Fox & Mathematics
     〜べんきょう、しよう〜

  二次関数のお話



駅が見えた途端、駆け出す稲穂。
「早く早く!」
「そう焦るなよ……」
電車は初めてだと言っていたが、あんなにはしゃぐとは……
渡した切符を物珍しそうに観察する稲穂。
「そこに入れるんだ」
改札機に切符が吸い込まれる。
「うわ、凄い。開いた! 開いたよ達哉!」
目を輝かせて喜ぶ稲穂。
「少し静かにしろよ……」
恥ずかしいったらない。
ホームに出たらホームに出たでまたはしゃぐ稲穂。
「ほらほら、なんか凄い。鉄の棒がずっと向こうまである!」
「だから少し静かにしろって……」
どうも目に映るもの全てが新鮮らしい。
とはいえはしゃぎすぎだ。
「大体お前さ、前は草神にいたんだろう? 電車乗ってきたんじゃないのか?」
「ううん。歩き」
「徒歩かよ……」
丸1日ぐらいかかりそうだが……
通過電車の接近放送が流れる。
残念ながらこの駅……実ヶ池は各駅停車しか止まらない。
しばらくすると、轟音を立て列車が通過してゆく。相変わらずうるさい音だが……
「きゃあ!」
それに驚いたのか、稲穂が抱きついてきた。
「ちょ、稲穂」
赤いヘアバンドが目に入る。相変わらず役不足っぽい雰囲気はしているが、なるほどこれがないと……なあ。
列車が通過してしばらくすると、元の静寂が戻ってくる。
「な、なに今の……」
恐る恐る顔をあげ、そう聞いてくる稲穂。
「なにって……電車だよ」
「あれが……? どうやって乗るの? あんなの乗れないよ」
……飛び乗るつもりかよ。どれだけ運動量があると思ってるんだ。
「通過電車だよ、まったく……ほれ、来たぞ」
先ほどの通過電車とは違い、各駅停車がゆっくりと駅に入ってきた。
「あ、これなら大丈夫だね。どこに掴まるの?」
掴まらないっての。
「黙って見てろ……」
完全に停車。空気音を響かせて目の前のドアが開いた。
「うわ! 開いた!」
予想通り驚く稲穂。
「乗るぞ」
「うわー、うわー」
はしゃぎすぎ……
とりあえずあまり混んでないのが救いか。
「あ、動き出したよ……ととっ」
慣性力にバランスを崩す稲穂を抱きとめる。
「お前ね……少し落ち着けよ」
「初めてなんだもん。仕方ないよ。うわ、どんどん速くなってるね!」
人の話も全く聞かず、今度はドアに張り付く稲穂。
「うわー……」
流れる景色を見つめ続ける。
……まあ、静かになったから良しとするか。
窓から見える景色は、田畑が目立つ。比較的田舎だからなあ……
しばらくして次の駅、新沼崎に到着した。
「新沼崎、新沼崎……車内に忘れ物等ございませんようお降りください」
単純に新しく出来た駅だから新沼崎なんだそうだ。最寄の実ヶ池とさして景色は変わらない。
「降りるの?」
「まだ。次」
「うんわかった」
そしてまた外に目を向ける稲穂。
まんま子供だよな、こいつ……
映画も見たことない。電車も乗ったことない。どうも稲穂の一般常識レベルを測りかねるな……
あー、そういえば次は何を教えようか。
数学はあと微積ぐらい……あ、複素関数か。それと行列。ってか、物理やってないな……ああ、二次関数の解法も必要だな。判別式は知っておいた方がいいだろうし。
「沼崎、沼崎……」
と、考え事をしているうちに沼崎に着いてしまった。
「降りるぞ、稲穂」
「うん」
車内のほとんどの人が席を立つ。でもホームにはこの電車に乗ると思われる人がかなりいる様子。
「うわ……大きい駅だね」
降り立つと同時に、息をつく稲穂。
「まあな」
一応市の名前を付けてるわけだし。
跨線橋を渡り、乗るときと同じように改札を通る。
稲穂はさっきのようにはしゃぐことはなかったが、終始ご機嫌の様子だった。
どうも切符を入れて改札が開くってのが楽しくて仕方ないらしい。
「さて、映画館は……と」
記憶が正しいなら右のほうなんだが……
「人がいっぱいだね」
「そりゃあまあ、一応市の中心駅だからな」
