Fox & Mathematics 〜べんきょう、しよう〜 複素数のお話2 「あっつい!」 「暑いな」 草神でバスを待つ。 これがまた意外と乗り継ぎが悪い。 「またえらく薄着だな」 白のノースリーブがまぶしい本日の稲穂。 「そう? でも暑いし……」 ぱたぱたと胸元を仰ぐ。 ……ちょっと見えそうじゃないか。大変目のやり場に困るんだが。 「それはそうと、お前胸ないのな」 ドスッ 「ぐっ……」 腹に鈍い痛みが走った。 「つまんないこと言わないのっ」 気にしてたのか、やっぱり…… そうこうしているうちにバスが来た。 うう、腹が痛い。 そんなこんなで佐倉邸。 そして今日は複素数の続き。 「え、続き?」 「ひと段落したんじゃあ」 不服そうな二人。なんでだ。 「まあまあ。そうあっさり終わっても面白くないでしょ?」 「うーん……」 前回は掛け算をやったわけだけど、今回は割り算について考えてみる。 取り出だしたるこいつ。 ![]() さて、割ろうか。 「え、私?」 きょとんとする稲穂。 「できるとこまででいいからやってみろ」 「うん……」 ![]() 「うんー……?」 いきなり止まるか。 「分母に共役を掛けてみろ。勿論つじつま合わせるために分子にも同じものを掛けるんだぞ」 「共役って……なんだっけ。iのとこが正負逆なんだっけ? 「そうそう」 うなずいたのは志津子ちゃん。 ![]() 「こう?」 分母分子に共役な1を掛けて……その後も大丈夫だな。よしよし。 「あれ? 分母消えそう」 「消えるな」 消えてもらわないとちょっと困る。 ![]() 「あれー? これってつまり、」 ![]() ![]() 「ってこと?」 「正解」 なんとかなったな。うん。 というわけで、前回の掛け算の結果。 ![]() に対して、次のこれが得られる。 ![]() 「引き算なんだね……」 「そうなるな。あと絶対値は割り算。覚えやすいことこの上ないな」 結局かけても割ってもぐるぐる回る。回る方向が逆なだけだな。 さて、ここでちょっと話を変える。 複素数のn乗について考える。 ![]() これな。これをだ、n乗すると、さてどうなる? 「n乗ということは……n倍角度が大きくなりますよね。あと絶対値がn乗されます」 その通り。 志津子ちゃんなかなかやるね。 結果を表すと、こうなる。 ![]() これの、特に絶対値が1のときを考える。つまりrが1だから…… ![]() この式のことをだ、ド・モアブルの定理と呼ぶ。 まあ、なんてことはない。物理やる上ではそんなに重要でもないけど、一応覚えておこうな。 ほんじゃあまあ、ちょっと練習。 ![]() これ解いてみようか。 「え……」 意味分かってない稲穂。 「これって、答えは1じゃないんですか?」 その通り。 「1もあるね。でも基本的に、n次関数の解はn個あるはずだから……この場合は解が3つあるはずだよね」 「えー……?」 「あと2つ……」 短い式を見ながら考え込む二人。 仕方ない。 「ここで取り出すのが、複素平面」 ![]() 「うん。それで?」 「考えろよ」 ド・モアブル出したんだしなんとか分かりそうなもんだが。 「うん……」 再びじっと見入る二人。 やがて、 「3乗して、1……あ!」 志津子ちゃんが思いついたようだ。 ![]() 「ここですか?」 「つまり?」 「えっと……3倍したら2πになる角度だから……」 ![]() 「これですか?」 「正解」 良くできました。 さて、稲穂。 「あとひとつは?」 「えー……?」 「ヒント、2回転」 まんまじゃないか、俺。 「2回……あ」 ![]() 「ここだね? 3倍したらぐるぐる回って1に行きそう」 「正解」 ![]() 「こういうことだな。結局n倍した角度が2πの整数倍になればいいわけだ」 「へえ、これが1の三乗根……繋いだらきっと正三角形だね」 ![]() 「ほら」 「そうだな。ついでに四乗根もやってみるか?」 ![]() 「ま、そうだわな」 「五乗根は……72°ずつかな?」 む、なんか稲穂がうきうきしてきてるぞ。 「うん、じゃあ……」 ![]() 「あ、正五角形になりそう」 ![]() 絶好調の稲穂。 「達哉、達哉」 「なんだ?」 「面白い」 子供のように笑う。 正五角形ひとつで幸せになれるとは安い奴め。 「良かったな」 しばらくして…… 「じゃん、できあがり!」 「ほう」 ![]() 六角形と七角形か。 「へえ、なかなかいい出来じゃないか」 「でしょー」 楽しそうな稲穂。 