源氏物語 〜睦言編〜

コト、と小さな音がして、湯気の立つ大き目のマグが資料の山を避けて少し遠く、だが十分に手の届く範囲に置かれる。
「どうぞ…、貴則様」
「ああ、ありがとう」
かけられた声を機に休憩を入れることにして、私はパソコンに向かう時にだけかける眼鏡を外した。
いつもの紫の差し入れ。だが、今日は珍しくコーヒーではなく、カップからは甘い香りが漂っていた。
ココアだ。
意外に思って目をやると、紫が遠慮がちに説明する。
「ここの所、少しお疲れのご様子なので甘いものがいいかと思って…」
指摘され、気付く。確かに数日ほど、きちんとした休みも取れずに煮詰まっていたかもしれない。
「そうか…」
頷いてすすった温かい飲み物は、全身にジンと染み渡っていくようだった。
「いつもありがとう」
「いえ…」
礼を言うと紫は、少し恥じらうように、本当に嬉しそうに、微笑む。
穢れのないそれを見ていると、私は心癒されるような気持ちになるのだ。
「紫…」
呼び寄せる、私の意図に気が付き紫はカッと顔を紅くした。
「た、貴則さ…」
だが、セイレーンの歌声に惑わされた船乗りさながら、覚束ない足取りでふらふらと歩み寄る。
手の触れたその体をグイと引き寄せ、唇を重ねた。
「ンッ…」
零れ落ちる、紫の吐息。
既に、数え切れないほど何度となく体を繋いでいるというのに紫は、咲き初めの花のようにいつまでも初々しく、変わらない。いくら艶やかに咲き綻ばせても、少し経てばまた、慎ましやかな蕾の姿に戻っている。
たまらなく雄を誘う花だと、苦笑と共に私は思う。
私の方が座ったままであるため斜めに傾いだ不安定な体勢を、紫はデスクに手をつくことで支えていた。
そのせいでガードが緩くならざるを得ないのをいいことに、私は官能を呼び覚ますようなキスをした。
「んふ…ぅん…」
半ば、私の企みに乗せられたかのように紫は甘く鳴く。けれども更にその唇を味わおうと、腰を引きつけようとした段階で、拒まれた。
「駄目…です、それ以上は…。貴則様、お時間が…」
必死で顔を背けながらの切れ切れな言葉は、余計に男を勢いづかせるに十分な代物だったが、私は大人しく手を引いた。
確かに、これ以上やればどうでも紫を抱かねば収まらなくなってしまいそうだ。
ここのところご無沙汰で抱きたいのは山々なのだが、論文を仕上げるまでは、文字通り寸暇を惜しまねばならない身の上だった。
「仕方ないな」
観念して彼を解放した私を、紫はホッとしたような困ったような複雑な表情で見返す。
「あと、もう少しなのでしょう…? 何か、お役に立てることがあったら遠慮なく仰って下さい。お茶を淹れるくらいのことしかできませんけれど、できる限りのお手伝いは致しますから…」
ものやわらかに控えめな言葉を語る紫が愛しくて、もう一度、重ねるだけのキスをした。

戻ったキッチンでカタン、と盆を置き、ほぅ、と肺の底から息を吐き出す。
まだ、鼓動が速い。
ドクンドクンと拍を刻む心臓を宥めるように胸に手を置くと、口腔を探る貴則様の熱い舌の感触が思い出される。激しく求められる、情熱的な口付け…。
知らず、僕は指先で唇を辿っていた。
ふと我に返ってそんな自分の行為に気付き、恥ずかしさに一人、顔を赤らめる。
しばらく、貴則様に抱かれていない。
このところスケジュールが詰まっていて、そんな暇がなかったのだ。
初めて抱かれてから、もう、何年になるのか……。
淫乱なこの身は少し間があくと、体の奥でチリチリと燠火のような疼きを発して僕を苦しめた。
いつもならこんなになる前に貴則様の方が僕を欲して下さって、これほどになることなどまずなかったのだが…、今回の禁欲期間はこれまでになく長く、正直なところ、貴則様のお姿を目にするだけでも躰が熱くなるほど、僕の状況は差し迫っていた。
でもその辛抱も、もう、そう長くはないはず…。
既に何度も言い聞かせてきたことを、もう一度自分に繰り返し、深呼吸をして気を落ち付けた。