夕方は思ったより人がいるな。バスターミナルがある側だから余計にそうなんだろうけど。
「達哉」
「うん?」
「腕組んでいい?」
上目遣いの稲穂。急になんだ……?
「……何ゆえ」
「ほら、あの人もやってるし」
指差す先には、仲睦まじいカップルの姿。確かに、ご両人は腕を組んでいらっしゃる。いらっしゃるが……
「あー、あれは恋人同士だからであってだな……」
「デート……だよね」
「お前の知識はどうしてそう偏ってるんだ」
映画を知らないくせにデートは知ってるなんて、おかしいだろ。
しかしその突っ込みを気にした様子もなく、
「私たちはデートじゃないの?」
と、きわどい質問をぶつけてくる。
「デートがいいのか?」
「……うん」
頷いた稲穂。
なんだ? デートに憧れてでもいるんだろうか。
「気の持ちようだろ、そんなの。稲穂がデートだと思えばデート……」
って、何言ってるんだ俺は。
「そうなの? 達哉はどう思ってるの?」
ついにストライクな質問が飛んできた。
「そ、それは……」
……さすがにどう言えばいいのか。
困る俺。
見つめる稲穂。
と、そのとき天の助けとも思える声が。
「あんまり困らせてるんじゃないよ、稲穂」
「ね、姉ちゃん? 何でこんなとこに……」
稲穂の姉さんだ。確か……初穂さん。
今日はさすがに袴じゃなくて洋服だ。だいぶ印象が違うな……
「それは私のセリフ。何やってんの?」
「デートだよ」
「おい、稲穂……」
即答かよ。もう少し考えろっての。
「デートかぁ。あはは」
明るく笑う初穂さん。どうも話半分といった様子だ。そりゃあまあ、稲穂が言ってもなあ。
「ま、頑張ってよ。えっと……」
「都です。都達哉。自己紹介してませんでしたね。」
神社に行ったときはいろいろあったからなあ。またゆっくり行きたいな。
「そっかそっか。まあ都君、変な奴だけどよろしく頼むね」
よろしく頼まれてしまった。その変な奴はというと……
「変な奴は余計! 姉ちゃんこそ何しに来たのよ」
なにやら不機嫌だ。
「あたし? あたしはお使い。大きな店ってここぐらいしかないでしょ?」
確かに。
泣いても笑っても地方都市だからなあ……
「姉ちゃんも電車乗ってきたの?」
「まさか。この程度の距離、自転車使わなくてどうするのよ」
まあ、そうだろうな……ちなみに実ヶ池駅から沼崎駅まで自転車で30分弱かかる。
そういう割には自転車の姿が見えないが……まあ、駐輪場かどっかに置いてるんだろう。
「自転車……」
「なんだ稲穂、まさか乗れないのか」
冗談めかして言ってみると、
「うん……」
なんと図星だった。
しょんぼりする稲穂。そりゃあまあ、小学生でも乗りこなしているしなあ……
「乗れないというか、そもそもその必要が無かったからね。遠出するような用事はなかったし」
と、初穂さん。
「そうなのか?」
「うん」
まあ、必要なかったら乗らないわな……
その割に草神から歩いてくるのがわからん。
一つため息をつくと、しょんぼりする稲穂に尋ねた。
「……乗る練習、するか?」
「えっ……?」
意外そうな顔をする稲穂。そんなに驚かなくても……
「佐倉さんも俺も自転車持ってるしさ。練習」
場所はまあ、どこだってあるだろう。
「いいの?」
「量子教えるほうがよっぽど大変だ」
体と頭。使うところは違うが、片や小学生でも習得可能、片や大学生でもお手上げの場合あり。
「いいじゃない。教えてもらいな、稲穂」
初穂さんもプッシュ。
なぜだか楽しそうなのが気になるが。
「ありがとう、達哉!」
そう言って稲穂が飛びついてきた。
「おい、稲穂……」
多少ならずとも周りに人がいるってのに。
そんな俺たちの様子を見て、けらけら笑う初穂さん。
「おー、おー、見せ付けてくれますねぇ……と、あたしはそろそろ行くよ」
「うん、じゃあね姉ちゃん」
ぶんぶん手を振る稲穂。
片方の手はいつの間にやら俺の腕を絡めとっている。
「お気をつけて」
「ありがと。じゃあね」
にこっと笑った初穂さんは、やっぱり稲穂に似ていた。

