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―Twilight Avenue―     by ひさみさま






 素直になりたい。

 ・・・そう思うようになったのは自分の「本当の姿」を取り戻したとき。
 そして。

 それは今でも変わらずに願って止まないこと。


 自分が大切だと・・・失いたくないと願うその存在に素直になりたくて。
彷徨い、歩き続けた黄昏の道。


――――――――・・・恐くて、震えてしまう「心」を抱きしめながら・・・。




◇◆◇◆




陽がまた少し伸びた。
・・・そう感じて新一は暮れかかった西の空に視線を投げる。

春のやわらかい、霞みがかったオレンジ色の空。
東からゆっくりと忍び寄る闇とのコントラストで、上空に一瞬淡く「白の空」を浮かび上がらせた。


・・・紺碧とオレンジが混ざると白になるのか?

昔習った「光の三原色」と「地の三原色」の話が頭をよぎった。


はぁ・・・っとため息。
新一はほんの少し、気が重かった。


心の奥底にいつの間にか出来た小さな「想い」の破片・・・それに気付いたときからため息の数が増えてる事実。
そして。
・・・ため息の中に、押さえ切れなくなってる「心」も一緒に零れていた。



大学の敷地内にある駐車場。
珍しく車で来た新一は、ジーンズのポケットの中から鍵を取り出そうとして・・・

そのまま立ち竦んでしまった。

いくつものため息が口唇を伝って零れ落ちていく。
そうして時間も共にさらさらと零れていった・・・。



「おいっ! どうした・・・気分でも悪いのか!?」

 どれくらいそのまま立ち尽くしていたのか、誰かが新一に声を掛けた。

「え? あ、行也・・・」
「何だ新一か・・・どうしたんだよ、車の前で」
「どうしたって? 何が?」
「それ、俺の車。新一のは隣だろ?」

 声の主は同じゼミの山内行也。
 新一が親しくしている数少ない友人の一人。

「あ、ホントだ。悪りぃ・・・寝ぼけてた」
「だよな。確かにこの頃のおまえ、変だもん。寝不足とかしてんじゃねぇの?」
「んなことねぇけど・・・」


即座に否定はしたものの・・・確かに身体のどこかで訴えてくる不調を変だとは思ってた。
ちゃんと寝ているはずなのに、朝起きると寝た気がしないこともしばしばで。

・・・それが「浅い眠り」であることに新一は気付いてなかった。
眠りが浅いと夢を呼ぶ・・・――――――現実との狭間で新一の「想い」が覚醒して小さく揺れる。


逢わないでいられたら、心に残る痛みが半分は楽になる。
 
無意識にそう思っていても・・・それが出来ないから夢の中まで「想い」を揺らされた。
 そのことが「身体の不調」となって表面化しているのである。



「なぁ新一・・・ひとつ、聞いてもいいか?」

 行也の声に、思案に耽ってた新一が一瞬遅く反応した。

「あん? 何?」
「おまえさぁ・・・好きな奴いねぇの?」
「・・・いきなり何だよ」
「んー・・・気になることがあっからさ、おまえ見てっと」

 真顔で覗き込まれると、新一もふざけた態度での返答は出来ないと理解できた。
 行也の目・・・それが誤魔化しきれないと踏んで、今日すでに2ケタに乗ったため息をつく。

 だけど。
 どう言っていいのかわからずに、即答を避けて数十秒考えた。


「・・・この気持ちを言葉にするならそうだろうなって奴はいる・・・かな」
 
 ようやく思いついた言葉をゆっくりと呟いた。
 でも行也は驚いたふうもなく、首を縦に振った。

「やっぱそっか・・・」
「でも何で? 行也がゼミの連中みたいなこと聞いてくんなんて珍しい」
「俺もそう思うけど・・・おまえの『視線』かな? いっつも同じとこ見てっからさ。だから知りたかったのかも」
「・・・いく、や?」