今、貴則様がかかりきりになっていらっしゃる論文は、締め切りが確か今月の末だ。あの方に限って、締め切り間際ギリギリに完成を見るなどという無様なことがあるはずはないから、おそらく今週中には書き上げられることだろうと思う。
そうなれば…と想像し、僕はコクンとのどを鳴らした。
あの方が、好きだと思う。全霊をかけて、愛している。
それだけで、満足できればよいのに……。
けれども淫らな僕の躰は、想うだけでは満ち足りず、言葉だけでは聞き分けず、あの方の熱を体の内で感じることを要求する。体の、奥深い所であの方と一つになることを。
口に出すのも憚られるような、そんな欲求が僕の体には巣食っているのだ。
先程の深いキスを思い出す。
誘いをかけるようにいたずらに粘膜を刺激するそれに、僕は危うく夢中になりかけた。我に返ったのは、スクリーンセーバーに切り替わったパソコンの画面が、偶然に目に飛び込んできたからに他ならない。
貴則様の与えて下さる悦楽に、僕はすっかり溺れてしまっているのだ。
勿論、あの方を慕う気持ちが第一にある。それなくしては話にならない。
けれどもそれだけでは、駄目なのだ。想われていると分かっていても、体も、僕は欲しがっている。
力強い腕、広い肩、厚みのある胸……あの方を形作るものの全てを感じたがっている。全てから、愛情を受け取りたがっている。
呆れるほどの自分の強欲に、溜め息が洩れた。
愛していると貴則様に言って頂ける、それだけでもどれほど身に余る幸運であるかしれないというのに……。

論文が終わった。
作成そのものはもっと早くに終わっていたのだが、今日、提出したそれの受理を確認し、晴れて完全に自由の身となったのだ。
疲労困憊の肉体とは裏腹に、心は解放感に満ち満ちていた。
真っ先に思うのが、ようやく紫を抱ける、ということなのだから自分も大概だと苦笑する。
けれども、本心だ。
論文にとりかかってからというもの、時間に追われて紫と抱き合う回数はあからさまに減った。それまではほぼ毎日のように体を重ねていたというのに、余裕がなくて週に二、三度になり、一回になり、追い込みに入ってからはそれこそ完全に清らかな生活を送っていた。時折処理はしていたから、修道僧のような、とは口が裂けても言えないのだが。
しかし、そんな清貧生活とも今日でお別れだ。
全くよく耐えたと、我ながら感心してしまう。
とりわけて色を好む性質ではないつもりだが、紫に限っては、その自認はまるで信憑性のないものとなるかもしれない。
ひとたび紫に触れると、私は際限もなくその身を苛み、貪ってしまう。紫が決して拒まないのをよいことに、いくら泣かせても満足するということを知らない。
無論、それは愛しているからこそだと自信を持って言えるから、彼の身体を愛しているのか、と問われれば間違いなく答えはNOなのだが。
とはいえ、愛しているから躰も欲しいというのが私の嘘偽りのないところであって。
実を言えば、紫の淡白なところは私の密かな苦悩のもとだ。
私が望めば応じてくれるが、彼から望まれたことは、未だかつて一度もない。
つい昨日までの多忙期間中も、紫は何の不満も口にしなかったし、むしろしかける私をたしなめるほどのものだった。
彼の愛情を疑っているわけではない。そのことは信じている。だが、時に不安に駆られるのだ。
紫はもしかして、抱かれる行為を望んではいないのではないか―――と。
忌避するというほど、嫌がってはいない。それに、実際抱いてしまえばこちらが驚くほどに乱れ、感じてくれる。けれど正気の時の紫には、寝室での様が夢かと思われるほど性的な欲求が見られないのだ。
だから、思ってしまう。
もしかすると、紫にとっては精神的なつながりだけで十分なのかもしれないと。
もっとも、たとえそれが正解だとしても、紫が嫌と言わない限りは私は彼を抱き続けるだろうが……。
そんな、とりとめもないことを考えながら、私は自宅に帰り着く。
「ただいま」
かけた声を聞きつけて、奥からパタパタと足音を響かせて、紫が姿を現した。
「お帰りなさい、貴則様。おつかれさまでした」
