わなきゃ、男じゃねぇぜ」大助「マスター」
大三郎「仙台行きな。お袋さんのことは、及ばずながら俺も力にならせてもらう。それによ、お袋さんだって、お前が東北製鉄のジャージー着て、グラウンドいっぱい走り廻るの見てぇに違げぇねぇんだよ。そうでしょお母さん。な、それがほんとの親孝行ってもんだよ」大助は母に「ほんとに行ってもいいんだな」黙ってうなずく母。節子「大木君頑張るのよ」大三郎「どうした。なんとか言ったらどうなんだ」母「大助」
大助「奥さん(節子に泣きながら抱きつく)俺、俺なんて言っていいかわかんねぇけど、俺」節子「いいのよ大木君。わかってるわ。わかってるわよ」大助「ありがとう。ありがとうございました」節子「あらあら、大きななりしてみっともないわよ」
大三郎「よーし決まった。そいじゃ前祝いに一杯」賢治「はい」節子「ダメですよ昼間からお酒なんて。奥さんが居ないとすぐそうなんだから」大三郎「あっ案外おっかないっすね」賢治「はぁお宅と同じです」大三郎「あははは」
春3月。かつて"川浜一のワル"と呼ばれた大木大助ら3年生が、川浜高校を去る日がやってきた。賢治は去りゆく部員一人一人と握手を交わした。大助には"頑張れよ"と言葉を贈った。
大助は仙台へと向かい、新幹線の中でこの3年間を振り返った。入学の日に番長・沢を殴り倒したこと。節子に作ってもらった弁当。相模一高との試合。優勝。そして親友イソップと加代の死・・・・・。「やってやるぜ」と大助はつぶやいた。
そして新学期。新入生を迎えて、更に膨れ上がったラグビー部の、空くことも無き猛練習が続いていた。練習試合も数多く組まれた。だがその結果は、いずれも賢治を満足させるものではなかった。中でもキャプテン平山の不振は目を覆うものがあった。
賢治は試合後、部室に戻り説教を始めた。そこへ山城がやってきて部室の外で話しを聞いていた。
賢治「さっきのザマは何だ。平山お前バカか。考えてゲームを組み立てろと何度言ったらわかるんだ。何のためのスタンドオフだ。何のためのキャプテンなんだ。お前たちもお前たちだ。平山を助けるばかりか、足を引っ張るような真似ばっかりしやがって。こんなザマじゃ全国制覇おろか、県大会にも勝てやしないぞ。明日からもっと気合い入れて練習しろ」一同「はい」
賢治は部室を出た。そこには山城が立っていた。賢治「校長」山城「お、うん」二人は飲み屋に出かけた。
山城「ん、自信喪失?」賢治「ええ。今のメンバーのほとんどが、この間の全国大会を経験した連中なんです。しかも初めて全国大会に出て、三回戦まで行った。本来ならもの凄く自信を持ってるはずなんです。それが逆に縮こまってしまって、キャプテンの平山なんか特にそうです。まぁキャプテンという立場が重荷になっていることは確かでしょうが。それにしても彼の技量は高校生としては一級品なんです。それが昨日今日ラグビー始めたみたいに、つまらないミスをポロポロと」
山城「壁だよ」賢治「壁?」
山城「ん。スポーツに限らず、何事にも壁というものがある。少し行っては壁にぶつかり、乗り越えてたと思ったら、また次の壁に頭をぶつけて痛い目に遭う。そうやって段々と成長して行くものじゃないのかね。これまで川浜のラグビー部は、脇目も振らずただがむしゃらに突き進んできた。打倒相模一高、目標全国大会出場。そして、その山をやっと登り詰めたと思ったら、向こうにもっと大きな山があった。特に平山などはラグビーを知っているだけに、かえってその山がとてつもなく大きく見えて、迷ってるんじゃないのかな」賢治「しかし、その山を乗り越えない限りは」
山城「その通りだ。そのためにはもっともっと練習を積む必要がある。あるが、問題はその内容だ」賢治「内容?」
山城「子供たちの成長に応じて、指導方針を変えていく。これは教師の務めだよ」賢治「じゃ、校長先生は私の指導方針が間違っているっておっしゃるんですか?」
山城「いやいやいや。そうは言ってない。君のこれまでの方針は正しかった。だからこそここまで来たんじゃないか。ただね、子供たちが成長するように、君自身も指導者として成長していく必要がある。今の子供たちを引っ張っていく最善の方法は何か。そのことを、もう一度じっくり考え直す時期に来てるんじゃないのかな」そこへ一人の外国人が店に入ってきた。
山城「よーう。ようよう」外国人「こんばんは」山城「はいはいはい。はい。あっ紹介しよう。ひょんなことで知り合ったんだが、横浜の外語学校の教師をしてる、マーク・ジョンソンさんだ」マーク「こんばんは、よろしく」賢治「よろしく滝沢です」山城「はは、さぁどうぞ。座って座って」
マーク「あなたをよく知っています。元オールジャパン、名フランカーロングキッカーの賢治でしょう」賢治「はぁ」山城「はは。ジョンソンさんは、横浜のラグビークラブのメンバーなんだ」賢治「ラグビークラブ?」マーク「私たちのクラブに若い人から、お年寄りまでいろんな人が入っています。どうですか一度一緒にプレイしましょう」賢治「はぁあたしは・・・」山城「はははは、行って来たまえ。君自身がたまに、ラグビーを楽しんでみるのもいいことだ」賢治「はぁ」
ラグビーを楽しめと言う、山城の一言が妙に気になって、次の日曜日賢治は横浜の外人クラブへと出かけた。それは不思議な体験であった。少年時代からラグビーに情熱を燃やし、ラグビーに命をかけてきた賢治は、初めてラグビーの楽しさを知った思いがしたのだ。
賢治「マークありがとう。ラグビーやってて、こんなに楽しい思いしたの初めてだよ」マーク「そっか、それはよかった。しかし、さすが元オールジャパンだね。素晴らしいプレイだったよ」賢治「いやいや、君のプレイも見事だったよ。昔、相当やってたんじゃないのか」突然マークはふさぎ込んでしまった。
賢治「マーク」マーク「実を言うと、ぼくは昔ウェールズのメンバーだった。1973年、君たちオールジャパンがウェールズに来た日、覚えてるかい?」賢治「もちろん。それじゃあの時ウェールズのメンバーの中に君もいたの?」マーク「あの日ぼくは、メンバーから外されスタンドで見ていた。悔しかったよ。もの凄く悔しかった」賢治「マーク・・・」マーク「でも、あの日の君のプレイ、今でもハッキリと覚えてる。素晴らしいファイティングスピリットだったよ。あの日から、ぼくはいつか君と一緒にプレイしてみたいと思っていたんだ。その夢が今日叶った。I'm very happy.」賢治「マーク」マーク「ありがとう賢治」賢治「ありがとうマーク」
賢治「みんな、こちらマークさんだ。よろしくな」部員一同「よろしくお願いします」
数日後、今度はマークが川浜高校を訪れた。部員たちの指導に行き詰まりを感じていた賢治が、何かのヒントを得ることが出来ればと思って呼んだのだ。だがその指導振りに、賢治は不満を持った。賢治なら、気になって仕方がない選手の欠点や弱点を、何一つ直そうとしないのだ。
練習中に栗原がランパスの失敗をした。栗原「どうもすいません」マーク「OK.OK.Don't mind.大切なのはパスのタイミングと、走るコースの取り方、どこでパスしてどこを走ればいいか、それだけを考えなさい」栗原「はい」マーク「Let's go」みな再び練習に戻った。
清川も失敗した。マーク「ダメダメダーメ」清川「すいません」マーク「そんな堅くならないで。もっとrelax.relax」
今度はスクラム練習。だが崩れてしまった。
マーク「君たち、疲れたら休みなさい」矢木「えー?休んでもいいんですか?」マーク「Of course」治男「けど、100本スクラムのうち、まだ30本しか」マーク「100本!It's crazy.ラグビーは、もっと楽しくやりましょう。OK?」一同「はい」
賢治は自宅へマークを夕食へと招待した。昼間の練習方法での相違点の批評が始まった。
マーク「間違ってる?ぼくが?」賢治「そうだ。60や70にもなるお年寄りのいる、君のクラブだったら、ラグビーを大いに楽しむのもいいだろう。しかし、うちの生徒たちはまだまだ未熟な若者だ。今のうちに鍛えるだけ鍛えておかなければ、いいラガーマンにはなれない。君のやり方だと彼らを甘やかせてるだけだよ」マーク「確かにハードトレーニングは必要だ。特に若い人には。だけど君のやり方は、まるでバトルだ」賢治「バトル?」ゆかり「バトルってどういう意味?」節子「戦争のことよ」ゆかり「戦争?」
賢治「バトルじゃいけないのか!ラグビーは格闘技だ。ファイティングスピリットの無い奴にラグビーなんか出来きゃしないんだよ」マーク「しかしラグビーはスポーツだ。バトルではない!」マーク「Enjoy.Enjoyだよ。彼らにラグビーの楽しみを教えなければ、決して進歩はない」
二人の激論は果てしなく続いた。それは意見こそ違え、共にラグビーを愛するが故の議論だった。マークの意見に、必ずしも賛成したわけではなかったが、それ以来、時折現れる彼の指導方針が、部員たちに好影響を与えたことは確かだった。
マーク「Wonderful.今のパス、今のランニング。100点満点」治男「コーチ、その前に俺のタックルも褒めて下さい」矢木「こぼれ玉を拾ったのは俺だぜ」清川「繋いだのは俺だよ俺」マーク「OK.OK.みなとってもいい子ね」矢木「いい子?だってさ」一同喜ぶ。賢治とマネージャーの明子と清美も笑った。
「随分楽しそうですね」と甘利がやってきた。賢治「エンジョイラグビーですよ」甘利「エンジョイラグビー?」賢治「ええ。スポーツはすべからく楽しむべし。これがマークの考え方なんです」甘利「なるほどわかる気がするな」賢治「甘利先生」
甘利「門外漢のぼくがこんなこと言うのは失礼かも知れないけど、今までのラグビー部は強くなること。勝つことだけを目的に、あまりに目を吊り上げ過ぎてたような気がするんですよ。ぼくは、弓を少しばかりやるんですが、弓の弦(ツル)って奴は張りっぱなしにしておくと、いざという時に使い物にならなくなるんです。人間も同じように、あんまり緊張状態が続くと、決していい結果は出ないんじゃないかと思うんですが」
賢治「その通りです。僕もマークのやり方を見て、大いに反省してるところです。しかし、緩めっぱなしでもまずい」甘利「それはそうですよ。締めるべきところは、ちゃんと締めなきゃ」賢治「「だからぼくは今まで通り締める方に廻って、あいつらを怒鳴りまくることにしました。だって、急にニコニコして、猫なで声なんか出したら、これまたおかしなもんでしょ」
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋の国体がやって来た。ラグビー少年部門に、神奈川県代表チームとして出場した川浜高校は、破竹の進撃を続け決勝戦へ堂々と駒を進めた。
主審「城南工大高と川浜高等学校の決勝戦を行います。礼」川浜高校のキックオフでそれは始まった。大助も会社の食堂でラジオに耳を傾けていた。
前半は両チームとも堅さが取れず、ロングキックの応酬に終始して無得点のまま終わった。そして後半。ゴールも決まって6対0。形勢は俄然川浜有利に。さらに得点を挙げ10対0。城南もこのまま引きさざる相手ではなかった。10対4。僅かワンゴールの差であった。
賢治「あと何分だ」明子「あと3分です」清美「頑張れ頑張ってよ」
試合はすでにロスタイムに入っていた。このワンプレイが切れたら、レフリーの笛が鳴る。もはや誰の目にも、川浜の勝利は動かし難いと思われた。次の瞬間・・・・・ノックオン。試合は終わったと川浜の誰もが思った。だがレフリーの笛は鳴らなかった。城南・曽根が突っ込みトライ。ゴールキックも決まり10対10。試合が振り出しに戻ったところで、ノーサイドの笛が鳴った。
負けたわけではない。双方優勝である。だが、土壇場で追いついた城南フィフティーンの、歓喜の表情とは対照的に、川浜フィフティーンの顔は、失意と屈辱に満ちていた。