すっかり忘れていた。上演時間のことを。
映画館に着いて確認してみると、幸運なことに開演15分前とちょうどいい時間だった。
ちょうどいい時間だったのだが……
「……これか」
まあ、チケットが男女ペアって時点でそうかもしれないとは思っていたが……
どうもお約束通りの恋愛映画のようだ。
「いやしかし……うーん」
まるっきりデートじゃないか。
いや、でもデート用のチケットだったんだろうけどさ……
「どうしたの? 早く行こうよ」
考え込む俺を稲穂が急かした。
「あ、ああ……」
まあ、ここまで来たら見るしかないか。

中に入ってみると、意外にも半分ぐらい席が埋まっていた。うーん……
「いいか、上映中はずっと静かにしていろよ。何があってもだ」
一応釘を刺しておく。
「うん」
神妙な顔で頷く稲穂。
「騒いだらすぐに出て行くからな」
「わかった」
……まあ、信じるか。
ここまで言ったら騒ぐことはないだろう。
「ここでいいか……」
適当な席を選んで座る。後ろのほうの正面よりは少し左。万一のときすぐ逃げ出せる位置だ。
「何か飲むか?」
腰を落ち着けてみれば少しのどが渇いた気がする。
「えっと……オレンジジュース」
「わかった」
財布を持って席を立つ。
「大人しくしてろよ」
「うん」
キョロキョロ周りを見回してはいるが、どこかにふらふら行ってしまいそうな雰囲気ではなかった。
稲穂のオレンジジュースと、俺のコーラ。カップに注ぐタイプのジュースだったから、少し時間がかかった。
はぁ、やっぱ高いな。このカップで100円か。
両手にカップを持ちながら席に戻る。
稲穂がジュースを受け取ったと同時に照明が暗くなった。
数本の広告の後、映画が始まった……

ラブロマンス。
まあ、内容を一言で表せばそうなるだろう。
普段全く見ることのないジャンルだが……正直に言ってしまうと、面白かった。
クライマックスでは不覚にも目が潤んでしまったし。
最後には結ばれるお約束なハッピーエンドだったが、心に染み渡る幸せな結末だった。
「はぁ……」
ENDの文字が出た後も、余韻に浸ることしばし。
すっかり忘れていたが横の稲穂を見ると、ぼけーっとこちらを見ていた。
「出ようか、稲穂」
「あ、うん」
どうもまだ余韻に浸っているらしかった。

二人して映画館から出ると、空はもう真っ暗だった。
まあ、街の明りはそこそこ明るいが。
「どうだった?」
「ビデオで見るのと、全然違った」
そう答え、はーっと一息つく稲穂。
そりゃそうだろう。比べちゃいかん。
「たまにはいいもんだろ」
「うん、また来たいな」
「機会があればな」
あるかどうか分からないが。
……でもまあ、いつかまた来てもいいかもしれないな。チケットなくても。
「なんか食べてくか?」
普段ならそろそろ夕食の時間。
デートならこのまま食事ってコースもありなんだろうけど。
「うーん、どうしよう」
指を口にあてて少し考える稲穂。
すぐに賛成するかと思ってたが……意外だな。
あー、でも卵の賞味期限そろそろだったかも。アパートに帰った方がいいかもな。
そんなことを思ってるうちに、稲穂の中で結論が出たようだ
「でも、ゆかりちゃんが待ってるかも知れないよ」
「それもそうか……」
それじゃあ、帰るか。
稲穂も楽しめたみたいだし、来て良かったな。
少しだけ米崎に感謝しながら、稲穂と共に帰路についた。

「ただいまー……うわ」
202号室のドアを空けた稲穂が、変な声を出した。
何事かと覗いてみると、
「どうした稲穂……うわっ」
佐倉さんが部屋の入り口で倒れていた。
慌てて抱き起こし、方を揺さぶりながら声をかけた。
「さ、佐倉さん! 大丈夫ですか!?」
うっすらと目を開く佐倉さん。
「……え? 都君?」
数瞬のあと、佐倉さんは自分で体を起こした。
「あれ……今何時?」
暗い部屋に気付いたのか、俺を見上げて首をかしげる。
「何時って……何ともないんですか?」
見たところ大丈夫そうだけど……
「え、なにが? ふぁ……」
「もしかしてゆかりちゃん、ただ寝てただけ……?」
あくびらしきものを聞き、少し呆れ顔の稲穂。
「そうだけど」
平然としている佐倉さん。この人は……
「紛らわしい寝方しないで下さい!」
「紛らわしい寝方しないで!」
稲穂と俺の声がきれいに重なった。