そう言って、フワリと微笑みを見せる。思わず抱き締めたくなった。
だが。
「ありがとう。本当…疲れた……」
触れてしまえば放せなくなるのは必至で、そうするにはこの時既に、体の悲鳴が無視し得ないところまできていた。
「済まない、少し休ませてくれ」
「あ…はい、分かりました」
生存本能と理性の双方によって性欲は辛うじて抑えられ、紫が一瞬浮かべた表情が気にかかったものの、その思考も長くはなく、ベッドに身を投げるとそれこそ墜落するように私は眠りに落ちていった。

そっと寝室を覗くと、貴則様はよく眠っておられた。
キングサイズのベッドの周りには、らしくなく脱ぎ散らかされた背広とネクタイ。
微かに聞かれる普段はかかれないいびきとも考え合わせ、本当にお疲れなのだ、と感じて僕は、休むと言われてつい落胆してしまった自分を恥じた。
貴則様のここ数日の生活を見れば、このくらいは想像がついてしかるべきだろう。それなのに僕ときたら、論文の修了を聞いてからというもの、抱いてもらうことしか頭になかったのだ。
床に放り出されたネクタイなどを拾い上げ、きちんとつるす。
ベッドメイクされた掛布を剥ぐのも面倒に思われたのか、その上から身を横たえて何も被っていらっしゃらなかったから、予備の布団を出してきて体を覆う。それでなくてもひどくお疲れなのに、風邪でも召されては大変だ。
そうしてやることがすっかりなくなってしまっても、どうしてもその場を去りがたくて、僕は規則正しい呼吸を繰り返す貴則様の寝顔をじっと見詰めていた。
「…本当に、おつかれさまでした、貴則様…」
少しやつれたようにも見えるお顔を眺めていると、自然と労いの言葉が口をつく。
「…お目覚めになったら、僕を抱いて下さいね…。ずっと我慢していたんですから、もう、いいでしょう…? 早く貴方に抱かれたい…」
思うだけで、芯がツンと痺れる体に苦笑する。
自分でも持て余してしまうほど淫乱な体を知られれば、貴則様はどんな顔をなさることだろうか。
そんなこと、申し上げるつもりなどないけれど。
「貴方が好きです…。抱いて下さい、貴則様…」
飽くことなく寝顔を見守る。
こんな風に、まじまじとそのお顔を拝見する機会は、そういえばかつてないことだったかもしれないと思った。
貴則様は、端整というのが相応しい、本当に綺麗なお顔立ちをなさっている。
通った鼻筋や眉などはスラッと歪みなくシャープに描かれ、美というものを具現していながら無駄のない直線的なラインが決して女々しさ、弱々しさを感じさせない。
秀でた額と頬の下の唇は、キリリと引き締まって凛々しい。
微かに冷厳ささえ感じさせるその口唇。なのに…僕に触れるときには、それがひどく熱くなるのだ。
「…っ」
思わずその感触を思い出してしまって、ズクッと躰が疼いた。
慌てて大きく深呼吸をしてみたけれども、一度首をもたげた欲情は、容易なことでは去ってくれそうにもない。
……もう、限界にきていたのだ。
触れたい。触れられたい。抱かれたい。抱き合いたい……
欲求は、ずっと抑えつけられていたせいか、いったん自覚すると止めようもなく強く吹き荒れた。
「ん…」
自分で、自分の体を抱き締めるように腕を回したとき、聞こえた小さな呻きにビクリとする。
ハッとして腕を解きながら見ると、貴則様は楽な寝姿を探すようにグルリと身動ぎなさるところだった。
「紫…」
声に、なるかならぬかという微かな微かな声音。
僕の、名前…。
「あ…」
ドクン、と大きく脈打つ拍動。
今度立ち上ってきた疼きは、明確に下半身を意識させずにはおかないものだった。
「あ、あ…」
ドクン、ドクンと心臓が全身に血液を送り出すのと同時に、昂まった欲望から妖しい熱が逆流する。
たまらなくなって僕の手は股間へと自然に伸びていた。
少し、だけ…。
そう、ちょっとだけだと、見苦しいほどに言い訳をしながら。

人の息遣いを近く感じ、ふと目が覚めた。
「…っあ」
あえかな声。
「…ふ、…ん……っ」
湿り気を帯びたような吐息に混じって密やかに響く。
紫…?
