カサブランカ
庭先に咲いている白い花。
1、5メートル近くの高い丈と、そこに付く大輪の花弁に、思わず目を奪われる。
――――カサブランカ……
百合の女王だと、思う。
宵闇、窓越しの光を受けて、白はいよいよ鮮やかに――――闇の中に浮き立つ。
「綺麗だよな」
「ああ」
不意にかかった声に条件反射的に答えてから、「ん?」と思って振り返る。
白い衣装はそのままに、シルクハットとモノクルだけ外した怪盗の姿。
「帰ったのか」
おかえり、と手を差し出すと、ただいま、と小さく微笑んで近づいてくる。
新一の座るソファの背に軽く腰掛け、その手がそっと肩を抱いた。
「蘭ちゃん、思い出すよな」
「――――あぁ?」
「華やかで……清楚で、可憐で、綺麗」
「……」
「イメージ、ぴったりだと思わねぇ?」
「……科が違う」
くすりと笑う。カサブランカはユリ科、"蘭"は当然のことながらラン科。
「何言ってんだか」
頬から鬢にかけてをゆるやかに撫ぜ、頭を引き寄せる。
抗わずに凭れ掛かってきた新一の頭が、快斗の腰から太腿辺りに触れた。
「これが菊だと、怪談になるんだぜ」
「そうなの?」
「闇の中に、あの質感のある花がボンボンと並んでいるとこ、想像してみろよ。
 中に混じって、生首でも浮かんでそうな気、してくるぜ」
「――――そういえばあったよな、そんな話」
「横溝正史の"犬神家の一族"だ」
「菊人形ね……確かに怖いかも」
くすくすと笑いながら、大きな窓の外に浮かぶ白い花を、二人して見つめる。
「香りだけでいえば、沈丁花なんだけどな」
「何?」
「キッドのイメージ」
ぼそりと、記憶をたどるように新一が言う。
「夜歩いてると、香りだけふわっとする。
 辺り見回しても、花自体は見つかないことなんてしばしばだ」
「……小さい花だしね」
「ふん。――――群落だけどな」
「群落とはちょっと違うだろ、あれは」
「似たようなもんだ。群落で、ぼてぼてしてる」
さすがに笑い出した。
「せめて重厚って言えよ」
新一は、再びふんと鼻を鳴らしただけだった。
「新一は……水仙かなぁ……」
ふと、思いついて言う。
「一輪で絵になるんだよな、あの花。何か存在感あるっていうか……
 良い匂いだし」
「ナルシストはおまえ」
「……はい?」
「ギリシャ神話。そのまんまじゃねぇか」
「いや、オレもその話は知ってるけど……ちょっと違うぞ、名探偵」
「何が違うんだ。
 自分で自分に悦入るのは、オレよかおまえの方がよっぽど上だ」
「そぉかぁ〜?」
「そうだ」
キッパリ断言。
それはない、と快斗も即座に思ったが――――。
「どっちもどっちやん」
突然の、笑いを含んだ明るい声に、驚いて振り返る。
「おーおー、相変わらずおんなし顔して……眩暈しそうや」
「ちっとも同じじゃねぇだろ」
「服部、いつこっち来たんだ?」
同じ声が、違う口調と台詞で綺麗にハモる。
まるで一寸抽象的な現代二重奏曲みたいやな、なんて思いながら微笑み。
双方の言葉に応えるべく、口を開く。

絵になる二人の姿と、その背後の大輪のカサブランカ……
二人ともよぉ似合っとる――――と、
言いかけて、止めた。


END



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