控え室で部員らは泣きじゃくっていた。平山「俺のミスです。ノックオンだと思って、止まってしまった。俺が悪かったんです」清川「お前一人が悪いんじゃない。俺たちだって動かなかったんだ」栗原「そうだよ。キャプテン一人の責任じゃないよ」平山「違う。俺のミスなんだ」賢治「止めろ!」平山「先生」
賢治「もういいから止めろ。そうだ。この試合に勝てなかったのは、お前たち全員が土壇場で致命的なミスを犯したからだ。じゃそのミスって何だ。技術か。違うな。お前たちの技術は決して城南には劣っていなかった。じゃ勇気か。それも違うな。お前たちは十分なファイトを持って戦った。じゃ一体何が足りなかったんだ。執着心だ」平山「執着心?」
賢治「そうだ。ボールが生きている限りは、そのボールを追い続けるという執着心を忘れたためだ。お前たちはあの一瞬、敵がノックオンを犯したと持って動きを止めた。だが判定を下すのはレフリーだお前たちじゃない!レフリーの判定は絶対なんだ。笛が鳴るまでは絶対に動きを止めるな。その鉄則を忘れた結果がこれなんだ!もう泣くな。いいから泣くな!」
誰よりも、泣きたい賢治であった。しかし、その時賢治は決心したのだ。勝利の日まで、涙は決して見せまいと・・・。
賢治「お前たちはいい経験をした。ラグビーだけじゃない。お前たちがこれから生きていく上で、この経験は、貴重な財産になるはずだ。ラグビーは人生そのものだ。ボールに対する執着心が、勝利を呼ぶように、最後まで諦めない執着心が、人生には必要なんだ。わかったな」一同「はい」
賢治「よし、それじゃ涙を拭け。お前たちの戦いはこれで終わったわけじゃない。まだ花園がある!俺たちの最終目標は、花園ラグビー場の全国大会だ。その日まで涙しまっておけ!いいな。泣くのは花園だ。花園で勝ってから泣け!」一同「はい」賢治「よし!」
賢治は涙を堪え、ただただうなずくのであった。

第23話 下町のヒーロー(脚本:大原清秀 監督:江崎実生)

川浜高校は秋の国体の決勝戦において、前年の覇者城南工大高と対戦し圧倒的リードのうちに、勝利は目の前にあった。だが土壇場に侵した、僅かなミスからたちまち同点とされ、試合は引き分けで終わった。双方優勝である。
だが、九分九厘掌中に収めたはずの栄光が、夢と消えた川浜高校ラグビー部員にとって、それは敗戦にも等しい屈辱であった。
賢治「俺たちの最終目標は、花園ラグビー場の全国大会だ。その日まで涙しまっておけ!いいな。泣くのは花園だ。花園で勝ってから泣け!」一同「はい」賢治「よし!」
そして花園。即ち真の高校ラグビー日本一を決定する、全国大会が間近に迫ってきた。県予選に備え賢治は練習試合を繰り返した。その成績は、かんばしくなかった。国体決勝におけるショックが尾を引き、川浜高校はいま泥沼のようなスランプにあえいでいた。
練習試合を見ていた光男はつぶやいた。「あぁこの分じゃ5連敗か」圭子「先生、どこがいけないんです?」
賢治「技術的には言うこと無しなんだが」
マーク「ただ、みんなラグビーをエンジョイしてませんね。勝とう勝とうという気持ちばっかりで、動きが堅いんです。もっとリラックスしないと」
ではどうすればラグビーの楽しさを教えられるのか。簡単なようで最も難しい問いであった。賢治は打つべき手が何一つ見つからなく苦労にさいなまれていた。
明子「でもリラックスしている人、一人だけいるわよ」
清川「ほら下向いてたって何も落ちてねぇぞおら。声出せ。おら行こうぜ」
清美「清川君はムードメーカーで、あだ名も"お祭りのキヨ"って言うの」
マーク「そう。じゃあ彼の明るさだけだけが救いです。きっと明るい家の子ですね」
賢治「いや、清川はお父さんが碌に働かないでブラブラしてるもんで、昼も夜もバイトしてるんですよ。この中では一番貧しい家の子なんです」
ある日、校門付近で清掃をしている清川を訪ねて、板倉組の暴力団員の男達がやってきた。
男A「清川!期限は昨日だぞ。金払わんかい!」清川「そのお話でしたら、家に来て下さい」
男A「何だとこの野郎!」と胸ぐらを掴んだ。
賢治「待って下さい」男A「何だ!」賢治「教師の滝沢です。金がどうのっていったい何のことですか?」
男A「こいつの親爺に金貸してんだけどよ、酔い潰れやがってラチが明かねぇから、セガレの方に来てるんだい」そう言って男はいきなり賢治を殴り飛ばした。賢治は起きあがり握り拳に力を込め、怒りをこらえそれは震えていた。
男B(役者名:及川ヒロオ)「何だいそりゃ。監督が殴り合ったんじゃ川浜は試合に出られ無くなるんじゃねぇの」
男A「わかってんのかよおら」男Aは賢治を膝蹴りし好き勝手に殴りだした。
岩佐校長がすっ飛んできた。「こら!こら!馬鹿者!お前たちはこれが(部外者は校内に立入り禁ずの立て看板)を見えんのか!どうだ!甘利君!警察、警察!」
男B「待て。帰りゃいいんだろ」男A「おお、何が何でも今月中に20万払って貰うぞ」
男達は退散していった。賢治「校長どうもありがとうございました」岩佐「うん」
賢治は清川を職員室へ呼びだし事情を聞いた
賢治「じゃ親爺さんがバクチで負けた金なのか」
清川「ええ。それも暴力団が親爺を無理矢理引きずり込んで、いかさまで引っかけて。そんなもん払う必要がないと思うから、追い返しても払え払えって家に来るんです」
柳先生「あなたそんな状態でよく明るくしてられるわね」
甘利先生「しかし相手は暴力団ですよ。我々が金を出し合ってでも、何とか解決した方がいいんじゃないですかね」
江藤先生「いやしかしね、奴らはもう図に乗ってもっと寄越せって言うだけですよ」賢治「よし。清川、俺が掛け合う」
清川「いえ結構です。近所の人の目もあるから、あいつはそう無茶も出来ませんし、たまにしか来やしませんから」
賢治「本当に大丈夫なのか」清川「ええ、俺どんなことがあってもプレーでは落ち込んだりしませんから、心配しないで下さい」
賢治「よし、何か困ったことがあったら、必ず俺に相談するんだぞ」清川「はい」賢治「約束したぞ」清川「はい」賢治「よし」
偶然出前で廊下を通りかかった大三郎は一部始終を聞いていた。
大三郎は清川を新楽に呼び「少ねぇけど持って帰れよ」清川「マスター・・・」
大三郎「おめえのためじゃねぇ、ちっこい妹や弟によ」清川「すいません。いつも」大三郎「ほら」と餃子を手渡した。
そこへ賢治が店に入ってきてそれを見た。
大三郎「いや・・・俺もこいつと同じように貧乏な家に生まれたもんだから。つい」と照れを隠しながら言った。
さらにラグビー部員らが入ってきて大三郎は「よう、お前らまた負けたんだって」平山「はぁどうもスランプで」
大三郎「スランプ?ほほ結構じゃんか」矢木「スランプがなんで結構なんです?」
大三郎「ほれ野球の長島や王が、スランプだって言われたことがあっただろう。あらぁなぁ大打者ならばこそだ。一度もいいことがなかった選手がお前、スランプだなんて言われたことあるか?」星「そりゃそうですね」
大三郎「つまりな、お前たちはな、スランプだって言われるほど一応ましなチームになったってことよ。そんな苦虫噛みつぶしたような顔してねぇでな、イカの足でも噛んでみなってんだ」と鍋で揚げたゲソ天を見せた。治男「ウヒョー天ぷら」
大三郎「いまドンドン食わしてやっからよ」平山「マスターまた奥さんに叱られますよ」
大三郎「いいのいいの。あのドケチの目をかすめておごるのが、スリルがあって、俺のたった一つの趣味なのよ」
大皿にゲソ天をてんこ盛りにした。
星が摘もうとしたところへ夕子は星の手を叩き「その現場を押さえんのがウチの楽しみや。晩ご飯のおかず勝手になんやねん」
大三郎「なんだお前一人で全部食べるつもりか」夕子「そうや。ウチは天ぷらには目がないねん。ほっほう」
ラグビー部員のオアシス、新楽に異変が起こった。
夕子「あんたこの頃休みのたんびに偉いめかし込んでどこ行くんや」大三郎「イヤ、イヤイヤまぁいいじゃないか」
夕子「ほんだ何で行き先言われへんの」大三郎「わりいけどよちょっと時間がないからな」早々に店を出ていった。
夕子「アホんだら!二度と帰んな!死んでまえ!」そこへ光男と圭子、それに賢治とラグビー部員が新楽にやって来た。
光男「姉ちゃん」賢治「どうかしたんですか?」夕子「先生ウチの人、女が出来ましてん」圭子「そんな!マスターに限って」
夕子「男が急に身綺麗にしだしたら、女以外に考えられへん。光男、事と次第によっちゃ姉ちゃん離婚するでぇ」
光男「姉ちゃん」清川「なんかの間違いですよね。マスター奥さんを裏切るような人じゃないです」賢治「あぁ」
賢治は大三郎の人間を信じた。だが一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
数日後、大木が久々に(賢治の家)訪ねてきた。
賢治は大助が渡した正社員の内定通知書見て「おお正社員に。よかったな大木」
大助「いい会社に就職を世話してくれた、先生や奥さんのお陰です」
賢治「何言ってんだ。お前のこの半年間の働きが評価されたんだ。おい座れよ」
節子「あなた」賢治「おっ」節子「大木君はお母さんが体も弱いことだし、勤め先も仙台から千葉に換えて貰えたんですって」
賢治「そうか。じゃ言うこと無しだ」大助「でもナイっす。俺不満がねぇことも・・・」
ゆかり「わかったお兄ちゃんお勤めに出たら悪が働けないもんね」節子「ゆかり!」
大助「まいったなぁ。いや仕事仕事で全然ラグビーできないのがつまんなくてね」この時チャイムが鳴った。
節子「はい」と玄関の扉を開けた。玄治「いやどうもどうもちょっと失礼しますよ」と勝手に上がり込んできた。
玄治「いやどうも先生。ようしばらくしばらく。イヤー先生大変だー。あのマスターの例の噂ね、あれ本当ですよ」
賢治「えー?」玄治「ワシはたった今、この目で見ましたよ」賢治「えー?昼まっからキャバレーへ」
玄治「ええ。開店前にねホステスと逢い引きするつもりらしいよ」節子「まさか?何か訳があるんじゃないかしら」
玄治「あっイヤイヤー、男というのはあの年頃が一番危ないんですよ。ワシにも覚えがありますがね」節子「えっ?」
玄治「あっイヤイヤ。第一ね夕子さんが気の毒だ。放っておけません」大助「だったら親爺さんが何とかしたらどうなんだよ」
玄治「いやそれは何とかしたいよ。しかしねあいつはねワシの言うことには何かと逆らいやがるんだよ。ええここは一つね、
説教のプロである先生にね、一発ガツーーーーンと喰らわせて頂かないことにはね」
賢治「いやーしかし問題は夫婦のことでしょう。私が出る幕では・・・」
玄治「いいですか先生。新楽はラグビー部のオアシスですよ。それをねぇマスターがだよ、自分でそのオアシスに
泥をぶち込んだ。そんなことになったらあんたどうですか店のムードはギスギスして、チームには悪い影響を与えますよ。
後援会長としてよろしくお願い致します。先生」
賢治は大助と共に玄治の言っていたキャバレーへ足を運んだ。
店先で大助は「先生よ。もし本当だとしたら俺は例えマスターでもぶん殴るぜ」
賢治「事実を確かめてからだ」二人は入口に向かうため階段を下った。
賢治「ごめんください」とノックをした。大助はかまわず中に入り込んでいった。賢治も後に続く。
賢治「どうした?」大助「女なんかいやしねぇよ。男ばっかりだよ」
大助の言うとおり10人以上の男がシートに腰を下ろしていた。大三郎は立ち上がり「そいじゃみなさん乾杯」と音頭をとった。
大三郎はグラスのビールを飲み干すと賢治と目が合った。「いやー先生。どうぞどうぞ。遠慮しないで」と歩み寄ってきた。
賢治「マスター、この集まりは何ですか?」