「あぁ……あ、貴則、様…っ
抑えてはいるが、抑え切れず、といった調子の濡れ掠れた呼び声に、惹かれるようにそちらを向き。
……最初は、まだ、夢でも見ているのかと疑った。
目に写ったのは、それくらい現実とも思えない光景だったのだ。
紫が、私の名を呼びながら、服をはだけ、呼吸を乱し、自らを慰めて、いた。
「ん…あ、はぁ…っ」
シンと静まり返る室内の空気を、それだけが微かに震わせる喘ぎはとてつもなく淫らかだ。
上からボタンの二つ三つ外されたシャツの袷から色の白い肌と鎖骨が覗いている。
合間から差し入れられた手は、あの可愛らしい乳首を苛めてでもいるのだろうか。衣服に遮られ、その正確な動きは窺い知れないものの、蠢く布地はかえって淫靡さを際立たせる。
チチ…とこすれ合う金属音につられて視線を落とせば、紫は寛げた前立てからもう一方の手で自身にも、触れていた。半端に下ろされたジッパーが音を立てるのだ。
紫はいかにもたどたどしく、片手で、握ったり緩めたりを繰り返しているようだった。
「んんっ
少し、刺激の強度を間違えたのか、高くハネた声音。
ビリビリッと背骨を伝い、電流が腰の辺りにわだかまる。ゾクゾクとして…一瞬たりとも目を逸らすことなどできなかった。
「あ…っん」
拙いながらに、それでも快感を得るのか紫は身を庇うかのように前屈みの姿勢をとった。
思わず、追って身を乗り出しかけ、私は慌てて思い止まった。
咄嗟の判断で気付かせぬよう息を潜めたのは、間違いなく正解だったろう。よもや、見られていると知って紫がこんな行為をしているとは思われない。
初めて見る、紫の姿……もう少し、堪能したかった。
仄かに染まる項の線がとても、綺麗だ。
澄んだ黒い瞳は、潤んで濡れ光る。
「貴則様…んくっ、貴則、様ぁ…」
はぁはぁと短く切れる吐息は次第次第に余裕を失くし、否が応でも紫の絶頂を予感させる。
「ン…ぅん、んっ、んんーっ!!
