Fox & Mathematics
     〜べんきょう、しよう〜

  三角のお話2



「♪晩のおかずに油揚げ〜、やっと出た出た出た……」
変な歌を稲穂が歌う。
「♪稲穂ちゃん得意のきつね丼〜、やっと出た出た出た……」
その後を佐倉さんが続ける。
「♪おイモの上からイモの芽〜、やっと出た出た出た……」
だめだろ、稲穂。
「♪能ある狐は耳隠す〜、やっと出た出た出た……」
いや、隠してないっす、佐倉さん。
買い物に行きそびれた俺。今日も佐倉さんのとこで晩ご飯をごちそうになることになった。
そして目撃したのがこの光景だ。
「……いつもそうしてご飯作ってるんですか?」
「んー、たまに」
踊ってないだけマシか。でも動きがなんというか……歌につられて妙な動きになっている。
「楽しいからいいじゃない」
と、稲穂。
「そりゃあ、歌ってる本人たちは楽しいだろうけど……」
まあ、お邪魔している身の俺が言えることでもないかもしれないが。
まさか壁一枚隔ててこんな光景が繰り広げられていたとは……
天然栗毛と黒髪狐耳。変なコンビだ。
それにしても、いつ言ったものか。
俺はポケットの中にあるチケットの感触を確かめた。


学校の帰り。
開放感に浸る俺に、米崎が話し掛けてきた。
「おい、都。突然だがいいものをやろう」
「結構だ」
そのまま帰ろうとすると、がしっと肩をつかまれた。
「待て。返事が早すぎるぞ」
まあ、自分でも素早い判断と決断だったと思うが。
しかし米崎からはろくなものを貰わない。大抵『これ捨てておいてくれ』とかいうゴミだ。
「どうせまたろくなもんじゃないだろう……」
うんざりした顔で言うと、
「いやまあ聞けよ。涙無しには語れないんだ」
少し悲しそうな笑みを浮かべた。
「なんだよ……」
まあ、どうせ暇だし。少し話に付き合ってやることにした。
「この前商店街で福引をやったんだ」
いきなり語りだした。
それにしても唐突だな……
「で?」
「4等が当たったんだよ。映画のチケット」
そうしてぱっと取り出したのは一枚の紙切れ。
なんだ、これを見せたかっただけか。『ラッキー話を聞けて良かったろ』とか言うんだろう。
「そうか。そりゃあ良かったじゃないか」
「だろ? だがここからが愛と涙の沼崎カレー劇場な訳だよ」
意味不明なことを言い出した。
「なんなんだそりゃ……」
気味悪い奴め。
そんなことを思っていると、米崎がチケットを差し出してきた。
「実はこのチケット……ほれ、ここ見てみ」
「なんだ?」
手にとって良く見てみると、端の方に赤字で印字があった。
『男女1組のみ有効』
「ほう……」
これはまた……残酷な。
「こんなんアリか? 酷くないか?」
半泣きの米崎。そりゃあ、せっかく4等当ててこの仕打ちじゃあなあ……まだポケットティッシュの方が役に立つ。
「まあ、酷いな……」
さすがに同情を禁じえない。
「独り身の俺にはどうしようもないことこの上ないだろ? 涙のカレー劇場だろ?」
「ああ、愛はないな」
「言うべきはそれかよ、おい……」
一瞬素に戻る米崎。
「まあ、そんなわけだからさ、お前隣に地元の人が住んでただろ? 仲良かったんじゃないかと思ってさ。誘ってみたらどうだ?」
また話が飛んだ。
「は?」
頭がついて行かない。誘うって?
「だから、お前にやるって言ってるの」
そんなわけで映画のチケットを押し付けられた。
「ああ……」
あいまいに笑ってみせる。
米崎が佐倉さんのことを覚えていたのは驚きだ。チケットをくれたのはもっと驚きだが。
佐倉さんと映画ねえ……