大三郎「実はね。この街のラグビーのクラブ作りましてね、今日はその発会式なんですよ。今日が」と賢治と大助の後ろに廻り、二人の背中を押しながら席まで案内した。
続けて「この人がこの店のマネージャーなもんで開店前に場所を借りたんですよ。あっクラブの名前はね"川浜浜っ子クラブ"って言うんです」賢治「浜っ子クラブですか」大三郎「ええ。ねぇ先生、いま川浜高校のラグビー部はスランプでしょう」
賢治「はぁ」大三郎「なのに俺がやることったら、たまに店の料理をあいつらにご馳走してやるぐらいのことで、これじゃダメだ。いざっという時にいい相談相手になるためには、自分たちがラグビーやらなきゃ話しにならねぇ。そう思ったんすよ」クラブ員から「そうだ」と相づちが入る。大助「だけどマスター、何だよそのなりは」
大三郎「お前よ、ラグビーはイギリスが産んだ紳士のスポーツじゃんか。なっ、だからね、まず身だしなみから入んなくちゃ」
賢治「マスター、ラグビーやるならやるでなぜ奥さんに言わないんですか」
大三郎「そりゃいずれ話しますよ。でも今急に言ったってあいつのことだから"ラーメン屋が何がラグビーや。アホかボケ"ってこれでしょうが。それよりね、声かけたら、居るわ居るわ、もうラグビーをやりたい連中が。この人中田さん。本職はね」
中田「八百屋です。住吉通の」賢治は思いだしたように「ああ」と挨拶をした。次々に自己紹介が始まった。
「児玉です。電気工事の仕事をしてます」「郵便局の徳永と申します」「網本です。寿司屋の店員です」
タクシードライバー、印刷工、左官、ペンキ屋、美容師、それは年令も職業も様々な人々であった。巷にこんなにもラグビーを愛する人がいたのか。賢治は胸が熱くなった。
内田工務店の内田勝です。賢治「内田」大助「なんだ内田さんもマスターに誘われて」
勝「ああ。ああ先生、紹介したい奴がもう一人いるんですよ。おいほら」その男は立ち上がりペコリと頭を下げた。
賢治「水原・・・水原じゃないか」水原「どうもしばらくです」賢治「おお」
水原亮。それはかつて賢治を最も手こずらした川浜高校の番長であった。
水原「俺もマスターに誘われて、それでいつか先生言われたことを思い出しましてね」
回想:賢治「水原、今からだって遅くないぞ。お前さえその気になれば、ラグビーだって何だってやれるチャンスはいっくらでもあるんだ。なぁ水原」
賢治「それでお前、いま何やってるんだ」
水原「トラック野郎やってます。先生、俺たち浜っ子クラブのコーチやってくんねぇかな」
児玉「おおそりゃいい」徳永「お願いします」大三郎「無理言うんじゃねぇよ。先生は学校の部だけで手一杯なんだから」
中田「だけどよ、本気でラグビーやるにはよ、やっぱりコーチがいるぜ」「そうだ。そうだよ。お願いしますよ」と皆から依頼される賢治であった。
一同の熱意に打たれ、賢治は浜っ子クラブのコーチをマーク・ジョンソンに頼んでみた。
マーク「喜んでOKします。私の力で日本のスポーツが少しでも、まともになれば嬉しいです」
賢治「じゃあ、マークは日本のスポーツがまともじゃないって言うの」
マーク「スポーツが盛んな国に見えます。スポーツ新聞もたくさん売れてるし。でもどうして日本の選手は学生と実業団と自衛隊の人たちばっかりなんでしょう?」
賢治「そうだね。そう言えばオリンピックでも外国の選手には、大工さんがいたり消防士がいたりするもんね」
マーク「そうです。普通の街の人々がエンジョイする。それが本当のスポーツです」
浜っ子クラブの練習が河原で始まった。賢治と川浜ラグビー部員はランニング中に彼らの練習を目撃した。
橋の上から賢治「マーク」と河原にいるマークを呼んだ。マーク「Oh賢治」大助も参加していた。
大助「よう先生」賢治「おい大助、お前もやってたのか」
大助「今日休みだし、体がウズウズするもんで千葉から飛んできて飛び入りしたんすよ。いいなぁ。やっぱラグビーいいっすね。だけど変なんだよな」
賢治「何が」大助「学校でやってた時よりなんか楽しんだ。じゃ」大三郎「よし、ランパス行こうぜ」
治男「先生行きましょうよ」賢治「いやちょっと見て行こう」矢木「見たってしょうがないですよ。素人の人たちの練習」
大三郎がランパスが上手く出来ずにぼやいた「あーもう、上手くいかねぇなぁ。ほんとに」
浜っ子クラブメンバーの一人が「何とかもう少し上手くなりませんかね」とマークに尋ねた。
マーク「さぁ?確実にミスしない方法が、一つだけあります」大三郎「何だよそれ、教えて欲しいね」
マーク「何もしないことです」「何もしない?」と浜っ子クラブメンバーの一人が聞き返す。
マーク「でもそれは死んでるのと同じことです。生きてて何かすれば、神様でない限り、ミスをするのは当たり前です。人間には失敗する権利があります。さぁドンドンミスをして、伸び伸びとプレーをしましょう」
大三郎「それを聞いたら気が楽になったぜおい。その調子でやろうぜ」
賢治「あの人たちは、心からラグビーを楽しんでる。しかも熱心なのは俺たち以上だ。なぜだと思う・・・。清川、お前は明るくラグビーを楽しんできた。お前ならわかるだろう」
清川「なぜって俺、毎日バイトに追いまくられているし、ラグビーやってるときだけが楽しいから」
練習していた水原は「それじゃお先」とランパスを抜けた。メンバーから「おつかれ」と声が出る。
水原は河原から橋の上にいる賢治に向かって「先生、俺これから盛岡までひとっ走りしなきゃなんねぇから、行くぜ」
賢治「おお気を付けてな」水原「大丈夫、大丈夫。じゃ」とトラックに乗って走り去った。
その時賢治は目から鱗が落ちた思いであった。
賢治「彼らは仕事に追いまくられてて、碌に練習する暇もない。それは清川も似たようなもんだ。それだけにラグビーを楽しんでる。俺たちはなまじ毎日練習できるばかりに、練習がいつの間にか義務になってしまってる。それがスランプの原因だと思う」
浜っ子クラブの練習が終了した。マーク「華の中年ラグビー部は優勝間違いないね」クラブ員は大いに笑った。
賢治「俺は今までお前たちを、気合いが入っていないとしごいてきた。しかし明日からは少々のミスは目を瞑る。いいか初めてラグビーボールに触った感激を思い出して、明日から思いっ切り楽しめ。それでいい」部員一同「はい。やったー」と喜んだ。
清川は練習を追えて家に着いた。
清川「ただいま。しょうがねぇなぁ、そんなとこで寝てっと父ちゃん風邪引くぞ」酔い潰れた父親の世話をやくのであった。
男B「おい、20万はどうなったー」例の暴力団員の3人がすでに上がり込んでいた。清川「無いですよそんな金」
男A「なんだとこの野郎。花園に行けねぇように腕へし折ってやろうかコラ。おらー」と清川の右腕を羽交い締めにした。
男B「金が無きゃな滝沢とかって先公に頼んででも作れ。それにしても散らかってるな。少し整理してやれ」と
タンスなどを倒し、3人は部屋中をメチャクチャにして帰っていった。
翌日の練習試合、ラグビーの楽しむ味を知った部員たちのプレーは目覚ましかった。彼らは見事にスランプを脱したのである。
だがその試合も敗北であった。その原因は、声一つでない清川の目を覆うばかりの不調にあった。
清川「訳って・・・、別にありません」賢治「これでも何でもないって言うのか」そう言って清川の頭部の傷を指摘した。
賢治「板倉組にやられたんだな」
清川「先生、俺、今まで明るく振る舞おうとしてきたけど、もうダメです。こないだあいつらたまにしか来ないって
言ったけど、ほんとは毎日来るんです。あいつらが押し掛けて来るばかりに、弟や妹も死ぬほど辛い思いをしてます。
俺、学校辞めて、どこか別の土地へ引っ越そうと思うんです」
賢治「花園どうするんだ。去年城南工大高に負けたとき、お前も今年こそ全国優勝するぞと誓ったじゃないか。そのために、
どんな苦しさにも耐えてきた。お前その夢を捨てるのか」清川は涙を溢れんばかりに流した。
少年の夢を叩きつぶそうとする暴力に、賢治は怒りを抑えることが出来なかった。
賢治「清川、諦めんな。俺はどんなことがあってもお前を花園に連れて行くぞ」
清川「止めて下さい。花園には、他のみんなと行って下さい」賢治「清川!」
清川「俺のことに関わったら、先生はラグビーどころじゃなくなります。そのためにもし花園に行けなかったら、俺暴力団に
殴られるより辛いです。先生」
賢治「よしわかった。俺は敢えて何もしない」清川「お願いします」部室での話しは終わった。
光男が圭子を連れて自宅に帰ってきた。丁度大三郎は、よそよそしく出かけようとするところだった。
夕子「また出かけるんかな」圭子「あらマスターは女の人のところへ行くんじゃないんです」
光男「ラグビーだよ。浜っ子クラブの練習」
夕子「そらあもうわかっとる。せやから腹立つんやん。この人にな、女が出来たところで、ウチは絶対取り返してみせる
自信あんで。ラグビーじゃ相手が悪いわ。あれん取り付かれたらもうお終いやん」
大三郎「お前なラグビーにやいてんのか」夕子「あんたのためを思って言うてんの。毎日クタクタなるまで働いて、
その上たまの休みラグビーでクタクタになってみ、体持たんで。こないだかてあっち痛いこっち痛い言うて」
大三郎「痛いけど気持ちがいいの」夕子「それがわからへんねん」
大三郎「だからお前はロマンがわかねぇガラッパチだっていうの」夕子「あああああ、どうせウチはなぁガラッパチや」と
手当たり次第に割り箸を大三郎に投げつけた。光男も圭子も大三郎と一緒に逃げまどう。
夕子「人の気も知らんと。行きたかったらよ、はよ引き下がって。あほんだら、どあほ。死んでまえ」
大三郎は逃げるようにして店を出て「女房間違えたかな」とつぶやき走って行ったがすぐに清川と出会った。
清川「マスター」清川「おお」清川「滝沢先生学校にいないんですけど、見ませんでしたか?」大三郎「先生?いや」
清川「大変だー。じゃあやっぱり先生板倉組へ行ったんだ」大三郎「じゃあ例のバクチの金の一件でか」
清川「ええ。あいつら先生に何をするか」
これ以上清川を暴力にさらしてはならない。賢治はそのためには命をかける覚悟であった。
大三郎はすぐさま賢治をバイクで追いかけた。自転車で走っている賢治を見つけると前に割り込んで止めた。
賢治「マスター」大三郎「清川から聞きました。板倉組へ行って何言うつもりですか?」
賢治「清川のところへ二度と来るな。その一言です」大三郎「そんなことを話してね、わかってくれる相手じゃないですよ」
大三郎はバイクのスタンドを降ろして下車した。賢治「だけどやるだけのことはやらないと。じゃ」
また行こうとする賢治の自転車を両手で止めた。
大三郎「いけませんたら。先生は元々血の気が多いほうなんだから。行きゃ大喧嘩になるに決まってます」
賢治「監督が不祥事を起こせば、チームが出場停止になることぐらい私にもよくわかってます。
だからどんなことがあっても耐えます」
大三郎「それじゃ子供たちどうなんですか。花園の予選は目の前なんです。いま先生がケガをしたり、万一のことがあったら
監督無しで戦かわなきゃなんないんですよ。先生一人の体じゃねぇんだから!」賢治「行かして下さい!」
自転車をこぎ出そうとする賢治。大三郎「わかんねぇ人だな」とみぞおちに一発パンチを喰らわせた。
賢治はその場に伸びてしまった。大三郎「すいません。この始末俺が着けますから」とバイクに乗って走り去った。
大三郎は板倉組の3人と歩いていた。工事現場に差し掛かると、現場にいた玄治に呼び止められた。
玄治「よう!どこ行くんでぇ」大三郎「いやーちょっとこの人たちと話しがあってね」
玄治「おお、浜っ子クラブのミーティングか」大三郎「まぁね」
玄治「柄の悪い奴らだなぁ。あんな連中とよ、おお、こんなむごたらしくお腹の出てきたおめえとで、ラグビーチームを