じきに、ビクビクッとおこりのように身を震わせて紫は達したようだった。
目を瞑り、軽く眉根を寄せて放出の感覚を全身に浴びる姿は…そそる。
やがて、そろそろりと細く息を吐き出して、体の緊張を緩めていく。
そして、何気なく上げた彼の目が、私と出会った。

その瞬間は、本当に息の根が止まってしまうかと思った。
眠っていらっしゃる貴則様の側で自慰を始め…結局、最後までしてしまって。
放心状態になっている時に、お寝みのはずの貴則様がいつの間にか目を開かれて、じっとこちらをご覧になっているのにやっと僕は気付いたのだ。
完全に、それこそ頭の天辺から爪の先まで硬直して、声も出なかった。
その時になって初めて、とんでもないことをしてしまったと我に返り、パニックに陥った。
何も仰ることなく見詰められる視線を、ただただ見返す。乱れた着衣を直すことさえ思い付かず、ましてや逃げ出すことなどチラとも頭を掠めもしなかった。
不意に、貴則様がくす、と笑われる。
意地の悪いものではなく、苦笑気味の物柔らかな笑み。
「…いいものを見せてもらったな」
ん? と少しからかうように顔を覗きこまれる。
その言い方は、ごく軽いもので。
怒ってはいらっしゃらないということに安堵すると共に、今度は猛烈な羞恥心が湧き起こってきて耳まで真っ赤になる。
「も…申し、訳…」
「謝ることはない。いいものを見せてもらった、と言ったろう?」
早鐘を打つ鼓動に邪魔されて、うまく継げない息の下、切れ切れに舌に乗せた謝罪を、貴則様はあっさりと遮られた。
「寂しい思いをさせたんだな…。済まなかった」
いたたまれない…。
今更ながらに、いくら眠ってらっしゃるとはいえ、貴則様のいらっしゃる場所でなんてことをしてしまったのかと、自分のはしたなさに身の竦むような思いがした。
ふっと、吹き出すのに近い感じで、もう一度貴則様は微笑まれる。
「困ったな…。そう緊張されると、言いにくい」
手を伸ばし、あやすように髪の毛を撫ぜられながら、仰る。
昔から変わらない、仕種。骨の張った、男らしい掌の感触。
何かあると、貴則様はいつもこうして僕の頭を撫でて下さった。
少しずつ、緊張が解けていく。
それを敏感に察せられて、瞳になんとも言えない優しい色を浮かべられた。
ドクン、と心臓が飛び跳ねる。
「貴則様…」
この人が、好きだ。そう思う。
側にいられて、見詰めることも、触れることさえ許されて。
泣きたいような幸せを感じる。
「紫…。抱きたい。いいか?」
情熱を感じさせる声で求められ、恐いほどの幸福感に攫われる。
声にはならず、ただ頷いて自分から腕を伸ばした。

紫は、いつもより感じているようだった。
それは、先程までの行為のためか、それともずいぶん長く抱いていなかったせいなのか。
確かなことは、私もまた、紫を抱き壊してしまい兼ねない狂暴な欲望を抱えているという事実だった。
「紫…」
欲情に濡れた声で囁き、割り込ませるように唇を覆い被せる。
「…っん」
踏み荒らし、根こそぎ奪い尽くそうとするかのような荒っぽい口付けを受け、苦しげな呻きをあげながら紫の腕が背に絡み付く。
少し震えながら必死に縋ってくる仕種が愛しくて、なお強く抱き竦めた。
「紫…」
何度も抱き直しながら、半端に乱れた紫の着衣の狭間から滑らかな肌に触れる。
「…っあ、貴則様…っ
円を描くように撫でると、クッと背を撓らせた。
眼前に無防備に晒された胸元の白い肌に口付け、更に熟れた赤い果実を含み取る。舐めしゃぶり、ついでにもう一方を爪の先で引っかいてやる。
「んーっ」
陸に打ち上げられた魚のごとく体は跳ね、眉を歪めて涙を流す。
圧し潰さんばかりに指の腹で摘み上げてもう一度鳴かせた後、次には芯を持ち、濡れ始めている花茎へと手を伸べた。
やんわりと握り込む直接的な刺激にピクンと顕著な反応を示す。
耐え兼ねるように蜜液をたらす先端をくじると、ひっとしゃくりあげるような悲鳴をあげた。
