Fox & Mathematics
     〜べんきょう、しよう〜

  積分のお話2



先生がテストの終了を告げる。
終わったらさっさと出て行ってもいいこのテスト。
誰も途中で教室を出なかった。
教卓に答案用紙を置くと、足早に教室を出る。
「どうだったよー、都ぉー」
なにやら疲れた声の米崎が追いかけてきた。
「まあ、あんなもんだろ……疲れてるな」
結構問題数あったからなあ……
「ああ……まあな」
米崎の場合、寝不足もあるんだろうけど。
7月も終わり。
強い日差しはこれからピークを迎える。
「とはいえ、やっとテスト終わったな」
やれやれだ。
「甘いぞ都」
不敵に笑う米崎。なんだ?
「俺はまだ1つ残ってる」
格好良く親指を立てられてもなあ……
なんだか悲壮なんだが。
「……頑張ってくれ」
俺はそれだけしか言えなかった。
「ああ……というわけで図書室にこもるわ」
気付けば図書室前。
まあ、今から学食行っても、テスト終了直後の生徒で溢れてるだろうからなあ……
「無理すんなよ」
しばらく涼んでから空いてる学食へ……米崎曰く最近のパターンらしい。
「まあ、あと2日でこの苦しみともおさらばさ」
再履修か。結構プレッシャーだろうなあ。
もう1年同じ科目なんて悪夢だしな。
「そうか……まあ、頑張れよ」
「ああ。と、そういえば夏休みいつ帰るんだ?」
と、米崎。
あー、いつ帰ろうか……別にいつでもいいんだが。とりあえず稲穂に積分教えたら帰るかな。
「そうだな……遅くて来週ってとこか」
今日教えるぐらいで積分はいけるだろうから……と、あとは佐倉さんの都合もあるか。
「来週か……じゃあ遊べないな。ずっと帰ってるんだろ? 俺夏休み前半はずっとバイトだからさ……」
バイトか。そういえば米崎、去年も夏休み短期のバイトやってたっけ。
「実家には?」
「後半帰る」
なるほど。
それじゃあ遊べないな。米崎の実家は隆山だし。ちょっと遠い。
「そうか。じゃあまた、新学期だな」
「おう。良い夏休みを」
「ああ、お互いにな」
図書館に向かう米崎を見送ると、ぐぐっと伸びをしながら大学の門を出た。
「終わったー……」
この開放感。
高校時代も味わってきたが、やっぱいいもんだよなあ。
テストがきついほどこの瞬間が幸せに感じる。
この蒸し暑さですら心地良いというか、世界が輝いて見える。
門の前にぼーっと立って、そんな気分に浸っているときだった。
「たーつやー」
「ん?」
右のほうから聞き覚えのある声がし……
「ぐあっ!」
左に跳ね飛ばされた。
「…………」
次に気がついたのは、地面の感触。太陽に熱せられてなかなかいい温度だ。
……何だ?
何が起こったんだ?
「だ、大丈夫、達哉……?」
稲穂? なんで稲穂の声が?
「痛てて……」
取り合えず、目立った外傷はなさそうだ。ズボン越しに感じるアスファルトがやたら熱いので、さっさと立ち上がる。
「達哉……?」
声のするほうにふと目を向けると、自転車にまたがった稲穂がいた。
つまりはこいつに跳ねられたわけか。人身事故か。
「稲穂、なんてことを……痛てて……」
右の太ももが痛む。見るとズボンにくっきりタイヤの跡が……
「ご、ごめんね達哉!」
「まあ、大丈夫だが……ってか、自転車?」
佐倉さんの姿はないし……一人で乗ってきたのか?
「うん。乗れるようになったんだ!」
嬉しそうな稲穂。
それは結構なことだ。だが……
「だからってお前……あー、痛い」
地面に打ちつけた左肩も痛い。
完全に不意打ちだったもんなあ。
「嬉しくてつい……本当にごめんね」
嬉しいと横から激突するのか。お前は。
と、声に出さずため息を一つ。まったくこいつは。