作るには碌なのが出来やしねぇや」大三郎「むごい?随分絡むね今日は」
玄治「しかしおめえも同じじゃないか。冷てえなーどうしてよ、ラグビーチームを作るなら作るで、このラグビー狂の
ワシを誘わねぇんだよ」
大三郎「議員さんは高血圧だろう。ぶっ倒られたらかなわねぇの。ラグビーなんか止めて、ゲートボールでもやってる方が
身のためだよ。じゃな」
玄治「言いてえこと言いやがって、おい!今夜いつもの店に飲みに来いや。とっちめてやるからよ」
大三郎「返り討ちにしてやっからな、そのつもりでいろよ」
大三郎はまるで散歩にでも出るように、歩み去っていった。
そして翌朝。事件を知った大三郎の知人が川浜市立総合病院へ駆けつけた。
夕子「あんたこないなことになるなんて。おたこんこなす、死んでまえ、どあほなんて、二度と言えへん。
そやからきばってよーうなってや」大三郎は目を開けうなずいた。夕子「あんた聞いてたん」
病室に賢治、光男と圭子、大助、清川、水原、マークらが見舞いに来た。
賢治「マスター」大三郎「先生、川浜は今年、全国優勝しますよ」賢治「えっ?」
大三郎「いま夢見たんですよ。花園へ応援に行ったら、川浜の選手が一人残らずトライを挙げる大活躍でしてね。
先生、正夢にして下さいね」
そこへ刑事と犯人の一人が入ってきた。刑事A「自首してきましたので。それから兄貴分二人も逮捕しました」
刑事B「どうしても下田さんにお詫びしたいと言うので連れてきたんです」
男C(役者名:岡本達哉)「俺、俺夕べ・・・」(事件現場のシーンへ)
大三郎「じゃどうあっても、清川んとこかは手を引いちゃ貰えねぇんですか」男A「ガタガタしつこいんだよこの野郎」
男たちはナイフを抜き出し大三郎に襲いかかった。それを交わす大三郎。
大三郎「何しやがんでぇ」次々と襲いかかる男たち。だが果敢に立ち向かう大三郎に男Aと男Bは殴られて力が絶えてきた。
男Cだけがナイフを持ったままブルブルと震えていた。男Bにそそのかされた男Cは大三郎目掛けて突進していった。
大三郎が男Aを殴り倒す直前だったために、男Cの突進を交わすことが出来きなかったのだ。

これを聞いた一同は、怒りと憎しみを殺して男Cを睨み付けた。
男C「俺、後で兄貴に死ぬほど殴られるのが怖くて・・・。すいませんでした!すいませんでした!」男Cは土下座をして謝った。
だが大助は怒りに絶えられず爆発し「すいませんで、済むかよ!!この野郎!」と男の服を掴んだ。
止めに入る賢治や刑事。大助「離せよ!こいつはよ一発殴らねぇと気が済まねぇよ」
清川は隙を見て男を殴った。光男「清川止めろ」と清川を制止する。清川「マスターを、マスターを元の体にしろ!」
病室は混乱状態に陥った。だが大三郎の「清川、止せや」の一言に静まりを取り戻した。
大三郎「おめぇもヤクザの三下なんかやってるとこみると、碌な育ちじゃねぇんだろう」男C「はい。はい」
大三郎「刑事さん、こいつの処分、なるべく軽く済むようにしてやって下さい」男は居たたまれなくなり泣き崩れた。
大三郎「お前、刑が終わったらまともに働けよ。ん」男C「はい、はい」男は連行されていった。
自分の体より相手の気持ちを思いやる大三郎であった。
夕子「あんた、きばってよーうなってや。ほんならな、ラグビーぐらいなんぼでもさしてあげるさかい」
大三郎「おりゃ死なねぇよ。こうやってると公園で初めておめぇの手握ったの思い出すな。おめぇ年取ったな」
夕子「あんたもな」大三郎「ああ。なんだか眠くなってきた」目を閉じた
翌朝、大三郎は静かに息を引き取った。名マネージャー加代の、不慮の死からわずか半年。
ラグビー部は、また掛け買いのない人物を失ったのである。賢治は運命の神を呪った。
大三郎の葬儀が営まれた。棺を抱えた清川は「俺のために、俺のためにマスター!」と泣きじゃくった。
大三郎の死は、賢治の身代わりとなったためである。号泣したいのは賢治も同じであった。
節子「随分大勢の人が、見送りに来て下さってるのね」
甘利「自分を挿した男まで許すなんて、誰にも出来ることでは・・・。あの人は心の大きな人だったんですね」
岩佐「私は思い知らされたよ。偉い人は偉人伝の中にばっかり居るもんじゃなくて、町の中自分の隣にいるものだってことを。
あんまり身近に接してると、人はその偉さに気がつかない」
玄治「その通りだ、その通りだ。あの時何とかしてやっとればねぇ。これからワシは誰とケンカをすればいいんだ」
勝「親爺、マスターが行っちまうぜ」マーク「浜っ子クラブは私がきっと立派に育てます」
節子「いい人だったわね」賢治「ああ・・・。ほんとにいい人だった・・・」
新楽は活気に満ちていた。
夕子「はい広東メンおまちどおさま。熱いから気つけて下さいよ。えーとこちらさんはチャーハンと、おビールですね」
賢治「こんにちは」光男「ただいま」部員「こんちは」夕子「はい、らっしゃい。どないしたん?」
賢治「一日休んだだけで、もうやってるんですか?」
夕子「貧乏暇無しですわ。ハハ。亭主が死んだからいうてね、おまんまは食べていかななりまへんやってんな。
あんたら勉強しに来たんやろ。何してんの?はよ上がりーや。なぁ。はいおまちどおさまでした。何してまんの先生、
はよはよはよ上がって。お客さま迷惑やもん。もっとはよう歩け、ほれほれ」
賢治と部員たちは、勉強に精を出していた。
光男「圭子、何考えてんだ」「お姉さんのことよ。本当に強い人ね。お葬式の時も涙一つ見せなかったし」
光男「強いっていうより、鈍いんじゃないのかな」賢治、部員ら"えっ"という表情で森田に目を向けた。
光男「昔からあの通りのガラッパチでさ、俺姉ちゃんがこれぽっちでも泣くとこ一片も見たことが無いんだよな。
弟の俺がいうのもなんだけど、女としてはちょっとかわい気がないよな」
賢治「森田、口が過ぎるぞ。お姉さんはただ気が張ってるだけだろう」光男「そんなはず無いですって。おい栗原お茶」
栗原「はい」栗原はポットにお湯がないことに気づき、取りに行こうとした。
これを賢治が「ああいいよ。お前勉強してろ」とポットを受け取り調理場へいった。食堂で賢治が見たものは・・・。
夕子が泣いていた。一度も泣いたことのない女が泣いていた。
賢治「夕子さん」
夕子「みっともないとこ見せて、すんません。あの人が死んだ時も、葬式の時も、悲しいのに何で涙出へんのやろ。
思いましてん。昼間何とか気が紛れとるけど、店締めて、一人になったらどうもなりまへん。あれ見ても、これ見ても、
何見ても、あの人が作ったもんばっかりですよってんな。その岡持のへこみさえ、想い出がありまんねん。あののれんも、
毎日洗って取り替える言うて、あの人うるそうしてな。もういいひんのやな。あの人・・・。人が亡くなっても、空耳で声が
聞こえたり、幻で姿が見えるって、よう言いまっしゃろ。そやけどウチ鈍いでんなぁ。あの人の姿なんか見やしやへん。
夢でもええ、幻でもええ、もういっぺんあの人に会いたいですわ。先生、今夜泣かしておくんなはれ。
思いきり泣かしておくんなはれ」夕子は号泣した。
賢治の目は涙が溢れ出さんばかりであった。賢治は泣きじゃくる夕子の肩にそっと手を触れた。
夕子はかれんばかりの声で泣きじゃくった。そして賢治の目からも遂に涙がこぼれ落ちた。
光男と圭子は、いつの間にかこの光景をじっと見つめていた。
翌日、賢治はグラウンドに集まった、練習前の部員たちに言って聞かせた。
賢治「俺は敢えて言いたい。マスターもまた立派なラガーマンだったと。なぜならば、ラグビーをほんとに楽しむことを、
教えてくれた人だからだ。どんなに辛い時でも人を励まし、暴力には、身を持って戦う勇気も、示してくれた人だからだ」
清川「先生、俺、マスターの心をラグビーに活かします」
賢治「そうだ。みんなその心を受け継ごうな」一同「はい!」
賢治「マスターは、お前たち全員が、花園でトライするのを夢に見たそうだ。だがもう応援には来て貰えない。
だからここを花園だと思って、お前たちがどんなふうにトライするのか、マスターに見せてあげよう」
一同「はい!」平山「行くぞー!」一同「おーーーし!」各々練習に散っていった。
賢治は部員らの練習に目を配り、ふと目線を換えると、バイクに乗ったマスターを見た。手を振って応援している姿だ。
賢治「夕子さん見てますよ。マスターですよ」部員らも賢治の見た方向を一斉に見る。みなマスターに向かって走り出した。
それは幻であったろうか。いや、賢治たちはハッキリと見た。今年こそ、全国優勝をと願った、大三郎の心が、
一瞬、形となって立ち現れた姿を・・・。

第24話 花園へ飛べ千羽鶴(脚本:大原清秀 監督:岡本 弘)

大三郎が不慮の死を遂げてから1ヶ月が過ぎた。
口にこそ出さね全員が、大三郎の霊に、数日後に迫った全国高校ラグビー県予選の優勝を誓っていた。
ラグビー部の練習前にOBとして大助がアドバイスを始めた。
大助「いいか、俺が絶対優勝出来るコツを教える。耳カッポジって聞け。それはな、なんたってチームワークが大事だって
ことだ」部員たちはクスクスと笑った。
大助「なんだなんだ、それぐらいわかってますって顔しやがって」
栗原「でもいつもケンカ騒ぎを起こして、チームワークを乱してたのは、大木先輩じゃないですか」笑い出す部員たち。
大助「だからこそ言ってんだ。俺がいた頃、もうひとつチームワークがあったら、花園で優勝出来てたに違いねぇからよ。
いいか、1にチームワーク、2にチームワーク。飯食うの忘れてもチームワーク忘れんなよ。わかったか」一同生返事をする。
賢治は大会の組み合わせ表を指しながら「よーし。じゃちょっとこれ見てくれ。この組み合わせだと、Aブロックから
相模一高が決勝に勝ち上がって、今年も我々と多分対決することになるだろう。一高も県代表の座を取り返そうと必死だ。
しかも名うての勝又監督だ。そう簡単には勝たせてくれないぞ」とハッパをかけた。
賢治が育て上げたラグビー部は、強くなるに従い、いつか全校生徒の注目を一心に集めていた。中でも女生徒の憧れの的は、
主将であり、超高校級のスタンドオフである平山誠であった。
女生徒3人たちは練習中の平山に「平山君サインして。私も。お願い」と駆け寄って来た。平山「ダメだよ俺」
女生徒「どうして?いいじゃない」平山「先生に言われてんだ、スターみたいな真似するなって。悪いな」と戻っていった。
なおも追いかけようとする女生徒たちに、明子と清美が止めに入った。
明子「ダメダメ。あんたたちグランドに入らないで」女生徒「何よ威張っちゃってさ。そうよ」
賢治「平山もほかの部員たちも、最後の調整が必要なんだ。少し遠慮してくれ」女生徒「はーい」
明子「わかった」清美「べーだ」女生徒「何よ、あっ校長だ。ヤバイ」と退散していった。
賢治「校長先生」岩佐「君も色々大変だな」
賢治「はあ、まぁしかしあの子たちも部を応援してくれていることに違いありませんから」
岩佐「でー出来たか」賢治「はっ?えっ?」岩佐「イヤイヤ、仕上がりだ、調子だ」賢治「はぁお陰さまで」
部室では圭子と明子・清美が、折り紙で鶴を折っていた。そこへ練習を終えた賢治と部員たちが戻ってきた。
賢治「おお、千羽鶴か」圭子「ええ。花園に持っていって頂こうと思って」
明子「あたい、幼稚園行かして貰えなかったから習ってないもんね。難しいよ」
清美「一口に千羽って言うけど、いざ折るとなると気が遠くなるよ。ねぇ、手伝って」と部員たちに折り紙を渡しだした。
矢木「本人の俺たちが折ったらなんかおかしくないか」明子「千羽の中に一つずつくらいあってもいいじゃない」
清美「鶴はね、試合でケガしないように守ってくれるんだって」治男「いやだけどさ、どうやんのこれ」
賢治「何だお前たちそんなことも知らないのか。教えてやるから見てろ。こうやって、それからこうやってな」と折りだした。