くわえたままの胸の尖りを舌先に転がし、淡い色をした紫の欲望を擦り上げる。
「んっ、ぁんん…っ」
陶器のような感触の肌が内側から薔薇色に染まる様は、何度見ても見惚れて言葉を失うほどに艶やかなもので、限りなく欲情をかき立てられた。
わざと、意識させるように猛った雄をしなやかな大腿に擦り付ける。
「あ…っ」
声を放ち、捉えた体がぶるっと震えた。
上気した肌が、一層濃く紅に染まる。気も触れそうになる色香を迸らせる。
「…あ、あぁあ……」
仰け反りのどを露わに晒す様に、もう余り猶予はないことを見て取り、そのまま一度イかせてやろうとした。久し振り、ということでさすがの紫も溜まっているのだろう。
「や…
だが、濡れそぼつ紫のそれを扱き上げようとしたところ、意外な強さで反発した。
「それ…は、嫌、です。貴則様…」
「紫…?」
私の腕に手をかけ、キュッと握り締める。
「い…しょ、に…。あなたを、感じたい…。欲しい…です、貴則様……」
切れ切れの言葉をつなぎ、必死の面持ちで訴えかける。
「い…入れて、下さい…。僕だけ、は…嫌です…」
私は、軽く息を呑んだ。
自分からは滅多に何も望むことをしない、紫。特に、性行為に関してはこれまで全くと言っていいほど要望を口にしたことなどなかった。
驚きが先立ち、つい、じっと探るように見詰めてしまう。
けれど、不躾なその視線に恥じらい、涙目になって可哀想なほど萎縮する彼を見ている内に、ふつふつと歓喜が込み上げてきた。
「私が…欲しいのか、紫?」
それでもいいと思ってはいたが、紫から求めてくれることを、望まなかったといえば嘘になる。想いは自分にあると知ってはいても。心も、そして体も…そう思うことは一度ならずあったことだ。
今にも零れ落ちそうになっていた目縁の雫を指先で払い去る。
拭う端からなお瞳を潤ませながら、戦慄く唇で、それでも紫は答えた。
「あなたが、欲しいんです…」
その言葉に、何よりも感じさせられたと私は思う。

恋しい人に激しく求められ、愛されて、あっという間に昂揚する躰には制御などきくわけがなかった。
「ぁん…っ、んんっ」
次々とのどをつく、あられもない艶声も。
甲高く、まるで女の子のようなそれは自分で耳にしても恥ずかしくなるほどなので、いつもできるだけ抑えようとするのだけれど、うまくいった試しはない。
貴則様は…その、僕が感じるポイントを僕以上に完全に把握してらっしゃるようで、その攻めに晒されると僕は呆れるほど簡単に快楽に呑み込まれてしまうのだ。
「ンッ」
自分で弄っていたせいで最初から硬くなっていた乳首は、貴則様の指が軽く触っただけでツンと鋭い感覚を伝えてきた。もちろん、それだけで止まるはずもなく貴則様は次々と刺激を送ってこられる。
左の胸は熱い口腔に含まれる。尖らせた舌先で突つかれる。歯で滑らせるように動かされる。
右側は、器用に動く手でまた違った、でも口でされるのに勝るとも劣らないやり方で愛される。
あ…っ。
いきなりキュッと摘み上げられて息が詰まる。
んんっ。
一瞬竦んだのを宥めるように、すぐさま優しく撫でられる。
つっ。
…かと思うと、偶然を装って爪先に引っ掛けられ。
ひぁっ。
次には、軽いタッチで捏ねられた。
あ、あんっ…っう、くっ、ふぅっ、や…あぁっ。
揉む、捻る、弾く、回す、擦る、挟む、潰す…。
試すように、思い付く限りありとあらゆる種類の刺激を与えられ、その都度体は跳ね、悶えてしまう。
「あっ…んくっ」
…時には、淫らに濡れた、声までも。
この左右二つの小さな器官に、体中の神経が集まってしまったみたいだ。貴則様の為すがままに乱れてしまう。
腫れてひりつくようなそこを嬲る手がふと止んで、ホッとしたのも束の間、はしたなくも早こらえ切れないで先走りを垂れ流す場所を捕らわれた。
慣れた掌にスッポリと包み込まれてしまう感触に、声をあげるまでもなく全身で快感を表してしまう。