稲穂の話によると、特に目的地があったわけではないらしい。
しいて言うなら俺を迎えに来たんだそうだ。道は佐倉さんに教えてもらったらしい。まあ、大学までの道はそんなに複雑じゃないからな。
「いつ練習してたんだ?」
隣で自転車を押す稲穂。
こうして並んで歩くなんて映画にいったとき以来だ。
「昼間。ゆかりちゃんはテストないから」
「そうか……」
4年になるとテストがないのか。
佐倉さんは単位もしっかりとっているらしいし。
「それからね、もうゆかりちゃんには分からないって」
「何が?」
「積分。ゆかりちゃんが習ったのって、この前やったところまでなんだって」
「そうなのか……」
まあ、文系ならそうだろうな。
あー、複素数教えてないぞ。どうしよう。
「それとね、偏微分も知らなかった」
必要になったらでいいか……
「そりゃ、使わないからな」
偏微分はな……というか、文系の場合にどこまで数学を勉強するのか知らないぞ。
そうか。稲穂にそんなとこまで教えたんだな。
数学だけだが。
「もうすぐ数学は終わりだ」
「ほんと?」
「ああ、でもまだ同じくらい物理が残ってるがな」
どこから教えるか……やっぱ力学の続きかな。
「そっか……じゃあ半分くらい来たんだね」
「多分な」
もしかしたら物理の方が多いかも。
数学は大体教えたから、なんでもできそうだしな。
「あちー……」
アスファルトの照り返しがきつい。
夏休みは稲穂にみっちり物理を教えることにしよう。


「積分だ」
「積分っ」
シャーペンを振り回す稲穂。危ない。
「奥が深いぞ」
「深い深い!」
勢いよく稲穂ノートを開く稲穂。破れるぞ。
「テンション高いな……」
「久しぶりだもん」
ま、低いよりはいいけどさ……

「早速だが、この積分をやってもらおう」

「うん。えっと、微分してxcosxなんだよね……って、微分して?」
まあ、できないと思うが。できたら今日教えることなくなるし。
「えっと……うーんと……」
「よし、じゃあこれはどうだ?」

「わかんないよ……」
さじ投げ1秒。
諦めるのは良くないな。
「よーく見てみろ。積の微分が使えないか?」
「え……?」
じっと見つめること40秒。
少し時間がかかったが……
「あ……ほんとだ。xとサインだよね。じゃあ……」

答えにたどり着いた。
「微分したら……xだけ微分してサインが残って、xを残してコサインが出てきて……」
「ああ、正解だ」
積分は微分の逆。ちゃんとできてるみたいだな。

でだ。これはだな……

これと一緒だろ?
つまり……

こうできるわけだ。

「あー、それで最初のを解くんだね」
「そういうこと。この手法を部分積分と言う」

一般形を書くと、

こんな感じ。
今の計算の場合、fがxで、gがsinxだな。
まあ、積分しやすいようにfとgを決めるんだが、それは慣れだ。問題をこなしたら見えてくるだろう。
普通はxの何乗ってのを次数下げのために使うな。後で微分されるから。

「……よくわかんない」
「んー……じゃあ、問題やってみるか」
「うん」



最初の問題から。ヒントは、見えてなくても1はある。

「これでいいかな?」
「元の式の1は、xが微分された姿ってわけだな……ああ、OKだ」
「で、lnxを微分したものはx分の1だから……」

「……lnのlと数字の1って紛らわしいね」
「気にするな。ln1=0だし。はい、続き」

「これでいいの?」
「ああ、大丈夫だな」
「じゃあ、次の問題……」

「次数を下げるんだよね……で、マイナスのコサインが微分された姿がサイン」
ちゃんと分かってるみたいだな……
「ああ、そのままやってみろ」
「前半は……」

「cosπって−1であってたよね……」
稲穂ノートをぱらぱらめくる。
「うん。じゃあ後半……」

「こうだから……あ、もう一回部分積分?」
「だな」
面倒だが。符合にも注意しなきゃいけないし。
「えっと……」

「次数下げ、次数下げ……」
「ちなみにsinπもsin0も値は0だから、前半は無視して良いぞ」
「えっと、うん。そうだね。じゃあ後半……」

「だよね。コサインを微分するとマイナスのサインだから」
「だな。で、二つを足し合わせると?」

「正解……多分」
「多分って」
そんな顔されてもな……多分は多分だ。
「ぱっと正解がわかる問題でもないしな……手順は間違ってない。でも、俺も気付かない計算ミスがあれば間違ってる」
「……頼りないなあ」
呆れたように言う稲穂。
人間、間違いはあるもんだ。
「考え方や導き方がわかればいいの。例題なんてそれが目的なんだから」
「ふーん……」
納得していない様子。
「深く考えるな」
「……じー」
じっと俺の顔を見つめる稲穂。
「なんだよ」
「ううん。ちょっとね」
少し笑ってノートをめくる。
なんなんだ、一体……