 新一の顔に浮かんだ、あからさまな疑問符。
 その表情がいつもの新一らしくなくて、行也は小さく笑った。
 クールな「工藤新一」はどこに行ったのかと思う程・・・その瞳の中に動揺している「色」が見えたのだ。

 そうして。
 行也は新一の肩をポンと叩くと、もう一度意味ありげに笑って自分の車に乗り込んだ。
 まだ疑問符の抜けない新一にウィンクひとつ。

「俺はさ、そういうことに偏見ねぇから言っちまうけど・・・抱えてっと苦しいからさ。早くケリつけちまえよ」
「? 何だよそれ・・・わっかんねぇよ。どういう意味だよ、行也」
「ホントにわかんねぇの? おまえマジで鈍すぎ・・・自分のことだから、かな」

 窓から顔を出して、行也は右手の人差し指を新一に向けた。


「新一の視線・・・いっつも一人の奴だけ追っかけてるぜ?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 行也がそんな新一を楽しそうに見つめながら、次の言葉を発する。

「そのリアクションじゃ自覚ナシなんだろうけど・・・他の奴らにその視線が気付かれねぇうちにはっきりさせたほうがいいぜ」
「い、くや・・・っ!?」
「おまえが追っかけてる奴・・・服部に、さ」
「――――――・・・っ!!?」
「じゃ俺、待ち合わせしてっから先行くな。また明日な!!」

 ・・・言いたいことだけ言って、行也の車は新一を置き去りにして、静かにその場を走り去った。


 ―――――――――――・・・誰が・・・誰を見てる・・って?
 頭の中で、その場からいなくなった行也の声がいつまでも響いて止まなかった。


『新一の視線・・・いっつも一人の奴だけ追いかけてる』・・・――――――そう行也は言ってた。

 ゆっくりと自分の車に乗り込みながら、新一は心当たりを考えて見る。


 自分の視界に中にその存在を確認することで安堵してた新一・・・それもどうやら無意識に。
 行也に言われるまで気付かなかったのだから、無意識にも程があるが。

 少し高い目線と人懐っこい笑顔。
 健康的な褐色の肌・・・それに一切の無駄がないスタイル。
 そして・・・。

 そして・・・――――――――独特のイントネーションで自分の名前を呼ぶ、声。


 だんだんと思い出していくことに、一瞬で耳まで赤く染まる。
 キョロキョロと辺りを見回して「バッカじゃねぇの」と、一人ぽつんと呟いた。

 
 やがて心の中に忍び寄る甘い焦燥を持て余して、新一も鍵を差し込むと車を走らせた。




◆◇◆◇




「あ、れ・・・誰かいる?」




 工藤邸。

 外の門の前にしゃがみこむ影が、車を運転する新一から見えた。
 見たことのあるシルエット・・・ごくっと息を飲んだ。


 ―――――・・・何でいるんだよ・・っ!!?


 深呼吸ひとつ、そしてもうひとつして新一は顔を作り出す。
 いつも友達に見せている「工藤新一」の顔・・・そう、クールで冷静な眼光を表に出してその身に纏う。

 それが自分の中に相手を踏み込ませないための自衛手段だと、新一は知っていた。


「・・・何してんだ?」
「遅かったやん。本借りとうて待っとったんや〜」
「この前のレポートのか? まだ足んねぇのかよ」
「・・・全然アカンかった。工藤んとこの書斎にあった気すんねんけど、入らしてもろてええか?」
「構わねぇけど・・・おまえ、晩メシはどうすんだよ」
「まだ食うてない。工藤もやろ? 材料買うてきたったから本借りる礼に作ったるわ」

 淡々と。
 表情にさっきまでの動揺は一片たりとも出てこないのは、母親譲りの天賦の演技力。


 ―――――――――門の前で新一を待っていたのは他ならぬ噂の相手・・・「服部平次」その人であった。





「入れよ」
「おじゃましやーす・・・なぁ、先に書斎入っててもええ?」
「んじゃ珈琲でも入れてやるよ。ブラックでいいんだよな?」
「おおきに♪」
「終わったら晩メシよろしくな」
「わぁった!」

