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□眠る森の緋□

水無瀬様




 夜。
 一人で空を見上げ、眠りに入る。
 それが、当たり前だった…。


 うっそうと茂った森の中。それでもなんとか木々の茂りの少ない、広場のような場所を探し、彼は野宿の支度を始めた。慣れない手つきで小枝を集め、暗がりの中やっと見つけた火打石をかちんっとかち合わせ、火を起こそうとする。魔導の力無しに火を起こすことなどやったこともなく、不慣れな手つきは何度も自分の手を傷つけた。それでもなんとか火を起こし、やっと冷え切った身体を火で温める。五月半ばとはいえ、まだ夜になると涼しい風が吹く。森の中であるから尚更のようだ。肌を震わせるのは気温の低さだけでなく、木々が吐き出す湿気もあるのだろうと、一人考えを巡らせる。
「…こんなことなら、最短距離を選ぶのではなかったな…」
 ため息交じりに彼…闇の貴公子・サタンは一人呟いた。

 そもそもきっかけは些細なこと。魔導界に遊びに来て、皆で少し大きな遊びをしようと言う事になった。皆がよく集まる広場の近くに大きな森と、その奥に有る古い神殿。神殿をゴールに見たて、森の中に設置したトラップを潜り抜け、ゴールに早くたどり着いた者が、賞品「極上カレーの素」をゲットできる他愛の無いもの。公平を期すように、とのアルルのしつこいまでの訴えから、トラップを魔導で仕掛けはするものの、仕掛ける罠もその位置も内容も全てランダム。とはいえ、闇の貴公子である自分とっては他愛のないものだと、そう考えて。…羽を使って飛びあがり、最短距離を飛ぼうと思った矢先。…いきなり首に何か掛かったかと思うと、突然飛ぶことが出来なくなり、木々へと落下した。
 何とか枝がクッション代わりとなり、大きな怪我はしなかったものの、暫らく気絶していたようで。気がついたら、皆の気配は周囲に無く。魔法が一斉使えなくなっていた。
 どうやら、空中に掛けられていた「魔力封環の罠」に掛かったらしい。闇を操ることはともかく、魔導を一斉使えなくなってしまった。彼の羽は、それだけの力で飛ぶことが出来るほど大きくはない。羽を動かすのと同時に、無意識に飛空魔導を発動させるからこそ、飛ぶことが出来る。逆を言えば、羽が無くても飛べはするのだが、そこはそれ、幼い頃からの習慣と、やはり見目のよさというのも有る。
 閑話休題。
 つまり、魔導を封じられた今では、飛ぶどころか、助けを請うための転移すらままならない。森から抜ければいいのだろうが、落下の際に方向を失い、唯一の目印である、神殿にとりあえず向かうことにした。神殿につけば、皆が森から抜けるために集まっているはず。面倒だからと、自分の転移魔法を当てにしているものもいるだろう。
 封環は掛けられている自分では外せない仕掛けになっているから、誰かに外してもらわなければならない。結構厄介な代物なだけに、罠としてのレア度は高く設定したつもりで。…多分一つもあるかないか、と言うところだろう。それに見事にぶち当たるとは。…運がいいのか悪いのか。
「…皆に会ったら会ったで、笑い者だなぁ…」
 自分でも嫌というほど想像がついて、恥ずかしい。元々、運が悪い自覚はあったが、これほどとは思わなかった。火を絶やさないよう、気を付けながらサタンは大きくため息をついた。と、ため息と同時に、背筋に纏いつく寒さに身を震わせる。火に対面している体の前側は温かいが、やはり後ろ側はそうはいかない。
「…一人で寝るのには、慣れてはいるが…」
この寒さは一人では辛い。そう思い膝を抱えた矢先。
がさっと近くの茂みが動く。
サタンはびくっとそちらを見やった。
火を絶やしてはいないから、火を恐れる野生の獣ではない。人か、魔獣か…。どちらにしても、魔導の使えない自分は人と代わり無い。いや、体格もがっしりした方ではないから、格闘しても腕力と持久力に欠ける。
 どちらにしても、分が悪そうだと思いながら、それでも逃げることをしないのは彼の持つ闇の貴公子としての誇り。すぐにでも動けるよう、体勢を整えながら、すぅと目を細める。
茂みの動きが大きくなり、近づくものの姿が現れる瞬間。
きらりと、森の中では見れるはずのない、月の光が目に届いた。
意外な感覚にサタンが驚いた途端。
小馬鹿にした声が飛んできた。
「…何やってんだ、お前?」
 銀色の髪、夜の青よりなお暗い瞳を持つ闇の魔導師。シェゾ・ウィグイィだった。

