明け方。
眠れずに過ごした夜明けに、たまらなく淋しくなった。
アイツがいた時にも、この時間まで一緒に過ごすことなんて稀だったはずなのに。
『俺、やめるから』
アイツが言った言葉。
冗談だと思ってた。
また、いつものことだって。
アイツはいつも、機嫌が悪くなると口癖みたいに言ってたから。
「いまさら・・・・」
ホントに居なくなるなんて。
傍にいるのが当たり前になってて、近過ぎて見えなかったのかもしれない。
誰がいなくなっても自分には関係がないと思っていた。
俺にとって大事なものはたったひとつで。
それ以外のものは全部、とっくの昔にひび割れて空っぽになってしまっていたから。
からっぽの空洞を誰が通り過ぎようと、ひとつだけを守っていれば俺は俺でいられた。
誰も埋めることは出来ないはずの場所を、俺はいつのまにかアイツで満たしていたのだろうか。
身体の関係は在っても恋人という訳ではなかった。
俺もアイツも不特定多数の人間と関係を持っていたし、好きだと言われたことも言ったことも無い。
俺にとってそれは、誰と寝ても変わり様の無い。消え去った幻影を求める行為でしかない。
アイツにとっては、自ら快楽主義者と言っていたことからその行為に大した意味を持ってはいないように思えた。
俺達は最初に身体を重ね合った時からお互いを見てはいなかった。
あの真っ暗な空の中に消えたアノ人の姿が俺達を呪縛して、精神に出来た亀裂を確認するために求め合っただけ。
俺達二人だけが分かち合ったあの最後の瞬間のために。
アイツに触れ 答えて来る肌
背に廻された腕から力が感じられた
触れ合う頬が熱い
アイツの身体
まだ ここに存在する実感
唇を重ね少し息を吸う
入ってくるアイツの舌
アルコール独自の甘い芳香
お互いを隔てる衣服をもどかしく剥ぎ取る
待ちわびたように素肌を密着させ合い
体温を貪る
同じように触れ 同じように求め合う
まるで亡霊のコピーのように
暗闇の中に沈み込んで俺達はレプリカになった
行為のひとつひとつが「知っている」と物語る
「辛い」「苦しい」と心が悲鳴を上げながら
すり替えるように互いを求めることをやめられなかった
違うことは解っていたのに
「どうしろって・・・言うんだよ」
ため息のように吐き出される自分の声。
アイツがいなくなってからやっと気付いた。
アノ人の呪縛がある限り、アイツが俺の元から去ることはないのだと意識の底で思っていた滑稽な自分に。
俺達はもうレプリカではない。
アノ人と過ごした時よりも長い年月を経た。
俺にとってアイツはもう、代わりなんかじゃなく血の通った生身のアイツ自身だ。
「迎えに行くか・・・」
自分で言った言葉が、すとんと心の中に落ちて広がっていく。
去っていく者を追うことなんてしたことがない。
誰かを追おうと思うことなんて、あの時にやめてしまった。
でも、いいかもしれない。
追いかけて縋りついて、アイツを捕らえて今度は俺自身に縛り付けてしまおう。
永遠に離れられないように。
俺が死んでも忘れることすら出来ないように。
自分の考えのセンチメンタルさに思わず薄っすらと笑みがこぼれる。
先に死んでなんかやらない。
そう思い直す。
俺が死ぬ時はアイツも連れてゆこう。
アイツが死んだら俺は追い駆けてゆこう。
風化する思い出なんていらないから。
アイツが何を思って去って行ったかなんて俺には解らない。
好きな奴が出来たのかも知れないし、俺が嫌になったのかも知れない。
ただ単に気紛れなアイツのことだ。飽きたとか面倒くさいってだけで全部を放り出すことも考えられる。
でも、アイツの理由なんてどうでもいい。
ただ確かなのは、俺がアイツのいないことに我慢できないってことだけだ。
もうすぐ夜が明けきる。
「アイツに会ったら最初になんて言おうか・・・」
アイツをどうやって捕まえるか考えながら、口元に浮かぶ笑みを押さえきれず俺はバイクのキーを持って立ち上がった。
アイツのところへ・・・・
アイツを捕まえに行くために。
捕らえたのか
捕らわれたのか
最初にしたことは
『くちづけ』
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