ある日の情景 | ||
木立の間から覗く満月――――その、吸い込まれそうな存在感。 かざした石を、繰り返された失望と諦めをもって収めて尚、しばし見つめる。 「パンドラ、か……」 不老不死を与えると言い伝えられた宝石。 伝説の信憑性はともかくも、そう呼ばれる石を探し出し砕くこと。その決意は快斗の中で固まっている。 「――――とは、言っても……」 初冬の冷え込みが続いたこの時期、立て続けに狙ったビッグジュエルが全て思惑から外れたのには、 少々参っているらしい。 「疲れてるのかな〜?」 期末テストの追い込みに重なった展示会。一瞬迷いはしたが、機会を逃しては、と予告状を出した。 結果が先に分かっていればこんな無茶はしなかったのに、と思いはしても、どうしようもない。 「う〜〜、寒い……」 自らを抱くように身を竦めながら歩いていた快斗は、ふと、家の近くのコンビニの前で足を止める。 煌煌とした明かりに華やかなX'masの飾り―――― 何か温かいものでも買っていこうかな、と、唐突にその気になる。 暖房の効いた店内の温度に肩をおろし、飲み物やら食べ物やらの物色を始めた。 菓子コーナーにも、かかさずチェックを入れる。 どれにしようか真剣に迷っている傍らに人の気配を感じて振り向くと、 長身のクラスメートが笑みを浮かべて立っていた。 「は……く、ば?」 思わず声が引きつる。彼がちらりと視線をやった先、快斗の肩にかけられたバックの中には、 見られてはまずいものがいろいろと入っている。 勿論、中を見られても大丈夫なよう細工はしてあるが、相手が白馬となると精神的に悪かった。 「ど、どしたの?」 ポーカーフェイスを取り繕って訊ねると、白馬が人の悪い笑みを浮かべた。 「黒羽君こそ、こんな時間にどうしたんですか?」 状況は分かっているぞ、と、言わんばかりの口調。それで快斗も余裕を取り戻す。 「オレ?試験勉強の合間の気晴らしだよ。 白馬こそどうしたんだよ、こっち、おまえの家の方角じゃないだろ?」 「――――怪盗キッドを、追っていたんですよ」 そう言って、探るような眼差し。快斗はクスリと笑った。 「そういや今日、予告日だったっけ?試験前に駆り出されるんじゃ、おまえも大変だなぁ?」 「君こそ」 「へ?何でオレ?」 心底不思議そうに言ってやる。 そしてすぐに、「ああそっか、おまえ、オレのことキッドだって思ってたもんな」などと、 納得したように付け加える。 白馬は不機嫌そうに、「思ってた、ではなく、"確信している"んですよ」と、快斗を見据えて言った。 「へぇ?」 口元に笑みを浮かべたまま、証拠はないんだろ?と、目で問いかけると、白馬は小さく首を横に振った。 「先日、興味深い話を聞いたんです」 「?」 「公表されてはいませんが、"今の"キッドは盗んだ宝石を月にかざす。毎回見たわけではありませんが、 僕は何度となくその光景を見ていますから、多分、間違いはないと思います」 「キッドが代替わりしてるなんて話も、聞いてないけど?」 内心ヒヤリとした思いを押し隠して、快斗がまぜっかえす。 白馬は、快斗にだけ聞こえるほどの低く押し殺したような声のまま、「それも僕の確信です」と受け流すと、 「それより」、と話を続けようとした。 「白馬、待った、外で話そう」 レジへ向かった快斗を見送り、白馬は入り口で待つ。 飲み物とチョコレートの入った袋と、あんまんを手にした快斗が出てくるのを待ち、並んで歩き出す。 美味しそうに頬張っている姿に、「お腹すいてたんですか」と問いかければ、 「頭使うと腹がへるだろ」などという答えがよどみなく返ってくる。「その荷物はなんですか?」と問えば、 「勉強道具。友達ん家に居た」と臆面もなく言う。「誰です?」と更に問うと、「白馬の知らない人v」と、 語尾にハートマーク付きで答えが返ってきた。ニヤリと笑った姿に、隙はない。 