圭子「先生、それ奴さんですよ」賢治「これで?」とそれを見せると部員一同の笑い者になった。
矢木「ダメな先生だな。ラグビー以外は」またまた笑い者になった。
賢治「ちょっとどうやって折るんだか教えてくれよ」と圭子に頼んだ。
圭子が賢治と部員たちに教えだし、熱中して折りだした。
全国優勝の悲願を込めた千羽鶴。だがその時賢治は、それが無になる危機がラグビー部に訪れようとは、
夢にだに思い及ばなかった。
賢治「おっ出来たぞ。ほら」と鶴の尻尾を持って皆に見せた。
ある日賢治たちは、内田の家に呼ばれた。相模一高の練習をビデオで撮ってきたので、ぜひ見て欲しいとのことであった。
玄治「どうです、よく撮れてるでしょう」賢治「参考なります」
玄治「全国優勝狙うには、憎き相模一高を破らないことにはね。そう思ってね、ワシはもう仕事そっちのけで
撮ってきたんだよ。ワハハハ」賢治「どうもありがとうございます」
ビデオを見ていた賢治は、部員に指導する人間を見つけた。賢治「あの人誰ですか?」玄治「新しい監督らしいよ」
賢治「新しい監督って。じゃあ勝又さんは」玄治「おー知らなかったの?勝又って監督はね、つい最近辞めたらしいよ」
賢治「ほんとですか」部員たちも動揺した。
賢治は勝又に会いに行った。
賢治「なぜですか。なぜ県大会を目の前にして」
勝又「実はウチの中心選手の一人が盗みを働きましてね。それもこともあろうに、同じラグビー部員の持ち物の中から、
腕時計を盗んだんです。選手は、ほんの出来心からだと言ってますし、内輪のことですから、部の出場停止問題までは
発展しませんでした。しかし、私はその卑劣な行為がどうしも許せなかった。将来のためにも厳しい措置を取ってこそ
愛情だと考えました。ですからその選手を退部させました。ラガーマンは、グラウンドの外でもフェアでなければならない。
私は、日頃から口を酸っぱくして、選手たちにそう言ってきました。しかし、その選手には、理解されていなかった。
ショックでした。これは取りも直さず、選手をそんな風にしか育てられなかった私の責任です。ですから私も退陣を
決意しました」賢治「勝又さん」
勝又「正直言ってラグビーに未練はあります。しかし、選手に厳しくするには、監督も己に厳しくなければなりません。
滝沢さん、難しいもんですね。技術も心も、真っ当な選手を育て上げるというのは」
賢治「しかし、あなたを失うことは相模一高にとって、いや、高校ラグビー界にとって大きな損失です」
勝又「いや、それは買いかぶりですよ。私一人が辞めたって、相模一高の力は変わりませんし、他にも強い学校は
たくさんあります。滝沢さん、素晴らしい選手を育てて下さい。県大会期待してますよ」
賢治「勝又さん」勝又「じゃ」勝又は一礼して去って行った。
勝又が率いる相模一高という目標があればこそ、川浜高校ラグビーも成長できたのである。賢治は言い知れぬ淋しさを覚えた。
そんな賢治の気持ちと関わりなく、県大会の幕は切って落とされた。
一回戦、賢治も予期したことであったが、相手校は川浜高校の司令塔である平山に対し、凄まじいチェックをかけてきた。
だが、平山の絶妙なステップワークは、それを上回った。
二回戦、三回戦、平山に対するマークは、更に激しさを加えた。だが、平山の華麗なプレーは益々冴え渡り、川浜高校は快調に
勝ち進んだ。
賢治は光男に大助や部員らを自宅に招き慰労した。
治男は平山に「しかしさ、凄かったよなお前のトライ」矢木「その前のさドロップボール・・・」
平山「いやもういいって、何も俺一人で勝てたんじゃないんだから」部員「俺たちのチームワークに、敵はない」
栗原「先輩、これでも俺たちのチームワークになんか文句ありますか」大助「ない。全然ない」栗原「でしょう」
大助「無いからヤバイんだよな」賢治「いや、大木が言いたいのはな"順調な時ほど、落とし穴には気を付けろ"ってことなんだ」
治男「まあまあ、今日は先生も野暮な説教は無し」
節子「お待たせしました。ドンドン食べて準々決勝も頑張ってね」と大皿料理を運んできた。
光男「圭子、俺が作ったフランス料理だぜ」と持ってきた。圭子「ああ、ちょっと待ってて」
圭子「そこをチョンと曲げて」とゆかりに鶴の折り方を教えていた。
ゆかり「お姉ちゃん出来た」と賢治と節子に見せた。
賢治「おお凄い凄いよく出来たな」節子「ゆかりったら自分で折ったのも一緒に花園に持ってて欲しいんですって」
ゆかり「パパ、花園ラグビー場で鶴さん飛ばしてね」賢治「よーし、きっと持ってくぞ」
明子「矢木君、早く食べましょう。無くなっちゃうわよ」玄関にいる矢木に声をかけた。
賢治「矢木、お前またスパイクの手入れか」
矢木「あっ先生」
大助「しかし、お前の靴はいつ見てもボロっちいなぁ」
光男「給料出たばっかりだから、俺と大木で一足なんとかしてやろうか」
矢木「いえ、これはお袋がパートで働いて買ってくれたんですよ。2年も履いているし、ボロでも俺の足には最高に
ピッタリとくるんですよ」
大助「だけどよ、今のレギュラーの調子を考えたら、試合に出れる可能性はねぇぞ」
矢木「ええ。でもいつ出番が廻って来るかわかりませんし」せっせと手入れをする。
八木淳平。オールポジションをこなせる控えの2年生である。こうした陰の力も、川浜高校快進撃を支えているのだと
賢治は、思いも新たにした。
準々決勝。度々重なるマークに、遂に平山も傷ついた。その平山に容赦なく集中アタックをかけてきた。
平山はいまや、傷つける司令塔であった。平山の変調により川浜高校は、二流レベルの相手に対し、予期せぬ大苦戦に陥り、
互角の競り合いのまま、試合終了時間があと10分と迫った。
応援に来ていた玄治が「大変だ、引き分けだと抽選なんですよね」と校長に言った。
岩佐「あぁそうですか。じゃもうくじ運の強い校長の私が引きましょう」玄治「いやいや、そういうわけにはいかないんです」
岩佐「じゃあれですか、うちの学校が負けるって、負けるってことが、あ・あ・あるんですか?」
玄治「えっええ」岩佐「ある?ある」
賢治「おい、あと何分だ」明子「4分ぐらいです」
相手の激しい攻撃に、ついに平山が倒れた。審判が賢治を呼ぶ。賢治は平山に駆け寄りメンバーチェンジを申請した。
平山「先生、おれまだやれます」賢治「いいからお前来い」肩を担がれベンチに引き上げた。
賢治「矢木、お前行け」矢木「俺ですか?」賢治「そうだ。早くしろ」矢木「はい!」矢木はグラウンドへ走っていった。
平山ファンの女生徒A「ちょっとあれ誰よ」B「滝沢先生どうかしたんじゃない」C「いったいどうなってんのよ」
矢木はトライを2つ揚げる大活躍を見せた。
玄治「平山君と替わった選手、なかなかやりますね」岩佐「やる、やる」女生徒たちは面白くない顔をした。
矢木は見事に賢治の期待に応え、いやその期待以上の働きにチームは猛攻に転じ、遂に相手を突き放した。20-8で勝った。
控え室に戻った2年生の選手は、矢木の活躍に鼻高々だった。矢木はレギュラーの座も取るほど有頂天になっていた。
そこへ平山が戻ってきた。
矢木「あっ先輩、腕のケガはどうですか?」と心配すると平山は、腕を払った。その拍子に矢木のスパイクを投げ飛ばした。
矢木は平山を睨み付けスパイクを拾った。2年生との間に険悪なムードが立ちこめた。
後日賢治は平山を部室に呼んだ。
平山「えっ、俺を当分試合に出さないって言うんですか」
賢治「医者の話だと、無理をすればじん帯が切れる可能性があるそうだ。だから、準決勝のスタンドオフは矢木でいく」
平山「大丈夫です。出して下さい」賢治「ダメだ」
平山「俺は練習で足腰が立たなくなり、階段をはって上がった日もあります。そんな苦労したの一体何のためですか。
花園でプレーしたいからこそ俺は・・・」
賢治「焦るな。お前花園までには必ず回復する。良くなり次第いつでもお前使うって言ってるんじゃないか」
平山「本人の俺が、潰れてもいいと言ってもですか」賢治「そうだ!だから次は矢木でいく」平山「わかりました」
賢治「おい平山」平山は部室を出て行った。この話しを部室の外で部員たちは聞いていた。
出てきた平山に矢木は「平山さん、待って下さい。先生、次は平山さんでお願いします」
平山「矢木、いい格好するな!お前だって本当は試合に出たいんだろう!だがな矢木、2年生のお前にそう簡単に
ポジション渡さんからな」
賢治は自宅に帰りこのことを節子に話した。
節子「そう、平山君がそんなに激しい言葉を」
賢治「ああ、あいつは思ったことをポンポン言うたちなんだ。しかし、あれくらいいい奴もちょっといない。
だからこそキャプテンに選ばれてる。まぁ明日になったら、カラッとしてるさ」
賢治はゆかりの枕元にあった鶴を見て「おおこんなに作ったのか」節子「みんなゆかりが一人で作ったのよ」
賢治「節子。俺にはこの鶴が選手たちに見えるよ」節子「どうして?」
賢治「みんな勝手なほう向いてる。色も形も違う。でもそれが個性なんだ。それをこの一本の糸が繋いでる。
この糸が、チームワークってやつだ。俺たちが培ったチームワークは、少々のことでは壊れないさ」
準決勝の日が来た。部室は出発の支度をする選手たちで賑わっている。
平山「矢木、じゃ今日は俺の分まで頼むぞ」と右手を差し出した。これを受けて矢木は「平山さん」と握手した。
賢治は一安心し「おい早く準備しろ」とあおった。
玄治が部室に入ってきた「オッス、いやはー滝沢君。いやー悪いな仕事の関係でね、応援に行けなくなっちまったんだよ」
賢治「そうですか・・・」玄治「いやー勘弁してくれ。頑張ってくれよ」賢治「はい」
明子と清美も出発の準備に追われていた。そこへ平山ファンの女生徒3人がやってきた。
A「ちょっと頼みあんだけどさ」B「平山君にこれ渡して貰えないかな。平山君、派手なプレゼント受け取らないでしょう」
C「私たち、自分で描いたんだ」A「いまミーティング中でしょう。ついでの時でいいからさ、平山君に渡してくれないかな」
C「お願い」と寄せ書きを見せた。明子は「いいよ」と受け取った。
会場の控え室で騒ぎは起こった。賢治「何!お前のスパイクがない」矢木「はい。いくら捜しても見あたらないんです」
それは大事件であった。ラガーマンにとって使い慣らしたスパイクは、もはや体の一部だからである。
賢治「お前どっかに置き忘れたんじゃないのか?」矢木「いえ・・・ちゃんと車には積んでくれたんでしょう?」
明子「うん。何度も荷物取りに引き返したから、その間に盗られたとしか考えられないよ」
清美「ねぇどうしよう。ほんとに盗られちゃったのかな」
賢治「おいおい、そんなこと詮索してる時間はない。誰か矢木にスパイク貸してやれ」
二宮「おい矢木、お前は俺と同じサイズだ。使え」矢木「ありがとう」
賢治「おいみんなも早くしろよ」
試合は始まった。ラガーマンの足は繊細である。借り物の靴では、矢木のプレーに微妙な狂いが生じた。
矢木の足には、血豆が出来て潰れていた。
相手の不調にも助けられ、川浜高校は準決勝を勝ち抜いたが、チーム内に生じた亀裂に、賢治は不安を覚えていた。
この日、相模一高も決勝進出を決定した。県代表の座をかけ、宿命の両校はまたも相まみえることになるのであった。
後日、賢治は部室に部員全員を集めて言った。大助も来ていた。
賢治「決勝の前に、俺は何としても矢木のスパイクを取り戻してやりたい。矢木、お前ほんとに盗った奴に心当たりないのか」
矢木「はい。泥棒があんなボロ靴持っててもしょうがないと思います」治男「じゃ、やっぱり誰か一般生徒の仕業だな」
明子「でも、みんなラグビー部を応援してくれてるのよ。そんなイタズラするわけがないわ」
清美「ちょっとだって、犯人は部員の一人ってことになるじゃない」