 
 ・・・勝手知ったるで、平次は早々に書斎に向かった。
 その背中を気付かれないように見送って、新一もリビングとキッチンの照明を入れる。
 ついでにヒーターのスイッチも入れて、少しだけ部屋を暖めた。

 忙しない心臓の音を聞きながら、珈琲メーカーをセットする。

 そして・・・――――――小さく何十回目かのため息をついて、新一は仮面のような「表情」を外した。


「・・・バーロ、何で今日に限って狙い済ましたようにいるんだよ・・・っ!?」

 思わず愚痴が零れる。
 行也のお陰で再認識した自分の想いに戸惑っていた新一。
 そこに現れた「想い人」の登場は、タイミングがいいのか悪いのか・・・新一を狼狽させるには充分だった。

 そしてまたため息。
 珈琲の入ったマグカップを2つ、新一はトレーを片手に平次の待つ書斎へ向かった・・・。 



「服部〜? 珈琲持ってきてやったぞ」

 ノック2回でドアを開ける。
 照明を出来るだけ落としているらしく、部屋にいるはずの平次の姿を一瞬見失う。
 ぐるっと見回してもわからなくて、もう一度書斎の一番奥にある一番高い脚立に視線を向けてみた。
 ゆっくりとその視線を上へと向けていき・・・――――――思わず息をすることを忘れそうになる。

 
・・・確かに平次はそこにいた。
 脚立を椅子代わりに、探していた本を見つけてゆっくりとページをめくるその姿は・・・新一が今まで見たこともないように物憂げで。
 
 少し伏せ目がちの長い睫毛。
 照明とのコントラストで浮かぶ、端正な顔立ち。
 着る物を選ばない天性のスタイルの良さ。

 ――――――・・・トレーを持ったまま、新一は金縛りにあったようにその場から動けなくなってしまった。



「くどー・・・?」

 どれほどの時間そのままでいたのか、平次がドアの前の新一に気付く。
 こっちを見てるその視線はまるで焦点が合ってなくて。
 ・・・平次は思わず声を掛けた。

「おいっ! 工藤っ!!」
「え? あ、あれ・・・?」

 2度目の呼びかけで新一がようやく我に返る。
 上から降ってきた「声」に心が跳ね上がりそうになったけど・・・でもそれを表情には出さないでいた。

 瞬時に纏う「ポーカーフェイス」は、新一の特技。
 それはどうやら平次にも気付かれなかったようである。


「どないしたん? そないなとこでボーッとしくさって」
「・・・人が呼んでんのにおまえが返事しねぇからだろ? 珈琲、持ってきてやったぜ」
「おおきに。今降りるわ」
「で? あったのかよ、探してたのは」
「あったあった! いや〜、やっぱここは図書館より頼りになるわ。ホンマ助かった♪」
「ならいいけど」 

 脚立から降りてきた平次は、マグカップを受け取ると一口飲んだ。
 新一もトレーを机に置くと、自分用に入れたカフェオレに口をつける。
 
 一時のブレイクタイムに2人は顔を見合わせると・・・小さく笑った。



「泊まってくんだろ?」

 互いのマグカップが半分ほど空いた頃、新一が平次に呟いた。

「へ?」
「明日は休講で時間空いてんだろ? 買い物あるから付き合って欲しいんだけど」
「そりゃ構へんけど・・・ええの?」
「いつもならおまえが言うじゃねぇか・・・『泊まらせて』って。だから先手打ってみた♪」
「・・・アホ。せやったらそろそろメシの支度しよか? 腹減らん? 自分」
「減ってる・・・」
「ならちょお待っとってぇな」

 ・・・こういうとこ、好きだなぁ。

 自分に背を向けて歩き出す平次の死角で、新一はポーカーフェイスを外すと嬉しそうに笑う。
 よく気が利いて頭の回転の速い平次・・・優しい関西弁のイントネーションがくすぐったくて。