まあ、勉強は楽しまないとな。 さて、話は変わってと。ちょっと思い出してみようか。 「思い出す?」 ああ、思い出す。 複素数の計算でだな……絶対値はこの際置いといて、 ド・モアブルの式をもってくる。 ![]() これな。 「うん……?」 n乗するという作業の結果、角度はn倍になる。 というか、複素数では掛けた物は角度を足したものになる。 割った物は角度を引いたものになる。 「だね」 「そうですね……」 つまり、掛けると足して、割ると引くもの。 さて、似たようなのなかったか思い出してみるか。 「うー?」 「うーん……?」 分からないか……まあ、そうかもな。 はい、ここにxのa乗という数がありまーす。 「あ」 志津子ちゃんは気がついたかな…… 「うん?」 じゃあ、このxのa乗に……xのb乗を、さてどうしようか、稲穂。 「わ、私?」 「ああー……」 志津子ちゃんはどうやら分かった様子。 「ちょっとまってね……うーん……aとb? うーん……?」 じっとにらめっこの稲穂。 今の会話のテーマからすりゃ、分かってもいいような、もんだけどな。 「あ、あー! あー……」 驚いて喜んで落ち込む稲穂。何やってんだ一体…… 「いちいち激しい奴だな」 「気付いて、理解して、気付けなかった自分にがっくりきたの」 「なるほど。じゃあ張り切ってどうぞ」 ![]() 「この何乗って言う部分! こういうことが言いたいのよね」 「その通り」 掛けたら足すことになり、何乗かすれば何倍になり。 複素数の角度と指数は何となく似ているような気がするよな。 でだ。 ちょっとそれっぽく関係式に乗せてみようじゃないか。 ![]() 二乗してみると、 ![]() ほら、一緒だよな? 「そうだけど……なんか騙されてる気がする」 「私も……」 OKOK。まあ騙してるんだけどさ。 どうでもいいが、上のはあっさりと崩壊する。 θで微分してみると、 ![]() はい、もう意味わかんないね。 2で割っても、ログが存在してる。気持ち悪いね。 「あ、でも、ログが無かったらいい線行くよね」 「うんうん……というより、ログが無かったら成り立ってるんじゃ……」 やってみるか? じゃあ、ログを消すにはどうしたらいい? 「e……」 ぼそっと稲穂。 「正解」 「e?」 「あ、志津子ちゃんやってなかった? 自然対数」 「少しやったような……いえ、大丈夫です」 ![]() 「あ、でもまだずれてるんだ……Iを掛けたらいけるんじゃない?」 「iっつーか、-iが右辺に掛かればいいよね」 「右辺に-iですか?」 あんまり分かってない様子の志津子ちゃん。 「そもそも、微分した上でこの形が出てきてるわけだから……」 「あ、じゃあ」 ![]() 「これでいいんじゃない?」 勘が良すぎるぞ、稲穂。 「よし、じゃあ微分して計算してみろ」 「うん」 ![]() 「ええっと、両辺を2iで割ればいいのよね」 ![]() よし、当然のように、 ![]() だから…… ![]() だな。見事に微分しても成立したってわけだ。とりあえず2を取り除いて…… ![]() これが一番シンプルな関係式だな。。 次は3乗してから微分しようか。 ![]() 問題ないね。絶好調。 「へえ、それじゃあ指数と三角が虚数で結びついたというわけですか」 「そういうこと」 ああ、めでたいめでたい。 「この関係式を、オイラーの公式という」 「これ……実はすごくない?」 目を丸くしている稲穂。 「すごいってば」 「うわ……」 ノートを手に持って感動している様子。 「数学史上まれに見る美しさだよな」 「うわあ……」 まだ感動に打ち震えている様子。 「ああー、あたし、今数学やって良かったって思った」 「そうかそうか」 正直な奴め。 「私も……これはすごいと思います。ここまできれいに成り立つと……うーん」 「まあ、これは完全でもなくて……まあいいか。志津子ちゃん今日で一応最後だし、おまけ程度に聞いて」 「はい」 「稲穂はまじめに聞けな」 「うん」 まあ、最初に置いた時からして問題なんだが、これはθが連動してるだけであって、イコールかどうかは分からない。 「うん、そうだね」 「そうですね」 普通、これを求めるときは、展開っていう作業を経るんだ。 で、これから展開の話をしようか。大学の数学だから、志津子ちゃんはあまり力入れて聞かなくていいよ。 稲穂はちゃんと聞いておけな。 「はい」 「うん」 二人の声が重なって聞こえた。 戻る |