清川「冗談じゃねぇよ。こん中に汚ねぇ奴いねえよな。なぁ」一同「そうだよ」と口を揃えていった。が、
二宮「いるかも知れねぇよな」賢治「おい二宮、いまなんて言った」二宮「矢木が活躍したもんで、ひがんでる人のことです」
賢治「お前ひょっとして、平山のこと言ってるのか。平山はそんな卑劣な真似をする男じゃない」
2年生部員A「だってこの間先生も聞いたでしょう」
平山「だがな矢木、2年生のお前にそう簡単にポジション渡さんからな」
2年生部員B「先輩に失礼ですけど、だから嫌がらせしたとしか思えません」
平山「なんだと!俺はそんな」治男「お前らキャプテンになんてこと言うんだ!」
栗原「そういうこと言うなら俺だって見たんだからな。お前らこの間なんて言ってた」
「この際レギュラーの座を取っちゃえよ」矢木「そうすっか」
二宮「何言ってんだよ。バカ野郎」治男「バカ野郎とは何だ!」と突き飛ばした。
矢木「おい大丈夫か?二宮に何するんですか。先輩面しやがって」と食ってかかった。
賢治や部員が止めに入ったが、平山「止せと言うのがわからんのか」と矢木を殴ってしまった。
矢木「畜生、やりやがったな」今度は平山に殴りかかっていった。2年生は日頃の鬱積を晴らすかのように部室は殴り合いの
収拾の着かない状態に発展した。吊してあった皆の悲願を込めた千羽鶴が無惨にも散乱し、踏みつけられた。
清美「ああ鶴が・・・」
大助は黙っていたが遂に起こりだした。
「てめらいい加減にしろーーーー!!何だよこのザマは。俺がいた頃のチームはお前らより弱かったかも知れねぇよ。
だけどな、こんな醜い争いはしやしなかったぞ。だから俺はくどいほど言ったんだ。チームワーク、チームワークって。
これでもチームワークがあるって言えんのかよ」明子と清美は泣きじゃくっている。
大助「矢木の靴盗ったのはどいつだ。さっさと出てこい。俺がただじゃおかねぇ」
賢治「大木、誰も名乗り出るはずはない。俺はこの中に犯人はいない。そう信じる」大助「先生」
賢治「万一いるとしたら、俺はその部員に言いたい。ラガーマンにとってスパイクは命だ。矢木があの靴を、どんなに
大切にしていたかはわかるはずだ。名乗りでなくていい。今日明日中に、そっとどこかに置いて返しといてくれ。頼む」
だがその日も、翌日もスパイクは返ってこなかった。
練習は続いた。平山は大事をとって練習には加わらなかった。
賢治「平山、どうして1・2年生をランパスに加えないんだ」
平山「言っても無駄ですよ。あいつらもう俺のことキャプテンと思ってませんから」
賢治「おいちょっと待て。お前たちどうして3年生と一緒に練習しないんだ」
二宮「どうせ俺たちはリザーブです。走るだけでいいです」無視してランニングを続けた。
これが決勝に望むチームの姿であろうか。賢治は絶望のどん底に叩き込まれた。
玄治がやって来た。「滝沢君」賢治「内田さん」
玄治「なんだか靴一足のことで、大変な騒動らしいですな。わしゃその犯人を知っとるんです」賢治「えっ!内田さんが」
玄治「ほらこの間、ワシが応援に行けないからってご挨拶に来たでしょう。その帰りに見たんですよ」
賢治「あのこたちが」玄治「スパイクを持っていたかどうかまでは見とりませんがね、あの子たちは平山のファンでしょう。
だから平山に同情して、矢木が憎くくって、やったに違いありません」
その日の午後、賢治は校長室に呼ばれた。
岩佐「滝沢君、君が何だの処置もとらんもんだから、私がこの子たちを呼んどいた。好きに調べたまえ」
女生徒A「あたしたちが何したってのさぁ」賢治「いや僕は君たちに言いたいことは何もないよ」
岩佐「滝沢君」女生徒C「じゃ帰ってもいいんですね」賢治「ああ、行きたまえ」「失礼します」と3人は校長室を出ていった。
岩佐「滝沢君どうして調べないんだ。犯人はあの子たちに決まっとるじゃないか」
賢治「かもしれません。しかしそうだという確証は何一つありません。そうでないという可能性もあります」
岩佐「だから、だから、だからこそどうして調べないんだ」
賢治「しかし万が一、あの子たちの仕業でなかったとしたらどうなります。疑われたというそのことだけで、あの子たちの心は
深い傷を負います。軽々しく疑われただけで、人がどんなに傷つくか、僕はイヤってほど見ました。平山も矢木も・・・」
その時賢治の胸中をよぎったのは、かつての恩師の言葉であった。
「人の心を思いやるということ、それが愛というもんや。相手を信じ、待ち、許してやること」
賢治「もし仮に、あの子たちが犯人だとしても、もう少し待ってやりたいんです。あの子たちの心を信じて」
岩佐「君は刑事にはなれんね。それで矢木の靴が返ってくると思ってるのか」
その当ては賢治にも無かった。
賢治は家に帰り節子に話した。
賢治「節子、俺はもし、犯人がラグビー部員だったら、監督辞めるよ」節子「あなた」
賢治「俺は今になって、初めて、勝又監督の気持ちが、わかるような気がする」
勝又「選手に厳しくするからには、監督も己に厳しくなければなりません」
賢治「お互い疑心暗鬼になっている選手を率いて、どうして勝てるだろう。たとえ優勝できたとしても、
それでどんな誇りが持てるっていうんだ」
節子「でも、ゆかりはパパに、花園に持って貰うんだって言って、毎日一生懸命千羽鶴折ってるのよ。圭子さんも明子さんも
清美さんも折り続けてるんでしょう。このままではその苦労も無駄だって言うの」
後日練習の支度を整えに平山は部室に入った。まだ誰も来ていなかった。ふと椅子の上を見ると袋が置いてあった。
平山が手に取り中を開けると、スパイクが出てきた。矢木のスパイクだ。そこへ賢治と部員たちが入ってきた。
賢治「平山、何してんだ」平山は後方からする声に、スパイクを持ったまま振り返った。
矢木「あぁ俺の靴だ」
平山「おい勘違いするな。俺は肘の具合がいいんで、練習しようと思って来たら、そこんとこにあったんだ」
二宮「丁度返そうとしてたところなんじゃないんですか」
平山「違う。俺は・・・」と賢治の顔を見た。
賢治は平山を信じた。だが咄嗟に弁護すべき言葉が浮かばなかった。
栗原「平山、見損なったぞ。俺もお前が現にそのスパイクを持ってるのを、いま見たぞ」平山「栗原・・・」
治男「顔も見たくねぇや」栗原「行こうぜ」
「待って!平山さんを、平山さんを責めないで。あたしたちだよ、あたしたちが盗ったんだ」と例の女生徒たちが入ってきた。
賢治「君たちが・・・」女生徒「先生、何もかも話すよ。この間さ、あたしたち平山君へのお見舞いを明子たちに渡したんだ。
でもちゃんと渡してくれるかどうか気になって見ていたらさ・・・」
明子は荷物をたくさん抱え、女生徒から受け取った寄せ書きを脇に挟んだ。荷物を持ち直した時にこれを落としてしまい、
その上に無意識のまま踏んでしまった。これを見た女生徒たちは、道具管理はマネージャーの責任だから、顔を潰してやろうと
バスに乗り込み無造作に矢木のスパイクを盗ったのである。
女生徒たちは校長室を出た後に、校長と賢治の話しを聞いていた。
賢治「もし仮に、あの子たちが犯人だとしても、もう少し待ってやりたいんです。あの子たちの心を信じて」
女生徒「先生の言葉が胸に浸みちゃって」
賢治「それでここに返しといてくれたんだね」女生徒「先生、すいません」女生徒らは泣き出した。
賢治「いや正直に言ってくれて、ありがとう」
二宮「先輩。俺たち先輩に、なんてお詫びしたらいいか」部員「てめえら。てめえらのお陰でな、俺たちは先輩に疑いを・・・」
明子「止めて。忙しくて、寄せ書きのことなんか忘れてたあたいたちのせいだよ」
清美「殴るんならあたいたちを殴ってよ」
平山「いや、悪かったのは俺だ。考えてみれば俺は、一生懸命やってくれた矢木に、ご苦労さんも、よくやったの一言も
かけていない。そんな俺の心の狭さが原因なんだ」
矢木「先輩、それは違う。俺だって碌なプレーもできないくせに、いい気になりすぎてました。
やっぱりレギュラーになりたくて」
平山「何も言うな。矢木、これからも俺に万が一のことがあったら、後は頼むぞ」
矢木「先輩」二人は固い握手を交わした。
大助「なんだよこりゃぁ。心配で千葉から駆けつけみりゃぁ、お前ら謝りゴッコかよ。帰んな」と女生徒たちに言った。
女生徒たち「どうもすいませんでした」と相変わらず泣きながら部室を出て行った。
大助「だけどよ、今度のゴタゴタの責任は誰かにあるに違いねぇんだ。そいつは誰だ・・・。先生は誰だと思う?」
賢治「それは・・・俺だ」大助「先生・・・」
賢治「俺は普段から、チームワーク、チームワークって、お前たちに言ってきた。だが監督の俺が、本当の意味での
チームワークをお前たちに伝えてやることが出来なかった。それが原因だと思う。隣を見ろ。隣にいるのは人間だ。
俺も含めて、誤解もすれば、ヘマもやる。欠点だらけで自分勝手な人間なんだ。俺たちは基本的にバラバラだ。
しかしバラバラでも、こうやって手を繋いでると、お互いの手から、ジンジン伝わってくる何かがあるだろう。
一つくらいは共感できる糸が、一本あるんだ。それは俺たちにとっては、ラグビーだ。ラグビーを愛する心だ」平山「先生」
賢治「うん。赤の他人の俺たちを繋ぎ止めてる、細い一本の心の糸。それだけは、どんなことがあっても二度と見失うまい。
それがチームワークだと思う。お互いに欠点があっても、信じ抜く、心を一つにやっていこう」部員一同「はい」
県大会決勝戦。そこには、負傷癒えて復帰した平山の勇姿があった。この試合に於いても賢治は不調のバックスの一人に
換え、好調の矢木を起用した。選手交代に当たり、あつれきはもはや無かった。
川浜高校の勢いに引き替え、相模一高には昔日の強豪の面影はなかった。
試合は川浜高校の圧勝であったが、賢治は寂しかった。勝又の率いる相模一高と戦いたかったのである。

試合後、賢治はスタンドに残っていた勝又の元へ行った。
勝又「縁が切れたとはいえ、決勝にかけた選手たちが負けるのを見るのは、辛いもんですね」
賢治「勝又さんが監督なさってたら、ウチが負けたかも知れませんよ」
勝又「イヤそんなことは・・・。川浜高校は、県代表に相応しい立派なチームです」
賢治「勝又さん、学校も辞められて郷里に帰られるって聞きましたが、どうなさるんですか?」
勝又「私の家は、青森でリンゴ園をやってましてね。前から親爺が"帰れ帰れ"って言ってたんですよ。
青森でリンゴ園やりながら子供たちにラグビー教えます」
賢治「頑張って下さい」
勝又「滝沢さん、全国優勝の夢は、遂に私も果たせなかった。花園でその夢を叶えて下さい。頼みます」
賢治「勝又さん・・・・・」二人はガッチリと固い握手を交わした。
先生と生徒、節子や玄治ら大勢が出迎える中、賢治と選手たちが学校へ引き上げてきた。
玄治「万歳、万歳、万歳」と大はしゃぎ。
ゆかり「パパ、おめでとう」賢治「ありがとう」ゆかり「花園でも勝ってね」と千羽鶴を渡した。賢治「よし、わかった」
岩佐「やった。よくやった」賢治「どうもありがとうございます」
一女生徒「先生、花園持っていって下さい」と千羽鶴が手渡された。
賢治「ああそうか。ありがとう。どうもありがとう」
例の女生徒たちもたくさんの千羽鶴を手に「先生、私たちも徹夜で作ったんだ。先生、花園に行くとき持ってって下さい」
賢治「おお、ありがとう。ありがとう」賢治は選手たちに向かって
「みんなよくやった。ご苦労さん。しかし我々は、まだ目標の第一歩を踏み出したに過ぎない。我々の目標とは何だ」
平山「花園です。花園で勝つことです」
賢治「そうだ。花園で勝つことだ。お前たち自信のためにも、ここまで暖かく見守ってくれた人々全てのためにも、
この千羽鶴を花園に飛ばそうな」部員一同「はい!」賢治「よし!」