「今日はきつね丼でーす」
ほかほか湯気立つどんぶりを、稲穂が運んできた。
「今日『も』だろ」
まあ、美味いんだが。
「1日1回はきつね丼食べないとね」
「多すぎ」
油揚げ過多で狐になってしまうぞ。
「気分だよ、気分」
にこにこ笑う稲穂。そんなに嬉しいのか……
「「「いただきます」」」
タイミングぴったり。
思わず三人顔を見合わせて笑う。
なんとも平和な食卓だ。
これまでほとんど一人だったからなあ……稲穂が来てから生活がだいぶ変わったな。
ああ、そうだ。映画のこと言わないと。
「佐倉さん、映画行きませんか?」
食事が終わってからでもいいかと思ったが、ゆっくり味わっている佐倉さんに聞いてみた。
「え? 映画?」
「ええ、チケットもらったんですけど……」
そう言って佐倉さんの前にチケットを出す。男女ペアのみという残酷なチケットだ。
「へえ、どれどれ……ふうん、沼崎駅まで出なきゃいけないんだ」
ちなみに沼崎駅は最寄り駅から2駅隣。学校は市街から少し離れたところにあるわけだ。
「あれれ、これって有効期限あるんだね」
声をあげる佐倉さん。そんなこと書いてたっけ……?
手にとって確認をしてみると、確かに端っこに書かれていた。
「ほんとですね……って、今週中か」
えらく急な話だな……米崎がいつ福引をしたのか知らないが、もう少し余裕を持たせても良かっただろうに。
「ごめんなさい、私今週中はちょっと……」
「ダメですか」
「うん、学校がね……」
残念そうな佐倉さん。まあ、4年にもなるといろいろ忙しいんだろう。
「そうですか……」
さて、どうしたものか。
せっかく米崎がくれたのになあ……
と、チケットを見つめていると、佐倉さんがぽんっと手を叩いた。
「あ、そうだ。稲穂ちゃんと一緒に行ってきたら?」
最良の考えと言わんばかりの満面の笑み。指名された稲穂は、
「え? 私?」
急に話を振られて良くわかっていない様子。
「稲穂か……映画行くか?」
「えっと……行く? ビデオじゃなくて?」
……は?
チケット見せてるのにビデオも何もないだろうに……
「劇場だよ……って、行ったことないのか?」
と聞いてみると、
「うん、ない」
あっさり返事が返ってきた。
まあ、映画館に行く狐もいないか……いや、ビデオ見てるってだけでもやや驚きなんだが。
「じゃあちょうどいいじゃない。行ってきたら?」
何がちょうどいいのかわからないが、佐倉さんが力いっぱい勧める。
「じゃあ、行くか……」
「なんだかわからないけど、うん。行く」
これは……デートになるんだろうか。なんとなくそんな考えが浮かんできた。
そしてきつね丼の最後の一口を飲み込んだ。


「さあて、三角だ」
「再びー」
テンション高いな。
「まずはどうでもいい定理を2つ」
一応教えとかないとなあ……もしかしたら使うかもしれないし。
「どうでもいいの?」
予想通り、首をかしげる稲穂。
「大学受験ではどうでも良くないが、大学入ってからは使った覚えがない」
「ふーん……」
とりあえずは納得した様子。
まあ、実際に大学の物理触らないと実感できないよなあ。


まず、この図が基本になる。
ある角の対になる辺が小文字で表されることを覚えておくように。

これが正弦定理。

これが余弦定理。
サインは正弦、コサインは余弦。そう呼ばれるからな。ちなみにタンジェントは正接。別に覚えなくてもいいが。
で、まあ一応証明する。

この赤い線。
この長さはいくつだ?

「えっと……ここが直角だから……sinA?」
「c倍しなきゃな。比だから。ってことで答えはcsinAだ。で、これはasinCでもある」
「え? あー、ほんとだ。角Cを基準にしてみるとそうだね。」


ぐりぐりと稲穂が書き足した。

……まあ、そんな感じだ。というわけで式にすると、

と、こういう風になる。
AとBの角を使っても一緒な。角Cから辺cに線を下ろせばいい。
BとCも同じく。角Aから辺aな。
で、2Rってのだが……

この場合、角Bと角B'は等しい。
で、赤い線の角Aは直角になる。
こうなったとき、辺aの長さは直径……つまり2Rってわけだ。
で、それをサインとどこかの辺の関係で表すと?