柔らかく揉み解すような動きなのに、どんどん硬く締まっていく矛盾。上がり続ける体温は、止めようもない。
「あ…っ
不意に、下半身にひどく熱い塊が擦り付けられる。
言うまでもなく、それは僕のものよりも一回りは大きな、貴則様の…。
貫かれ、他にはあり得ない高みに追い上げられる期待感に、僕は震えた。
まだ、触れられてもいないというのに、グイグイと押し当てられ、入り口がヒクヒクと蠢く。
「あぁああぁぁ……」
訳の分からない歓声をあげながら、バネ仕掛けの人形のようにえび反りに反り返る。
もう…もう、だめ……っ。
「や…
でも、欲したものとは違う愛撫を加えられて、僕は反射的に叫んでいた。
違…う。
確かに、躰は限界間近までに高められているけれど。最後のきっかけを、今か今かと待ち構えているのだけれど。でも…。
「それ…は、嫌、です。貴則様…」
「紫…?」
戸惑いを含んだ、貴則様のお声。
「い…しょ、に…。あなたを、感じたい…。欲しい…です、貴則様……」
寄せては返す快楽の波に、追い詰められる中、言い募る。
「い…入れて、下さい…。僕だけ、は…嫌です…」
僕は決して…、与えられるだけの快感が欲しいわけじゃない。
そんなことよりも、貴則様の存在を感じたいのだ。
全身で…細胞の一つ一つにまで、刻み付けて欲しいのだ。
愛している、から―――
ともすれば意識を攫われそうになる感覚に、必死に抗う。
拙い言葉の意味を咀嚼する間の後、一つ一つの言葉を確かめるように区切って、貴則様は仰った。
「私が、欲しいのか、紫?」
たやすく伝わらないことに、もどかしさが込み上げる。
「あなたが、欲しいんです…
あなただから。貴則様…あなたが、あなただから……!!

「んっ、あぁ、あ…
常にない性急さで私を受け入れたのだから、紫の体にはかなり負担がかかっているはずだった。実際、入り込んだ私をグイグイと締め付ける力は、一瞬拒まれているのかと錯覚するほど、キツい。
「んん…っ」
線の細い顔立ちを歪めさせる悲痛さに、私の方が怯み、引こうとするのを、けれど許さない。
気配を悟られ、ひしっとしがみつかれた。
「いやっ…。やめな…で…」
苦しげに肩で呼吸を継ぎながら、潤んだ眼差しをひたと注いでくる紫は可愛くて、愛しくて、思わず滅茶苦茶にしてやりたい狂おしい衝動に駆られる。
「しかし…」
それを私は必死の理性で押し止め、難色を示した。
欲しがっているのは、私とて同じ。ましてや、思ってもみない紫からの請いに私が心動かされぬわけはない。
だが…。傷つけたく、ないのだ。紫を傷つけてまで、自身の欲望を満たすつもりなど毛頭ない。
意を決して、やや強引に繋がりを解いた。
「やぁっ
衝撃に悲鳴をあげて、紫の身が跳ねる。
「いや…ぁ…。貴則…様……」
ぼろぼろと身も世もなく泣きじゃくる紫を、抱き締める。
「紫…。紫、愛してる」
微かに抗うような動きをして、しくしくと紫は泣き続ける。
「愛してる、紫。お前も…だろう?」
抱きながら、根気強く宥める私に彼はおずおずと涙に濡れた眼を上げた。そこへコツンと額を合わせる。まるで幼子を相手にするように。
「愛してる。お前は、私を感じたいと言ったろう? ならば、これが私だ。愛しているから、お前を傷つけたくはないんだ…」
諭す言葉に、何かを言いたそうな素振りを見せる。私は、頷いた。
「お前が、一緒に、と言ってくれたのはすごく嬉しい。だから…もう少し、我慢できるか?」
言いながら、私は紫の手を導き、彼自身の根元を押さえさせた。上から握り、堰き止める。
見開いた眼に微笑みかけ、囁く。
「一緒に…行こう」
「貴則様…」
また、溢れ出しそうになる涙を吸い取り、瞳を閉じた紫の唇を啄み、それからMの字型に大きく開かせた両脚の間に身を沈めた。
無理をしたせいで赤くなってしまった花びらのような縁をそっとなぞる。
「っん」