胸中ため息をついて、白馬は快斗が食べ終わるのを待ち、おもむろにしゃべり出す。 「宝石を月にかざすという行為は、先代のキッド、8年前までのキッドには、記録によれば見られていません。 しかし先日、中森警部に話を聞いたところ、そういった行為が見られたこともあったと、聞きました」 「――――それで?」 「不思議に思いませんか?18年ですよ、黒羽君。途中8年のブランクがあったとはいえ、 それだけの長い期間にわたって同じ行為を、しかも違う人物がする。 ずっと彼を追っていた中森警部がおぼろげに覚えているくらいの、記録にも残されていない行為です。 単なる"キッドの物真似"ではすまされない問題だ。可能性としては、その行為自体に何らかの意味があるか、 先代のキッドとごく親しい人物で、彼の行為を知っていて真似ているか、もしくはその両方か―――― 黒羽君は、どう思います?」 「……何、で、オレに聞く?おまけにそんな話、漏らしちゃいけない話なんじゃないのか?」 「僕が必要だと判断したから、したまでの話です。それに君は、キッドに関心があったんでしょう? だから聞いたんですが?」 綺麗に笑みを浮かべた男を心の中で罵って、快斗は肩をすくめた。 「そんなこと分かんねぇよ。大体、何でキッドが代替わりしてるなんて思ってんだよ。 休んでただけかもしれないだろ」 「8年も、ですか?」 「そうなんだろ。実際、行動してなかったんだから」 「何故?」 「知らねぇよ。そんなことはキッド本人に聞けよ」 「だから聞いているでしょう」 「オレはキッドじゃねぇ、って言ってるだろ?おまえも大概しつこいな!」 「君が強情なだけでしょう?」 不毛な会話だと、快斗は思う。 認める筈がないと分かっていながら、白馬はよく、こういった誘導尋問的な会話を仕掛けてくる。 間を取るようにチョコレートの包みを開けて齧っていると、じっと見つめる白馬の視線を感じた。 「……何?」 目を上げると、真剣な白馬の瞳。真摯、とさえ言える瞳の色に、快斗の方がドキリとする。 「君は……何を、抱えているのですか?」 「――――え?」 目を見開いた快斗に少し悲しそうに微笑み、白馬は首を振る。 「僕は以前、キッドに"何故盗むのか"と聞いたことがあります。 彼は"それを探すのが僕の仕事なのではないか"と言った。確かにその通りです。僕の目的は……」 珍しく言いよどんだ白馬に先を促すと、白馬は再び首を横に振った。 「ホームズは、事件の真相をヤードに告げないこともあったんですよ」 快斗が言葉を捜しあぐねていると、気にした風もなく呟くように言う。 「彼の、鋭い観察力や状況を見極める目の確かさ、的確な判断力を、僕は敬愛しています」 「……それで?だからキッドの犯罪も、場合によっては見逃そうとでも言うつもりか?」 「いいえ!」 感情のこもらない声に、思わぬ強さで反駁して、白馬は快斗の目を見つめる。 「そんなことを言いたいんじゃありません。 大体、全ての状況も分かってもいない段階で、そんなことは言えません。ただ……」 「ただ?」 「宝石を月にかざすキッドの行為には、切ない祈りのようなものを、僕は感じます。 同じ雰囲気を、時々、君からも感じてしまうんですよ、黒羽君。……何故でしょうね」 他意のない、率直な口調だった。それだけに快斗は戸惑う。 探るような視線を送ると、白馬はゆるやかに頬笑んだ。 「最近、君のことが気になって仕方がないんです。キッドも、君も……」 「はぁ?何それ、新手の冗談?」 「まさか。本気です」 柔らかい微笑と、はっきりと言い切った言葉の内容に絶句している快斗の頬に、白馬の手がそっと触れた。 「――――また明日……おやすみなさい」 言い置いて、去って行く白馬をしばし呆然と見送り、快斗は複雑な思いで首を傾げていた。 END |
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