「えっと……サインでしょ? 角Aが直角だから……」

「ってことでいいの?」
「うん、まあOKだ。で、さっきも言ったが角Bと角B'は等しい。だから」

はい、証明終わり。

「おおー。凄いね。綺麗」
感動している稲穂。まああまり使わないんだが。
次、余弦定理。

新たに点Dを定義する。
三平方の定理と、さっき求めたのを利用すると……

こうなる。
で、三平方に代入。
がりがり計算。

こうなる。

「えっと……最後の段のが良くわかんないんだけど」
「ん? ああ、教えてなかったか」

こうなる。三角関数の何乗ってのは位置が違うから注意な。ちなみにこれで−1乗とか表しちゃいけない。それはまた教える。−1乗のときは括弧でくくるように。
で、証明は……

xとyとrの関係は直角三角形のそれぞれの辺だったよな? だから三平方の定理でこうなるってわけだ。
「ふんふん。だから最後は……」

「こうなるわけね」
「OKだ。ちなみに各辺と角を入れ替えても成り立つから」
でまあ、ここまでは参考程度に覚えていれば良い。
次、そこそこ使う公式。

「うわ、なにこれ」
露骨に嫌な顔をして引く稲穂。
「なにって言われても……そこそこ便利だぞ。証明するか?」
「えっと……うん。一応」


まず、こういう図を考える。
緑の線のところを基準に取るから、ここを長さ1とする。で、次。それぞれの辺の長さを、分かるところだけ書き込んでみる。

でまあ、βの角がある三角形は、斜辺が長さcosαなわけだ。つまり、

こうなる。
で、右上の小さい三角形に注目すると、

なぜこの角がβになるかは省略。三角形の内角の和が180°であることを使って導いてくれ。
で、斜辺がsinαだから、それぞれの長さは、

こうなる。

「ん? んー、んー……うん。そうだね」
変な角度に首を傾けながら、稲穂が頷いた。
どうも角度が左下にないと落ち着かないらしい。
それなら紙を回せばいいのに……

で、また大きな図に戻る。

さて、赤い線の長さは?
「そんなの決まってるよ。sinαcosβ+cosαsinβ……って、あれ?」
気付いた様子。
「そう。sin(α+β)でもあるよな。はい、証明」
簡単なことだな。面倒だが。
「ほんとだ……すごいね。えっと、じゃあ水色の線は……cos(α+β)だよね?」
「下の線の長さは、cosαcosβだよな?」
「うん。で、それから短い部分を引くんだよね。これは……あ、上のsinαsinβと一緒なんだ」
図形とにらめっこする稲穂。なかなか勘がいいな。
「そう。だから、cos(α+β) =cosαcosβ−sinαsinβってわけだ」
「ふー……すごいね」
ため息をつく稲穂。反応が素直だから面白いな。
「だろ?」
とはいえこれそのものはあまり使わないんだな、これが。

ここから導き出される式がある。それを割とよく使う。

分からないって顔してるな。

さっき導いたこの式から得られる。
どうするかというと、足し算だな。

「ああ、後ろのは消えちゃうね」
「ああ、で、2sinαcosβが残るわけだ」

成立。と。
で、これのα=βの場合を考える。α−βは0だよな。sin0=0だから後ろは消える。α+βのところは2αになるよな。ってことで、

これで2倍のサインに対応できる。

「対応?」
「まあ、後で使うんだよ」
多分。

次、コサインの倍角。α=βのときは、すぐわかるよな。

「うんうん。これは簡単だね」
「で、さっき教えた二乗同士の足し算を使うと」

こんな風にできるわけだな。
「えっと……」

「これを代入したんだね」
「当たり。これから導かれることは……」

こうなる。まあ、移項すれば出てくるな。
これは結構重要だから覚えておくように。次数下げは結構使うぞ。

あと、こんなのもあるんだが、


アルファとaをごっちゃにしないようにな。
まあ、俗に三角関数の合成とか言われてるが、使わない割に説明が面倒なので省略。ああ、受験するなら覚えておいたほうがいいな。センターでも出やすいし。