 やっぱりすごく好きなんだろうな。
・・・新一は戸惑いながらも、その感情に素直に頷いた・・・――――――――




◆◇◆◇




「何で・・・何で逃げるん?」
「に、逃げてる訳じゃ・・・」
「逃げとるやん! 俺が恐いんか? せやから逃げるんか!?」





 夕食後。

 新一は後片付けを終わらせると、2度目の珈琲を持ってリビングに戻った。
 ソファーの脇にあるサイドテーブルにマグカップを2つ置いて、ラグの敷いてあるフローリングの床にちょこんと座る。

「? 工藤、ここ座らんの?」
「え? あ、俺ここでいい・・・」

 平次は首をかしげる。
 いつもなら2人でソファーに座って、TVを見たり本を読んだり事件のことを話したりするのに。
 そんないつもの・・・普段の行動を取らない新一。

 その態度は・・・強いて言えば「よそよそしい」のである。


 そういえば・・・――――――平次は何か心当たりにぶつかる。
 気掛かりを残しておけないのは探偵の「性」・・・だから平次は新一に聞いてみることにした。


「なぁ工藤・・・ちょお聞きたいんやけど」
「何だよ? 改まって」
「・・・おまえ、何して俺を避けとんのや」
「へ?」

 平次がぶつかった「心当たり」・・・それは新一が気付かれないように自分を避けてること。
 合わさりそうになると逸らされる視線。
 そのくせ恐る恐る投げかけてくる・・・その視線。

 ・・・平次に気付かれないはずはない。彼もまた、新一と並び称される「探偵」である。
 でも。
 あえて言わずに黙っていた。
 新一の中で「何か」があるのだろうと・・・自分で納得すれば話してくるだろうと思っていたから。


 なのに未だに新一の態度はどこかおかしくて・・・堪らず平次は口を開いたのだ。


 だが次の瞬間。
 ガタッと音が部屋に響いて・・・――――――――見ると、耳まで真っ赤にした新一がその場を走り去ろうとしていた。
 咄嗟のことで出遅れた平次がその後を追い、玄関先で前を走っていた新一の右腕を掴まえた。


「だから・・・何して逃げるんや? 訳聞かしてぇな」
「べ、別に俺は・・・」
「俺が何やしたんやったら謝るわ・・・せやから」
「は、っとり・・・」
「せやから逃げるんだけは勘弁したってぇな・・・な? 頼むわ」



 ――――――・・・胸が高鳴る。
 その想いの導くままに寄り添い、抱きしめられたら・・・そう感じてる自分がいることを新一は知っている。


 友達で仲間で親友で・・・新一と平次はずっと一緒にいた。
 東西の名探偵として日本中を凌駕した程の実力を持つ2人・・・平次が東京への進学を決め、新一と同じ大学へ入学したことも。
 ・・・「偶然」と呼ぶには不思議な引力だったのかもしれない。


それもあって新一は行也の言葉をすんなりと・・・平次を好きだという感情を何とか受け止められた。


 だからと言って戸惑ってる事実は変わらなくて。
 そのことを平次に告げるつもりはなかった・・・その想いが同時に「非生産的」だと認識してたから。
 けれど「想い」は知らずに募り、友達以上の「繋がり」を求め出す。

 だから新一は焦った。
 隠そうとすればする程、どんどん溢れてしまいそうな平次への想い。
 押さえきれなくなって取ったしまった行動・・・それが「平次を避ける」という形になってしまったのだ。


 不自然だとわかっていても止められなくて。
 でも自分の視界に平次がいないことが不安で。

 ・・・気がつけば無意識にその存在を探してしまうくらいに――――――新一は平次を求めていた。




「ごめん・・・」
「工藤・・・?」
「おまえのせいじゃない・・・おまえを恐いなんて思ったこと、ない・・・」

 小さく呟く新一の腕を解いて、平次は新一を見つめた。
 
 ・・・『怖いと思っていない』と言いながら、それでもまだ自分を見ようしないで俯いたままの新一。
 いくら何でもおかしいと平次は考えて・・・


 ひとつの答えを導き出した・・・。


「ごめんな・・・ホント、何でもねぇから・・・」
「なぁ工藤・・・嘘はつかへん方がええで?」
「?」
「俺は探偵や・・・おまえんことぐらいはわかるで」
「は、っと・・・」