「さて、今日は二次関数だ」
結局あれから晩ご飯の仕度を始めた。
当然のことながら、食事が終わった時間は遅い。
必然的に勉強時間が短くなる。
「関数? 前にやらなかったっけ?」
「関数はやったが、その中でも特に二次関数についてだ」

まず、一般的な二次関数の形。

グラフはまあ、大体こんな感じになる。


青がa>0のとき、赤がa<0のとき。

「上向きか下向きかはaで決まるんだね」
「ああ、それぞれ上に凸、下に凸と呼ぶ」
「トツ?」
「ああ、上に凸は上に出っ張っているように見える赤。下に凸は下に出っ張っているように見える青のほうな」

でまあ、一般的な二次関数は頂点がずれてるもんで、例えばこんな関数があったとする。

グラフはこうなる。

でまあ、この頂点……ああ、下向いてても頂点な。その頂点を調べる方法は、こういう形に直す。

このとき頂点は、

になる。
じゃあ、今の関数でやってみる。

こうなる。
もう一度グラフを見て見ると、確かに頂点が(−1,−8)になってるよな。
一般的な式に直すと、


「えっと、代入すると……a=2、b=4、c=−6だから……」

「ほんとだ。合ってる」
「まあ、これは暗記する必要はない。プロセスだけ覚えてればいいからな。あと、わざわざこんな方法で頂点求めたりしないし」
面倒なことこの上ない。
「え、じゃあどうやるの?」
「微分。それはまた今度」

でだ。次に求めたいのはx軸との交点。
これは有名な公式があって……

中学とかはこれを見て数学から脱落する奴がいるそうだ。
まあ、丸暗記だな。
え、証明してくれって? ……手順は知らないんだが、まあやってみる。
交点だから、

だろ? それからさっきの変形を使って……

こんなとこか。えらく丁寧にやってしまったな……

「じゃあ、さっきので試してみるね」

「んー……合ってるみたいだね」
「大丈夫みたいだな。このx軸との交点を求める式を、『解の公式』と呼ぶ。まあ、二次関数のイコール0を満たすxを探す公式なわけだ」

もちろん、交わらない二次関数だって存在する。
こんなのだな。

解の公式に入れてみな。
「うん」

「あれ、ルートの中がマイナスだ……」
「二乗して負になる数はないよな。つまりこのxは存在しない。グラフにしてみると」

この通り。x軸とは交わらない。

「ちなみにルートの中が0だったらどうなる?」
「えっと……プラスマイナスが0なんだよね」
少し考える稲穂。
「1点だけで交わるってこと?」
「だな。正確には2つの点が重なってるだけなんだが。つまり頂点がx軸上に存在するってわけだ」

つまり二次関数は、解の数で3種類に分けられる。
2点で交わる、1点でのみ交わる。交わらない。この3つ。
そろそろ気付いていると思うが、この3つを決めるのは……
「ルートの中?」
「当たり」

このルートの中だけを取り出して、判別式と呼ぶ。Dと書くんだけどな。

D>0のとき解は2つ。
D=0のとき解は1つ。
D<0のとき解はなし。
これが意外と便利なんだよ。
高校のときはその存在を軽んじていたんだが、意外と重宝する。覚えて置くように。

「終わり」
「早いね」
比較的簡単だしなあ。
というか、横で佐倉さん寝てるし。すうすうと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。あんまりガチャガチャできないだろうな……
「晩ご飯が遅かったからな……」
「そうだよね。ふぁ……」
あくびをする稲穂を初めて見た気がする。
基本は夜行性だって本人も言ってたからなあ。
多分俺や佐倉さんの生活リズムに合わせるのって、俺たちが夜型生活になってるのと同じような感じなんだろうな……
「疲れたか?」
「うん、ちょっと」
少し苦笑いの稲穂。
まあ、昼間結構はしゃいでたからなあ……
「まあ、ゆっくり休め」
勉強道具を片付けると、よっこらせと腰をあげた。
「達哉」
「んー?」
稲穂の声に振り向くと、じっとこちらを見ていた。
「えっと、ありがと」
照れたような笑みを浮かべ、小さくそう言った。
「……変な奴だな。まあ、どういたしまして」
「えへへ……おやすみ」
また小さくあくびをする稲穂。
「ん、おやすみ」
そう言って佐倉さんの部屋から出た。
今日は疲れたな……いろいろと。
そう思いながら、一つ息をつく。
……でもまあ、こんな日もありか。
なぜだか少しおかしくて、ふっと笑う。
そして、自分の部屋のドアを開いた。


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