「うー……」
頭を抱える稲穂。まあ、これだけいっぺんにやれば疲れるわな……
「ま、じっくり覚えて行けばいいさ」
「結構覚えること多いよね……」
「当たり前だろ……少なかったら全国の受験生は苦労しない」
今この瞬間にも、どこかで同じことを勉強してる受験生がいる……大変だな。もはや他人事だが。
「私は、受験するわけじゃない……」
「だが量子やるんだろ?」
勢いとはいえ、はっきり言ったからな。
ここにいる理由そのものだし。
「う……」
「これさえ乗り切れば微積だぞ。エレガントだぞ。華麗だぞ」
適当な言葉を並べてみる。
まあ、実際挫折する人が多いから、使うことができれば格好いいだろうな。
「エレガント……華麗……」
小さくつぶやく稲穂。頭の中でどういうビジョンが繰り広げられているのか知る由もないが、
「なんだか分からないけど、頑張るよ」
まあ、やる気を出したからいいとしよう。
「よしよし、その意気だ」

「さて、最後」
新たに稲穂ノートのページをめくると、
「ええっ、まだやるの……?」
いかにも疲れましたという様子で稲穂が声を上げた。
「だから最後だって」
「今日は長いね……」
俺もそう思う。
だがある意味一番重要だ。
「まあ、我慢しろ」
そう言うしかない。

今まで60°とか180°とか使ってきたよな?
今日からこれはほとんど使わない。
いや、三角を使わないって訳じゃないぞ。つまりだな……稲穂。円周の求め方を知ってるか?
ああ、そうだ。『2×(半径)×3.14』だな。よく知ってるじゃないか。でまあ、円周率は「π」で表すから、半径rとすると『2πr』になる。
180°のかまぼこみたいな扇形なら、『πr』だよな。
まあ、円弧は半径に比例するってこった。
で、なんで180°のときの扇形の弧がπrになるのかというと、360°のときの半分だからだよな。つまり、360°のときを基準にしてるわけだ。60°なら6分の1になるし、40度なら9分の1になる。
だが、これでは面倒だ。いちいち360°に対して何分の1かって考えなきゃならないからな。
そこで考えた。
円の半径と同じ長さの弧ができる角度を1ラジアンと定義してみたらどうか。
こんな感じだな。

さて、そうなった場合。
さっき180°のときの弧はπrだって言ったよな。このときの半径は1だから、180°はラジアンで表すと、『π』になる。360°は『2π』だな。
つまりこれからそう呼ぶ。
「へ? 何度っていうのは?」
「あまり使わないな」
実験でデータを取るときは使うこともあるが……計算上ではまず使わないな。
「そうなんだ……えっと、90°はπ/2でいいの?」
「OKだ。その辺だけ覚えてりゃいいだろう。慣れないうちは対応表を作ってもいいかもしれないな180°を基準に、πの何倍かで」


「はえー……疲れた……」
ばったり後ろに倒れこむ稲穂。まあ今日はよくついてきたと思う。
「お疲れ。今日はハードだったな」
「復習しなきゃー……」
そうつぶやきながら床をごろごろ転がる。佐倉さんから借りた服にほこりがついているが……いいんだろうか。
「まあ、これだけやるには高校で2ヶ月とか使うからな。1日でやれるような量じゃない」
多分そのくらいかかったはず。
なにぶん昔のことではっきりとは覚えていないが。
「そんなの教えたんだ……疲れるわけね……」
「必要な公式はメモとっとけよ。テスト受けるわけじゃないんだから、それ見ながら勉強したって構わないし」
逆を言えば、受験生は全部覚えなきゃいけないってことだな……
同じことを考えたのか、
「受験生って大変だね……」
と、稲穂。
「ああ、思い出したくもない」
もう二度とやりたくないな。
……来年院試じゃないか。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
深くは考えないことにした。

「そういや映画どうする?」
「んー、私はいつでもいいけど」
そりゃそうだ。
「じゃあ明後日で。明日は復習でもしてな」
今日やった量はなかなか多かったし。
「わかったー」
笑顔の稲穂。
……今気付いたが、2駅電車に乗るんだよな。
もしかして、稲穂の分も電車賃払うのか……? まあ、金持ってるようには思えないしなあ。
なんとなく、先が思いやられるような気がした。


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