さて、部分積分とくればお次は……
「次。置換積分」
「チカン?」
そこだけ繰り返すな。
「置換。置き換える置換」
「あ、置き換えるんだね……変な想像しちゃった」
「あえて突っ込まない」

まあなんというかだ。
ある数を別の数に置き換えると、計算がスムーズに行く場合がある。
やり方は……どうも説明し辛いな。
まず、置き換える。そして積分の変数と積分領域を変える。
で、計算。
……まあ、あれだ。実際やるからちょっと見てろ。

各行について解説する。

これはまあ、分かるよな。とりあえずsinxをtに置き換えた。
で、それに伴って積分領域が変わる。

サインの変化を考えれば分かるよな。
xが0からπ/2に行くと、tは0から1に行く。
これで新しい変数tの積分領域が決定した。
で、次は積分の変数を変えなきゃいけない。具体的には、dxをdtにしなきゃいけないんだ。
これはまあ、両辺をxで微分すればいい。

で、分数のように扱って移項する。
dxとcosxを掛けたものがdtに等しいってわけだ。
で、それらを代入すると……

こうなるわけだ。えらく簡単になっただろ?
あとは計算するだけ。

「ややこしいが、使わなきゃまず解けない問題もある。使うときになったらまた言う。考え方だけとりあえず知っておけばいい」
「わかった。えっと、置き換えて、積分の範囲を変えて、dxも変えればいいんだよね」
「そういうことだ」


ま、こんなもんでいいか。
「じゃ、これで終わり」
「そうなんだ。これで数学は全部終わり?」
「全部じゃないが……一通りは終わった」
あとは複素数と行列か。
行列はさっさと教えときたいんだがなあ。夏休み明けにでも教えられれば。
「ふーん……それでえっと、次はなんだっけ」
「物理だな」
「リョウコ力学って物理なんよね」
「そうだな。量子な」
まだ間違うか。こいつは。
「さて、いつ草神に帰ろうか」
まあ、目標である積分は一応の終わりを見たわけだし。
「……んー、あたしはいつでもいいけど」
そりゃそうだろう。一応家出してる身なんだから、実家にも言う必要はないし。
「まあ、俺もいつでもいいんだが」
「私もいつでもいいよ」
後ろから声がした。
「そうですか……って、いつからそこにいたんですか」
「ついさっき。勉強の邪魔しちゃ悪いと思って」
えへっと笑う佐倉さん。
「いきなり話し掛けられると驚きます」
しかも後ろから。
……まあ、じわじわ視界に入ってこられても困るんだけど。
「都君、そんなに驚いてなかったよ?」
「慣れました」
「矛盾してる……」
なぜだか困った顔の佐倉さんであった。
「うーん、それじゃあ、明後日帰ろっか」
「うん、わかったー」
佐倉さんの提案に、一発で賛成する稲穂。
「それじゃあって……何がそれじゃあなんですか」
全く会話が繋がってないんだけど。
「細かいことは気にしちゃダメだよ、都君」
「そうだそうだー」
連合を組む二人。まるで俺が悪いみたいじゃないか。
そしてそんな俺をほったらかしにして、話を進める二人。
「ちなみに稲穂ちゃんの最寄り駅は?」
「電車には乗ったことないけど、住所は志乃上。ゆかりちゃんは?」
志乃上……そこの高校に通ってたんだよなあ。世間は狭い。
「私は草神からバス」
そしてやっと俺のほうに話が振られた。
「都君は?」
「え? えっと、瀬良ですけど……」
草神市の中で一番隆山寄りだ。
「みんなバラバラだね」
と、稲穂は言うけれど、草神者が3人も揃ってる時点で全然バラバラじゃないと思う。
「んー、とりあえず稲穂ちゃんにはついていった方が良いと思うのよね」
佐倉さんの言うとおりだ。稲穂はついこの間まで電車に乗ったことがなかったんだし。幸い、駅からその神社までの道のりは覚えている。
「……3人で志乃上ですか」
「うん。稲穂ちゃんを送り届けてから解散」
まあ、それが妥当かな……
「わかりました」
それにしても明後日か。ちょっと急だな。
さらに言えば、佐倉さんと一緒に帰省なんて初めてだ。
草神までの2時間弱。何もなければいいんだが……


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