応援してくれた人々に全員で「ありがとうございました」と礼を言った。
花園が賢治たちを待っている。花園・・・。それは青春が永遠に、熱き火花を散らす、戦場である。

第25話 「微笑む女神」(脚本:長野 洋 監督:江崎実生)

川浜高校が全国大会への2年連続出場をかけて、宿敵相模一高と対戦した時、一高のベンチに勝又欽吾の姿はなかった。
勝又は予選の始まる直前に、部員の一人が引き起こした不祥事の責任を取って辞任していた。
それは賢治にとっても、例えようもなく淋しい出来事であった。
川浜高校は、常に相模一高を、勝又の率いる相模一高を破ることを目標に、ここまで力を付けてきたのだ。
試合は川浜の圧勝に終わった。
勝又「滝沢さん、全国優勝の夢は、遂に私も果たせなかった。花園でその夢を叶えて下さい。頼みます」
賢治「勝又さん・・・・・」

花園行きを目前に控えて、空くこと無き猛練習が続いていた。その中で賢治はコーチのマーク・ジョンソンと相談の上で、
ある大胆な試みを行った。
予選に於いて、負傷したキャプテン・平山に代わって大活躍した矢木を、フォワードにコンバートしたのである。
全国大会の直前になってこの試みは、一件無謀とも思えたが、賢治は矢木のズバ抜けた体力と、旺盛なファイトを
高く評価していた。
光男「おい!もっと腰落とせ」勝「ほらもっと押せ押せ、おら」練習を見学している、二人から声が掛かる。
矢木はたちまちフォワードの中に溶け込み、コンバートは成功したかに思われた。
だが、肝心の平山の負傷は、まだ完全に癒えていなかった。
勝「おい、平山の足大丈夫なのかな」光男「俺もそれが心配なんです。なんたってあいつはチームの要ですからね」
勝「やっぱり、矢木をリザーブに残しといた方がいいんじゃないのかな」 
だがその時、賢治はすでに腹をくくっていた。チームの大黒柱である平山を欠いて、全国大会の優勝はあり得ない。
平山が潰れた時は、川浜高校が試合を失うときだと。
練習中に平山が足を引きずった。清川「おい大丈夫か」平山「平気、平気。ヘイ行くぞ!」清川「おーっし」
不安材料はまだ他にもある。
栗原がタックルを受けて転倒した。治男「おい栗原、またやったのかお前」
チーム随一の俊足栗原が、この時期に来てしばしば右肩を脱臼するようになった。
栗原はマネージャによって、肩を入れて貰い練習を続けた。
明子「あたいたちも上手くなったもんね。将来整形外科のお医者さんになるかな」
清美「何呑気なこと言ってんのよ。もし試合の最中に外れたらどうすんのさ」
玄治「おーやっとる、やってる。いやー結構、結構。ハハハハ」勝「親爺どうしたんだよこんな時間に」
玄治「壮行会の打ち合わせだよ」勝「壮行会?まだまだやることは一杯あるんだよその前に」
玄治「そんなことはわかってるよ。しかし今年は何が何でも、優勝してもらわねばいかんのだよ。だから壮行会は
ワシの手でな派手に、パーッと、パーッとやるんだよ。馬鹿者。ハハハハハ。フレー、フレー、カ・ワ・ハ・マ」
内田玄治のみならず、周囲の期待はすでに全国大会における"優勝"の二文字に絞られていた。
無論それは、ラグビー部全員の悲願でもあった。
1月7日。それは全国大会の決勝戦を意味していた。その決勝戦に於いて、あの城南工大高を打ち破って
全国制覇を成し遂げることが、今や彼らにとって唯一の目標となっていたのだ。
しかし、その期待が膨らめば膨らむほど、賢治の不安もまた増大していた。
負傷しているのは、平山と栗原の他にまだいた。いや大げさに言えば、チーム全員がどこかに故障を持っていた。
その中で優勝という十字架を負わされた彼らが、果たして平常心を保ったまま戦い抜くことが出来るであろうか。
滝沢賢治の眠れぬ夜が続いていた。
翌日、マークやOBたちに後を任せて、賢治は生まれ故郷へ飛んでいった。
藤山「滝沢君」賢治「先生」
藤山洋一。賢治の中学時代の恩師である。
賢治「どうも、お久しぶりです。すいません、こんな寒いところに」
藤山「いやいやいやいや。私は浜育ちやからね、海の風邪はいつ吹かれてもええもんや。で、私に相談というのは・・・」
賢治は藤山から目をそらしてしまった。
藤山「眠れんようやな。全国大会のことで頭が一杯になって、夜もろくろく眠れん。そうやないかのかね。ハハハハ・・・」
賢治「先生・・・・・」
藤山「滝沢君、何をそんなに悩んでおるんや。君はやるだけのことはやった。あとはもう結果など心配せんと、
君の愛する子供たちを信じてやればええんや」
今賢治の脳裏に、鮮やかに甦る記憶があった。
藤山「いいか、愛とは相手を信じ、待ち、許してやること。わかるか賢治」
賢治「信じ、待ち、許す。そうですね先生」
藤山「そうや。信じ、待ち、許せ。私が君に言えることはそれしかない」賢治「先生・・・・・」
目から鱗が落ちた思いで川浜に戻った賢治は、更に大胆な作戦を打ち出した。
賢治「いいか、俺たちが順調に勝ち進んで決勝で、ひょっとしてその前に当たるかも知れないが、城南とぶつかったと
仮定した場合、お前たち一人一人の力を分析すると、残念ながら城南にはまだ僅かに劣っているということを
認めざるを得ない。じゃその弱点をどうやってカバーするか、答え簡単だ。1対1で負けるのなら、2対1で掛かればいいんだ。
これはラグビーだけに限ったことじゃないが、試合中お前たちには必ずマークする相手がいるな。そのマークを忠実に
守るってことが、基本であることに変わりはないんだが、場合によっては自分のマークを捨てても、負けているところに
応援に行くんだ」
清川「でも先生、もしそれで失敗したら・・・」
賢治「そうだ。もし失敗したらもろに穴が空くな。つまりこいつはセオリーを無視した捨て身の作戦だ。
それでもやらなきゃならん時がある。城南に勝つためには、それぐらいの覚悟が必要だ」
平山「先生の言う通りだ。失敗を恐れていたんじゃ、何もできない。そうだろう」
矢木「よーし。一丁やってみますか」
平山「試合中は出来るだけ俺が指示を出す。だが場合によっては、お前たち一人一人の判断で自由に動いてくれ。
責任は俺が持つ」
部員一同、平山の意見に賛成した。
これがかつて、個人技に走るあまりに、キャプテンの職責をいやがった同じ平山の姿であろうか。
賢治の胸に、勝利への確かな手応えが込み上げてきた。
更に出発の前日、賢治は部員たちの心を、より強い絆で結ばせるため、ある試みを行った。
それは寺院で、うちわ太鼓を叩くことだった。部員からは昔じみた試みに疑問や文句が出てきた。
賢治「文句を言うな。この太鼓の音が揃わないようじゃ、お前たちの心が一つに纏まってるとは言えんぞ」
賢治は黙想を唱え、部員たちはうちわ太鼓を叩き出した。
この試みは、現代っ子の部員たちには、すこぶる不評であった。あくびをする者、足を崩す者など多く見受けられた。
だが、時が経つにつれて・・・・・
清美「あれ?太鼓の音一つになっちゃったね」明子「みんな居眠りしちゃって、先生一人で叩いてるんじゃない?」
外で待っていた二人は不思議に思い、そっと覗いてみると全員の太鼓音が一つになって響いていたのだ。
それは正に全員の心が、一つの太い絆で結ばれた証明であった。また一つ賢治の心に勝利への確信が深まった。
だがその夜、思いがけぬアクシデントが起きた。
賢治はサイレン音に目を覚まし、窓を開けて見た。
節子「火事?」賢治「ああ」節子「どの辺りかしら?」賢治「おい、あれクリーニング屋の方向じゃないのか?」
節子「クリーニング屋さん?」賢治「ジャージをクリーニングに出してんだ」節子「何ですって」賢治「ちょっと行って来る」
賢治はその方向へ走り現場に到着した。
賢治「燃えてるのどこですか?」尾本「先生」賢治「おお尾本」尾本「吉村クリーニング店が丸焼けだ」
賢治の不吉な予感は的中した。
翌日、関係者はグラウンドに集合した。
甘利「火事ですか」柳「ジャージ焼けちゃったんですか?」
賢治「ええ、ほんの2・3着焼け残ったのがありますが、それでもこの有様です」と焦げたジャージを見せた。
光男「ひでえよな」玄治「試合は裸でやるつもりかね」清美「だから、だから私たちが洗えばよかったのよ」
明子「あんまりだよ。せっかくの全国大会だから、たまにはクリーニングに出した方がいいって、
無理して部費のやりくりまでしたのに」賢治「泣いても始まらん」
その時、尾本「先生!クリーニングの吉村さんが・・・」と店主を連れてきた。
吉村は土下座をし「申し訳ありません」と謝罪した。
勝「申し訳ないで済むと思ってんのか!!」矢木「俺たちのジャージどうしてくれんだよ!!」とつかみかかった。
賢治「止めろ!誰も火事を出したくて出した訳じゃないんだ」
光男「だけど先生、このジャージはイソップが勝つことを祈ってデザインしたもんなんですよ!」
奥寺浩。イソップとあだ名されたラグビー部員の顔を知っているのは、現役の中ではもういない。
だが、病弱な体に鞭打ちながら誰よりもラグビーを愛し、誰よりもひたむきに短い人生を駆け抜けていったこの少年の話は、
川浜高校ラグビー部に籍を置く者全ての知るところであった。
そして昨日まで、彼らが胸に着けていたライジングサンのマークも、イソップがデザインした物であることを。
イソップ「毎朝海から昇る太陽を見ているうちに思いついたんです。僕らもこの太陽のように真っ赤に燃えて昇っていきたいと思って」
賢治「イソップ・・・」
吉村「申し訳ありません。本当に申し訳ありません」
玄治「あんたね、いくら謝って貰ってもね、もう手遅れなんだよ。この連中はね今日花園に発つ予定だったんだよ。
一体どうしてくれるんだ。あっ!」
吉村「許して下さい。許して下さい」と土下座し続けた。
甘利「先生、僕らで手分けしてスポーツ店を回りましょう」柳「スポーツ店?」
甘利「ええ、どこかに揃いのジャージを15着以上持っている店があるかも知れない」柳「そうね」
玄治「無理ですね。ここら辺りじゃそんなものを揃えてある店なんて、1軒もありませんからねぇ」
賢治「ジャージならあります」玄治「何だって」賢治「ジャージならあるんですよ」賢治は突如走り出した。甘利「先生・・・」
賢治が向かったのは部室である。ロッカーを探し、大きな布袋の中から赤いジャージを見つけだした。
一同も賢治を追って部室に駆け込んできた。
尾本「これは俺たちの」光男「ほんとだ」勝「まだあったのか」
賢治「そうだ。こいつはお前たちの時代に着ていたジャージだ。見ろまだ十分使えるぞ。みんな花園にはこいつを着ていこう」
玄治「じょ、冗談じゃありませんよ。こいつはあんた、相模一高に109対0でボロ負けした時のジャージじゃないの。
そんな物縁起でもないこった」
賢治「いやこれでいいんです。あの敗戦の中から新しい川浜ラグビー部が生まれたんです。
あの屈辱の大敗があったからこそ、我々はここまでやって来ることが出来たんです。そうだな森田」光男「はい」
賢治「こいつは、初心に帰れっていう神のお告げかもしれん。みんな、花園にはこの赤いジャージを着て戦うぞ」一同「はい」
清美「任せといてあたしたちで洗うから。明子」明子「よし!やったろうじゃないの」
吉村「私もお手伝いさせて下さい」玄治「何を言ってんだ。あんたんとこは丸焼けになっちまったんだろう」
吉村「いや手で洗います。せめてもの罪滅ぼしに。手の皮擦りむけるまで、一枚一枚、心を込めて洗わせて頂きます」
賢治「吉村さん、よろしくお願いします」と頭を下げた。
ジャージはマネージャー、吉村、節子らに手分けされた。圭子も明子らの手伝いにやってきた。
圭子「やってるわね」明子「圭子さん」圭子「どれ私も、さぁ換わって」清美「いいんですか?」
圭子「当たり前でしょう、私だってマネージャーのお手伝いしてた時もあったんですもの。さっ」