「…ば―――か」
出くわして、瞬間点目になったもののとりあえず、「何やってんだ」という問いに答えるため、みっともないと自覚しつつ、膝を抱え直しながらぼそぼそとここに居る経緯を話したサタンに対する、シェゾの第一声。
むかぁと腹が立ったものの、言われなくても自覚していること。頬を赤くして
「…五月蝿いっ」
と吐き捨てた。
「自分でも解かってるっ。お前に言われたくないっ」
ふいっと視線を逸らすサタンを、シェゾは尚もからかう。
「みっともねぇったらねぇよなぁ?俺の宿敵の名乗りを上げた奴が、事もあろうに自分の掛けた罠に引っかかって野宿なんてよぉ」
逐一、わざと嫌味ったらしく述べ上げる。遊び心が出てきたものの、まだめったに隙を見せないサタンをここぞとばかりにからかうつもりらしい。サタンもそれは解かっているらしく、嫌味を聞き流そうと試みた。
ふーんという顔をして、そっぽを向いたまま。
「…お?無視しようったって駄目だぜ」
にやにや笑う顔も腹が立つ。なまじ作りが整っているだけに、一層腹が立つらしい。
なるたけ顔を見るものか、とそっぽを向いたままのサタンとからかい顔のシェゾの間を一筋の風が吹き抜けた。炎がゆらっと揺れ、小枝がぱちぱちっとはぜる。
 一層冷たく感じた風に、サタンはぶるっと身震いをした。罠にかかって、野宿をして。果てにはシェゾに見つかってからかわれ。とても自分が情けなくなって来て。こんなことなら、一人で眠った方がよっぽどましだと思った瞬間。
 ぐいっと腕を捕まれて、引き寄せられた。体勢を崩して倒れこんだのは座りこんでいるシェゾの腕の中。びっくりして、緋色の瞳を大きく見開て見上げた瞬間。シェゾの夜の青色と視線が合った。整った顔立ちに、輝く銀糸の髪と夜の帳色の瞳。そこに浮かぶ表情にはからかいの色は無く。不覚にもサタンは見惚れて、顔を赤らめた。
「夜の冷え込みを甘く見るんじゃねぇよ」
いかにも旅慣れている様子で言い放つと、シェゾは自分の腕の中にサタンをいれる。サタンを火の方に向かせると、自分は背中から抱きすくめるようにすっぽりとサタンを包み込んだ。その上から自分のマントで自分ごとサタンを包む。
「こうして背を温めた方が、風邪を引かなくてすむんだ」
何処か照れくさそうにサタンに声を掛ける。炎に照らされている所為とは思いたくないほど、シェゾの顔が赤い。
「…ひょっとして、気を使ってくれたの、か?」
驚きが半分、気恥ずかしいのが半分のサタンは頭に浮かんだままの言葉をぼそりと口に出した。今まで、彼が気を使うところなんて、見たことが無かったから。ましてや、宿敵の名乗りを上げ、事あるごとに闘っている自分に。気を使うなんてこれっぽっちも考えられなかったから。
 サタンの素直な問いに、シェゾはサタンの顔を見ないままぼそりと呟いた。
「…宿敵が風邪引きだったら、…闘えないだろうが」
不器用な彼がやっと返した返事は、やはり不器用な彼が紡いだ言葉らしく、そっけないものではあったけれど。腕から伝わってくる暖かさが不思議とそのぶっきらぼうな言葉を暖かく感じさせた。それが少し嬉しくて、くすりとサタンは微笑む。こつんと自分の頭を、包み込むシェゾの腕に寄りかかるように乗せ、少し瞳を細めて火を見つめた。
 宿敵と名乗りをあげて以降、剣をあわせる以外にも見続けて来たシェゾという男は、冷酷で邪悪だが、ときに歳相応の青年の顔を見せることも知った。子供が好きらしく、懐いてくる子供と遊ぶ姿には、確かに「優しさ」を感じる。思えば、出くわしてすぐに背を向けず、ここに居、声を掛けてくれたのも、彼なりの気遣いなんだろうか、とくすくす笑いながら考えてみる。シェゾの腕から伝わる温かさは、きっと彼自身の心の奥にある「温かさ」なのだろうと、サタンは一人考えた。

 夜はずっと一人で寝てきた。それが当たり前だと思ってきたし、寝る時くらい、なんのしがらみにも包まれず、束縛も受けず眠りたいと思ってきた。一人の夜を「寒い」なんて思ったことも無かった。
けれど。
「…誰かと夜を過ごすのもいいものだな…」
ぽつりとサタンは呟いた。
「ああ?」
聞き取り切れなかった呟きに興味が向いたのか、シェゾが聞き返す。
それに答えることもなく、くすくすとサタンは笑って返すだけだった。

 次の日の朝。明るくなってから、封環を取ってもらい、サタンはその日の天気そのものの晴れやかな顔をして、うーんと伸びをした。シェゾに礼を告げ、ばさりと羽を広げてふわりと飛びあがろうとした刹那。
「…そう言えば何故」
ぽつりとサタンが思いついてシェゾに問う。
「何故お前はこの森に居たんだ?」
サタンの問いに、なんだそんなことかと言わんばかりにシェゾは答えた。
「あの神殿にすごい宝があると聞いたんでな」
そういって目標となった神殿に顔を向ける。
サタンはいぶかしむ。確か、あの神殿の宝はとっくに荒らされて残っていないはず。賞品を置きに行った時、自分でも確認した。
「…その話、誰に?」
再びサタンが問う。
「ああ?アルルだが?」
するっと出た名前。サタンに遊びを持ちかけ、一緒にスタートを切った少女。
途端、全ての成り行きを知り、サタンは一人で大笑いした。きっと「遊び」の宝をシェゾが「本物の宝」と勘違いしたんだろう。アルルが「宝」だと言うからには、なんて考えたに違いない。
笑いを堪えきれず、一人吹き出しながら
「ではな」
と飛び去ったサタンに、笑われてむかっ腹を立てたシェゾは
「こら待ちやがれっ!!なんで笑うんだっ!!」
と大声で怒鳴りつけれるだけだった。



−−−−了−−





−アリガトウナキモチ−

読んでて顔が…っ!顔がにやける!
サタン様は可愛いしシェゾはカッコイイしむちゃくちゃ素敵ッ!!
マントでふわりん、大好きだーっ v v
本当にありがとうございました!


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