安息と眠り
 寒い、と猫のように丸まって擦り寄る身体。 未だ不自然だという感覚を拭いきれないまま、黙って寄せられた身体を撫ぜる。 その手つきが、猫をあやす手つきと大差ないことに気づいて、新一は苦笑した。
「ホント、猫みてぇだな、おまえ」
「ん……」
眠そうな声。軽く癖っ毛をかき混ぜ、そのまま頭部を胸に押し付ける。
「いいから寝てろ。俺の独り言だ」
少し強めに言って、抱き込むように身体に腕を回す。 意識がはっきりしないのか、快斗もまた、その背に腕を回してきた。 普段なら、なかなかしようとしないその仕草に軽く目を見開き、ついで微笑む。
――――何か、やっぱ信じらんねぇ……。
探偵と怪盗――――追う者と、追われる者。そのスタンスは、今でも完全に変わったとは言い切れない。 が、黒の組織に対する共同戦線を張り始めて以来、確実に、変わっているものもあった。
――――まったく、ホント、まさかこのオレがねぇ……。
ため息と共に、思う。決して不快ではないものの、拭いきれない戸惑いは、ある。
 決して犯罪を見逃さなかった自分が、仮にも犯罪者に属する彼を見逃していること。
 あまつさえ、恋に似た感情を持ってしまっていること。
 そして一番信じられないのが、彼に手を出そうとしているこの現実。 自負していたモラリストぶりは何処へ行ったんだかと思う。
――――ヤバイ、かな……。
預けられた身体のぬくもりと重さに、何時の間にか正直に反応し始めている身体。 無邪気なじゃれ合いの延長で一緒のベッドに入ったはずが、自分の方だけ戯れですまなくなってきている、 今の状態。
「快、斗……」
口にして、驚いた。この熱っぽさは何だ?
「かい、と……」
一語一語発音してみて、ふと、綺麗な響きだと思った。 音を確かめるように何度か呼んでみて、口元に、我知らず微笑みが浮かぶ。
「快斗……」
答えはない。だから、歌を口ずさむように呼び続ける。囁くように、何度も、何度も――――。
 "カイト――――快斗"
そうして不意に思う。彼の父は、何を思って彼の名にこの響きを、字を、与えたのだろう、と。 稀代の世界的マジシャンであったと同時に、初代キッドでもあったろう、快斗の父。
 協力体勢にありながらも、快斗は新一に、キッド側の事情を話そうとしない。 だから新一は、状況証拠と憶測でしか、キッドの真実を計り得ない。 あからさまだと、自分でも分かってはいるだろうに、快斗は「オレはキッドじゃない」と否定し続け、 キッドはキッドで謎めいた笑みを浮かべるだけで、何も話そうとはしない為……。
 快斗は「父を殺した組織の奴らが許せないから」と言った。
 キッドは「私の目的と利害が一致するから」と言い、その「目的」に関しては口を割らなかった。
 まるで別々の人間のように振る舞って、"彼ら"は折々、新一の元へやってくる。
 少々変わった高校生同士の友人。探偵と怪盗。同じ顔、同じ声の他人という不思議な偶然は、 時に精神にまで及ぶのか……間違いなく共鳴する心はあるのに、二人して気づかぬ振りをしている。 もしかしたら、認めることを恐れているのかもしれない。
 彼が快斗として現れる時、親友のように語り合い、行動しながらも、 ぴんと張った糸のような関係は、キッドの時とさして変わらない。 対極に位置しながら、相手の存在を糸を通して確かめ合っているような、二人の関係……。
 無意識ならば差し出した手に縋る快斗も、意識がある時にはやんわりと退け、 意識がはっきりしない時にはひたすら甘やかす新一も、普段はその手をなかなか差し伸べようとはしない。
――――上手くいってるようで、いってないよな、オレたち。
悲しくなって、泣き笑いのような顔で微笑む。
「好き、だぜ。――――きっと」
秘め事を明かすように、告げる言葉。 それでも断言できないことに苦笑いしながら、新一はそっとその髪に口づけた。
「なぁ、だから……だから、今だけはオレに身を預けてな?」
不自然でも、不条理でも。今はいい。あの月明かりが、消えてしまうまでは……。
 そんなことをぼんやりと思いながら、新一は強く腕の中のぬくもりを抱きしめた。



END



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