明子「でも、大財閥のお嬢様に・・・」
圭子「何言ってんの。それにこんな時加代さんが生きてたら、きっとどこからも飛んできたと思うわ。
さっ泣いてる場合じゃないわよ」
こうして洗われたジャージは部室に届けられた。
賢治「みんな本当にありがとう」一同「ありがとうございます」
賢治はジャージの一件をイソップの墓に報告に出かけた。
賢治「お前が折角デザインしてくれたジャージだったが、そいつを着て花園で戦うことが出来なくなってしまった。
勘弁してくれ。だがなイソップ、お前がライジングサンに託した精神だけは、俺たちは決して忘れはしない。
今度のジャージは、少し色は褪せているが赤だ。そうだ、あの燃える朝陽の赤だ。イソップ、お前の後輩たちが、
そいつを着て、花園で戦う姿を見ていてくれ。俺たちは、必ず、必ず優勝旗を持って帰ってくるからな」
翌日、予定より一日遅れて花園へ向かった。斯くて全国大会の幕は切って落とされた。
教師たちも気を揉んで学校に集まった。
竹村教頭「おお決まったかね」三上「ええ。ウチはBブロックですよ」竹村「Bブロック?ということは・・・」
野田「当然Aブロックから勝ち上がってくんのは、城南工大高でしょう」
江藤「ということは、国体の仇討ち合戦ってことになりますな」
甘利「まだまだ、その前に倒さなきゃならない強敵が一杯いますよ」柳「そうですよ。油断は禁物ですわ」
江藤「そりゃそうですよ、決勝行く前に転けたら何にもなりませんよ」
野田「江藤先生」江藤「え?」野田「そんな転けるなんて縁起でもないこと言わないで下さいよ」
竹村「で、ウチの第一回戦はいつかな?」
花園では熱戦が繰り広げられていた。
シード校として、一回戦を不戦勝で通過した川浜高校は、すでに始まった熱戦を横目に見ながら、
近くのグラウンドを借りて普段通りの練習に励んでいた。
この練習を一人の男が見ていた。遠征宿泊先の主人・吉田である。吉田はラグビーの激しい練習に感動していた。
吉田は旅館へと戻っていった。
吉田の女房・ふさ「あんた。この忙しい時にどこほっつき歩いとったんや。あんた。ラグビー?ほんならあんた花園まで
行ってたんかいな」
吉田「ちゃうがな。川浜高校のな、練習見て来たんやがな」女房「何でまた」
吉田「あのな去年な、あの子らがここへ来てくれた時から、不思議や思ってたことがあってん。
あのラクピーの選手ちゅうのはな」ふさ「ラクピーやのうて、ラグビー」
吉田「あのその選手な、なんであない派手にケガするんかいな思うてたんや。あれ普通の人間やったら、
コロッと逝ってまうか、ようても入院やで」ふさ「ほんで」
吉田「ほんでなふさ、あのラクピーちゅうのはな」ふさ「ラグビー!」
吉田「あのな、とにかくやで、あれスポーツとか生優しいもんちゃうわ。あれ戦や、戦争やで」ふさ「ほんで!」
吉田「ワシな、昔海軍の航空隊の整備兵やってたやろ、せやからな、特攻隊の出陣を見送るような妙な気持ちになってきてん」
ふさ「あんたって・・・」吉田「せやからな、盛大美味いもん食わして、精つけさせたらなあかんで」
ラグビー部の練習はまだ続いていた。
平山「ハイストップ。いいか矢木。モールやラックでボールを取るだけじゃダメなんだよ」矢木「は?」
平山「取った後が大事なんだよ。折角ボール取ったんだから、生卵でも渡すようにそっと渡してくんないか」
矢木「生卵ですか?」平山「ああ、実践じゃなかなか難しいと思うけど」矢木「はいわかりました。やってみます」
平山「よし、じゃ今のプレーもう一回やってみよう」
ここへ来て、練習中賢治の口数がめっきり少なくなっていた。口を出す必要がないほど、選手たち個人個人がプレーを考え、
研究しあうようになってきたのだ。
練習を終えて旅館に戻った賢治は「みんな、いよいよ明日第一戦だな。楽しみだろう」一同「はい」
賢治「だが相手を甘く見るな。向こうは負けて元々だと思って、死にものぐるいで掛かってくるのに違いない。
いいか、絶対に手を抜くな」一同「はい!」
賢治「これが最終戦だと思って、思いっ切り戦うんだ。トーナメントは一度負けた最後、もう後がないんだぞ」一同「はい!」
賢治「明日から、川浜ラグビー部の新しい歴史が始まる。その川浜ラグビー部の歴史を作るのは、お前たちだ。いいな」
12月30日。赤いジャージに身を包んだ川浜ラグビー部の、猛進撃が開始された。
川浜高校は、対戦相手の長浦北高校を、実に62対0で一蹴し、三回戦へと駒を進めた。
そしてその日は、奇しくも城南工大高が初登場する日でもあった。
江藤「やっぱり城南も勝ちましたか」甘利「ええ、後半ちょっと苦戦したようですけどね。それでも39対14ですからね」
野田「やっぱり強いですねぇ」竹村「んー」学校にいる教師たちも心配していた。
1月1日。第三回戦。川浜高校対南陵商高、51-0。城南工大高対熊野工高、60-0。
1月3日。準々決勝。
二回戦、三回戦と快勝した川浜高校は、準々決勝において、東北の古豪、秋河工業と対戦した。
この試合に於いて、川浜高校はチームの要である、平山を徹底的にマークされ大苦戦に陥った。
16対10。正に薄氷を踏む思いの勝利であった。
一方城南工大高は、初戦こそやや苦戦したものの、以後は圧倒的な強さを発揮し、楽々と準決勝に進出した。
城南工大高対瀬戸二高、36-0。
1月5日。準決勝。川浜高校対黒沢工高、28-10。城南工大高対大分鶴高校、37-0。
決勝戦は予想通り、川浜高校と城南工大高の、因縁の対決となった。
1月6日。山城元校長が遠征先の宿舎を訪れた。
節子「校長先生」山城「いや、あーどうも。みんな元気があってなかなかいいぞ」玄治「いやーこりゃどうもわざわざ」
山城「どうもしばらく。光男、勝。いやーやっと暇を見つけてね、ちょっと苦戦してるようだな」
賢治「はぁ、申し訳ありません」山城「いや、君が謝ることはないよ」
玄治「はは、何ねぇ愛嬌、愛嬌。明日はね、みんなで勝利の乾杯間違い無しですわ。なははははっ」
光男「いい気なもんだぜ。みんな平山のケガのことで心配してるっていうのによ」
圭子「止しなさいよ。内田さんだって本当は心配でたまらないのよ」
圭子の言葉通り、この場に居合わせた全員がキャプテン平山の負傷を気遣っていた。
準々決勝に於いて、秋河工業の集中攻撃を受けた平山は、左足の古傷が悪化し、準決勝に於いても動きが極端に悪くなり、
苦戦の原因となっていた。
マネージャーは平山の治療に当たっていた。
清美「氷持ってきたわよ」明子「あっサンキュー」平山「すまん。迷惑かけて」
清美「何言ってんのよ。これが私たちの仕事なんだから」明子「そうよ、それにこの足で明日も、活躍して貰わなきゃね」
マークも遠征先の宿舎にやって来た。
マーク「ハーイ。みな元気ですか?」一同「うーっす」賢治「マーク、君も来てくれたのか」
マーク「勿論。みな楽しくやってますか?」玄治「こんな時に何が楽しくだ。あの外人日本語がよくわからないのじゃないか」
勝「ペラペラだよ」玄治は天を仰いだ。
賢治「よーし、みんなそろそろ寝ろ」一同「はーい、おやすみなさい」山城「おやすみ。ゆっくり寝るんだぞ」
光男「頑張れよ」圭子「じゃ私たちも」節子「そうね、ゆかりお部屋行きましょう」ゆかり「パパおやすみ」
賢治「ああおやすみ」光男「先生、明日期待してますよ」山城「じゃ私もこれで」
玄治「いやーみんな引き上げちゃうのかね。これからパーッと盛り上がろうと思ってたのに」
勝「親爺、盛り上がるのは明日の試合の後でいいんだよ。オラッ。先生、明日頑張って下さい」
賢治「あっありがとう」山城「じゃおやすみなさい」玄治「ああわかったよ。勝、部屋で飲もう」
賢治「マーク・・・」マーク「Don't I.賢治心配ないよ」賢治の心配は頂点に達していた。この時電話が掛かってきた。
賢治「はい滝沢ですが。東京から?もしもし・・・あっ大北先生」
それは紛れもなくオールジャパンの元監督、大北達之助の声であった。
大北「賢治、明日の試合はな、お前が勝つと信じれば勝つ。いいな、まずお前が信じることだ。
忘れるな、信は力なりとういことを」
賢治の脳裏に、鮮烈な記憶が浮かび上がった。
大北「その勇気の源は、使命感であり、仲間への連帯感、使命感と仲間を信じる心から奇跡は生まれてくるのだ」
大北「いいな、まずお前が信じることだ」賢治「はい」
1月7日。決戦の朝が訪れた。
旅館を出て行く選手たちに
ふさ「あっちょっと、ちょっと待っておくんなはれ。何してんにゃあの人・・・。最後の日やってのにお見送りもせんで」と
玄関から奥へ走っていった。
吉田「ふさ、今晩のおかずな、鯛のお頭付きやで」ふさ「鯛の?」吉田「高いちゅうのこと言わさへんど。ええな」
ふさ「へぇ、決して文句は申しません」
部員らはバスの乗り込みだした。
光男「頑張れよ」山城「ファイト」玄治「ワシらもすぐ追いかけて行くからな」
治男「行ってきます」矢木「頑張ります」最後に賢治が乗ってバスは出発した。
「フレーフレーカ・ワ・ハ・マ」と見送りの関係者全員でエールを送った。
近鉄東花園駅に丸茂が姿を見せた。丸茂は駅員の帰りは混むとのアナウンスを聞いて帰路の切符を買った。
大助が後ろから丸茂の背中を叩いた。
丸茂「大助、お前よく来られたな」大助はそれには答えずに、丸茂の手から切符を取り上げ、破いて捨てた。
丸茂「おい、何すんだよ」大助「今夜は旅館で先生と飲み明かすんだ。こんな物いるか」丸茂「おいちょっと待ってくれよ」
大助らは花園ラグビー場に到着した。スタンドで森田を見つけると声をかけた。
大助「先輩」光男「おう大助。お前も来たのか」大助「親父さん連れてきたんですね」
光男「ああ。この決勝戦だけは、ぜひ見せたいってつうてな。姉さん今から泣いてちゃしょうがないだろう」
夕子「アホ。泣いてんやない。あんまり寒いよって、鼻水出てるだけや」
山城とマークも追いかけてきた。マーク「今日、パパ勝つからね」ゆかりはVサインを見せた。
川浜高等学校教諭・同ラグビー部監督滝沢賢治は、その前夜一睡もしていなかった。
それは、高校ラグビーの頂点を決する戦いを、翌日に控えた興奮からではなかった。
川浜高校に赴任以来、今日までの様々な想い出が、寄せては返す波のように、賢治の脳裏を駆け巡り、
眠りを奪い取ったのだ。とうとうここまで来た。賢治は胸の中でそうつぶやいた。とうとう、よくぞここまで来た。
賢治は今、前夜掛かってきた大北の言葉を噛み締めていた。
大北「いいな、まずお前が信じることだ。忘れるな、信は力なりとういことを」
「信は力なり」賢治は再び胸の中でつぶやいた。そうだ子供たちを信じることだ。
これから始まる戦いの中で、どこまで子供たちを信じ切れるかだ。それは賢治にとっても大きな賭けであった。
賢治「平山、足大丈夫か?」平山「大丈夫です」
大丈夫なはずはなかった。並の者なら、即入院の重症である。
平山「本当に大丈夫です。俺一人でラグビーするんじゃありません。みんな一緒です。先生も、先輩たちも、
一緒に戦ってくれるんですから」
賢治「平山。よーし、みんな集まれ」部員一同「オッス」
賢治「見てみろよ、大勢入ってるじゃないか。あそこにはテレビも来てるぞ。お前たち、こんな大勢の中で
プレー出来るなんて、お前たちはほんと幸せもんだ」部員一同「はい!」
賢治「よし、手繋ごう」部員一同「はい!」
賢治「いいか、こんな恵まれた時間はまたと無いぞ。力一杯お前たちのラグビーやって来い。
一時間、思いっ切りラグビー楽しんで来いよ!」
部員一同「はい!川浜ファイト!」選手たちは合戦場へと散って行った。そして、審判のホイッスルが鳴り響いた。
運命の一時間の始まりであった。

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