 ぐいっ。
 もう一度・・・今度は2つの腕を掴んで、平次が新一を引き寄せる。
 バランスを崩して新一は平次の胸に倒れこみ・・・そのまま平次に抱き竦められてしまった。

 頭の中を駆け巡った疑問符の数々・・・新一の態度の「裏」にある「真実」を目の当たりにした瞬間に、全てが払拭出来てしまったのだ。
 思わず小さく笑ってしまう。


「だからもうちょお素直になってくれへん?」
「ばっ・・・おい! 離せって!!」
「せやかて工藤の瞳が言うとるし・・・口で何を言うたかて、その瞳が全部言うとるよ」
「な、何を・・・っ!?」


 耳元に零れるように甘く囁かれて、新一の身体から一瞬力が抜ける・・・が、気力で崩れ落ちそうになるのだけは持ち堪えた。
 
 瞳の奥に彩られた平次への「想い」。
 痛くて。
 苦しくて。
 ・・・それでも欲したその「存在」にどうして言えるのだろうか。

 まかり間違えば一生「失ってしまう」かもしれないのに。
 かけがえのない自分の大切なものを、自分から手放すことになるかもしれないその行動だけは出来なくて・・・。
 
 恐さが先に立って・・・避けてしまった。
 その背中を後ろから見つめることしか出来なくなってしまったのだ・・・――――――― 


「・・・可愛ええな、工藤は」
「は? 何言って・・・っ!!?」
「だってホンマやん。こないな工藤、初めて見るで? 綺麗だとは思っとったけど・・・こないに可愛ええんやな」 
「ざけんなっ!!」
「――――――・・・なぁ言うてや。瞳で言わんと、そん口でちゃんと言うて?」

 更に低く優しい声が耳に届く。
 それだけで耳まで真っ赤に染まってしまい、尚のこと顔を上げられなくなる。


 新一は黙り込み、平次の胸の鼓動を聞いていた。
 口調とは裏腹に、だんだんとそれは速さを増し忙しなくなっていることに気付く。

 しばらくそのままの体勢でいた新一がある「行動」を起こした。



小さく唇を噛み締めると・・・――――――――意を決したように、平次の口唇の自分のそれを触れさせた。



それは僅かな接触。
だけど何かを言葉で紡ぎ出すよりも、遥かに「わかりやすく」伝えられる手段で。

・・・新一はこの状況下で、平次に自分の想いの全てを、一番理解しやすいであろう方法で「仕掛けた」のだ。





「・・・わかったかよ?」

 暫くして真っ赤な顔の新一が、目の前の平次とようやく視線を合わせた。
 接触を試みたことで胸の奥にあった痛みとか苦しみは影を潜めたことを感じる。

 ・・・代わりに溢れるのは、甘い焦燥。
 表に出てくる「想い」の破片・・・それは「好き」という素直な気持ちだけ。
 

「・・・ずっと好きだった、おまえのこと」
「・・・・」
「大事だったから失いたくなかった・・・おまえが俺を『親友』としてしか見てないことも知ってたし」
「く、ど・・・?」
「そうしてるうちにだんだん傍にいることが辛くって・・・だから避けちまったんだ」


 本当は傍にいたくて。
 でもそれができなくなって・・・痛くて辛くて苦しかった。

 自分を呼んでくれる声を聞いていたくて。
 自分に向けてくれるその笑顔を離したくなくて・・・いつしか戸惑いばかりが新一を覆っていた。 
 

 ・・・でも「好き」と感じる、その心に嘘はつけないから。
 新一は平次を避けることで自分をコントロールするしかなかったのだ・・・―――――――――




「・・・ホンマにアホやな」

 抱きしめる腕にほんの少し力を込めて、平次はぽつんと呟く。

「何でだよ?」
「ま、それが工藤らしいんやろうけど・・・えらい遠回りしとったな」
「?」
「わからへんの? 相変わらず自分のこととなるとめっちゃ疎いんやな〜、自分」

