それは異様な光景だった。
横たわる女の腹は裂け、止めど無く流れ出る血が部屋の中に血溜まりを作っている。
そしてその血の泉の中心で泣き叫ぶ赤子。
とても月足らずで生まれたとは信じられぬ程、その赤子からは迸る生命力が感じられた。
駆け付けた男は火の点いたような勢いで泣く我が子をその手に抱くこともなく、ただ愛する妻の亡骸に縋りつく。
最後の瞬間の女の想いを知らず。
奸計によって自らの命が消えようとしたとき。
女の胸の内にあったのは、毒を盛った者への恨みや憎しみでもなく、この世から消えることへの恐怖や悲しみでもなかった。
そこに在ったのは、ただ、ただ、我が子へと注がれる純粋な愛情。
自分の身の内に宿る愛しい我が子。
助けたい。
その想いだけが瀕死の女を突き動かした。
震える手にナイフを取り、慎重に、子供を決して傷つけぬように自らの腹へと突き刺す。
痛みと苦しみでのた打ちながらも、その愛おしい存在を死に逝く自分の身体から切り離すことのみを考えた。
もはや光も感じられない女の目。
だがその耳にはしっかりと、生まれ出でた我が子の産声が届いていた。
―――どうかこの愛し子の行く道に光があらんことを!
赤子の肌は神殿の中池に咲くロータスの花弁ように白い。
そしてその瞳と髪は、まるで母の血に染められたかのように赤かった。
血の色の赤は禍いの色。
太陽の恩恵を受けられぬ肌の白さ。
人々は噂した。
呪われし忌み子。
母の腹を突き破りこの世に生を受けた禍禍しい存在だと。
誰も知らない。
黄泉の国へと旅立った女の願いを。
幼子は知らない。
その生が大きな愛情の証であることを。
何も知らず知らされず、何も与えられることなく顧みられぬ。
その身分の高貴さゆえに生きることを許された赤子。
太陽の王国を統べるファラオの第二王子。
―――セト
それが、その者の名・・・・・・
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