ふるりと反応し、軸に添えた手がギュッと握る。重ねた手でそれを撫でてやりながら、秘所に顔を埋め、舐めた。
その感触に驚いたように、最初はキュッと窄まる。だが、続けて舌を這わせるとゆるゆるとしどけなく綻んでくる。
「ん…んん」
快感にとろけ、なおかつそれに耐える苦痛を滲ませ、紫が腓腹を痙攣させる。
閉じた蕾を開かせる行為は、追い詰め、徒に苦しめることでもあるから、一度、顔を離した。

ちゅくちゅくと下の方から嫌らしい水音が顔の側まで立ち上る。
その正体は専用のローションなどではなく、貴則様の唾液と…、ほとんどは僕自身の体液だ。それだけで、新たに足す必要などないほどその場所は潤ってしまっていた。
恥ずかしい…。
もう、思考には靄がかかって霞み、まともに働いてなどいないのだけど、それでも羞恥心は消せない。
貴則様を感じたくて、気が狂いそうなほどに欲しくて、欲しくて、馬鹿なことを…した。
改めて考えると、顔が火照ってくる。もっとも、元々体は全身熱くなっているけれど。
でも、貴則様は…僕の無茶を窘められ、その上で真っ直ぐに僕の気持ちを受け入れて下さった。
僕の我侭を叶え、かつ、僕の身を気遣って下さる…。
「あっん」
貴則様の長い指が、内部を探る。もう、節の形状や動き方のクセまで、躰で覚えてしまった。
ゆっくりと、僕の反応を窺いながら動かされる。狭い入り口を、辛抱強く伸ばし広げ、慣れさせる。
僕は既に十分に解れていると思うのだけど、貴則様は強張った体が完全に弛緩するのを待っていらっしゃるらしい。
「久し振りだから、きちんと慣らさないとな…」
そう、仰る。
僕としては多少痛くてもいいから、すぐにでも繋がりたいというのが本音なのだが…。それよりも、貴則様の息遣いをも側で感じながら、イきそうになるのを堪え続けることが、辛い。
「貴則様…っ」
我慢するように仰った手前、貴則様は僕を感じさせ過ぎないよう注意して下さってはいるけれども、それにも限度というものがある。だって、どんな触れ方だろうと、貴則様は貴則様だ。彼を想うだけで昂ぶってしまう僕の躰なのだ。
伸ばした手を、受け止めて包み込んで下さる。そこに軽く口付けて下ろすと、貴則様は僕と視線を合わされた。
あ…。
分かった。
これから、なのだと。
「紫……」
聞こえる。
眼差しから。
想いが。
溢れ出さんばかりの愛情が。
伝わって、くる。
「あ…ぁは…っ、ん、ぅ…」
慎重に繋げられる、躰と躰。
苦痛は全くなくて、快感と、深い、強い、気持ちだけが込み上げる。
じんわりと奥深くに進んでくる熱が、どうしようもないほどに恋しくて、泣けてくる。
「貴則様…貴則様…」
「紫…紫…」
触れたくて、少しでもたくさん重なりたくて、しがみ付くように広い背中を抱き締める。
このまま、熔けて本当に一つになってしまえればいいのにと、埒のないことを本気で願う。
でも、どんなに望んでもそれは叶わないことだから。
だから、今この時を、抱き締める。この切なくなるほどの想いを、抱き締める。
「あぁ……っ」
熔ける…………。

抱き締めた腕の中で、紫が寝息をたてている。
かけがえのない、大切な大切な、存在。
こうしているだけで、春の日差しのような幸福感に包まれる。
想うだけでもいいと、思っていた。
紫に、自分と同じだけの気持ちを求めることは、するまいと。
けれど……、紫の示してくれた愛情は、私の勝手な予想を遥かに凌駕する確かさだった。
嬉しかった……。
改めて、愛しくなった。どこまでも募る慕情が、いっそ恐ろしくなるほどに。
紫を抱く私の腕にかかる手が、心を満たす。抱き締められているだけではない、紫から示してくれる愛情が。
噛み締めた喜びが、全身の細胞に染み渡るのを感じながら、もう一度、目を瞑った。

 END



NOVEL1

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