 今日2度目の疑問符だらけの顔と、これまた2度目となる「新一は自分に疎い」発言。
 さすがにムッとして、絡んでた視線をぷいっと背けた。
 
その仕草も今の平次の目には可愛く映ってしまうことに新一は気付いていない。
だから小さく笑って・・・その薄い身体を腕の中に抱きしめた。

愛しさが募って。
・・・何もかもが堪らなくなって。



――――――――・・・今度は平次が、新一の口唇に自分のそれをゆっくりと落としていった。




重なった口唇から届く、平次の「想い」。
このときになってようやく新一はさっきの平次の言葉と、大学の駐車場で行也に言われた言葉がひとつに繋がった気がした。

力なく重力の赴くままだった腕が、恐る恐る平次へと向かう。
まだ信じられないところでもあるのか、その動きはとても不自然だったけど・・・。


キスの温もりが嬉しかったから、2本の腕をゆっくりとその背中に回した・・・―――――――――




◆◇◆◇




「嘘みてぇ・・・」
「せやな・・・。でもこん腕の中の『工藤新一』は本物や」
「おまえも、だろ?」
「そうや・・・何やホンマ遠回りしとったんやな」


 長い長い間触れていた口唇を静かに離して、新一が夢心地で呟く。
 平次もまたそんな新一の姿が嬉しくて、ふっと笑った。

 抱きしめる腕にまた少し力を込める。


「好きやで、工藤・・・俺もずっとおまえだけやった」
「ん・・・さっきわかった」
「さっきかい・・・」


 欲しいと願ってた存在。
 彷徨って苦しくって・・・それでも求め続けた「服部平次」。

 どうしても・・・どうしても寄り添っていたかった。
 その腕に・・・抱きしめて欲しかった。


 ―――――――その願いはようやく「両想い」となって、2人の間で結晶のように心に姿を現す。



「・・・幸せってさ」
「ん? 何、工藤・・・」

 新一は心のままに平次に擦り寄る。
 そして見上げたその顔に浮かんだのは・・・―――――――誰も見たことのないであろう、鮮やかで艶やかな笑顔で。

 トクントクン・・・心臓が忙しく高らかに動き出す。

 それを知ってか知らずか、新一はふわっと笑って静かに言葉を紡ぎ出した。

「・・・幸せって一人じゃなれないんだなって思ってさ」
「そやな・・・そうかもしれんな」
「だから今、すっげ幸せ・・・」
「くど・・・っ!?」

 新一が3度目のキスを仕掛ける。
 重なった口唇から伝わるのは・・・「好き」の想いだけ。




 彷徨って。
 見失って。
 そして・・・戸惑って。


 夕闇の中で震えてた自分に差し伸べられたその温もり・・・それが本当に嬉しかった。
 離さなくても大丈夫だと。
 ・・・そう告げるのは口唇から伝う優しくて甘く響く言葉。



 大変なのはこれからだけど・・・―――――――「一人じゃない」ことが支えになるから。



 だから今は・・・。
 幸せだと思えるこの瞬間を忘れないでいたいと・・・そう願ってる。





 新一の心の中。
 夕闇に紛れたTwilight Avenue。





 ―――――――――――・・・もう恐がらないでいられるから・・・。





<FIN>



素晴らしい作品をありがとうございますっ!!
書いていると伺って半ば強引に頂いてしまいましたが、まさかこんなに素晴らしいとは。
新ちゃんかわいすぎです。もう切ない思いが染み込んできそうでぎゅーとしたくなってしまう!
できるだけひさみさんのかかれたものを忠実に皆様にお届けしようと思ったのですが。
サイト上でルビを振るのだけは無理でした・・(いやできないことはないのですが、
多分NNだとエラーが出るのではないかと・・・)ごめんなさい。
みなさまも楽しんでくださいねvv

ひさみさん、本当にありがとうございました!

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